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しつもん、考える人

2020年3月4日

しつもん、考える人

演出家 インバル・ピント Inbal Pinto

その一瞬は、はかなくとも生き生きとしたものでありつづける。

著者: 考える人編集部

村上春樹90年代の代表作であり、村上文学が世界に読まれるきっかけともなった長編小説『ねじまき鳥クロニクル』。この小説を斬新な表現で舞台化したのは、イスラエル出身の演出家・舞踊家であるインバル・ピントのチームだ。コンテンポラリーダンス、台詞、演技、そして美術と音楽……舞台では、それらすべてがクリエイティブに昇華されている。一年をかけて舞台を創りあげたインバル・ピントに村上文学と演劇について聞いた(2月11日~27日、池袋の東京芸術劇場プレイハウスで上演。残念ながら、東京での千秋楽までの3日間と大阪・愛知公演は新型コロナウィルス感染防止のため中止となった)。

舞台『ねじまき鳥クロニクル』の演出・振付・美術を手がけたインバル・ピント

――一年以上かけて、『ねじまき鳥クロニクル』舞台化の構想を練ったと伺いました。初日には、村上春樹さんもいらしていましたが、幕が開いた時の感想はいかがでしたか。

 演出の道程には不確実なところが無数にある一方、着実に迫ってくるタイムリミットもあります。小説は作家が書き終えなければ出版されないわけですが、舞台芸術では稽古が始まるよりずっと前にゴールの時点が設定されてしまっている。そして作り手が作品を完成させたかどうかにかかわらず、幕は上がります。ですから、今回、初日の幕が開いて、ただゴールに無事たどり着けたというだけでなく、劇中のすべての要素のタイミングが噛み合い、すべての場面で私たちの狙いどおりの表現ができたのを目にしたときには、満足を超えて感動を覚えました。おまけに村上春樹さんご本人がいらっしゃって舞台全体を堪能し、満足してくださったのですから!

謎めいた女子高生・笠原メイを演じるのは、NHK大河ドラマでも活躍中の門脇麦

――プログラムへの寄稿の中で、共同演出のアミール・クリガー氏とともに、「本作は小説をそのままなぞるのではなく、私たちが解釈した原作の核を提示することでその本質を称え、我々がどのようにこの作品を理解したのか表現することを目指しています。(中略)『ねじまき鳥クロニクル』という我々の旅を、皆さまと分かち合うことができましたら、これほど嬉しいことはありません。」と言っています。どのような旅でしたか。 

 企画の初期から稽古の段階までずっとついて回った大きな問題は「村上さんの小説に出てくる各登場人物の体と心の状態――現実と想像が絡み合った複雑な内面――をどう三次元的に置き換えるか」ということでした。言葉で語られる物語を視覚や動作の表現に移すという挑戦。これはとてもややこしい作業で、小説の核心や本質を保ちつづけたままその内容の大部分を放棄し、しかし同時に作品を補強したりバランスを整えたり、新しい表現をもたらしてくれる内容をそこに付け足さなくてはなりません。

 場面ごとに語りの手法も異なれば、そこに含まれる感情の配合も異なります。この作品は、究極的には我々自身の潜在意識にむかう内面の旅――肉体という塊を打ち破って、脳内の空間をあちこち移動しようとする物語であると言えると思います。

――言語芸術である小説をフィジカルに表現することにとても新鮮な感動を覚えます。ダンスという表現によって、村上文学の再構築を試みているわけですが、Murakamiの小説のどの部分に「身体性」を感じているのでしょうか。また今回は音楽も生演奏ですが、身体性を重要視したからでしょうか。

 原作を舞台化する際にはストーリーや場面に大幅な改変を加える必要がありました。私は自分のことを第一にダンス・クリエイターであると考えています。まずは様々な状況に対して、それにふさわしい身体表現を見つけようとするのです。

 岡田トオルの人格を二人に分裂させることにしたり、自身の苦痛について語る加納クレタを踊り手たちの体で覆いつくしたりしました。たとえば、苦痛というものにはなにか強烈な力がありますが、それは目には見えません。そういったものを見える形、体験できる形にすることではじめて人々は共感したりわくわくしたりできるようになるのです。

 ダンスと音楽のあいだには密接な繋がりがあります。音楽を聴くことで身体的な反応が生まれ、私が新しい動きを考えつくとそれが音楽に化学反応を生じさせる。両者がより合わさってひとつの表現となります。

 大友良英さんと一緒に舞台を創れたのは心躍る経験でした。私たちは協力して人間というものの性質にふさわしい身体的・音楽的表現を模索しました。毎回の公演ごとに演奏者・踊り手・演じ手が同じ場面を再創造することで、その一瞬は、はかなくとも生き生きとしたものでありつづける。舞台芸術の醍醐味です。

今回の舞台はダンサーなくしては成立しない

――村上春樹の小説は、いまや世界50言語以上に翻訳されています。なぜ村上文学は言語の壁を越えて読まれるのでしょうか。その理由をインバルさんは、どう考えますか。

 村上さんの現実を超越した小説は、読者の想像力を解き放ってくれます。異なる考え方や文化や言語を受け入れてくれる余地がある。幅広い解釈を許し、現実世界と想像世界のあいだの広い領域にまたがっています。

――この作品の舞台美術は、まるで立体的な絵本のようで、その仕掛けや色彩によって想像力が刺激されます。原作小説を舞台に表現するインバルさん独自のビジュアル・イメージは、どこから生まれてくるのでしょうか。

 原作小説を読んだときに頭の中に勢いよく流れ込んできた想像世界と、自分がクリエイターとして持っている視覚的世界を融合させました。私はいつも人間の置かれている状況をビジュアルと動作で表現しようとします。

インバル・ピント自身もお手本を見せながら、役者・ダンサーたちとともに身体表現の極限に挑戦していく

――今回の舞台で、特にインバルさんが観てほしい場面はありますか。またご自身が舞台で「踊る・歌う・演じる」とすれば、どの場面で、どの役で登場したいですか。

 自分ではこの作品を様々な細部からなる大きな織物のように捉えています。特定の部分が他より重要だということはありません。美しい小さな宝石を組み合わせてネックレスを作るようなものです。宝石は個々にも美しいけれど、それひとつではネックレス全体の持つ雰囲気や力強さを醸しだすことはできないからです。

――今後、ほかの村上作品で舞台化したい作品はありますか。

 いくつかアイディアはありますが、まだはっきりとした形にはなっていません。村上さんの小説は素晴らしく、そして刺激的なので、またいつか関わることができたら嬉しいですね。

(写真撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ)

Inbal Pinto(インバル・ピント)
1969年にイスラエルで生まれる。5歳でダンスを始め、エルサレムのベザレル・アカデミーでグラフィックアートを学ぶ。ダンサーとしてバットシェバ舞踊団に在籍。90年から振付の活動を始め、93年『Dio-Can』で本格的にデビュー。2000年、『Wrapped』でニューヨークのベッシー賞を受賞。93年にダンスカンパニーを創設し、数々の作品を創作。日本でも『オイスター』や『ウォールフラワー』等の作品が紹介されている。ダンス以外にオペラやCMも手がけている。07年、イスラエル文化賞とテルアビブ市賞を受賞。11年、『Toros』と『Rushes Plus』でイスラエル文化賞を受賞。13年、佐野洋子原作の絵本『100万回生きたねこ』を舞台化し、読売演劇大賞優秀演出家賞・優秀作品賞を受賞。ほか、日本での作品に、17年『百鬼オペラ 「羅生門」』がある。

舞台『ねじまき鳥クロニクル』

トップクリエイターが集結し挑む、村上春樹の代表作!

芝居、コンテンポラリーダンス、音楽が見事に融合し、
既成ジャンルを打ち壊す独創的な空間が立ち現れる。

※新型コロナウィルス感染防止のため、東京公演は急遽2月27日(木)をもって休演、大阪・愛知公演は中止となりました。

https://horipro-stage.jp/stage/nejimaki2020/

 

考える人編集部

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2002年7月創刊。“シンプルな暮らし、自分の頭で考える力”をモットーに、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

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松村 正樹

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  • 津野海太郎「最後の読書」読売文学賞受賞


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