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フツーの路地歩きはもう飽きた! 2018年おさんぽ進化論

2018年9月25日

フツーの路地歩きはもう飽きた! 2018年おさんぽ進化論

第1回 「東京」に見るべきものはもうない!?

著者: 宮田珠己 , 皆川典久 , 松澤茂信

しみじみと路地裏を愛でるような散歩にはもう飽きた! ドーンと散歩をしようじゃないか、ドーンと! 日常に潜む非日常を探す「スペクタクルさんぽ」を提唱して、東京から日帰りで行ける地底湖や素掘りトンネル、ジェットコースターのようなモノレールなどをめぐったエッセイ『東京近郊スペクタクルさんぽ』を刊行した、旅エッセイストの宮田珠己さん。さらなる「さんぽ」の高みを目指すべく、「さんぽの達人」を招集! 都内の谷地形に着目してフィールドワークを続け、「タモリ倶楽部」などに出演されている「東京スリバチ学会」の皆川典久さん。そして、東京の離島を1ヶ月渡り歩いたり、秘宝館バスツアーを企画してみたり、と数々の秘境・珍スポットを訪れてきた、人気サイト「東京別視点ガイド」の運営者・松澤茂信さんと、東京にいながらにして出来る、あるいは東京にいるからこそ出来る“さんぽ”の魅力や可能性を語り尽くしました。

宮田  今日のイベントは「おさんぽ進化論」と銘打っていますが、まず自己紹介を兼ねて、それぞれどういった視点で散歩や旅について考えているかをお話しします。
 私は『東京近郊スペクタクルさんぽ』という本を出しましたが、この「近郊」というのはあくまで東京の「周り」です。私は関西人で、就職して上京したのですが、東京に来たときに山がなくて驚きました。なにか物足りない。京王線沿線の調布の寮の屋上から周りを見たら、あまりに平らなので、逆に閉じ込められている感じがして、どこまで行ってもこの世界から脱出できないような不安を覚えたぐらい。そのせいか、すごく東京に苦手意識がずっとあった。海外や日本全国を旅しましたが、なかなか東京そのものにふれてこなかった。
 私が出かけた先でどういうところをまず見るかというと、この写真を見てください。

これは東京の近くの丹沢にあるユーシン渓谷です。この写真、全く加工していません。こんなに青い、南の島の海みたいな川が、沖縄だったらともかく、東京のすぐ近くにある。こういうのを見るとわくわくします。

松澤 これが「スペクタクル」?

宮田 これが「スペクタクル」。
 もうちょっと見せますと、最近「工場夜景」と言って好きな方も多いと思いますが、静岡の岳南電車という私鉄に乗ると、工場の敷地内を一瞬通るのです。

 こういう配管が入り組んでいるところの下を線路が通っているというのが、わくわくするんですよ。こういうのをスペクタクル感があると言っています。

皆川 自分も「工場萌え」なので、わくわくする気持ち、わかるなあ。

松澤 この、ごつごつした感じが「スペクタクル」なんですか。

宮田 未来なのか、迷路っぽいというか。こういう配管を見るだけでもいい。先ほどの青い川もこちらも、自然と人工物で全然違いますが、はっとする、わっと驚くというのが好きです。

松澤 自分をドキドキさせてくれるものがスペクタクルということですか。

宮田 そうですね。見てドキドキするものや風景を、ここではスペクタクルと呼んでいます。そう思った時に、東京という街のどこに魅力があるのか、いまだにわからない(笑)。
 次、これは千葉県の房総半島にあるトンネルなのですけれども、出口が上下に二つある。下は過去で上は未来に行くみたいな感じがするじゃないですか。

松澤 「時の分岐点」という雰囲気ですね。

宮田 これは種明かしをすると、もともとは上に向かって通じていたトンネルを、下に掘り直したようです。これもドキドキするなあ。

皆川 わくわく、ドキドキって、それだけで楽しそうですね。

松澤 「ドキドキしたくて止まらない」って、なんだかガールズバンドみたいですね(笑)。

宮田 そしてこれは栃木県足利の浄林寺というお寺の離れで、いわゆる「からくり屋敷」です。一見、押入れなんですが、ふすまを開けると奥に通じる通路があって、隠し部屋がある。

扉が二つあるでしょう。下は台所の天井に出て、左は外に出られます。

松澤 何のためにそんなのをつくっているのですか。

宮田 渡辺崋山が隠れて、いざというときに逃げるためにつくったそうです。
 さらにわくわくする「モノ」を紹介します。
 大磯の澤田美喜記念館には、隠れキリシタンの遺品が収集されて展示されていますが、その中の「隠れキリシタンの魔鏡」という鏡がそれです。一見ただの鏡ですが、これに光を当てて映すと、十字架に(はりつけ)のイエスが浮き上がるという鏡なのです。

 

皆川 これは「おおっ!」て思いますね、確かに。

宮田 隠れキリシタンの遺品って、仏像のふりしていて、実は背中に十字架が彫ってあるというのが結構多いですが、もう一つすごくおもしろかったのが、この徳川家康像。これも隠れキリシタンが祈っていた像なんです。徳川家康と言えば禁教令を出した側ですから、基本的には敵なのですが、表向き徳川家康をお祀りしながら、この両手の間にある板のようなものをよく見ると、十字架が入っています。

松澤 ああ、入っていますね。

宮田 あともう一つ、頭の上のこの巾子(こじ)と呼ばれる頭上の冠部分にも、十字架が入っています。

松澤 確かに溝ができていますね。

宮田 さらに徳川家康の首が取れるのです(笑)。取ると、そこに十字架が現れる。

松澤 あ、本当だ、十字架になっている。

宮田 これ見つかったら、ヤバいですよ。

皆川 まさに「打ち首」になっちゃいますよね。

宮田 家康の首をとりたいという気持ちの表れとして、そこに十字架を彫ってやったんでしょうね。

松澤 なるほど。そうすると、ギミックが結構お好きなんですね。

宮田 驚きがあるものが好きなんです。
あともう一カ所紹介しますと、伊豆大島の三原山の中腹に、日本唯一の砂漠があるんです。裏砂漠といいます。砂丘は日本にいっぱいあるのですけれども、砂漠は日本にはここ一カ所しかありません。

皆川 これ、本当に砂漠なんですか。黒いじゃないですか。

宮田 黒くてもいいじゃないですか(笑)。向こうの端まで1kmぐらいあるんじゃないですか?

皆川 なるほど。結構広いのですね。

松澤 私も行ったことあるんですが、相当広いですよね。しかもあまり人もいないから、すごい砂漠感ありますよね。

宮田 実は、この砂漠の中にかつて滑り台があったんです。中腹から下におりるレールがずっと敷かれていて、ゴーカートのような乗り物に乗って、下まで600m降りられたんです。

皆川 えっ、600mもですか。

宮田 戦前にアトラクションとして開業して、観光客がそれに乗っていた。
 でも戦争が始まったことで、鉄は全部供出せざるをえず、7年間ぐらいしか営業してないのですが。それが今あったら相当スペクタクルだったでしょうね。

松澤 残っていてほしかったですね。

宮田 ですよね。それから、三原山は火山ですから、火口があります。その深さが300m以上で、東京タワーより深いのですが、そこはかつて自殺の名所だった。戦前に、2年弱で約130人飛び込んでいます。ものすごい自殺の名所だったのです。

皆川 わざわざ大島まで行って、飛び降りる人がそんなにいるのですね。

宮田 飛び降りのメッカになってしまっていて、火口の中には遺体がたくさん落ちていたわけです。そこで、読売新聞がその中にゴンドラで降りて中の写真を撮ることで、三原山の火口に飛び降りるとこんな悲惨な目に遭いますよと広く知らしめて、自殺防止キャンペーンをしようとしたのです。
 火山博物館にゴンドラのレプリカが置いてありますが、電話ボックスぐらいの大きさで、そこに人が一人座って、上からワイヤーでがーっと火口に降ろしたのです。

松澤 原始的なやり方ですね。

宮田 その記録が残っているのですが、それを読むと、ある程度行くと、呼吸も苦しくなってくる。下は煮えたぎっていて、どんどん熱くなる。途中までは電話で「今何が見えました」とか「ちょっと危ないのでこの辺で戻ります」とか地上とやりとりをしていたのですが、電話線が切れてしまって、鐘を鳴らして引き上げてもらうとかそんな感じだったみたいです。
 当時、その記事は話題になって、しかもそのゴンドラで降りた距離が世界一だと盛り上がったらしいのです。でも、それも戦争のためにうやむやになってしまって、今ではほとんど知られていませんね。
 そういう話を聞くと、わあ、すごいな、でっかいなと思うのですよ。
 で、振り返って「東京」を改めて考えてみても、なんかちまちましてるし、平らで面白みに欠ける。

皆川 東京は決して平らじゃないですよ(怒)。凸凹だらけですよ。東京の中でも、路地などには興味はないんですか?

宮田 路地も嫌いではないです。いつもちょっと期待して狭い道に入ると、意外なところに出るといった「わくわく」はわかりますが、路地で何を見たらいいのかがよくわからない。

皆川 そこでしみじみするという楽しみは、あまり期待しないのですか。

宮田 しみじみしたいというのはないですね。レトロを味わうということですか。

皆川 そうそうそう。「おおっ!」という驚きじゃなくても、何かこうしみじみと。

宮田 写真を撮ったら「あんた何だ、何しに来たんだ」って住人に怒られたら怖いなとしか思いません(笑)。

松澤 そっちでドキドキしちゃう。

皆川 逃げるのがスペクタクル(笑)。

宮田 こんな感じで、「東京」にどうやって向き合えばいいのかという疑問を、「東京」をかなり楽しんでおられるお二人にお聞きしたい。まずは皆川さんの楽しみ方を伺いましょう。

第2回へつづく

東京近郊スペクタクルさんぽ
宮田 珠己/著
2018/4/26

凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩 多摩武蔵野編
皆川 典久/著
真貝 康之/著
2017/12/16

死ぬまでに東京でやりたい50のこと
松澤 茂信/著
2015/2/28

宮田珠己

宮田珠己

みやたたまき 1964年兵庫県生まれ。『旅の理不尽 アジア悶絶篇』『わたしの旅に何をする。』『ジェットコースターにもほどがある』『なみのひとなみのいとなみ』『だいたい四国八十八ヶ所』『日本全国津々うりゃうりゃ 仕事逃亡編』『日本ザンテイ世界遺産に行ってみた。』など著書多数。

皆川典久

みながわ・のりひさ 1963年群馬県生まれ。東京スリバチ学会会長。2003年にGPS地上絵師の石川初氏と「東京スリバチ学会」を設立し、都内の谷地形に着目したフィールドワークと記録を続ける。2012年『凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩』、2013年に続巻を刊行。微地形に着目したまち歩き・魅力再発見の手法が評価され、2014年度グッドデザイン賞受賞。「タモリ倶楽部」をはじめテレビ、ラジオへの出演、各紙誌への寄稿多数。専門は建築設計・インテリア設計。

松澤茂信

まつざわ・しげのぶ 1982年東京都生まれ。2011年より日本中に点在する珍スポット、珍イベントをご紹介するサイト『東京別視点ガイド』を運営。「このブログがすごい!2012」「ライブドアブログ奨学金」を受賞し、現在の月間PVは約70万。「珍スポバスツアー」などリアルに現地をガイドするイベントも不定期で開催している。15年2月には同サイトをベースに新たな珍スポを取材・撮影した本『死ぬまでに東京でやりたい50のこと』を刊行した。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

宮田珠己
宮田珠己

みやたたまき 1964年兵庫県生まれ。『旅の理不尽 アジア悶絶篇』『わたしの旅に何をする。』『ジェットコースターにもほどがある』『なみのひとなみのいとなみ』『だいたい四国八十八ヶ所』『日本全国津々うりゃうりゃ 仕事逃亡編』『日本ザンテイ世界遺産に行ってみた。』など著書多数。

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著者の本

皆川典久

みながわ・のりひさ 1963年群馬県生まれ。東京スリバチ学会会長。2003年にGPS地上絵師の石川初氏と「東京スリバチ学会」を設立し、都内の谷地形に着目したフィールドワークと記録を続ける。2012年『凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩』、2013年に続巻を刊行。微地形に着目したまち歩き・魅力再発見の手法が評価され、2014年度グッドデザイン賞受賞。「タモリ倶楽部」をはじめテレビ、ラジオへの出演、各紙誌への寄稿多数。専門は建築設計・インテリア設計。

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松澤茂信

まつざわ・しげのぶ 1982年東京都生まれ。2011年より日本中に点在する珍スポット、珍イベントをご紹介するサイト『東京別視点ガイド』を運営。「このブログがすごい!2012」「ライブドアブログ奨学金」を受賞し、現在の月間PVは約70万。「珍スポバスツアー」などリアルに現地をガイドするイベントも不定期で開催している。15年2月には同サイトをベースに新たな珍スポを取材・撮影した本『死ぬまでに東京でやりたい50のこと』を刊行した。

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