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片桐仁×小松貴「昆虫愛!」  『昆虫学者はやめられない―裏山の奇人、徘徊の記』(小松貴著)刊行記念

片桐 蛾も面白いですが、やっぱり小松先生は好蟻性昆虫がご専門ですよね。外国にも探しに行かれているとか、他にも好蟻性のお話はありますか?

小松 えーとですね、このナナフシなんかどうでしょう?

脚の短いナナフシ
目の大きさも特徴

片桐 うぉ~! かっけぇ~。

小松 それ相応の研究をしてるもので、その話をちょっとしないと、研究者の沽券にかかわるんで(笑)。

片桐 しかし、これが好蟻性昆虫なのですか?

小松 いや、実のところ、そうではないんです。ただ、このナナフシはですね、そんじょそこらのナナフシとはわけが違うんですよ。これは、東南アジアのボルネオ島にだけ生息している、特別なナナフシなんです。ナナフシにしては、すごく短足なのがポイントなんです。このナナフシが今止まっている植物、これはオオバギと呼ばれる熱帯に行くとけっこう生えている植物ですが、実はちょっと変わった特徴があって、幹の中が中空のスカスカになってるんです。で、そのスカスカの中に特別な種類のアリを住まわせてるんです。
 このオオバギは、茎の付け根から脂肪分に富む栄養の粒を分泌します。アリはその植物が作ったその栄養の粒を、茎の巣の中に持ち帰って、それだけ食べてるんです。この植物がアリのために餌を用意してるんですね。その餌をもらう代わりに、アリはこの植物の葉っぱを食べに来る毛虫とかその他の害虫を全部攻撃して追っ払うんです。要するに用心棒としてアリを養っているんです。こういった植物は、アリ植物と呼ばれています。

片桐 アリ植物?

小松 はい、熱帯に行くと、そういう類の植物は多いんですよ。というところで、ナナフシの話に戻るんですが、このナナフシはその用心棒のアリに守られているはずのオオバギの葉っぱの上にだけ住んでいるんです。

片桐 え、攻撃されないんですか?

小松 こいつはその攻撃を防ぐ奥の手を持っていて、といっても奥の手というほどの奥の手じゃないんですけれども…。

片桐 どっちなんですか?(笑)

小松 奥の手でなければ、奥の脚。実は短い脚というのがポイントで、脚が短いゆえに歩幅が狭いんです。

片桐 で、狭いから、

小松 つまり脚が速いんです。普通のナナフシって脚がひょろ長くて、ゆらゆら、ゆっくり歩きますけれど、こいつは脚が短いんで、タタタタッて走れるんです。で、なおかつ、顔見てもらうとわかると思うんですけど、普通ナナフシって目がちっちゃいんですよね。でも、こいつの頭部に占める複眼の割合は非常に大きい。つまり視力が非常にいいんです。なので、アリが近づいてくると素早く察知して、この素早い脚でもってダッて走って逃げるんです。

片桐 アリに走り勝つんですね?

小松 はい、そうです。だから、巧みにアリを避けながら葉っぱを盗み食いして生きている。

片桐 一生?

小松 はい。

片桐 でも、このナナフシが卵を産んだら、アリに食べられるんじゃないですか?

小松 卵は植物の種みたいな感じでオオバギの真下に落とすんで、孵った幼虫はそのまま、そのすぐ隣にある木にまた登るんです。

片桐 でも、すぐにアリが来ますよね。

小松 はい。でも、また逃げるんです、脚速いんで。

片桐 じゃ、これ撮るの大変だったんじゃないですか?

小松 そうなんです。人の気配にも敏感なんです。

片桐 アリでさえ逃げるわけですからね。

小松 はい。しかも、けっこう飛びます。一回脅かすと10メートル以上の距離は飛んじゃいます。

片桐 すごい、ビュンと飛んでいっちゃうんですね。速いし飛ぶし。でも、この葉っぱしか食べない。これ夜行性ですか。

小松 おそらく本当に餌を食べてるのは夜だと思いますね。ただ、昼も敏感なので、なかなか近づくのは大変です。

片桐 じゃ、ジャングルでオオバギを見つけてじっとナナフシを探す。アリが追っかけてるのも見ました?

小松 残念ながらそれは見てないんです。大体それを見ようと近づく段階で人を見て逃げてしまうので。

片桐 なるほどなあ。そのときは小さくありたいと思いますね。

小松 そうですね、ええ。アリでありたいです(笑)。
 ちなみにこれ、まだ学術的に名前がついてない、まあ、平たく言ってしまえば新種らしいです。存在自体は昔から知られてるんですけど、生き物というのは、その学名を報告する記載論文ってものが出た時点で学術的にこの世に存在するってことが示されるんですが、これはまだそれがない。だから実は地球上に存在していないことになってるんです。

片桐 え? だったら小松先生が書かれたらいいじゃないですか。

小松 まあ、そうですけど、ナナフシに関してはナナフシの専門家がいるんで、多分近々ちゃんと記載論文が書かれるんじゃないかなと思います。

アーリーをさがせ!

片桐 ところで小松先生は東南アジアや南米だけじゃなく、アフリカにも行かれてますよね。

小松 ええ、アフリカは大変ですよ。環境も違いますし、人の文化も違いますし、けっこう未開のところに行くので、原住民同士が喧嘩してるんですよ。そのために道路が封鎖されていて先に進めないとか。

片桐 それって虫じゃなくって人の話ですよね。でも、それを越えてでも好蟻性の昆虫を見に行く。どんなところに行ったのですか?

小松 今まで行ったのはカメルーンのすごい山奥と、あとケニアのサバンナですね。ケニアにも、オオバギとはまた違うアリ植物があるんです。
サバンナに行くとアカシアというトゲだらけの木が生えてるんですけれども、その中に枝にリンゴみたいにまん丸く膨らんだ中が中空になっている棘をつけるものがあるんですよ。で、その中にしか住んでいないアリがいるんです。

片桐 それをケニアに見に行ったんですね。

小松 はい。正確に言うと、その丸くなったそのトゲトゲの中に住んでいるアリと一緒に生息しているある生き物をちょっと探しに行ったんです。

片桐 それはどう見るんですか? だってトゲトゲに阻まれてアリすら見れないですよね。

小松 もう根性です。剪定バサミを日本から持ってって、1個ずつチョキ、チョキ、チョキ…軍手も二重ぐらいにはめて。
その枝というのは、その丸い棘のほかに、爪楊枝と長さも太さも同じぐらいの棘もびっちり生えてるんですよ。それを根性で引っぺがして、剪定バサミで真っ二つに割って、中にいる凶暴なアリの巣を開いて、そのぐちゃっとしたアリの群れの中にアリ以外のものがいないかどうかっていうのを1個ずつ開いて調べるんです、炎天下の中で。

片桐 もう根性ですね、せっかくケニアまで来たんだからって。何個開いたんですか?

小松 滞在したのが1週間弱で、多分100個ぐらい。

片桐 100個!

小松 ええ。その中で目的のブツが入ってたのが、確か2、3個ぐらいだったと思います。

片桐 打率でいったら1割どころか、2分、3分!

小松 ええ、そうです。もう好きでもなきゃ、やってらんないです。

片桐 で、そこにいるのは何なんですか。

小松 甲虫の仲間ですね。そいつ外見がものすごくアリそっくりなんで、もうアリそのもの。要するに「ウォーリーをさがせ」みたいなものなんですよ。

片桐 アーリーをさがせ!(笑)

小松 もう見た目だけじゃなしに色彩までアリそっくりなんです。一刀両断したものの中を丹念に見るんですけれども、逃げちゃうんで、手早く見ていかなきゃいけないんです。

片桐 甲虫だから、ちょっとお尻が大きかったりするんですか?

小松 よく見ると、やっぱ体型が違うんですよね。アリの頭を切り離したみたいな形してるんです。

片桐 頭部、胸部、腹部と三つに分かれていて、でも昆虫なんですよね。アリグモみたいなのとは違うんですよね。

小松 そうですね。一刀両断した時点で、中にいるアリもけっこうな数、一刀両断しちゃって半分になっちゃってるんです。すると、その半分になっちゃったアリとすーごく似ていて、区別するのが難しいんです。

片桐 何、この話(笑)。しかし、そこは野生動物とかいっぱいいるわけでしょ? アカシアを食べに来る野生動物とか。

小松 そうですね。場所によってはそのへんに普通にライオンとかがいるようなとこだったりするんです。

片桐 ツアーでライオン見に行く人はいるけど、まさか同じサバンナでアカシアのトゲトゲの玉を一刀両断している日本人なんていないですよねぇ。
ところで、そのトゲトゲの中の虫も持って帰ってきたんですか?

小松 本当に必要なものだけは、ちゃんと許可を取って持って帰るんですけども、それでも生きたものは持って帰れません。植物防疫法とかいろんな法律があります。一応、生き物を研究する者としては、そのへんの決まりごとはちゃーんと守らないと、大変なことになっちゃいます。

片桐 書類をいっぱい出したりするんですか?

小松 ええ、そうです。昆虫を探すよりずっと面倒くさい。

あの「夢の国」はゴミムシ王国!?

―ところで片桐さん、今日ご覧になったいろんな昆虫の中で、これは粘土で作ってみたいなというのはありましたか?

片桐 やっぱり僕はナナフシは作りたいですね。

コブナナフシ

片桐 うわー。これ、コブナナフシですね。これは捕りましたよ。夜、ホテルの周りのアダンをしらみつぶしに探しまして、三日目の夜、ついに嫁さんが発見しました。これね、一旦下に落ちると、もう見つけられないんです。

小松 確かに。

片桐 こいつらには力を抜くって技がありまして、なんか虫って死んだふりするじゃないですか。それで落っことして、枯れ枝の中に入っちゃうと、もうわかんないんですよ。

ボルネオのナナフシ

小松 これはボルネオにいた全身棘だらけのナナフシです。下手に触るとこれ、棘だらけの脚でバッとこう払ってくるんですよね。

片桐 血だらけになっちゃいますね。

小松 ええ。裏拳かますみたいな感じで。

片桐 (笑)。裏拳、そうですよ。逃げるためにね。

マレー半島のナナフシ

片桐 あ、すげえ! 美しい!

小松 これはマレー半島のけっこうでかいナナフシですね。

片桐 それにしても、よく見つけますね。これもやっぱり遅い?

小松 そうですね。向こうの東南アジアのナナフシって、体が途中で直角に曲がるやつが多いんですよね。

片桐 お腹の部分が曲がってますね。いや、すげえなあ。いいですねえ。でも、これを粘土で作ると細くなっちゃうんですよね。いままで「何かに粘土を盛る」っていうので、いろんなのを作ってきました。例えば、ここにある物でいうとね、これは最初の頃のケータイでカマキリとバッタです。アンテナがこうやって伸びる。懐かしいでしょ? 2000年ごろのモノです。あとはサナギの、チャッカマンとかね。

精緻の極み!
ニシキキンカメムシのiPhoneケース。実はすごく珍しいカメムシなのだ。

片桐 で、これは今使ってるこのケータイケースです。

小松 ニシキキンカメムシですね。素晴らしい!

片桐 ドラマ(TBS系「99.9」)に出た時、虫好きの香川照之さんが、ケータイケースをカマキリにしてくれって言われたんです。でも、カマキリとiPhoneケースの相性が悪いだろうっ、細長過ぎだろうって、一番形的にいいのはカメムシじゃないかということで。ドラマのときはナナホシキンカメムシ使ってたんです。けど、これは自分が好きなニシキキンカメムシの模様にしまして。ちょっとドクロも模してみました。

小松 本当に素晴らしいです!

片桐 ありがとうございます。
と言いつつ、えっ! もう時間ですか? いやぁ、この続き、お酒でも飲みながら、もっとやりたいですね。今日はオオナガレトビケラの話もしたかったですね。あれは熱い、熱いっすよね。みなさん『昆虫学者はやめられない』、読んでくださいよ。もう本を読むまで知らなかったですから。ゴミムシ系とか…。

小松 そうだ、ゴミムシといえば、今日のために撮った、とっておきの写真があるんですよ。

ツヤキベリアオゴミムシ

片桐 わあ、きれい!

小松 これはツヤキベリアオゴミムシというんです。今、ディズニーランドがあるあたりはもともと遠浅の海で、海岸から沖にかけ、ヨシ(=葦)の原っぱだったんですが、そこにこの全身金ぴかの緑メタリックの美しい甲虫がものすごくたくさん生息してたんです。今は絶滅危惧種なんですがね。

片桐 もう、いないんですか?

小松 一応、分布上は北海道から本州の西の端、山口までいることになってるんですけれども、現状、今確実に生息してるのは千葉県だけといわれてます。千葉県はゴミムシ王国なんです。

片桐 ゴミムシ王国なんですね(笑)。

小松 ええ。その中でも、あのネズミの国があるあたりは、これがすごくいっぱいいたっていうことが過去の記録でわかっているんです。もちろん今はいません。なので、それを知ってるゴミムシマニアの人々は、あの忌まわしい施設を「東京ツヤキベリ虐殺ランド」とか呼んでます。これ、いる場所を探すのに3年ぐらいかかりました。

片桐 今日は僕が一番楽しんじゃいました。すみませんね。でも、本当にこんど一緒にフィールド行きましょうよ。

小松 是非!

(おわり)

小松貴

こまつたかし 研究者。1982年生まれ。信州大学大学院総合工学系研究科山岳地域環境科学専攻 博士課程修了 博士(理学)。2014年より九州大学熱帯農学研究センターにて日本学術振興会特別研究員PD。2014年に上梓した『裏山の奇人 野にたゆたう博物学』(東海大学出版部)で、「南方熊楠の再来!?」などと、各方面から注目される、驚異の観察眼の持主。趣味は美少女アニメと焼酎。最新刊は『虫のすみか―生きざまは巣にあらわれる』(ベレ出版)。

片桐仁

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

小松貴

こまつたかし 研究者。1982年生まれ。信州大学大学院総合工学系研究科山岳地域環境科学専攻 博士課程修了 博士(理学)。2014年より九州大学熱帯農学研究センターにて日本学術振興会特別研究員PD。2014年に上梓した『裏山の奇人 野にたゆたう博物学』(東海大学出版部)で、「南方熊楠の再来!?」などと、各方面から注目される、驚異の観察眼の持主。趣味は美少女アニメと焼酎。最新刊は『虫のすみか―生きざまは巣にあらわれる』(ベレ出版)。

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