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フツーの路地歩きはもう飽きた! 2018年おさんぽ進化論

2018年9月28日

フツーの路地歩きはもう飽きた! 2018年おさんぽ進化論

第4回 ニッチを掘り続けると「普通」に行き当たる

著者: 宮田珠己 , 皆川典久 , 松澤茂信

第3回へ戻る

皆川 宮田さんの今回出版されたご本は、「地底湖」とか、ドキドキさせるような言葉の選び方がすばらしいなと思いました。

宮田 地底湖は本当におもしろかった。今回の本の冒頭に出てきますが、栃木県の宇都宮のそばにある、大谷石(おおやいし)の採石場跡が博物館になっていますが、それとは別に地底湖ツアーがあるんですよ。

皆川 でも、地底湖って普通に雨水がたまっただけなんですね。

宮田 たまっただけですが、穴をずっと掘っているから、そんな地下の穴が250ぐらいあるんだって。中には東京ドームくらい広いところもある。崩落するかもしれないから、ほとんどのところは入れないらしいですが、安全性が確認されている穴が迷路状になったところを探検するというツアーなんです。

皆川 それはわくわくしますよ。でも、宮田さんが行ったところはずるいですよ、どこもわくわくしそうだもの。

宮田 そういうところを探して行くんです!

皆川 でも松澤さんと僕は、地味なところに行ってわくわくしようとしてますよね。

宮田 そういうのは、どこか諦めみたいなのがあるのですか。

皆川 いやいや、諦めてないですよ、別に(笑)。

宮田 たとえば絶景ブームって、どう思いますか。

皆川 ずるいなと思います。

宮田 ずるい?

皆川 誰だって絶景を見たら、「おおっ」て思うじゃないですか。

松澤 絶景ブーム、別にどうとも思わないのですけど、自分が行っても何も思わないんですよね。人間の意図が感じられないと、ぴんと来なくて。ただ、最近、植物が好きになってきていて…。

皆川 じゃあ、この3人の中で一番若い松澤さんもそろそろ我々側ですね。

松澤 植物は植物で戦略があるじゃないですか。人間でなくても意図があるのだと思って。したたかですよね。

宮田 植物は僕もわかりますよ。わかる。石もわかるけど、植物もわかります。路地とかは行きますか。

松澤 路地にある店は多いのですが、とりたてて路地に行こうとは思わないですね。

皆川 宮田さんは、路地ははまらなかったのですか。

宮田 ぎりぎりはまらなかったですね。迷路みたいになっていると好きなんですよ。ここはまだ道があるんだとか、ここに出たみたいなのはわくわくするんですけど。

皆川 神楽坂は石畳の路地や坂道があって、ああいうのはドキドキしないんですか。

宮田 やっぱり迷路状になってないと。格子状の道は全然だめですね。行き先がわかっちゃうじゃないですか。そうではなくて、ここは通れるのかなみたいなのがあるとわくわくしますが、同時に、ここを通って怒られないのかなというのもあるから。

皆川 そこでドキドキすればいいじゃないですか。

宮田 そのドキドキは違うドキドキですよ! 迷路みたいな町は好きで、それをめぐってみようかなとかは思うのですけど。

皆川 東京の場合は、まさに誰かに怒られそうな迷路状の町というのは「スリバチの底」にありますよ。そして、スリバチの底は庶民的な町のところが多いのですね。

宮田 古いところが多いのですか。

皆川 丘の上が開発されていて、底には古い町が取り残されています。多分お二人は丘の上しか見てないのですよ。下を見ないとだめです。
 崖の下に行くと、ちゃんと水が今でも湧いていたりしています。

宮田 滝になっていたりするのですか。

皆川 江戸時代までは滝がありました。今は枯れてしまっていますけれどもね。エッジっていいですよね、端っことか、崖っぷちとかね。ドキドキするでしょう。

宮田 それはそうですけど。日比谷のほうはもともとは海で、入り江になっていて、それを骨で埋めたと聞いたのですけれども。

皆川 間違ってはいないかもしれないですね。そういうところはだいたいお墓でまず埋めていくんですね。

宮田 最初にお墓をつくって、骨で地面を固めてから開発する。

皆川 どこまで正しいかわからないですけど、間違ってはいないです。使われてないところなので墓地にして、そこに人を埋めたりしていたというのはありそうですね。東京の谷間にも結構墓地が多くて、それは「スリ墓地」と言うんです(笑)。

宮田 スリバチのところに行くと、そういうお墓がいっぱいあるのですか。

皆川 そういう風景はいたる所にありますね。行ってみたいでしょう。

松澤 めちゃくちゃ行ってみたくなりました。楽しそうです。

宮田 お墓、見たいですか。

皆川 「墓マイラー」っていますよね。いろいろなお墓の家紋を見たり、有名人のお墓をお参りするのが好きな人。そういう友達はいないですか。

松澤 墓マイラーは…でも古墳がお好きな方は知り合いに。あれも墓参りと言えば墓参りですもんね。だいぶさかのぼっちゃいますけど(笑)。

宮田 古墳は、スリバチとか斜面の上につくるらしいですね。

皆川 だいたい台地の上ですね。スリバチを登った目立つ場所に多いです。

宮田 下から上に威容を見上げるわけですね。

皆川 目立つようにつくるから。谷底には大体古墳はつくらないですよね。

松澤 なるほど。

皆川 東京も、そういう意味では、まだまだ見どころありますよ。宮田さん、何冊も本書けるじゃないですか。

松澤 郊外ばかりではなくて、今度は東京どんぴしゃのところを書いてもらって。

宮田 スリバチのよさはちょっとわかります。ベトナムに盆栽を見に行ったことがあって、ベトナムの盆栽って箱庭なんですよ。日本は木だけですけど、向こうはまず鉢を置いて、水を張って、海をつくって、そこに岩をまず置く。だからまず木ではなくて、岩なんです。その岩を島に見立てて木を植えてミニチュアを置くのですよ。いかにも箱庭。これはおもしろかった。

皆川 おもしろそうだなとは思いますけど、松澤さんは、そういうのは興味なさそうですね。

松澤 いやいや、好きです。それこそおばちゃんとかが勝手につくったものとか、そういうのを「趣味でやっている民芸」=「趣みん芸」と言って、うちのスタッフの一人がすごく追いかけている。

宮田 いろんな言葉ができている。「墓マイラー」とか「趣みん芸」とか。

松澤 道の駅とかに置いてあるような、採算とれるのか、これみたいな、おばちゃんが手づくりしたビーズの猫とかをすごい買っていますね。

皆川 あるある。七人の小人を置いたりとかね。

松澤 そうそう! 木村りべかという、うちのスタッフが、植木鉢を主に何年間も撮り続けているのです。植木鉢は下町にすごく多くて、下町のおばちゃん、おじちゃんって、ブログやSNSをやらないじゃないですか。だから唯一のアウトプットが植木鉢なんじゃないかと(笑)。
 しかも自己表現だというつもりもなく、何となくやっているから、ものすごく無防備な内面が出まくっていて、あんな危険なものはあるかと。

宮田 植木鉢にどんなふうに内面が出てくるんですか。

松澤 たとえば植木鉢に差して使う、植物を支える棒ってありますよね。あれは本当はサイズによって一本、二本差せば十分なんですが、過剰なほど、植木鉢を覆い尽くさんばかりに差している人がいて、もう過保護極まりないと。
 あるいは、貝殻を置いている人もいますね。栄養を与えるとか酸性雨を中性化するとか、そういう意味があるみたいだけど、結構砕かないと本当は意味がない。だからそのままの状態で貝殻を置いている人は、優しいのだけど、植物にその優しさは届いてない(笑)。人間づき合いも多分そういう感じなんじゃないか。

宮田 そんなふうに分析されたら、うっかり植木鉢とか置けない!

皆川 地味だけどいいんじゃないですか、この趣味。

宮田 そうね。箱庭的なのは結構いいかもしれない。スリバチを箱庭的に見て、その中の地図をつくったりすると、ちょっとわくわくするかもしれない。

皆川 なるほど。じゃあ、今度コラボでやりますか。

松澤 読んでみたいですね、それは。

宮田 そういうふうに楽しめるかな。でも、まだ片手袋の域までは行かない。
 最近、湘南モノレールの公式サイト内で「ソラ de ブラーン」というWebメディアを運営していて、町歩きの得意な人に声をかけて記事を書いてもらっているんですが、電信柱の上にあるバケツみたいな、変圧器か変電器か何か知らないけど、載っているときがあるでしょう。あれが好きという人がいて、全然理解できない(笑)。

皆川 鉄塔や送電線が好きな人って結構いますよね。

宮田 鉄塔はわかります。でも、あのバケツはわからない。みんなどんどんニッチなところに向かってますよね。人がやってないところにどんどんどんどん行き過ぎて、我を失っているのではないか(笑)。

松澤 狭いところを掘っていくと、逆にものすごく広大なところにたどり着いてしまうことがあります。自分の場合、ニッチな珍スポットばかり行っていたのですが、珍スポットは店主の精神性の発露だと捉えるなら、いや、待てよ、東京ディズニーランドって日本一売れている珍スポットだと気づいたんですよ。

宮田 ああ、なるほど。

松澤 「何となく」で置いているものが一つもない空間なので、何かしらの意図で埋め尽くされている珍スポットだと捉えるようになってから、かなり行くようになりました。めちゃくちゃ楽しいです!

宮田 ディズニーランドで何を見ているのですか。

松澤 アトラクションにたくさん乗っています。

宮田 普通の人じゃないですか!

松澤 そうなんですよ。

皆川 ディズニーシーは、地形的に観察するのも面白いですよ。地層がリアルに表現されていて、地学的にも正確らしい。

宮田 ぐるっとニッチを掘り続けていくと、普通に戻ってくるのですかね。

皆川 「普通」とか「日常」に通じるものがあるんでしょうね。ですから、スペクタクルに通じるものを見つけ出すのはいかがでしょうか。スリバチ学会では、先ほど町にある小さなくぼみをお見せしましたけど、「町のくぼみは海へのプロローグ」というスリバチポエムがあります。小さな流れもたどっていくと、海へとつながる。小さな発見も、大きなもの、真理や真実につながっているみたいな(笑)。

宮田 物は言いようだな(笑)。

皆川 (笑)。そう考えると、いくらでも書けるじゃないですか。あの楽しい文体で紹介すると、きっと「さんぽ」ファンそして宮田珠己ファンは増えていくんじゃないんでしょうか。

宮田 どうかわからないですけれども、そんな感じで、スペクタクルを掘っていきたいと思います。ありがとうございました。

(おわり)

東京近郊スペクタクルさんぽ
宮田 珠己/著
2018/4/26

凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩 多摩武蔵野編
皆川 典久/著
真貝 康之/著
2017/12/16

死ぬまでに東京でやりたい50のこと
松澤 茂信/著
2015/2/28

 

宮田珠己

宮田珠己

みやたたまき 1964年兵庫県生まれ。『旅の理不尽 アジア悶絶篇』『わたしの旅に何をする。』『ジェットコースターにもほどがある』『なみのひとなみのいとなみ』『だいたい四国八十八ヶ所』『日本全国津々うりゃうりゃ 仕事逃亡編』『日本ザンテイ世界遺産に行ってみた。』など著書多数。

皆川典久

みながわ・のりひさ 1963年群馬県生まれ。東京スリバチ学会会長。2003年にGPS地上絵師の石川初氏と「東京スリバチ学会」を設立し、都内の谷地形に着目したフィールドワークと記録を続ける。2012年『凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩』、2013年に続巻を刊行。微地形に着目したまち歩き・魅力再発見の手法が評価され、2014年度グッドデザイン賞受賞。「タモリ倶楽部」をはじめテレビ、ラジオへの出演、各紙誌への寄稿多数。専門は建築設計・インテリア設計。

松澤茂信

まつざわ・しげのぶ 1982年東京都生まれ。2011年より日本中に点在する珍スポット、珍イベントをご紹介するサイト『東京別視点ガイド』を運営。「このブログがすごい!2012」「ライブドアブログ奨学金」を受賞し、現在の月間PVは約70万。「珍スポバスツアー」などリアルに現地をガイドするイベントも不定期で開催している。15年2月には同サイトをベースに新たな珍スポを取材・撮影した本『死ぬまでに東京でやりたい50のこと』を刊行した。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

宮田珠己
宮田珠己

みやたたまき 1964年兵庫県生まれ。『旅の理不尽 アジア悶絶篇』『わたしの旅に何をする。』『ジェットコースターにもほどがある』『なみのひとなみのいとなみ』『だいたい四国八十八ヶ所』『日本全国津々うりゃうりゃ 仕事逃亡編』『日本ザンテイ世界遺産に行ってみた。』など著書多数。

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著者の本

皆川典久

みながわ・のりひさ 1963年群馬県生まれ。東京スリバチ学会会長。2003年にGPS地上絵師の石川初氏と「東京スリバチ学会」を設立し、都内の谷地形に着目したフィールドワークと記録を続ける。2012年『凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩』、2013年に続巻を刊行。微地形に着目したまち歩き・魅力再発見の手法が評価され、2014年度グッドデザイン賞受賞。「タモリ倶楽部」をはじめテレビ、ラジオへの出演、各紙誌への寄稿多数。専門は建築設計・インテリア設計。

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松澤茂信

まつざわ・しげのぶ 1982年東京都生まれ。2011年より日本中に点在する珍スポット、珍イベントをご紹介するサイト『東京別視点ガイド』を運営。「このブログがすごい!2012」「ライブドアブログ奨学金」を受賞し、現在の月間PVは約70万。「珍スポバスツアー」などリアルに現地をガイドするイベントも不定期で開催している。15年2月には同サイトをベースに新たな珍スポを取材・撮影した本『死ぬまでに東京でやりたい50のこと』を刊行した。

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