2026年2月4日
『それがやさしさじゃ困る』&『介護未満の父に起きたこと』W刊行記念
自分と他人の境界線、そのあいまいさをどう扱う?
80代の父を「ビジネスライク」にサポートする娘の記録を綴った『介護未満の父に起きたこと』(新潮新書)を8月に刊行したジェーン・スーさん。福岡で、単位制高校・オルタナティブスクール・書店を併設したユニークな学習塾を運営し、『それがやさしさじゃ困る』(赤々舎)を9月に刊行した鳥羽和久さん。「推し活」をきっかけに出会った二人が、介護、子育て、教育から見えてくる関係性や幸せの在り方について語ります。
(2025年11月5日、本屋B&Bトークイベントにて)
構成:鮫島さやか

自他の境界線をしっかり引く
ジェーン・スー(以下スー) もともと鳥羽さんと私は、鳥羽さんがBTSのファンで、「推し活とファンダム」の危うさについて書いていらっしゃった原稿をSNSで紹介させていただいたのがきっかけ。私が推し活という沼に落ちたことについて雑誌『CREA』に寄稿していた文章を、鳥羽さんに「よかったら読んでみてください」と送ったこともありました。突然知らない人から異様な圧の文章が送られてきたにもかかわらず、鳥羽さんは快く読んでくださいました。
鳥羽和久(以下鳥羽) 「推し活とファンダム」が危ういと言われ始めたのは、おそらく2021年ぐらいで、私が最初の記事を書いたのもその頃です。
スー 推し活と呼ばれるものに足を踏み入れつつ、これってライトな人権蹂躙システムで経済が回るやつだ、とも思って。推し活って、自分の解釈で塑像を作り上げて、頭の中で自由にディレクションしていくのが、楽しくてしょうがない部分もあるわけじゃないですか。それが叶わないと、裏切られた!とファンの反感を買うことを(推しの対象の)運営側もある程度意識しているにもかかわらず、どんどん素材が供給される。すんごい危険だけど、すんごく楽しいんですよね。「これはみんなハマるわ」と。
鳥羽 そうですよね。業界自体が暗黙の了解で、推しに身勝手な期待を重ね、その推しを自分の鏡像として仕立て、期待どおりの姿を愛することで自己愛へと導くという装置を作っている。BTSはそれを言語化して“Love Yourself”と呼びかけています。ではなぜ推しが不祥事を起こしたらあんなにファンたちがキレるかというと、期待を裏切られると自分を愛せなくなるからなんですよね。相手に期待して、相手がその期待に応えてくれることで自分を愛する。この構造はまさにスーさんの介護の話でもあって、スーさんは父親に期待するのは危ないという自覚の下で『介護未満の父に起きたこと』を書かれていますよね。
先日ここB&Bでスーさんが福祉を研究されている竹端寛さんと対談された際に、「相手のことはわからないということを、デフォルトとして理解した上で付き合うことが最初のルールじゃないか」というお話をされていましたが、介護も親子関係も、そういうものだと思います。私は『親子の手帖』という本の中で、「子どものことがわからない」ことを親が自覚することが、子どもを手放す第一歩であるという話や、良かれと思って先回りしてお膳立てすることが、いかに子どもの将来の可能性を潰しているかについて書きました。スーさんの新刊の内容も、重なるところがあるような気がします。
スー 親は推しにならないけど、子どもって一番の推しになる可能性がありますもんね。親子関係でも友達同士でも、自他の境界線をしっかり引くと、ほとんどのことが解決できるようになるというのが52歳の現時点の私の結論で、この線が引けていないときは結局全部トラブルになりました。自他の境界線をしっかり引くためには、自尊感情を正しく持ってないと、他者を使って自分を承認していくという形にはまってしまいますよね。他者との境界線をしっかり引くということは、他者と距離を持つとか、「どうせ分かり合えない」と思うことではなく、「裏切られた」「あんな人じゃなかったのに」と言わないことだと思います。
鳥羽 勝手に期待を押し付けて、がっかりしないということですね。
スー そうですね。他者の他者性を尊重することだと思います。
介護も教育もプロジェクトマインドで
鳥羽 スーさんの『介護未満の父に起きたこと』を読まれた方は、その前に出た『生きるとか死ぬとか父親とか』もぜひ読んでみてください。具体的なエピソードを通して親子関係のダイナミズムが伝わる本で、めちゃ笑える箇所もあるし、ふつふつと勇気が出ます。これに比べると新刊の『介護未満の父に起きたこと』の方は明確に実用書として書かれた感じがありますが、その中でスーさんはお父さんに「プロジェクトメンバーとしての当事者意識を持って取り組んでほしい」ということを繰り返しおっしゃっていますね。
スー 私が父に何かを教えたり、指示を出したりとなると、どうしてもそこで力関係の優劣が出てしまうんですよね。私が上司になってしまう。でも、同じプロジェクトに向かって一緒に進んでいこうとなると、一応対等な関係にはなれるので、非常に有効でしたね。
鳥羽 私が子どもたちを見る時もまさにそうです。プロジェクトチームというのはいいアイデアですね。「あなたがするんだよ」という言い方だけだとダメなんですよね。子どもをひとりにしてしまう。一緒にやろうねと言いつつ、あくまで相手の主体性に任せる形がいい。ただ、同様にお母さんやお父さんに「プロジェクトチームですよ、当事者意識を持ちましょう」なんて言うと、勘違いして頑張りすぎてしまいそうな気がして、危険な気もします。
スー イメージとしては、父親がドライバーで、私はメカニックという感じです。「運転するのはあなただから頑張れ、ただ整備はこっちでやるから」と。受験も同じですよね。運転するのは子どもで、親はメカニックでしかないんだけど、いろいろやりすぎちゃうこともあるんでしょう。鳥羽さんは子どもと一緒にいる時に注意していることはあります?
鳥羽 子どもが今やっていることを面白がるようにしています。教育界ではしばしば、褒めるのはよいことか?よくないことなのか?みたいな問いが生まれやすいのですが、そうではなく、たとえば子どもが脈絡なく意外なことを書いたときとか、文字が大きすぎるときとかってふつうに驚いちゃうじゃないですか。そんなときに、今驚いた反応を自然に見せちゃうんです。驚いたときはこっちも生身になるので、その瞬間は「教える/教えられる」ではない対等の関係が生まれる。それを生かすんです。
スー 『それがやさしさじゃ困る』では、エッセイの下に「ひとこと日記」が入っていますが、その中に、いわゆる友達のように対等だと非常事態に対応できない、とありますね。
鳥羽 たとえばいじめみたいなことが起こった時に、子どもと対等な先生が本当の意味でいじめを防げるかというと、防げるわけがないんです。なので、その線引きはちゃんとしつつ、縦の関係と横の関係のバランスを考えながらやっています。
スー 今の時代、まさに鳥羽さんのご著書のタイトルの「それがやさしさじゃ困る」という言葉のとおりですよね。「それをやさしさと定義しないでくれ、支配や統制と背中合わせだから」と。と同時に、人を傷つけることに対しての恐怖や、禁忌がすごくありますよね。
鳥羽 現代の子どもって、何が悪いことで何が差別かを深く考える機会を与えられていないのに、社会システムが先回りをする形で「こういうのはダメだよ」とお膳立てされまくっている。そのような社会の反映として、今の子どもたちは相手が傷つくようなことをなかなか言わなくなりましたが、じゃあそれが「学び」によるものかというと、決してそうではありません。傷つけた経験も傷つけられた経験もなくて、何を学んだというのか。あらかじめ摩擦を減らそうとするのは完全に大人のエゴで、子どもたちが喧嘩したりぶつかったりする心理的負荷に耐えられなくなった大人の責任は、めちゃくちゃ大きい気がします。
これに関連して、もうひとつ別の視点の話をすれば、子どもが言う「好きなこと」を大人が尊重しすぎているとも思います。小学生くらいの子どもが言う「好き」っていい加減で、その場に流されて言ったことの方が多いのに、それを鵜呑みにして「この子にこうしてあげたい」と大人が過剰に動こうとするのは違う気がします。そもそも「好き」って何かって話なんですが、今会場にいる大人の皆さんが、何か「好きなこと」を頭に思い浮かべた時には、「好き」の中に苦味や嫌いなことも同時に混ざっていると思うんですよ。にもかかわらず、その複雑さを捨象して、子どもにきれいにコーティングされた「好き」だけを与えようとするという状態がかなり深刻化しているのを感じます。
スー 自分もよくポッドキャストやラジオの相談コーナーで言うんですけど、「世界はあなたを傷つけないようにはデザインされてない」と。これは私にとって圧倒的な事実で、「あなたを傷つけないようにはデザインされてない」ということと、「何人たりとも私を傷つけることはできない」という、この相反する二つが同時に成立する。おそらく、子どもがひどく傷ついたとき、なぐさめのあとに親が教えることは後者なんだと思います。「誰だってあなたを致命的に傷つけることはできないのよ」という自信を持たせるのは親の役割で、私の親は多分そうしてくれたんです。
正しさで人は測れない
鳥羽 スーさんとお父さんは、今はどうですか?
スー 父は基本的に私のことを心から愛していて、大切に思っているんですけど、でもそのもっと上に自分がいて、自分の方が好きという気持ちがあります。「もうお前を頼るつもりもない、自分でやる」と言った翌日に「何かうまいもん食わしてくれや」と電話がかかってくるんですよ。だから瞬間瞬間は本当のことを言ってるけど、一貫性がないのがうちの親なんだと、自分に腹落ちさせるしかないですよね。
鳥羽 でもスーさんはお父さんに対して、すごくちゃんとされてますよね。ここまでされる人もいるんだと感心するほどです。
スー きっと仕事感覚になれたからだと思います。仕事感覚になると多分みんなそんなにサボらないと思うんですよ。
鳥羽 スーさんがカーッとなるポイントとして何回か書かれていましたが、親に期待しないことの重要性がわかっているスーさんでも、親の老いを受け止めるのは、しんどそうですね。
スー 親にできないことが増えていくのは、子どもにとってこんなにショックで傷つくことなんだと学びました。だからと言ってむこうが一生懸命やってくれるわけでもないので、父には野垂れ死ぬ権利もあると思いながらやっています。
鳥羽 本の中で、お父さんのことをすごく困った人として描いてる一方で、お父さんが持っている芯の強さへの敬意がちゃんと出てますよね。一番印象的だったのが、「うちの父は誰かに対して、一方的に一刀両断するようなことは絶対しなかった」というくだりです。その人が持っている文脈や複雑さを見て、その状況に合わせてその人を見ることができる人だった、と書かれていましたが、それって今とても大事な話だと思います。ネット社会だと、たった一度自分の意に沿わないことをしただけで「好きだったけど失望しました」と、その人をジャッジしてブロックする。その人の一部を見て全部が駄目だとみなすのは、危ういですよね。
スー 今は正しさを信用しすぎる気もします。正しさが必要な場面がたくさんあることは重々承知していますが、人を測る物差しとして正しさだけを用いない方がいいですよね。正しさは人によって変わりますし、経済状況などによって人の思想やイデオロギーは一瞬で変わるものです。
鳥羽 自分の偏りを意識しつつ、人にも偏りがあることを想像することが、とても大事な気がします。
他人の欲望に生きず、自分の輪郭をつかむ
スー 鳥羽さんが『それがやさしさじゃ困る』の中で「なんで勉強するんですか?」と子どもに聞かれてどう答えるかについて、「一つだけ勉強することの価値を述べておくと、それは、抽象を扱えるようになるということです。私たちは勉強を通して抽象の扉を開き、具体と抽象の間を往還することで、世の中を見る解析度を高める努力をしてきました。虚数を通してしか見えない世界の広がり、量子力学を通してしか実感にたどり着けない世界の深さというのは、確かに存在します。抽象を通して具体を見ることで、ありふれた世界が全く別様になる。それがまさに勉強の醍醐味です」って書いてあって、これだ!と思いました。ポピュリズムが台頭するのって、これができてないからじゃないですか。わからないことを極端にわかりやすくすることは、結局自分の手元のおはじきだけで計算することだから、抽象を理解できなくなるんですよね。
鳥羽 学ぶって、抽象を理解して操作できるようになることですよね。実際、概念を一つ覚えただけでも世界の見方が変わってきますし。[和鳥3] 特に専門性はすごく大事です。専門家の方たちって、あまり知られていないような言葉でバーって話すじゃないですか。あれってまさに、その人が生まれ育った言語圏から離れた証拠ですよね。自分が親の言語圏で喋っている限りは、「私は親の価値観や世の中の価値観でしか生きられていません」と体現しているようなものです。専門性のある言葉を身につけるということは、世界の別の成り立ちを知ることでもあります。つまり、その感覚でもう一回見直すと、世界はまったく違うものとして立ち上がるということなんです。そう考えると、やはり学びには意味があると思います。
スー 知ることに対して怠慢だと、結局自分の首が絞まるなっていうのは、この歳になるととても思いますね。知ることに対して能動的になることで、日々のつまらなさはある程度解消できるかと。
鳥羽 知らないことを無意識的に自覚している人たちは、どうしても外付けの大きな存在に頼ろうとして、ある「偏り」にどんどん傾斜していくので困ることがありますよね。
スー 昨日友達とLINEをしていて、「資本主義社会に生きながらそれに対抗する方法は何か」という話になったんですよ。資本主義どっぷりで生きていくと、どうしても貨幣というモノの価値に人生が左右される。たとえば、時計の本来の価値は時間がわかること。だけど、時計はステータスとしても機能します。有名ブランドだから、限定数だからとかの価値を乗せてくると、全部資本主義的で、「あれ、それって時間をみるための時計じゃなくね?」みたいな感じになるじゃないですか。それに対抗するにはどうしたらいいかというと、「自分のことを幸せにするものは何なのか」を真剣に考えることだってなったんです。これはいくらだから、これはみんなが好きだから、とかじゃない。これは自分を幸せにするものだから、というのがわかっていれば、価格に対して主体的でいることができて、モノの価値を自分で決められる。だけどそれが流行ってるからとか、お金持ちが持ってるからとかになると、やっぱり一瞬で足元掬われるよね、という話を友人としてたんですよね。
鳥羽 そうなんですよね。そうなると結局他人の欲望で生きることになる。
スー 他人の欲望で生きる、それだ!
鳥羽 それって支配されてるってことなんですよ、結局。なので、そのことに自覚的になることですよね。この辺りは以前『君は君の人生の主役になれ』という本の中に書きました。
スー 他人の欲望で生きると、身ぐるみ剥がされますからね。他人の欲望で生きた人が最終的に持つ感情って、結局「何も持ってない私」になるんですよ、どうしても。
鳥羽 持っている振りをし続けるという、あの擬制は本当にきついですよね。
スー 多少は仕方ないけれど、他者の価値観にブラされすぎず、自分本来の輪郭を自分の価値観でつかむことにもう少し自覚的になることが大切かもしれません。でもその輪郭は流動的だとしっかり知ることが初めの一歩で、そこからどうやって他人の欲望で生きないようにするか。何をやっても幸せにならないならば、他人の欲望で生きているからかもしれませんね。結婚に焦るアラサー女子がいるのは、他人の欲望に飲み込まれてしまっているせいかも。「結婚したいかわからないけど、結婚しないとまずい」と思うならば、他人の欲望で生きている可能性がある。私も35歳までは他人の欲望に飲み込まれて婚活のようなことをしていたので、気持ちはわかりますけど。
*本記事は2025年11月5日に本屋B&Bで行われたイベントを採録、それに加筆修正を施したものです。
イベントの見逃し配信は、以下のURLよりご覧いただけます。
https://bbarchive251105b.peatix.com/view

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鳥羽和久
1976年、福岡県生まれ。2002年、大学院在学中に中学生40名を集めて学習塾を開き、以後、小中高生の学びに携わり続ける。現在、株式会社寺子屋ネット福岡代表取締役、唐人町寺子屋塾長、単位制高校「航空高校唐人町」校長、及びオルタナティブスクールTERA代表。著書に『親子の手帖 増補版』(鳥影社)、『おやときどきこども』(ナナロク社)、『君は君の人生の主役になれ』(ちくまプリマー新書)、『「推し」の文化論│BTSから世界とつながる』(晶文社)、『光る夏 旅をしても僕はそのまま』(晶文社)、編著に『「学び」がわからなくなったときに読む本』(あさま社)、『それがやさしさじゃ困る』(赤々舎)などがある。
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ジェーン・スー
1973年、東京生まれの日本人。作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティ。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ文庫)、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮文庫)、『おつかれ、今日の私。』(マガジンハウス)、『闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由』(文藝春秋)など。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
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- 鳥羽和久
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