4.得意料理はカレー
著者: 稲田俊輔
人気の南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長にして、レシピ本から食文化にまつわるエッセイまで文筆家としても活躍中の稲田俊輔さんが、その原点である料理=「カレー」について考える連載です。おうちカレーから南インド料理の衝撃まで、私的な経験をベースにその進化や変遷を語っていきます。「もはやカレーは文化である」を合言葉に、国民的料理の真髄に迫る「活字カレー」の決定版!
夢と我儘を詰めた「自炊カレー」
京都での一人暮らしが始まると、僕は意気揚々と自炊を開始しました。もちろんカレーは、真っ先に作ったもののひとつです。もちろん市販の固形ルーをそのまま使って作るだけのことですが、自炊の醍醐味は、自分の好きなものを好きなように作れること。僕は真っ先に、ジャガイモとニンジンを排除しました。僕にとってカレーのジャガイモはひたすら邪魔だったし、ニンジンも無ければ無い方が好ましいと思っていたからです。
そしてそのことにより、それはロイヤルホストの欧風カレーや専門店のうっすらインドなカレーに、少しでも近づけるのではないかという目論見もありました。もちろんそれはそんなに単純な話ではないのですが、何事も気持ちが大事です。
スーパーで一番安い牛肉を予算の許す限り買い込みました。脂とスジだらけの細切れです。ジャガイモとニンジンをスルーする代わりに、玉ねぎを目いっぱい入れることにしました。これは当時アルバイトしていた喫茶店で学んだテクニックです。もっともその喫茶店で大量の玉ねぎが使われていたのは、業務用缶入りカレーのかさを増すのが主な目的だったようですが、僕はそれを務めて好意的に解釈したというわけです。そして最後に、シメジも買い込みました。これは僕なりのアイデアです。本当はマッシュルームを入れたかったのですが、値段を見てすぐに諦めました。ルーはジャワカレー辛口です。
さて、その夢と我儘がいっぱいに詰まったカレーは、抜群においしく仕上がりました。これはすなわち市販のカレールーがいかに優秀かという話でしかないのですが、なぜか僕の中では「得意料理はカレー」という都合の良い自意識が生まれ、その後も少しずつ(どうでもいいと言えばいいような)改良を加えつつ頻繁に作り続けました。
「賄いカレー」の試行錯誤
その後僕は喫茶店のアルバイトを辞め、繁華街の端っこのイングリッシュパブがメインのバイト先となりました。そこはどちらかというとお酒がメインということもあり、賄いはその極めて狭いキッチンで無理やり作られることはなく、仕出し屋の弁当が用意され、ご飯だけ炊飯器で炊かれました。しかしこの弁当がとにかくまずかったのです! 冷め切っているのは仕方がないとして、おそらくギリギリまでコストが切り詰められていたのでしょう。メインがチクワとか、ハルサメ煮とか、肉がほとんど見当たらない肉じゃがとか、そういう感じでした。毎回蓋を開けるのが憂鬱という、稀に見る弁当だったのです。
それもあって僕はある時から週一回だけ、全員分の賄いを作ることになりました。比較的お客さんの少ない火曜日限定で、あくまで営業の妨げにならない範囲で作ることが条件です。もちろん予算にも限りがあり、それはおそらく激マズ仕出し弁当人数分の価格に相当する額だったのではないかと思いますが、その予算を使い切る買い物をすれば、弁当より遥かにマシなものを作れる程度の額ではありました。
初回の賄いは「得意のカレー」でした。大袈裟ではなく皆が絶賛してくれて、僕は鼻高々でした。それもあってカレーは頻繁に賄いに登場することになりました。結局のところ、2回に1回はカレー、くらいのペースに落ち着いたような気がします。カレー→タコライス→カレー→牛丼→カレー、みたいな感じです。
カレーは少しずつ違う工夫も加えつつ作っていたのですが、何度目かの時に、ジャガイモニンジン入りの普通のカレーもたまには作るか、と思い立ちました。バイト仲間からそういうリクエストを受けたからでもありますが、店のすぐ近くの肉屋さんで、カレールーやカレー用野菜も肉と一緒に売られているのを発見したからでもあります。
そこで一式を買い揃え会計を済ますと、店の女将さんから託宣のごときアドバイスを受けました。それをそのまま記しておきますので、皆さんもしっかりと心に刻んでおいてください。
「肉は2倍、水は半分、これがコツ」
女将さんはそれだけ告げると、おおきに、と僕を送り出してくれました。いつも予算の限度額いっぱいを肉にぶち込んでいたので、肉の量は2倍とまでは言わずとも十分なものでした。なので僕は言われた通り、箱の裏に書かれたレシピの水を半分にしてやたらゴツゴツしたカレーを作り、その日もまた絶賛の嵐でした。
ある時僕は、満を持して特別なカレーを作ることにしました。前回書いた本場風ネパールカレーの店で「チキンカレー用スパイスキット」を買い込んであったのです。作り方もとても丁寧に書いてあったので、それに極めて忠実に作ったのは言うまでもありません。できあがった時、僕は飛び上がりそうになりました。キット使用とは言え、自分にこんな本格的な激ウマカレーが作れたのかと、すっかり有頂天になったのです。
しかし残念ながらこれは、皆には大不評でした。店長だけはうっすらフォローめいた雰囲気で「〇〇のカレーみたいだね」と言ってくれました。その〇〇はまさにその店の名前でした。フレディ・マーキュリー似の店長は、日本人より外国人の友人の方が多いくらいの国際派で、そんな友人たちと既に訪問済みだったようです。しかし結局ひと言も「おいしい」とは言ってくれませんでした。
スパイス調合済みのキットを使っただけなのに、それに誰も褒めてくれなかったのに、「得意料理はカレー」という自意識は、僕の中でなぜかますます膨れ上がるのでした。
*次回は、7月3日金曜日更新の予定です。
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稲田俊輔
料理人・文筆家。南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、酒類メーカーを経て飲食業界へ。南インド料理ブームの火付け役 であり、近年はレシピ本やエッセイなど、旺盛な執筆活動で知られている。著書に『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』(柴田書店)『おいしいものでできている』(リトルモア)、『お客さん物語』(新潮新書)、『ミニマル料理』(柴田書店)、『異国の味』、『東西の味』(ともに集英社)、『稲田俊輔のおそうざい十二カ月 旬を味わう一汁三菜』(暮しの手帖社)など。
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とは
はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。
目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。
当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。
まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。
あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。
創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。
読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。
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著者プロフィール
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- 稲田俊輔
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料理人・文筆家。南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、酒類メーカーを経て飲食業界へ。南インド料理ブームの火付け役 であり、近年はレシピ本やエッセイなど、旺盛な執筆活動で知られている。著書に『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』(柴田書店)『おいしいものでできている』(リトルモア)、『お客さん物語』(新潮新書)、『ミニマル料理』(柴田書店)、『異国の味』、『東西の味』(ともに集英社)、『稲田俊輔のおそうざい十二カ月 旬を味わう一汁三菜』(暮しの手帖社)など。
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