「やりたいことはわかっているはず。挑戦しなさい」。独立へと背を押したのは、中華料理店 PANDA EXPRESSのオマケのフォーチュンクッキーに入っていたおみくじの一言だった——映画祭で13を超す賞に輝いた映画『イーストサイド・寿司(East Side Sushi)』のアンソニー・ルセロ監督は語る。

東京のアメリカンセンターで取材に応じるルセロ監督
 

 カリフォルニア州オークランドを舞台とする『イーストサイド・寿司』は、フルーツの移動販売をしながら娘を育てていたシングルマザーのメキシコ系女性が、皿洗いとして職を得た寿司屋で寿司のおいしさ、美しさに魅了され、寿司職人を目指す物語。主人公のフアナは、女性であること、外見がアジア人でないこと、生ものを嫌う父親の理解を得られないなど様々な障害を乗り越えて、回りの人々の先入観を覆しながら夢の実現を目指す。監督は語る。

寿司に魅了されたフアナ(ディアナ・エリザベス・トーレス)は自宅で試作をはじめる


「まさに人種の坩堝であるオークランドで育った僕にとって、多様な背景を持つ人が一緒に暮らす環境は当たり前のものでした。この映画は地元へのオマージュであり、同時に、僕のテーマである『普通の人が特別なことをする』物語でもあります。
 あるレストランで厨房の奥をながめていたら、ラテン系の従業員が皿を洗っていた。よく見ると、フレンチでもイタリアンでも、どのレストランにも表に出ないところにラテン系従業員がいる。レストランの『本物っぽさ』とは何だろうと思うと同時に、皿を洗っている人がシェフになりたいと夢見たらどうなるだろうと考えはじめたのです。
 料理を何にしようか考えたとき、フレンチも候補にしたけれど、やはり美しくて映画的だし、何よりおいしいから、寿司に決めました。半年以上、寿司の研究をしました。そして、リサーチを進めるうち、女性の寿司職人が見当たらないことに気づいたのです。主人公は当初男性を想定していましたが、女性ならば、民族だけでなく、性差別――とても微妙な見えにくい差別ですが――の問題も取り上げられると思ったのです。
 映画で、いわゆるマイノリティを主人公に据えることは得策ではありません。ロサンゼルスタイムスの調査によると、ハリウッド映画で主人公が女性のものは15%。別の調査によると、セリフのある登場人物のうち、ラテン系は5.8%、アジア系は5.1%。主人公がラテン系の女性で他の登場人物がアジア系の『イーストサイド・寿司』は、最初から困難に直面するようなものでした。
 実際、脚本を書いてプロデューサーや制作会社に送ったり脚本コンテストに応募しても、拒否に次ぐ拒否。結局、制作費の半分は自腹を切って、スタッフの半分はボランティアのようなもので、主役の2人(ディアナ・エリザベス・トーレス、竹内豊)をホテルに泊める予算もなく、知人の家に泊まってもらうなどして、自主制作することになりました」

寿司職人のアキ(竹内豊)は、フアナの挑戦を応援する


 ルセロ監督は、この映画の制作を始める前、ルーカスフィルムなど大手制作会社に在籍し、『スターウォーズ エピソード1、2』『パイレーツ・オブ・カリビアン』『ハリー・ポッター』など世界的ヒット作品の特殊撮影を担当していた。
「給料が保証されて福利厚生もしっかりした職を捨てて、貯金を穴に放り込んでいくような状態は正直言って苦しかった。大学で映画作りは学んだけれど、それを市場に出すのがどんなに難しいかは教えてくれなかった。人に頭を下げて、お金を借りて、頼み事ばかりしていたけれど、それでもやはり自分の伝えたい物語を映画にしたかった。自分の心を震わせる物語を描きたかった。ハリウッドの大規模映画は確かに素晴らしいけれど、20年やってきて、もう人の物語ではなく自分の物語を作りたいと思った。僕にはもっと高い目標があると思ったのです」
 脚本段階での売り込みには苦戦した『イーストサイド・寿司』だが、アリゾナ国際フィルムフェスティバルやサンフランシスコ・インディフェストなど数々の映画祭で高い評価を受け、サンフランシスコ・ウィークリー誌の「2015年トップ10フィルム」にも選出された。

この映画への注目度を一気にあげたポスター


「アメリカの現状を見ると、アメリカ合衆国というより分裂国の様相を呈しています。この映画も多様性に富む西海岸はともかく、内陸部はどうかと思ったのですが、全米ツアーをしてみると幸いワイオミング州などの中西部でも大好評で、受け入れられたと感じています。残念なことに日本ではまだ女性寿司職人には抵抗感があるとのことで配給会社がみつかっていませんが、日本の上映会(南カリフォルニア大学と米国務省によるAmerican Film Showcaseプロジェクト)で好評だったので、もっと多くの日本のみなさんに見て欲しいと思っています」
 ずっと前から自分の映画を作りたいと思っていたというルセロ監督に、夢をもったのはいつ頃だったか聞いてみた。
「7歳か8歳の頃だったと思います。スターウォーズのメイキングビデオを繰り返し見ていたのを覚えています。どんな風に撮影するんだろう、どうやって作るんだろうと思いながら。そして大学を選ぶときにサンフランシスコ州立大学に映画科があることを知って、『そんな楽しそうなコースがあるんだ!』と思って進学したのです。子供の頃の夢がかなって本当にスターウォーズの制作に関われたなんて、すごいことだと思っています。夢はかなう。子供たちにそう伝えたい」
 そう語るルセロ監督はいま、来年始まる新たなテレビシリーズの制作に取りかかっている。こんどの主役もマイノリティの女性だ。

 

Anthony Lucero(アンソニー・ルセロ)
映画監督。カリフォルニア州オークランド生まれ。サンフランシスコ州立大学映画学科を卒業後、ルーカスフィルム Industrial Light & Magicなどでスターウォーズ エピソード1、2、パイレーツ・オブ・カリビアン、ハリー・ポッターなど数々の超大作の特殊撮影を担当する。初監督作「イーストサイド・寿司」では脚本も担当した。