第19夜 ゆずの里でタレを纏えば
京浜急行線上大岡駅 徒歩25分「やき鳥処 高よし」
著者: 加藤ジャンプ
どの駅から歩いても遠く、「なぜこんな不便な場所に?」という立地に忽然と現われる、それが「ロビンソン酒場」だ! 絶海の孤島で知恵を振り絞って生き延びたロビンソン・クルーソーさながらに、コロナ禍を生き延びる赤提灯を目指して今夜も訪ね歩く。笑いと涙と好奇心が詰まった「ディスタンス」居酒屋漂流記。

坂なのである。とにかく坂なのである。
編集Mさんと待ち合わせたのは横浜の南部、港南区にある上大岡駅である。下大岡駅などはないので間違えようがないが、学生時代、この駅で待ち合わせたところ大岡山駅と勘違いした人がいた。あの人元気だろうか。
さて、上大岡駅は京浜急行と横浜市営地下鉄の2線が通っている。待ち合わせは京浜急行の改札前である。乗降客は京急だけでも一日におよそ12万人というので、いつもにぎやかで人がいっぱいである。そんな駅で待ち合わせてもなかなか見つからなさそうだが、どういうわけかサングラス姿のMさんはすぐに見つかった。今時サングラスをかけた人は珍しくないから、黒眼鏡のせいで浮きあがって見えるわけではない。
実は少し前から私は確信をもっている。呑兵衛には独特の個体識別センサーが備わっているのである。数多の呑飲兵衛のなかからしっかりと個体を識別することができる能力である。
アフリカのボツワナとかに棲んでいるミーアキャットという動物がいる。二本足で立っている姿がかわいいので知っている人もすくなくないだろう。あのミーアキャットという動物は正直なところ、個体の見分けがほとんどつかない。ストームトルーパーくらいどれも似ている。だが彼らはちゃんと個体識別をしている。
「臭いで識別してるそうです。においは兎も角、呑兵衛も何か発散しているものがあって、互いに個体識別しているような感じしませんか」
呑近衛界の小粒なムツゴロウなんて言われているくらい動物好きの私が言うと、Mさんが、
「ミーアキャットの体のどのへんから、その臭いって出てるんですか」
「頬と肛門です」
「呑兵衛も一緒ですかね」
「なんかいやですね」
「そうですね」
いつものように、そんな益体ない会話から今回のロビンソン酒場漂流もはじまったが、会話が突然途切れてしまった。途切れたというか、話を続けることが肉体的に困難になってしまったのである。なにしろ坂道が急なのである。京急上大岡駅の西側は平坦でたくさんの店がひしめきあっているが、私たちの出た東側は駅前からいきなり急勾配。雪の日は山頂の家の住人はソリで駅まで行くのではないかと思わせる強烈な坂なのであった。
中年はなにより坂と誘惑に弱い。すぐに息があがってしまう。だが、この街の坂は一味違う。もう限界、と諦めそうになるといきなり坂が終わって台地になるのである。付かず離れずな距離感で付き合いを続ける粋なニューヨークのカップル(なんて会ったことないけれど)のように登っては下ってを繰り返すのである。だが、緩急を繰り返しながら負荷がかかるのは、歩いているだけでザトペックのインターバルトレーニングを実践しているようなものである。今回のロビンソン酒場を目指すだけで、私たちは知らず知らずのうちにフィジカルエリートになっているかもしれなかった。
坂が終われば毎度、毎度一息つく。最初の頂上にいたって、いきなりエンタシス風の柱が並ぶ巨大マンションの前で立ち止まり、
「ここは横浜のオリンポス山ですね」
「火星にもオリンポス山ってありますよね」
などと、すこしばかり余裕を気取ってまたほぼ意味の無い会話を繰り広げるのであった。ただ、そうして丘の上の台地からの眺望は素晴らしいパノラミックビュー、息を呑み無言で中年二人は立ち尽くししばし足は止まる。
散歩しているフワフワのポメラニアンに、
「がふーっ」
と穏やかに威嚇され我に返り、また歩きはじめる。駅からすぐの急坂にくらべておだやかな坂道なので余裕をもって歩ける。斜面を切り拓いた住宅地は昭和、平成、令和の建物が混在していて、建物が好きな中年は、すぐに気になる家があると足が止まる。とりわけ気になるのはやはり自分たちが幼いころ馴染んだ昭和40年代から50年代に建てられたとおぼしき住宅とそれ以前に竣工したと思われる古色蒼然たるアパートや集合住宅だ。
「この家とか仕事場にしてこもったら、ジャンプさんじゃんじゃん書いちゃうんじゃないですか」
丁寧な幾何学模様の左官仕事が施された雨戸の戸袋がある、若く見積もっても昭和30年代の後半にできたであろう、最後の住民が去ってからすでに長い年月が経過しているアパートを見ながらMさんが、私の牛歩的執筆をいじる。私は素知らぬ顔で写真を撮ってやりすごす。
しばらく歩いているとまた急坂があり、エーゲ海の島みたいな急斜面に立つ住宅をやりすごしながら無言で歩く。そこからまた長いくだり坂。
「この先の丘の上から黒船を見たんですよ」
なんて、私が横浜通っぽい話をしているのに、どういうわけかMさんのリアクションがない。どうしたのかと思ったら花を摘みたい、それも大至急だというので、私は駆け足で先を行き、立派な公園の厠を見つけ案内した。美しいチームプレー、友情のリレーであった。
公園を過ぎるとほとんど平らになる。学校があったりするものの飲食店はおろか酒屋やコンビニも一軒もなかったので、喉はからからである。だんだん口数が減ってきたが、途中、すばらしい門が見えたので、またしてもふらふらと寄ってみると『久良岐能舞台』という大変有名な能楽堂であった。元々大正時代に日比谷に建てられたものが、東京音楽学校(現東京芸大)に寄贈された後、横浜の能楽愛好家の宮越賢治さんという人が1965年に譲り受け横浜の現在の場所に移築した。で、その宮越さんが80年代になって横浜市に寄贈したという。良いものをちゃんと大事につかっていく、こういうのいい。
「この門の側に常盤貴子が着物着て立ってたら似合いますねえ」
「梶芽衣子さまもいいなあ」
日暮れの能楽堂を前に、ひとしきり下らない妄想に基づく会話をくりひろげ、またロビンソン酒場を目指しはじめた。茶色のレンガ風の外壁の集合住宅ばかりたっているゾーンがあり、いよいよ汐見台平戸線という大通りに出れば、あと一踏ん張りできょうのロビンソン酒場が姿を現すことを私は知っていた。
大通りに出てしばらく歩いていた私は、また少しずつ口数を減らしていった。そのロビンソン酒場はまっすぐな汐見台平戸線沿いにあるビルの一階なのだが、なんというか、その建物全体に人気がなく、窓が薄暗いことがわかってしまったのである。
「久しぶりのロビンソンリスクくらいました」
目指していた店『しぐれ』は、よもやの臨時休業であった。丁寧な貼り紙があって、誠実さが伝わってくる。調べずに来る中年がいけないのである。そしてそれが楽しいのだ。ロビンソン酒場漂流の醍醐味の一つなのである。また来ます『しぐれ』さん(もうすこししたらこちらのお話も書きます)。
「で、どうしましょうか?」
Mさんがちょっと微笑をうかべて私に聞いた。
「いやいや、何年、ロビンソン酒場を巡っていると思っているんですか。ここから700とか800メートル行くと、もう一軒ロビンソン酒場があるんです」
良いロビンソン酒場が比較的狭いエリアのなかでパラパラと見つかることなんてそうそうないのだが、このあたりはある種のロビンソン酒場サンクチュアリなのである。
「なんで知ってるんですか、横浜と言ったって、南部のこのへんとジャンプさんとこの北部じゃ生活圏もけっこう違うじゃないですか」
大黒天通りという細い道を歩きながらMさんが聞いた。もう日もとっぷりと暮れ、すっかり夜道と呼ぶのがふさわしい雰囲気になっている。
「まさか大黒さんを見にきたんですか?」
この通り沿いにある金剛院というお寺の大黒さまは三面の大黒さまというので有名である。大黒天と毘沙門天と弁財天が一つになっているのである。ドリカム大黒、と言いかけて、そうか、もう二人になって長いのか、と思った。
「大黒さんというよりは、ゆず、です」
「ゆず好きでしたっけ」
「デュオならティアーズフォーフィアーズが大好きです。で、ゆずを好きな人と、このあたりを訪れたことがあって、そのとき焼き鳥屋さんが旨かったことだけよく憶えているんです」
「人生いろいろですなあ」
「ええ」
またしても益体ない会話を繰り広げ中年二人は登り坂急カーブをてくてくと進む。それにしても、焼き鳥屋さんはよく憶えているのに、一体誰と来たのか、本当に思い出せない。記憶の器は案外うまくできていて、忘れても生きていけることは、自然にこぼれ落ちていく。ああ人生。
で、今度はちょっと手前からも店の灯りが見えたので安心した。ここまですでに数千歩歩いている。それも登ったり下ったり。空腹と喉の渇きが意識のほとんどを占めている。
『やき鳥処 高よし』
看板には店名のほか「もも焼」「から揚」と名物料理二品、ほかに「定休日/月曜日」としっかり描かれていた。
「よかったですね、今日は水曜日ですよ」
Mさんがつぶやいた。
「ビッグ・ウェンズデー」
「まあ、入りましょう」
Mさんは私の返答はさらりとかわして店に向かった。茶色の暖簾をくぐって店に入ると、電球色の照明があたたかくて、身も心も冷え切っていた中年二人はみるみる頬を紅潮させた(実際は五十代のくすみ肌なのでそれほど紅くなってはいない)。
店の奥から身のこなしも軽く黒い衣装の大将がむかえてくれた。あれ? 私が前に来たときには、女将さんがいた気がする。されど、大将もどこかで見かけた気がする……デジャヴとジャメブを同時に感じながらL字カウンターの小さい辺に二人並んで腰をおろした。カウンターは10数名座れる大きめのL字。奥には座敷もあって宴会によさそうである。カウンターの上のメニューはドリンクと串。ホワイトボードにはその日のおすすめがある。このホワイトボードの中身がなかなか小悪魔的でホタルイカ一夜干しみたいな異和感ない品はもちろん、ペペロンチーノなんてパスタ類があったり、サムギョプサル風なる品もあってインターナショナルな顔ぶれである。
にこやかにおしぼりを出してくれた大将は、一人でこの店を切り盛りしている。萩原聖人さんっぽい爽やかな声つきである。急に『冬のソナタ』が見たくなった。
予想よりもはるかに長い距離を歩いたせいか、空腹を空腹と感じられないほど腹がへっていた。
そのせいだろうか、お通しに昆布の炊いたのが出てきたら、パン食い競走みたいに口から先に迎えにいってしまった。細切りの鮮やかな緑の昆布は、すこしずつつまんで食べるべきなのだろうが、喉からからのうえに冬場の無自覚な発汗で塩気も足りなかったのだろう、旨い牧草に出会った牛のように一息に平らげてしまった。
その日の酒は、瓶ビールと日本酒。体が冷え切っていて、ジョッキでビールという気分ではなく、さりとてプリン及びプリン体愛好家として、その補給を怠るようなことはしたくないので瓶ビールを呑みつつ、一気に体があたたまる日本酒をグイグイいこうという目論見であった。高よしは焼酎が得意なのでそれほどたくさんの日本酒は置いていない。あいにく、その日はいつもよりも揃えている銘柄が少ないと大将は恐縮していたが、なんのなんの、ちゃんと旨いのは置いている。Mさんは焼酎を呑みつつ、私はコップ酒をほぼ二口で空けてしまった。これで体内ストーブに火が入った状態になった。元気一杯。
で、ここからは矢継ぎ早に注文。つくね、皮、ナンコツ、ぼんじり、ぎんなん、ハツ、タン、うずら、レバー……まだ早い時間で他のお客さんがいなくて遠慮することもなく、おそろしいほどの本数の焼き鳥をオーダーしてしまった。
そして、これが全部見事に傑作揃いだった。
こんなにたくさんあるのに、どれも無言で一口即昇天。本当にあっという間に平らげてしまったのである。旨さ爆発スーパーペロリ級。
たとえば皮。粒の大きさは博多の皮の2倍くらいのほどよい大きさ。これを炭火でもってじっくり焼いて、エッジはかりかり、ほどよく焦げ目がついて香ばしい。ただ一噛みしたら、この粒の大きさにこれほどの汁気がおさまっていたのか! と感嘆の声をあげてしまう(実際は旨いしこぼしたくないので無言)ほどの、透明感のありつつ小脂を感じさせる鶏のスープが怒涛のように流れ出すのである。さらに、これらを包み込む継ぎ足しのタレが、すべての辛党すなわち呑兵衛たちが「このくらいの甘さが良い」と認めるであろう、ほどよい甘さにキリッとした醤油らしさがあいまった出色の出来なのであった。これが、4粒が一本の串に刺さったこの店のつくねとからまると、また快作。薄い殻のようにまんべんなくカラリと焼かれた表面にしっとりとタレがかけられ、かじるとシャクリと音をたてて崩れたホロホロの身が、またタレと混ざりあう。たまならなく旨い。
ぼんじりは、大将のおすすめで塩で焼いたのを店のオリジナルの辛味噌で食べる。この辛味噌がまた凄まじい出来ばえなのであった。なんでも、修行した店で教わったものに改良をかさねたらしく、この味噌だけで三晩呑み続けられそうなくらい、コク深いのに飽きのこない味なのであった。これを、やはり炭火で丁寧に焼き上げたぼんじりに少しずつつけていただく(あまりつけすぎてはいけない。鶏と味噌がお互いに尊重しあうボリュームがある)。微かに甘い脂にきりっとした味噌の塩気がぴったりと寄り添う。鶏の旨みの後から、まるで最高に旨いおこげのような香ばしさが追ってくる。そこへほんのりと辛み。もうやめられない。
さらに、このタレは、レバーと手をとり合うと、それはもう、凡百のレバーとは全く違う「高よしのレバー」になる。初めから、このタレを纏うために生まれてきたかのように、レバーの雑味をすべてなくし、ねっとりと重層的なコクをもった味わいに仕上げる。後味はどこか焼き栗のような香ばしさになる。
この間に酒はどんどん蒸発、中年二人は超ご機嫌になっている。大将の斎藤健さんに、
「昔来たときは女将さんらしき人がいらしたような」
と、切り出したら、
「もともと、僕はここの客だったんですけどね、女将さんが引退するんで継いだんです」
とのことであった。で、大将は元はイタリアンで料理人をしていたというので、ホワイトボードをチラリと見やったらペペロンチーノがあったりする。もちろんそれも注文しつつ、
「でも、どこかでお会いしたことがあるような気がするんですが」
すると、驚くべきことに、なんと大将は、今日、臨時休業だった『しずる』の常連さんだというではないか。しかも、テレビ版『ロビンソン酒場漂流記』に『しずる』が登場した回では、常連として番組にも映ったというのであった。私は膝をたたいてMさんに向かって、
「これでデジャヴとジャメブが同時におこった理由がわかりました」
「ですねえ」
「あとは二人がデブジャ……」と言いかけて自重した。
ここからさらに追加注文。ホタルイカの一夜干し、ぼんじり納豆、サムギョプサル風(風なのである)、ペペロンチーノ、ミートソース。パスタ2皿という暴挙である。こんなに歩いていても痩せるわけがない。

ホタルイカの一夜干しは店で乾したというもので、しっとり感をすこし残した呑兵衛のグミである。噛めば出汁があふれだし、ちょっとマヨネーズをつけると酸味とマイルドな塩味が加味され、ますますアテとしての実力を発揮する。
驚いたのはぼんじり納豆である。これは、よく焼いた鶏に納豆をマヨネーズなどとミックスした独特のタレをかけたものである。私は納豆自体は好きなのだけれど、熱々のご飯に納豆をのせたときの香りがどうにも苦手でそれだけはいまだに克服できていない。この串ももちろん鶏は焼きたての熱々である。そこへ納豆をかけたら、と思ったものの、これまでいただいた大将の旨い料理に心酔していたので、思い切りよくオーダーしたのであった。で、実際に運ばれてきた串にかけられたそれは、あの熱々ご飯納豆の香りとは無縁の、どこをどう食しても「コク深い豆のソース」と化していて、あまりの旨さに言葉を失ってしまった。納豆の豆の野趣とどこか味噌めいた濃いコクがマヨネーズと他に潜ませてある調味料たちと完璧に融合している。しかも香ばしく脂っ気もじゅうぶんの鶏の旨みをグイグイと引き出すのである。これは旨い。
サムギョプサル風は斎藤さんが、
「いや、これ、風ですからね、風」
と、照れくさそうに出してくれた品だが、これがまた実力者。薄切りのブタを香ばしく焼き上げ、つけあわせに辛く和えたネギと輪切りにした青唐辛子と薄切りのニンニクを一緒に食べる。
「洋光台にいながらにしてソウルにいる気分です」
とつぶやいたら、ちょうど現れた常連さんに、
「ここ弘明寺のほうが近いんですよ」
と教えられた。そうか歩き過ぎて最寄り駅が微妙に違ってしまった。まあ、いい。だったら次に『しぐれ』へ行くときは逆に地下鉄の弘明寺駅から歩こうと決めた。臨機応変、融通無碍はロビンソン酒場の金科玉条である。
そして二種のパスタが現れたときにはさすがに二人の中年の腹部はもはやハンプティダンプティになっていたのだが、この2皿の香りをかいだ瞬間、腹部にすうっとブランクスペースができるのを感じた。けだし、パスタは別腹、なのである。

かつてイタリアンで修行したというだけあって、そのパスタは絶品であった。でも、もしかすると、キノコたっぷりのペペロンチーノの絶妙な香ばしさもミートソースのひき肉の味をとじこめた"タレ"感も焼き鳥屋さんだからこそなのかもしれない。パスタの茹で加減もよく歯ざわり至妙、呑んで食べて至ったこの2皿のパスタは、食べるというより「たぐる」と言いたくなる(もちろんすすったりしないけれど)、焼き鳥屋さんのパスタの横綱であった。
あまりに旨くて斎藤さんの感じもよく、常連さんも懐深く、このまま小上がりに布団をしきたいくらいだったけれど、
「また来ます」
と、告げてお店を後にした。帰り道は聞いたとおり横浜市営地下鉄ブルーラインの弘明寺駅を目指した私たちはふたたび長い道をてくてくと歩きつづけたが、そのお話はまたどこかで。
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加藤ジャンプ
かとう・じゃんぷ 文筆家、イラストレーター。コの字酒場探検家、ポテトサラダ探求家、南蛮漬け愛好家。割烹着研究家。1971年東京生まれ、横浜と東南アジア育ち。一橋大学法学部卒業。出版社勤務をへて独立。酒や食はじめ、スポーツ、社会問題まで幅広くエッセーやルポを執筆している。またイラストレーションは、企業のイメージキャラクターなどになっている。著書に『コの字酒場はワンダーランド』(六耀社)など。テレビ東京系『二軒目どうする?』にも出演中。また、原作を書いた漫画『今夜はコの字で』(集英社インターナショナル)はドラマ化された。
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どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
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