Webマガジン「考える人」

シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

やりなおし世界文学

2019年10月24日 やりなおし世界文学

(11)コートを買うのはイベントだ――ゴーゴリ『外套』

著者: 津村記久子 100%ORANGE

 コートを新調しましたか? わたしは同じのを四年着ている。四万円と私の持ち物にしては高価で、それなら一年に一万円か、と思う。あと二年は着ようと思っている。わたしの金銭感覚としては、コートに一年で一万払うのは抵抗がある。もはや「購入」よりも「使用料」のニュアンスの方が強いのは、コートのような値が張る衣服の特徴ではないだろうか。ちょっとした家電並みと言っていい。
 『外套』は、ロシアのおじさんがコートの新調をする物語だ。おじさんは名前をアカーキイ・アカーキエヴィッチ、姓はバシマチキンという。五十歳も越えた公務員で、九等官という低い階級にあるらしい。作者ゴーゴリによると、「これは知っての通り噛みつくことも出来ない相手をやりこめるという誠に結構な習慣を持つ凡百の文士連から存分に愚弄されたり、ひやかされたりしてきた官等である」とのことだ。背丈はちんちくりん、顔には薄痘痕(うすあばた)、髪の毛は赤ちゃけ、眼がしょぼしょぼしていて、額がすこし禿げあがり、頬の両側には小皺が寄って……、ともういい、もういいから! と突き返したくなるような風采の上がらない描写が続く。まあ独身だ。どれだけ上の人間が更迭されてもびた一文階級が上がらない万年文書係のアカーキイ・アカーキエヴィッチは、下級官吏なので特に余裕があるというわけでもなく、上役には相手にされず、若いものからはばかにされて日々暮らしている。
 最初はもう言い過ぎだろゴーゴリ、暗い気持ちになるよ、と顔をしかめて読んでいたのだが、アカーキイ・アカーキエヴィッチが仕事の邪魔をされても口答えをしないながら書き損じもせず、度が過ぎると『構わないで下さい! 何だってそう人を馬鹿にするんです?』と反論し、言われた若者がはたとからかうのをやめてしまう、そしてそのことがずっと忘れられなかった、という記述から、作者が単にばかにするためにアカーキイ・アカーキエヴィッチというおじさんの話を書いているのではないということに気付く。
 アカーキイ・アカーキエヴィッチは、写字という仕事を心から愛していたそうだ。どのぐらいのものかというと、気に入った文字に出くわすと、我を忘れてにやにやしてしまうほどだったという。しかも書き損じたりしないので、写字をする者としては非常に有能だったものと思われる。ある長官が彼の仕事に報いるために、書類の動詞を一人称から三人称に置き換えるという少しだけ上等な仕事を渡すと『写しものをさせて下さい』と音を上げてしまったぐらい、彼は写字に特化した働き手だった。食事には興味を持たず、自宅でおきまりの夕食を平らげた後は、持ち帰った仕事をしたり、それもなければ自分用の写本を作ったりしていたという。文体よりは、どんな新しい人物宛のものか、どんなえらい人に宛てたものかが大事だった。そして心ゆくまで書きものをすると「神様があすはどんな写しものを下さるだろうか」と楽しみに寝につく。
 このあたりでアカーキイ・アカーキエヴィッチにも、作者ゴーゴリにも、悪かった、と思えてくる。アカーキイ・アカーキエヴィッチは、確かに冴えない写字しか能のないおっさんといえるけれども、その生活の細部はこれほど生き生きとしている。ゴーゴリは確かに、地に近いところで働く者の五分の魂を描き出している。けれども、この人捨てたもんじゃないなあ、と思い始めた矢先に、「あの様々な不幸さえなかったならば、恐らくこの平和な生活は彼の深い老境に至るまで続いたことであろう」という不穏な一文が訪れる。作中の人物の生死は基本的に気になるものだけれども、ちょっと先のページをめくってみるという卑怯なことをしてまで気になったのは、『ペスト』のグランの生死以来だった。グランもまた、献身的でありながらどこか淡々とした働きでペストから人々を守りつつ、ひたすら自宅での恋愛小説の執筆を楽しみにしている小役人だった。
 お金のないアカーキイ・アカーキエヴィッチは、ペテルブルクの生活になくてはならない外套もずっと同じものを着ていたのだが、それもやがて擦り切れて薄くなってくる。それで仕立屋に持って行くと、もう補修できないから新調してくれ、とにべもなく告げられる。アカーキイ・アカーキエヴィッチの年給は400ルーブリ、新しい外套は最初は150ルーブリをふっかけられ、おそらく80ルーブリぐらいには落ち着くもようだが、それでも大金には変わりない。
 絶望的な状況のようではあるが、40ルーブリ分はこれまでお釣りを貯めた貯金箱にあてがあり、残りの40ルーブリ分は向こう一年の節約で捻出することを決意する。たとえば靴底をすり減らしたくないので荒れた道を歩かないとか、毎晩お茶を飲むのをやめようとか、夜にやらないといけないことがあったら主婦(アパートの管理人さんだろうか)の所の蝋燭の光を借りるだとかいった工夫の記述も楽しい。本人もそれを感じていたのか、なんだか結婚でもしたかのように充実した様子になっていく様子には、とても細やかなリアリティがあるし微笑ましい。また、仕立屋のペトローヴィッチの、素面の時には代金をふっかけるけど、酔っぱらっていると仕事を安く引き受けてしまうという性格の描写だとか、実は農奴解放証書を得た身分であるといったロシア特有の設定も興味深い。
 外套は無事完成する。とても良い出来で、アカーキイ・アカーキエヴィッチは深く満足する。けれどもそのことが、彼の人生を大きく狂わせていくことになる。概要だけに接すると、この小説は悲惨なだけの話だということになると思う。冴えない小役人のおじさんがコートを新調しようと奮闘し、コートは作れたものの、あっけなく「あの様々な不幸さえなかったならば、恐らくこの平和な生活は彼の深い老境に至るまで続いたことであろう」という事態になる。けれども、その細部には豊かさがある。箇条書きだとどんなに輝いていないように見える人生にも、不幸というか不運の(つる)べ打ちのような状態にさえも、味わい深さがある。その様相を的確に書き付けていくゴーゴリの手つきには、「輝いていない人生」を切って捨てることへの強い反論が窺える。
 もうそれ以上悪口はやめて、という描かれ方のおじさんだったのに、わたしはある時からすっかりアカーキイ・アカーキエヴィッチに肩入れしてしまっていた。彼の生活への苦しみや満足は、自分の苦しみと満足と同質であるように思えたからだ。それはあまねく庶民の苦しみと満足にも通じている。アカーキイ・アカーキエヴィッチが小説の終盤で対峙することになる役人の俗物ぶりにも、アカーキイ・アカーキエヴィッチ自身の存在に匹敵するようなリアリティがある。人間は、昔なじみがたまたま訪ねてきていて、自分が権力を持っているといい格好をしたかったから、みたいな理由で他人を怒鳴りつけて追い払う、知ってる、とゴーゴリは記述する。
 併録の、ある日勝手に鼻がどっかに行ってしまうというシュールな『鼻』は、ただひたすらばかばかしくおもしろい。いきなり理髪師の朝食のパンの中から、客のコワリョフ少佐(身分詐称のようなものだが)の鼻が出てきて、それを捨てに行くという冒頭なんか最高だと思う。ぬけぬけと礼服を着て馬車から出てくる鼻とコワリョフが会話したり、鼻が乗り合い馬車に乗ってリガまで逃亡しようとしたり、本当にアホとしか言いようがない展開は心が和む。
 けれどもアカーキイ・アカーキエヴィッチのことが気がかりでいると、最後の解題で訳者の平井肇さんが熱のこもった調子でアカーキイ・アカーキエヴィッチのことを弁護していてほっとした。いち人間の生活のリアリズムに徹するかのように見える『外套』は、最終盤でふと幻想の領域に踏み込む。そこにはゴーゴリの慈悲のようなものがある。完成した外套を着たアカーキイ・アカーキエヴィッチが、その瞬間誰よりも幸せだったことを祈る。

外套・鼻

ゴーゴリ/  平井肇 訳 

2006/2/16発売

とにかくうちに帰ります

とにかくうちに帰ります

津村記久子

2019/11/12発売

うちに帰りたい。切ないぐらいに、恋をするように。豪雨による帰宅困難者の心模様を描く表題作ほか、それぞれの瞬間がはらむ悲哀と矜持、小さなぶつかり合いと結びつきを丹念に綴って、働き・悩み・歩き続ける人の共感を呼びさます六篇。

この記事をシェアする

MAIL MAGAZINE

9

20

(Fri)

今週のメルマガ

初公開! 天童荒太さんの創作の舞台裏(No.785)

  2018.9.20配信 HTMLメールを表示出来ない方は こちら 9月20日更新第2回 徴兵令に […]

「考える人」から生まれた本

もっとみる

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 仕事
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

津村記久子
津村記久子

1978(昭和53)年大阪市生まれ。2005(平成17)年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞してデビュー。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、2009年「ポトスライムの舟」で芥川賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、2013年「給水塔と亀」で川端康成文学賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞を受賞。他の作品に『アレグリアとは仕事はできない』『カソウスキの行方』『八番筋カウンシル』『まともな家の子供はいない』『エヴリシング・フロウズ』『ディス・イズ・ザ・デイ』など。

連載一覧

対談・インタビュー一覧

100%ORANGE

イラストレーター。及川賢治と竹内繭子の2人組。東京都在住。イラストレーション、絵本、漫画、アニメーションなどを制作している。イラストレーションに「新潮文庫 Yonda?」「よりみちパン!セ」、絵本に『ぶぅさんのブー』『思いつき大百科辞典』『ひとりごと絵本』、漫画に『SUNAO SUNAO』などがある。『よしおくんが ぎゅうにゅうを こぼしてしまった おはなし』で第13回日本絵本賞大賞を受賞。

連載一覧


ランキング

イベント

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 仕事
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき