2026年6月25日
なぜ、あえて「日本の小学校」? クリエイティブ視点から語る、日本の教育再発見
子育てのゴール、どう考える? 「マニュアル通り」で終わらない力をつけるには
「大きな事件もなく。ナレーションもつけず、ただ、淡々と。でも、なぜか、これが、面白い。共感と発見、確認。そして沁みる。日本の小学校、あらためてすごいな。ありがとうと言いたくなる。」
放送作家を引退し、新たな歩みをはじめた鈴木おさむさんが、自身のX(旧Twitter)でそう絶賛したドキュメンタリー作品があります。日本の公立小学校の1年間を描き出した映画『小学校~それは小さな社会~』(監督:山崎エマ)。
稀代のヒットメーカーとして大衆の心を掴み続けてきた鈴木さんと、初の著書『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』(新潮新書)を上梓するなどドキュメンタリー映画の枠を超えた活躍を見せる山崎監督。
後編では「ドキュメンタリー」と「バラエティ」の制作の違いから、「日本らしさ」が持つ強みと弱み、そして「子育てのゴール」まで、たっぷり語っていただきました。
構成=山野井春絵
ドキュメンタリーとバラエティ―― 「仕掛ける」か「待ち続ける」か
鈴木:制作の話を、もっと深く伺いたいな。山崎さんの映画を観ていて一番驚くのは、その「引いた視点」と「徹底した観察」でした。以前、森達也監督と対談した際に、「撮影側が出演者に仕掛けていくものはドキュメンタリーなのか」という話になったんですよね。森監督は「自分は面白くなるんだったら、そうする(仕掛ける)」と言ったんです。つまり、監督が物語を転がすために介入することも辞さないわけです。
山崎:ドキュメンタリーの定義は、実は作り手によってグラデーションが激しいですよね。
鈴木:僕がやってきた放送作家は、基本的には「仕掛ける側」です。パッケージを作って、わざと1万円を落としたら人はどう動くか、といった状況を意図的に作り出しプロデュースする。一方で山崎さんの手法は、ある種の「待ち」の美学を感じます。小学校という閉ざされた空間で、どうやってあの「透明な視点」を獲得したんですか?
山崎:私はアメリカで編集の仕事をはじめたとき、最初は「リアリティ番組」の現場にいました。そこでは、やろうと思えば編集技術でAという言葉とBという言葉を繋ぎ合わせて、出演者が言ってもいない文脈を作り上げることも可能です。その「加工されたリアル」の恐ろしさを知っているからこそ、私はナレーションを排し、あえて700時間という膨大な時間をかけて、凝縮された真実を編む手法を選びました。
鈴木:でも、カメラがある時点で、そこはもう「日常」ではないですよね。
山崎:おっしゃる通りです。特に1年生は「学校とはこういうものだ」と最初に刷り込んでしまえば溶け込みやすいのですが、高学年はそうはいかない。だからこそ、私は700時間という膨大な時間を現場で過ごしたんです。放送作家の皆さんが「打率」を上げるために仕掛けるのとは対照的に、ドキュメンタリー監督は、いつ起こるか分からない「ストーリーが始まる瞬間」を待ち続ける、果てしない辛抱の作業なんです。
鈴木:700時間を100分に凝縮する。その過程で「何を捨て、何を残すか」に、監督の思想がすべて現れますね。
山崎:例えば給食のシーンを100回撮ったとしても、映画に使うのは1回分。それを「何月何日の記録」として提示するのではなく、100回の観察を経て、私が感じた「これが日本の給食の本質だ」というディテールを編み込んでいく。作り手の介入を許さない「ドキュメンタリー純粋派」の人たちから見れば、これも「再構成された嘘」と言われるのかもしれませんが、私はそこにしか宿らない真実を信じています。
鈴木:日本だと、ドキュメンタリーはまだ「報道」に近い。真面目で暗いイメージに縛られている気がします。
山崎:本当にそうなんです! 日本で仕事をすると、「ナレーションがないのにドキュメンタリーなんですか?」とか「ドキュメンタリーなのに泣けたんですけど」と驚かれる(笑)。一方で、海外ではもっとジャンルが自由です。Netflixを見れば、非常にスタイリッシュなドキュメンタリーがメインストリームにありますよね。
鈴木:考えてみれば、職員室、あそこも「小さな社会」ですよね。職員室に特化したドキュメンタリーも観てみたいな。先生たちがどれだけ大変か、それを公開することで社会が変わるかもしれない。
山崎:あ、なるほど。それは参考にします(笑)。次は「教育を受けた大人たちがどうなっているか」という組織の話にも興味があります。中学校・高校の課題も多いですよね。教員になりたい人が減っている中で、先生たちがやりがいを感じている姿も、ちゃんと映画で伝えたかったんです。
「あえて公立」を選ぶ理由
山崎:鈴木さんは、息子さんをなぜ公立小学校に入れたんですか? 有名人の方は、インターナショナルスクールとか私立に入れられる方も多いですよね。
鈴木:僕らは夫婦ともに働いていて、時間も不規則。だから自分たちの生活に無理をしたくない、学校から家が近いことがまず第一条件でした。でももう一つ、ある教育学者の方に「僕、公立に入れようと思ってるんです」って話したとき、言われたことがあるんです。「自分よりお金がない人がいて、金持ちがいて、障害を持っている子がいて……というさまざまな人たちを見ることが、一番の教育だ」と。
山崎:人との違いを知る、ということですね。
鈴木:そう。私立だと似たような人が集まるじゃないですか。転校しちゃう人が多いのも、公立ならでは。僕は受験に興味がないから、やりたいならやればいいけど、どちらかというとやらせたくないと思っていました。選択肢をいっぱい用意してあげたうえで「自分で選べ」って言いたい。あとはやっぱり自分たちの生活にストレスがなければ、子どもを抱きしめる時間も増えるし、それが一番大事だと思っているんです。
山崎:私も同じです。私が学校に求めているのは「人と関わる練習の場」としての役割。苦手な人も、好きな人もいる中で、家庭ではできないことを練習してほしい。日本は98%以上が公立小学校に行く国だから、そのシステムを信じて貢献したいし、足りない部分は家庭や学校外で補えばいい、という考え方です。学校に求めすぎず、限界もわかった上で行かせるならば、公立は絶対いいところのほうが勝っていると思う。
鈴木:この間、息子が通知表をもらってきたんですよ。今の通知表って「よくできた」「できた」「がんばろう」の3段階じゃないですか。息子がバーンと見せてきたと思ったら「よくできた」がほぼ無いんですよ(笑)。「お前よくこれを自信満々で見せられるな」って言ったんですけど、息子が「ちょっと待って、よく見てよ。『がんばろう』が減ったんだよ」って。
山崎:あ、すごい! 前の自分との比較ですね。
鈴木:そう。「がんばろう」が減って、「できた」が増えてるんだ、って。はっとしました。昔みたいに周りの子と比べてどのくらいできるか、という相対評価で考えると「4や5がいくつあるか」にどうしても注目しちゃうんだけど、2のレベルだった仕事が3になることを褒めるって、仕事場でも忘れがちじゃないですか。これは息子に教えられた、と思いましたね。
山崎:それ、日本の教育も進化している証拠ですね。私は中学でインターナショナルスクールに入った当初、そういう評価方法を目の当たりにしてびっくりした記憶があります。周りと比べてどうか、ではなくて、自分がどれだけ成長できるか。その考え方を子どもが自ら言えるっていうのは、きっと先生か誰か大人がそういう目線で接してくれているんでしょうね。
eスポーツ、ダンス……厳しくても「好き」なら頑張れるもの
鈴木:息子の中学以降の進路は、まだわからないですけど、僕はいま、「eスポーツ高等学院」の外部理事をやっているので、彼をその学校に連れて行ったんです。そこでは、不登校だったような子たちが、親に「ゲーム好きならここ行ってみれば?」と言われて入学してきて、生き生きとゲームを学んでる。それをきっかけに週1回、プロの先生に「フォートナイト」を教わる特別授業を息子に受けさせるようになったんですよ。
山崎:ゲームの英才教育ですね。
鈴木:でもね、先生がめちゃくちゃ厳しいんです。フォートナイトって難しいから。息子は一度は「もう嫌だ」ってなったんですけど、それを乗り越えたらすごく良くなった。ボイスチャットでさまざまな仲間もできて、教えたり教わったりして、能力が飛躍的に上がったんです。学校でこんなに厳しかったら問題になるかもしれないけど、自分の好きなことなんだからいいだろう、と思いました。
山崎:「好き」がきっかけで頑張れる環境ですね。
鈴木:ダンスもそうですよ。LDH(注:EXILEや三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEが所属する事務所)の人たちも、小中学校からダンスを始めている人が多いのですが、ダンスって頑張りが分かりやすくお金や評価に繋がる世界なんですよね。だから、早めの段階で「お前より上手い奴がいる」っていう現実を突きつけられる。自分が好きなことで「うわ、もう嫌だ」と思って、それでも頑張ったら上に行けるっていう経験を小中学校でできるのは、すごくいいなと思うんです。
山崎:私の場合は、それが映画でした。14歳で「映画監督になりたい」と思ったとき、それを趣味で終わらせずにキャリアに繋げてくれたのは、その頃出会ったインターナショナルスクールの先生たちや環境のおかげだと思っています。好きだからこそ、厳しいランキングの世界も受け入れられるんですよね。
「電車が時間通り来る社会」の強みと限界
山崎:電車が時間通りに来る日本の奇跡。海外に行って初めて気づいたんですけど、最近、その「きっちりしすぎていること」の限界も感じませんか?
鈴木:ああ、わかります。あるタクシー会社は、おそらく会社のマニュアルで、迎車の時はお客さんが来たら運転手さんが必ず外に出て扉を開けなきゃいけないって決まっているんですよね。でも、ある日、雨が降ってたんですよ。僕、傘差してなくて、濡れたくないから、車の中にいる運転手さんに「そのままで良いから、早く開けてくれませんか」って言ったのに、その運転手さんはマニュアル通りわざわざ一度車から降りて、傘も差さずに後部座席の扉を手で開けようとしてくれたんです。お客さんへの心遣いゆえの行動であることはわかるけど、正直その時は「この人、僕が雨にさらされる3秒を考えられないのかな」と思っちゃいました。運転席に座ったまま扉を開けてくれたらすぐに車に入れたのになって。
山崎:マニュアルを守ることが最優先になっちゃってる。
鈴木:そう! こういうところ、日本だな〜って。オリンピックの撮影の時も大変だったでしょう?(注:山崎監督は東京2020オリンピックにおいて公式映画の共同監督を務めた)
山崎:本当にそうでした。体操競技の合間の短い休憩時間に、ある選手が「トイレに行きたい」と言っているのに、選手エリアの出入りを管理しているボランティアの人が「パスがないから通せません」と。いや、どうみても選手だし、2、3分しかない合間なんだから通してあげてよ! って思いました。そういう場面でも「ルールですから」と頑なに例外を認めない。応用力が死んでしまっている。
鈴木:ルールを守らないと殺される、というぐらいの恐怖があるんでしょうね。でもそこが変わっていけば、日本の「ちゃんとしている」っていう強みは、もっと世界で爆発すると思うんです。目の前のことを自分で考えて、ビビらずに動けさえすれば。
山崎:『小学校』の映画を観た欧米の方から、「今自分たちの国では、みんなが自分の権利や意見を主張し過ぎて互いに協力できず、社会が壊れかけているから、逆に日本に学びたい」という声をたくさん聴きました。日本のベースにある「配慮」や「協力」は残しつつ、足りない「応用力」をどう注入していくか。そこを大人がやっていかないと、子どもはそのまま育ってしまいますよね。私たちの責任は大きいと思います。
子育てのゴールって?
山崎:鈴木さんは、子育てのゴールについてどう考えていますか? 私の両親は、「18歳の自立」を明確に掲げていました。私も、息子が成人になるころには「世界のどこでも生きていける、何でもやっていける」と考えられるようになっていてほしい。親ができるのは、盆栽の針金みたいに、気づかれない程度にそっと子どもを導き支えて、ある時期が来たらパッとその針金を外してあげることかな、と思っています。
鈴木:僕は息子に、「感情の振れ幅」を持ってほしいと思っています。去年、大阪万博のイベントに息子と行ったんです。あるテレビ局での仕事として行ったのに、楽屋の用意もなくて、めちゃくちゃ暑い中長時間待たされて、案内もない。僕、もうキレまくったんですよ、「どうなってるんだよ!」とかって。
山崎:あはは、お父さんキレた(笑)!
鈴木:そしたら息子がね、「父ちゃんがあんなに怒ってるの、めっちゃ面白かった」って言ったんですよ。彼にとっては、用意されたパビリオンを見るより、「父親が本気で怒っている姿」のほうが強烈に記憶に残ったんですよね。たとえば旅行に行ったときも、道に迷ったことが一番の思い出になることってありますよね。
山崎:予定通りじゃないことが、一番の教育になる。
鈴木:そう。何に感動して、何に腹を立てたか。それを自分の言葉で人に伝えられる能力があれば、国語や算数ができなくたって生きていける。だから僕は、いいものも見せたいし、しんどい経験もさせたい。心が動く瞬間を、一回でも多く作ってあげたいと思っています。
山崎:わあ、その考え方は素敵ですね。うちはまだ息子が幼いので、これからの楽しみが増えた気がします。……今日は、一人の親としても、クリエイターとしても、勇気をもらえるお話ばかりでした。本当にありがとうございました!
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山崎エマ
1989年大阪生まれ。イギリス人の父と日本人の母を持つ。ドキュメンタリー監督。ニューヨーク大学映画制作学部卒。最新作の『小学校~それは小さな社会~』(2024年)は「テレビ界のアカデミー賞」と言われる米エミー賞に、同作から生まれた短編『Instruments of a Beating Heart』は米アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門にそれぞれノミネート。
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鈴木おさむ
スタートアップファクトリー代表。千葉県千倉町 (現・南房総市)生まれ。19歳の時に放送作家になり、それから32年間、様々なコンテンツを生み出す。2024年3月31日をもち放送作家・脚本業を引退し、現在は、toC向けファンド「スタートアップファクトリー」を立ち上げ、その代表を務める。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
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- 山崎エマ
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1989年大阪生まれ。イギリス人の父と日本人の母を持つ。ドキュメンタリー監督。ニューヨーク大学映画制作学部卒。最新作の『小学校~それは小さな社会~』(2024年)は「テレビ界のアカデミー賞」と言われる米エミー賞に、同作から生まれた短編『Instruments of a Beating Heart』は米アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門にそれぞれノミネート。
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- 鈴木おさむ
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スタートアップファクトリー代表。千葉県千倉町 (現・南房総市)生まれ。19歳の時に放送作家になり、それから32年間、様々なコンテンツを生み出す。2024年3月31日をもち放送作家・脚本業を引退し、現在は、toC向けファンド「スタートアップファクトリー」を立ち上げ、その代表を務める。

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