前回の記事へ

宮田 今度は松澤さんですが、運営しているサイトが「東京別視点ガイド」と言うぐらいですから、なにか別な視点で「東京」を見ているんでしょうか。

松澤 そうですね。お二方とはだいぶ毛色が違っていて、「人間」に着目しがちです。
 まず、簡単に私の略歴を申し上げますと、今35歳です。2006年に大学を卒業し、次の年に友人と3人で、高円寺でカフェを経営し始めました。それがちょっと変わったイベントをやって集客するカフェだったのですが、自分はゲテモノを食べたりお笑いのイベントをやったりしていたのに、あとの2人は出会い系のパーティーとDJパーティーという、全く方向性の違う取り合わせで。

宮田 世の中的には出会い系のほうがメジャーですよね。

松澤 はい。だから出会い系パーティーで200~300人くらい来ている片隅で、私は虫を食べるイベントを小さくやっていて、どちらにとっても得がなかった。なので、3年ぐらいでやめまして、自分で今後カフェなどのお店を始めるときの参考として、変わった活動をしている人や、今ある変なお店ってどういうことをやっているのかという、リサーチも兼ねて始めたのが「東京別視点ガイド」でした。
 実際にめぐってみると、自分が本当にすごいなと思う人たちはだいたい50~60代で、しばらくは、そういう方たちをブログで紹介することに特化しました。そのうち、フリーランスのライターとして食べられるようになり、さらに昨年、観光会社「別視点」をつくって、変わったところにバスツアーで連れていくツアーなどの仕事を今は社員3人でやっています。
 私たちが巡っているのは、「珍スポット」と呼ばれている、ちょっと変わった観光地ばかりですが、具体的に「珍スポット」がどういうところかわからないと思うので、いくつか代表的なところを説明します。
 まず、今までで世界中合わせて1000カ所ぐらいの珍スポットに行きましたが、中でも一番好きなのが新橋の「かがや」という居酒屋です。これ、「かがや」の「ぐるなび」のページなんですが、あり得ないでしょう、こんな手書きのクレヨン画。

 
 

皆川 これはすごいな、確かに。

松澤 ページの下の方を見ても、「ぽよーん。へろへろーーん」とか、もう全然説明する気がない。
 ふざけ半分でやっているのか何なのかよくわからないなと最初は思ったのですが、公式ホームページに載っていた店内の写真を見て「ここは"本物"だな」って直感してすぐ行ったのです。
 店長はマーク・カガヤさんという方で、客が来ると必ずアンパンマンマーチを一曲歌ってから、このリモコン式のアンパンマンの頭の上におしぼりを乗っけて、リモコンでみんなの卓に運ぶので、客が多いときはこのくだりだけで10分ぐらい使う(笑)。律義に絶対にやるから。

 

宮田 何のためにやるんですかね。

松澤 何のためにやるのかがわかんないんですよ。
 メニューもコース料理しかなくて、これは「あー、やっと仕事終わった。おなかペコペコなんだ マスター、おいしいもん、たくさんたべさせてよ、お願い」というコース。

 
 

宮田 それが2160円。

松澤 はい。これを今みたいに全く心がこもっていない感じで読むと、全然伝わってこないと言って何度でもやり直しを食らう(笑)。

宮田 めんどくさっ(笑)。

松澤 めんどくさいんですよ。逆に一発でうまく言えてしまうと、「じゃあ次はミュージカル調で」と難しい制約を加えてくる。
 さらに、ここの一番の売りは、料理の運び方を選べることです。日本、中国、アメリカ、ブラジルというように5~6カ国あるうちから、たとえば日本を選ぶと日本舞踊をしっかり5分ぐらい踊ってから、ドリンクを運んできます。

宮田 一卓ずつそれを踊るわけ?

松澤 はい、一卓、一卓、日本だったら踊りますし、中国だったら中国っぽいパフォーマンスをしてから運んでくる。

宮田 めっちゃ時間かかりますね。

松澤 めちゃめちゃかかります。でも、この日本舞踊はものすごく本格的。詳しく聞いたらお母さんが日本舞踊の先生で、しっかり基礎ができている踊りを見せられます(笑)。

宮田 使い方を間違っていると思うよ。

松澤 それがまた異様なんですよね。で、その間この店長さんって、パフォーマンスやっているときにはにこにこしたりもするんですけれども、それ以外基本的に真顔で、にこりともしないのですね。もう一人、料理担当の女性がいますが、その方も店長さんが踊っている最中、この顔でずっと見ている(笑)。

 


 にこりともしないで、客席をずっと監視しているんですよ。だから、笑っていいのか何なのかわからなくて、客席には常に変な緊張感があるんです。
 最初何回か通っていたうちは、このパフォーマンスの意味が全然わからなくて、あっけにとられていましたが、あとから話を聞くと、この店長はかなり論理的に考えている。このお店をもう30年やっているのですが、初めのころは新橋という土地柄、普通の居酒屋だと思って来店したサラリーマンから「ふざけるな、ちゃんと早く運んでこい」と怒られていたそうですが、めげないで毎日これをやっていたんですって(笑)。
 料理の運び方も、ベネズエラとか新しい国を加えたらと、たまに常連さんに言われるそうですが、そう簡単には加えない。なぜなら、ブラジルなら「サンバがある」といった、みんなの中のブラジルに対する共通認識がまずあって、そこからどうずらすかがおもしろい。しかし、ベネズエラはもともとの共通認識がなく、おもしろくならないから、僕は入れないんだと、めちゃくちゃ理路整然と説明されました(笑)。
 こんな意味のないことを30年間毎日やり続けている人がいるということに、僕は感動してしまいます。自分がやっている活動もそういうところを紹介しているものですから、そんなにニーズもありませんし、時折何のためにこんなの書いているのかなんて思うのですが、せいぜい自分は5~6年しか今の仕事をやっていないですから、もう30年もやっている人がいるんだったらいちいち悩んでられないなと背中を押されるんですよ。

宮田 よく30年もったね。

松澤 でも今は満席で予約が取れないほどです。

皆川 そうでしょうね。行きたくなりますよ。

松澤 半分以上外人さんですし、外人さんには英語でちゃんと接客します。アンパンマンマーチではなくて、彼らがわかるように、ダース・ベイダーのテーマ曲に変えるんです。

松澤 自分は珍スポットを「店長の精神がありありと現れた空間」と定義づけしています。それがとても「スペクタクル」だなと思う。東京には、人間の心の機微が現れている場所が多いです。

宮田 確かにすごいな。

松澤 また、最近特に観光業として力を入れてやっているのが、あるマニアの人をガイドに立てて、その人とフィールドワークを一緒にするという活動です。
 珍スポットが「誰でも行ける、出入りできる、人間の精神の発露」だとすれば、マニアの方々というのも、その人なりのものすごいこだわりがあって、ある種の「珍スポット」だと捉えるようになりました。たとえば代表的なところで言うと、「特殊町歩き 片手袋GO」というのをやりました。

宮田 意味がわからない。

松澤 道に落ちている手袋ばかりを10数年間必ず撮っている石井公二さんという片手袋研究家の方がいます。この方、終電を逃してタクシーで家に帰る途中に、うっかり車窓から手袋が落ちているのを見たら、一回家に帰って自転車で一時間かけてでもその現場へ行って写真に撮ってから帰って寝るというぐらいすごい方なんです。撮り逃すと罪悪感で寝られないんですって。その方が、撮った手袋をこのように分類しているのです。

 
 

宮田 マニアですね。

松澤 中でも大事なのが、「放置型」と「介入型」というところ。「放置型」というのは落とした人以外全く触れていないもの。落とし主以外の誰かが触れて、別のところに置いていたり、誰かがちょっと触れていたりするものを「介入型」と言うそうです。都会の人は冷たいと言うけど、介入型は実は人の優しさのあらわれだと(笑)。
 この写真にも片手袋があるんですけれども、わかりますか。

 
 

皆川 あった、あった。介入型!

松澤 あ、そうです。介入型です。

 
 

宮田 もう「型」を覚えていますね、早いな。これはツアーの前に予め仕込んでいるわけではなくて?

松澤 いえいえ、偶然です。もちろん歩いていて何もないときもあるのですが、最初から手袋を見つけるのが目的のイベントにしたくないと石井さんは言うんです。手袋は偶然見つかってしまうものだから、それを目的にしたくないと。なので、このときも表向きは「正月の七福神めぐり」なんです。で、うっかり見つかってしまったという(てい)でやりましたが、実際7個見つかりました。
 仕込みじゃなくて、偶然なんですよね。でも都会は、モノをひっかけられるところがあまりないから、こういう室外機の上などは置かれがちだと言っていました。

 


 これは日暮里なのですけれども、有名なお好み焼き屋さんの目の前に落ちていたんですね。放置と介入、どっちだと思います?

皆川 放置型ですね。でも軒下だから少し雨の当たらないところによけた痕跡がありますね。

松澤 そうです。石井さんはこれ、緩やかな介入型ではないかと(笑)。

皆川 路面が乾いていて手袋が濡れているから、この写真は時間の経過を物語っていますよ。

松澤 そうそう、どこかにひっかけるほどではないにせよ、人に踏まれづらいところには置くぐらいの緩やかな介入だと。

皆川 雨で濡れた手袋と人のやさしさを物語る、いい写真ですね。

宮田 何でそんなにのめり込めるの。俺、全然のめり込めないんだけど。

松澤 (笑)。つまり、こういう、一見何でもないものに人間の意図や歴史が入ってくるところに、ミクロだけどスペクタクルを感じます。人間の意図がおもしろいなと思うので、東京も捨てたものではないです。

宮田 いや、ハードル高いわ(笑)。最初の店はおもしろそうだなと思いましたけど、片手袋はハードル高いわ。ひとまず、ありがとうございました。

皆川 見方を変えれば、すぐ近くにもスペクタクルがある。東京もまだまだ捨てたものではないというのが宮田さんにもおわかりいただけたかと……。

宮田 そうなのかな(笑)。先ほどのスリバチ地形は何となくわかる。箱庭好きってあるじゃないですか。閉ざされた空間にいろいろなものがあって、盆栽とかに近いのかな。
 村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の最初に地図がついていますが、閉ざされた世界で、その中にいろいろな建物や公園がある。ああいうのを見ると、そこに逃げ込みたくなるような世界。

皆川 あれ? 「ドキドキ」とかけ離れていく感じがしますけど、大丈夫ですか。しみじみ系に入っていませんか。

宮田 実は年を重ねてから、しみじみ系にひかれ始めてるんですよね。

松澤 それはどういうことですか。

宮田 最初、僕は変なスポットも好きで、廃墟とか見に行っていたんですよ。ところが、年を重ねると、だんだん廃墟がつらくなってきた。なんだか、死の影があるでしょう。

松澤 建物としては死んでいますもんね。

宮田 廃墟って辛気くさいなと。だから離れようとしたんです。

皆川 それで、「おおっ」という驚きを求めるようになったんですね。

宮田 普通に戻ってきたのかもしれない。

皆川 でも、さっきの片手袋の紹介にあったような、あの面白さに目覚めると、日常にも「おおっ」ていう驚きがあることに気づきますよね。

松澤 そうですね。自分はそういったミクロな面白さを求めるほうなので。

宮田 ミクロにはこもりたくない。やっぱりでかいところに向かいたい。だって、暗くないですか。

皆川 そうですね、誰もが暗い世界には入りたくないですよね。子供のころ暗かったのですか?

宮田 そうかもしれない。

松澤 宮田さんは石もお好きですよね。石はどういった観点で好きだと感じるんですか。石も結構小さい世界だと思いますが。

宮田 大きさは関係なくて、海に行って石を拾うのが好きなんです。石も、ただの石ではなくて、「いい感じ」の石。

松澤 どういうものが「いい感じ」なのですか。

宮田 手にしっくり来るとか気持ちいいとか……形とか肌触りとか、あと模様とか、いろいろな観点で、自分がしっくりくる石。みんな違うと思うのですよね。それを海岸に行って……暗いかな(笑)。

皆川 やはり暗い(笑)。庭の設計をする人に聞いたのですが、最初は植物に惹かれると。植物に惹かれるのは大人になった証拠で、石にたどりついたら、もうそろそろおしまいかな、みたいな(笑)。

宮田 それね、聞いたことあるんですよ。ミネラルショーという石の展示即売会に行ったら、端っこのあたりに、水石といって盆栽に使う石のコーナーがある。
 入り口付近は華やかで、宝石のような石や、鉱石のような、澁澤龍彦が好きそうな石が並んでいますが、どんどん奥に行くほど色合いが地味になってきて、最後、黒い丸い石があるんですよ。この黒い丸い石が終点だと言われました(笑)。このよさがわかるようになったら、もう死期は近い。わかったら怖いから、ちょっと離れました。

皆川 スペクタクルというのは、広い大きいイメージだけではなくて、小さなものの中にもある。

宮田 そうですね。何かきらめいていればいいのですよね。

皆川 松澤さん、そうやっていろんな変な方々と会って――「変な」と言ったら失礼ですが――自分がそれに染まったりはしないのですか。

松澤 自分は、言ってみたら珍スポットのマニアなので、すごくわかる部分と、ここは違うなという部分があります。

皆川 距離を置こうという場合もあるのですね。

松澤 そうですね。

第4回につづく

 

 

東京近郊スペクタクルさんぽ
宮田 珠己/著
2018/4/26

 

凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩 多摩武蔵野編
皆川 典久/著
真貝 康之/著
2017/12/16

 

死ぬまでに東京でやりたい50のこと
松澤 茂信/著
2015/2/28