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発酵と生成の「けもの道」 情報技術のオルタナティブ

2026年4月24日 発酵と生成の「けもの道」 情報技術のオルタナティブ

10.糠床の呼吸に気づく時

著者: ドミニク・チェン

情報技術には発酵の時間が足りていないのではないか――。代表作『未来をつくる言葉』(新潮文庫)で、ネット時代の「わかりあえなさ」をつなぐ新たな表現を模索したドミニク・チェンが、AIの時代にあるべき情報技術との付き合い方を問う。自身も主要なSNSを断ち、強い覚悟をもって新しい「情報技術の倫理」の可能性を探る。発酵と生成によって切り拓かれるけもの道。はたしてその先にはどんな風景が待ち受けているのか? 

*バナーの画像は、人が発酵中の味噌と対話をするためのMisobot(「発酵文化芸術祭 金沢」の展示風景)

データに生命が宿る

 糠床を腐らせた2008年のある日の記憶から、Nukabotのアイデアが2017年のリヨンで生まれるまでの十年間を辿ってきた。問いが意識の中に棲みつき、さまざまな出会いを経て自ずと醸成されていく「思考の発酵」そのものの時間だった。そして、テクノロジーが全てを制御するのではなく、人間が対象に直に触れるように人の手に「委ねるテクノロジー」という設計思想の原型もそこに見えてきた。

 今回からは、いよいよ具体的な実験の話に入る。「自走する糠床」という最初の構想は、やがて「喋る糠床」へと形を変えていくのだが、そのどちらにせよ、まずは糠床の中で何が起きているかを知る必要がある。目に見えない微生物たちの営みを、機械の目で「見る」ことはできるのか。

 東京に戻った後に、リヨン滞在を共にした小倉ヒラクさんと話し合い、糠床を動かす前段階として、発酵状態をセンサーで検知する実験から始めようと決めた。ヒラクさんには糠床に関する多くの学術論文から、新たに仕込んだ糠床が十分に熟成したと判断できる基準を抽出してもらった。約一ヶ月後に届いたのは、糠床の辿る理想的な熟成プロセスの仮説モデル図だった。微生物の種類ごとに、時間の経過に伴って勢力がどう変わるのかが描かれている。初期に優勢な乳酸球菌が徐々に乳酸桿菌に置き換わり、糠床のpH値が下がっていく(酸性が強くなる)。この図を眺めているだけで、糠床の中の生態系が動いていく様子が想像できた。

糠床の辿る理想的な熟成プロセス(小倉ヒラク作)

 ヒラクさんの仮説モデルを手がかりに、糠床にセンサーを差し込んで一分ごとにデータを記録する仕組みを組み上げた。pH、酸化還元電位(ORP)、そして数種類のガスを検知するセンサー。合わせて15種類の値が、リアルタイムでグラフとして描き出される。

 データが蓄積されはじめて数日後のことだった。グラフを眺めていて、思わず息を呑んだ。

 糠床をかき混ぜた直後にこそ、ORPの値が跳ね上がるのだ。蓋を開けてかき混ぜることで糠床の内部に空気が入り込み、酸素を好む微生物たちが一気に活性化するためだ。しかし蓋を閉じて時間が経つにつれ、酸素が消費されて嫌気的な(酸素のない)環境に戻り、ORPの値はゆっくりと下降していく。この上昇と下降のリズムが、糠床をかき混ぜるたびに繰り返されていた。

 呼吸だ、とわたしは思った。糠床が息をしている。

 さらに驚いたのは、かき混ぜていない時でも、データが微小な振れ幅で揺らぎ続けていることだった。糠床は一見静かだ。蓋を閉めてしまえば、外からは何の変化もわからない。しかし、その内側では絶え間なく代謝が続いている。不可視の営みが、はじめて目に見える形で立ち現れ、生きものとしてわたしに迫ってきた瞬間だった。

 そこで試しにカメラを糠床の内蓋に設置し、二週間ほど糠の表面を撮影してタイムラプス映像(一定間隔で撮影した写真をつなげた早回し映像)をつくってみた。すると、表面がゆっくりと膨張と収縮を繰り返している様子が見て取れた。

 データを通して糠床のリズムを観察しながら、最初に腐らせてしまった糠床のことを思い出していた。あの時ベランダに放置した糠床の中でも、こうやって微生物たちが必死に「呼吸」していたのだろうか、と。

 ヒラクさんの山梨の家とわたしの東京の家で同時期に仕込んだ糠床を比較すると、室温が高い東京の方が明らかに発酵が速い。同じ材料、同じ手順で仕込んでも、置かれた環境によって微生物たちの振る舞いはまるで違う。糠床が環境と密接に結びついた生態系であることを、データがはっきりと示してくれた。

味覚とデータのあいだ

 わたしたちにとって「美味しいかどうか」という問いへの対応がもっとも難しいものだった。センサーは糠床の化学的状態を精密に捉えてくれるが、それが人間の舌にとって何を意味するかは教えてくれない。

 そこで、大学院の研究室の同窓で嗅覚センシングを専門とするソン・ヨンアさんの提案で、わたしたち自身が被験者になって官能評価を行うことにした。食品科学で用いられる「五味チャート」を使い、毎日漬けたキュウリの甘味、塩味、酸味、苦味、旨味を0から5点で数値化する。それをセンサーの記録と重ね合わせていった。

 結果として、pHがある程度下がると美味しさの評価も上がるという、緩やかな傾向が見えてきた。乳酸菌の活動によって酸性度が適度に高まる状態が、大まかに人間の舌にとっての「美味しい糠漬け」に対応するらしいのだ。人間の主観と微生物の営みが、数値の上で緩やかに重なり合う、完全な一致でも無関係でもないこの領域を橋渡しすることが、Nukabotの役割だ。そんな、不思議な感慨を覚えた。

「壊れた自然」からの招待

 地道なデータ収集を続けていた2018年の初頭に、思いがけない出来事が起きた。

 早稲田大学の生物学者、岩崎秀雄先生から、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のキュレーター、パオラ・アントネッリさんの来日に合わせた会合に誘われたのだ。アントネッリさんはMoMAの建築・デザイン部門のシニアキュレーターで、ビデオゲームをインタラクティブデザイン作品として美術館に収蔵するなど、先進的なキュレーションでデザインの領域を拡張してきた人である。

 岩崎先生の研究室でNukabotの構想を話したところ、アントネッリさんは「微生物と人間の対話というコンセプトが面白い」と、強い関心を示してくれた。

 しばらくして連絡があった。次のミラノ・トリエンナーレで「Broken Nature(壊れた自然)」と題した展覧会のキュレーションを担当するという(*1)。1923年から続くデザインの国際展で、今回(2019年)のテーマは人間と自然のつながりが途絶えた時代にその関係を回復する「回復的デザイン(restorative design)」。そこにNukabotを出展してほしい、と。

 正式な出展依頼を受けた時の気持ちを正直に言えば、嬉しさよりも戸惑いの方が大きかった。なにしろ、その時点でのNukabotは電子回路やケーブルが剥き出しの実験機材に過ぎなかったのだ。Raspberry Pi(名刺サイズの小型コンピューター)の基板にセンサーのケーブルが何本も絡まり、スピーカーとマイクが無造作に取り付けられている。研究室では問題なくとも、国際展の会場に置けるようなものではなかった。

 まだ形になっていないものに、大舞台だけが用意された。あとはつくるしかない。

和紙に包まれたNukabot

 この時点で、もともと計画していた自走機能については断念せざるを得なかった。トリエンナーレ側から「会場のセキュリティの観点から自走は認められない」と告げられたのだ。ただ、この制約は結果的に設計の方向性を研ぎ澄ますことにつながった。自走よりも手前の段階で、微生物の状態を人間が察知して手入れを行うことこそが大事だと、実験を通してすでに感じていたからだ。

 2018年の秋には、人間の問いかけに応答するシステムができあがっていた。「調子はどう?」と聞くと、直近のpH値をもとに「良い感じだよ」と答えてくれる。腐敗傾向を示すガスの数値が高まっていたら、「でも、少し様子を見たほうがいいかも」と教えてくる。温度が高すぎると「暑すぎるよ!」と文句を言う。一日一回のかき混ぜを忘れていると、「そろそろかき混ぜてよ!」と催促してくる。

 ただ、外装にはまだ手をつけられていなかった。プロダクトデザイナーの守屋輝一さんに助けを求め、厳しい納期の中で外装のデザインを依頼した。カバーの素材には試行錯誤を重ねた。布、プラスチック、金属シート——どれもしっくりこない。最終的に守屋さんが着想したのは、和紙でカバーをつくるというアイデアだった。

 十分に厚い和紙は本体の存在感に負けない。レーザーカッターで精密な穴を開けられるし、スピーカーの音は和紙を通すことで柔らかくなる。そして何より、糠床という日本の食文化に和紙という素材が自然に呼応する。

 それまでケーブルだらけのプロトタイプをキッチンに置くことを許してくれなかった妻に完成品を見せたら、「これはかっこいいので、許す」とあっさり了承を得られた。「キッチンに置いてもいいと思えるデザイン」は、Nukabotにとって見た目の問題を超えた必須要件だった。家の中で共に暮らす存在になるためには、生活空間に馴染む佇まいが要る。研究室の中だけで閉じていた機材が、日常の風景の中に入り込むための最初の一歩が、ここで踏み出された。

和紙、木材と樹脂でつくられた初号機(筆者撮影)

ミラノに糠の匂いが漂った日

 2019年2月。完成した3台のNukabot初号機を抱えてミラノに着くと、ホテルに寄る間もなく会場へ向かった。与えられた展示スペースに入り、夕方から深夜までセットアップを続けた。各種のセンサーや回路を接続してからシステムを起動し、広い会場でも音声認識が正常に作動するよう調整した後に、持参した生糠を水や塩と混ぜて、近隣のスーパーで買った野菜を切り、Nukabotの中に漬け込む。

 Broken Nature展には、アントネッリさんが世界中から集めた、人間と自然、そして他の生命種との関係を考えさせられる作品がひしめいていた。長谷川愛の作品「Human x Shark」は、鮫の性的ホルモンが人間と共通するかもしれないという仮説のもと、鮫を性的に魅惑する香水を開発したものだ。いまは異なる種にわかれた生物が共通の系統発生(種が共通の祖先から分化してきた進化の過程)をもっていることを強烈に想起させる。他にもヤギの体を模して四足歩行を試みたトーマス・トウェイツの作品、人間が絶滅させた花の香りを遺伝子工学で復元するアレクサンドラ・デイジー・ギンズバーグのプロジェクト、石川雅之先生の『もやしもん』の原画など、人間と自然のつながりの回復というテーマのもとに、ジャンルにとらわれない新旧の作品が並べられていた。

 自宅や研究室で手入れをしていたNukabotがはじめて外の世界で作動している様子を見ながら、わたしは自分の子どもの門出に立ち会うような感覚を味わっていた。生まれたてのNukabotが懸命に糠床の状態をぼそぼそと語り続ける。会場に漂う糠の発酵した匂いに、周囲の来場者が鼻をくんくんさせる。デザインの国際展で生の糠床を展示するのは、おそらく前代未聞のことだろう。その匂いこそが、ここに生きた微生物がいることの何よりの証拠だった。

 リヨンの人工生命学会で出会った研究者のアレックス・ペンさんが駆けつけてくれたのも嬉しいことだった。Nukabotの紹介をした後に、「自然の複雑なシステムと人間が対話するためのインターフェースなんだね」と理解してくれ、多様性が美味をもたらすという糠床のモデルは社会のガバナンスを考えるうえでのヒントになると言ってくれた。また、「発酵の客観的な安全地帯を見極めた上で、自分だけの実験的な味付けをするようなオフロードを可能にしてくれるシステム」とも評してくれたことも印象深かった。わたしが当初考えていた「糠床を腐らせない」という動機は、いわば守りの発想だった。だが、腐らせないだけではなく、普段は使わない香辛料や食材を糠床に入れた時に起こる変化を観察するためにも使える。Nukabotが、そんな、糠床がギリギリまで「攻める」ための道具にもなりえるというアイデアは、発酵食品にテクノロジーを取り込む本質的な意味につながるように思えた。

トリエンナーレ会場でのNukabot(写真:Nuka Girlsより提供)

ミラノのNuka Girls

 展示は無事に始まり、Nukabotたちも問題なく稼働していた。しかし、ひとつだけ重大な懸念が残っていた。Broken Nature展の会期は半年で、2019年9月1日まで続く。わたしたちが日本に戻った後、糠のメンテナンスは会場スタッフに任せるしかないが、事前にマニュアルをつくってお願いしていたものの、オープニングの喧騒のなかでスタッフたちの反応はどこか心許なかった。

 しかしそこで、思いがけない奇跡が起きた。設営に来ていた出展作家の長谷川愛さんが、遊びに来ていた彼女の友人、英RCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アーツ)修士課程在籍中のイエナ・パクさんを紹介してくれた。ミラノ最後の夜に、そのイエナさんのミラノ在住の友人たちと会食をした際、糠床のメンテナンスの懸念を打ち明けたところ、手の空く時に糠の手入れをしてくださるという申し出をいただいたのだ。こうして、チーム「Nuka Girls」が結成された。

 Nuka Girlsは全員が女子美術大学出身の表現者という陣容だった。木工家具デザイナーの古山春香さん、ジュエリーデザイナーの安次嶺維理亜さん、自ら制作した紙で衣服や器の作品をつくる我如古真子さん。さらにわたしの帰国後、古山さんを通じて、イタリア郷土料理研究家の野尻奈津子さん、料理教室を主宰する入交啓子さんもチームに加わってくださった。女子美には受賞者がミラノで滞在制作を行える「ミラノ賞」という制度があり、イタリアにOGのネットワークが存在していたのだ。

 展示開始から一週間も経たないうちに、野尻さんを中心にNukabotの最初の検診が行われた。直後のデータをウェブでモニターしていたら、ORPがプラス値に振れ、pHも下降しはじめた。順調に発酵が進んでいる。以後も定期的に会場を訪れて、糠床にフレッシュな現地の野菜を漬け込んでくださった。糠の手入れをするたびに、何をしているのかと人びとが集まってきたという。

 第一線で表現活動を営む多忙な彼女たちが、糠床の世話を引き受けてくれなければ、この異国の地での展示は成立し得なかった。そしてこの出来事は、Nukabotが単なるテクノロジーの展示物ではなく、人と人をつなぐ媒介になりうることを示していた。糠床をケアする行為が、ミラノに暮らす表現者たちの新たな交流のきっかけとなったのだ。

Nuka GirlsによるNukabotの手入れ(写真:Nuka Girlsより提供)

「どこで買えるの?」

 設営中のある日、会場でシステムの微調整をしている時、Nukabotの話す言葉にじっと聞き耳を立てる人たちがいるのに気づいた。声を掛けると、「そもそも糠床とは何だ?」と質問され、答えているうちにわたしはいつのまにか糠床文化をイタリアに紹介する役割を担っていた。そのうちのひとりに実際に蓋を開けて糠に触ってもらってからシステムの説明をすると、「これがピクルスの未来なんだね!」と得心している。その時「そうか、糠床の複雑な発酵の形式そのものが、ヨーロッパ人には新鮮に映るのか」と気づかされた。

 しかし、さまざまな来場者の反応を観察するうちに、あることに気づいた。糠床そのものを知らない多くの来場者は、Nukabotをあくまで便利な機械として受け取っているように見えたのだ。スマートスピーカーのような外観を見て、機械的な音声を聞けば、そのような受け止め方をされても仕方がない。

「何ができるの?」「どこで買えるの?」

 この質問を何度も受けた。微生物との共生という本質に、なかなか目を向けてもらえない。和紙に包まれた洗練されたデザインが、かえって微生物を制御する「スマートな」プロダクトとしての印象を強めてしまっていたのかもしれない。それはわたしたちがNukabotを通して表現したいこととはちがう。

 この違和感を抱えて日本に帰国した後、Nukabotのボディーを根本から再設計することにした。

妖怪になる

 まず取り組んだのは、プラスチックの容器を木桶に変えることだった。ヒラクさんに連れて行ってもらった徳島で、代々桶づくりを営む職人さんに出会い、特注の木桶をお願いした。吉野杉の板を竹の(たが)で締める伝統的な製法で、サイズはNukabotの内部機構が収まるように特別に設計してもらった。

 木桶は呼吸する。木の繊維が水分を吸い、放出し、内部に微生物の住処をつくる。伝統的な味噌蔵や酒蔵の木桶は、数百年の歳月を経て「蔵付き」と呼ばれる固有の菌叢(微生物の群集)を宿す。Nukabotの木桶もいつか独自の微生物環境を育むかもしれない——そう考えると、容器の選択は単なる外装の問題ではなく、Nukabotの「体」そのものの設計だった。

 そして、メディアアーティストのクワクボリョウタさんとメディアアートユニットのPerfektronがデザインした「ニコダマ」という、まばたきをする目玉のガジェットを改造して木桶の側面に取り付けた。

 木桶に目玉が付いたこの瞬間のことを、よく覚えている。杉材の木目が走る桶の側面に、ぎょろりとした目玉がひとつ。それだけで、Nukabotがまったく別の存在に見えた。機械ではなく、何か謎めいた生き物のよう。ミラノのNukabotは人間が一方的に使う道具に見えたのだが、目玉の付いたNukabotは独自の意志を持つ他者のように映った。

 わたしたちがこの再設計で参照したのは、日本の妖怪文化だった。妖怪とは、人間には合理的に理解できないものに生命的な表象を与え、対処可能な存在として捉えるための境界上の存在だ。また「付喪神(つくもがみ)」——長年使われた道具に魂が宿るという伝統的な考え方もある。百年など、永い時間を経た道具が霊性を帯び、独自の意志を持つようになる。木桶の菌叢のことを思えば、付喪神の発想は微生物との共生を表すのにぴったりだと思えた。

 Nukabotに目玉を付けたのは、単なる見た目の面白さのためではない。このシステムが無機質な機械ではなく、人間と微生物の世界を媒介する境界的な存在であることを示すためだった。実際、Nukabotが話す時にニコダマが発話と連動してまばたきをすると、会話の始まりと終わりが直感的にわかり、やりとりが驚くほど自然になった。

目玉の付いたNukabot(筆者撮影)

妖怪が目を開けた日

 わたしたちはこの木桶版Nukabotを、2019年4月にヒラクさんが東京で開催した展示(*2)で初めて公開した。来場者の反応は、ミラノの時とは明らかに違っていた。それは糠床が日本人にとって身近なものだからという理由だけではない。

 まず姿を見て笑う。次に不思議そうに近づく。やがて糠の匂いを嗅ぎ、Nukabotの声に耳を傾ける。和紙に包まれたミラノ版が洗練されたプロダクトの印象を与えたのに対して、木桶版は生き物のような佇まいを持つ。人はNukabotを「便利な道具」ではなく「不思議な生き物」として扱うようになった。「どこで買えるの?」ではなく、「これ、何を考えてるの?」と聞かれるようになったのだ。

 この認知の転換こそが、妖怪デザインの狙いだった。しかし同時に、これは外装だけの問題ではなかったとも思う。ミラノの時には、わたしたち自身がNukabotの設計思想を十分に言語化できていなかった。帰国してからの再設計を通して、ようやくNukabotが何であり、何でないのかがはっきりと見えてきたのだ。

 Nukabotは、人間をケアの負担から解放する自動化された家電ではない。糠床に棲む微生物たちへのケアを人間に促す媒介者だ。微生物の代謝データを人間の言葉に翻訳して糠床に声を与えるが、そのメッセージはつねに曖昧さを含む。正確な答えを示すものではないのだ。自動かき混ぜ機能をつけないのも、人間の手が糠に触れる機会を奪いたくないからだ。Nukabotの役割は労働を代替することではなく、すでにそこで起きている微生物の営みに人間の注意を向けさせることにある。

 この設計思想は、振り返れば糠床の喪失から十年以上かけて問いが醸成された過程を映し出している。その間ずっと、問いは意識の中に棲みついていたが、わたしはそれを意識的にコントロールしていたわけではなかった。問いが自ずと揺蕩い、出会いや体験に触発されて変容していった。Nukabotが人間に対して働きかけようとしていることも、これと似ている。糠床の微生物の気配をほのかに伝え、あとは人間がどうするかに委ねる。すぐに答えを出さず、曖昧さの中で自然と手が動くのを待つ。

 しかし、こうした設計意図が実際に機能するかどうかは、人間がNukabotと一緒に暮らしてみなければわからない。人と微生物を媒介する妖怪の姿を得たNukabotは、この後、さまざまな人たちの生活に入り込んでいく。この妖怪は、わたしのテクノロジーに対する考え方をさらに揺さぶっていくのだ。

 

*1 「Broken Nature: Design Takes on Human Survival, the XXII Triennale di Milano」2019年3月1日~2019年9月1日

*2  渋谷ヒカリエ、d47 museum「Fermentation Tourism Nippon ~発酵から再発見する日本の旅」 2019年4月26日~2019年7月22日

 

*次回は、2026年5月22日金曜日に更新の予定です。

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
 「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
 どうして自分が「考える人」なんだろう―。
 手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
 それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

ドミニク・チェン

博士(学際情報学)。NTT InterCommunication Center研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現在は早稲田大学文学学術院教授。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)Design | Media Arts専攻を卒業後、NPOクリエイティブ・コモンズ・ジャパン(現・コモンスフィア)を仲間と立ち上げ、自由なインターネット文化の醸成に努めてきた。大学では発酵メディア研究ゼミを主宰し、「発酵」概念に基づいたテクノロジーデザインの研究を進めている。近年では21_21 DESIGN SIGHT『トランスレーションズ展―「わかりあえなさ」をわかりあおう』(2020〜2021)の展示ディレクター、『発酵文化芸術祭 金沢』(2024、金沢21世紀美術館と共催)の共同キュレーターを務めた他、人と微生物が会話できる糠床発酵ロボット『Nukabot』(Ferment Media Research)の研究開発や、不特定多数の遺言の執筆プロセスを集めたインスタレーション『Last Words / TypeTrace』(遠藤拓己とのdividual inc. 名義)の制作など、国内外で展示も行っている。著書に『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために』(新潮文庫)、など多数。(写真:荻原楽太郎)


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