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やりなおし世界文学

2019年5月24日 やりなおし世界文学

(6)船は誰にも従わない――スティーヴンソン『宝島』

著者: 津村記久子 100%ORANGE

宝島

 『宝島』は小学一年の時に買ってもらってよく読んでいた覚えがある。といっても、当時のわたしの認識では『デブの国 ノッポの国』とか『十五少年漂流記』、『若草物語』が一軍で、親について車や電車で出かけたりする時は必ずその本のうちのどれかを持って出ていた。『宝島』は、一応持っていて、つまらないと思っているわけではないんだけれども、いつも読んでいたい楽しい本ではなかった。理由ははっきりしている。主人公のジム以外に子供が出てこないのが寂しいのだ。いや、『デブの国 ノッポの国』だって大人の事情に子供が単身で巻き込まれる話なのだが、長新太さんの絵がまずすっとぼけていたし、それぞれデブ国とノッポ国に引き離されているとはいえ、ふとっちょとやせのきょうだいの話で、子供は二人いた。
 しかし『宝島』。海沿いの宿屋の一人息子ジム・ホーキンズが、近所のまあまあ地位のあるおっさんたちの宝探しについていくことになり、その一行に紛れ込んできた海賊たちと対決する話だ。あまりに心許ない話じゃないのか。無理だろ。近所のおっさん数人+子供一人で勝てるわけないだろジョン・シルヴァーさんとその配下の海賊たちに。そんな悲壮な状態なのに、同レベルで愚痴を言い合える同年代の子供がいないなんて寂しすぎる。盗み聞きも島への偵察も、全部一人でやらなければならない。寂しい。
 そうやって寂しい寂しいと言いつつ、愛着のある本ではあったので、大人になって改めて読み直すとどんな感じなのかと今回取り上げてみた。いやおもしろかった。ものすごくおもしろかった『宝島』。
 田舎の海沿いで宿屋を経営していたジム・ホーキンズの一家は、周囲に船長呼ばわりを強要する横暴な船乗り様のおっさんを泊めてしまったがために、近所の人をびびらせてしまうし、宿賃も踏み倒されっぱなしの災難に遭う。悪酔いすると、「何かの質問にいきなり怒りだす。質問がないとこんどは、おれの話を誰も聞いていねえな、といって怒りだす」という迷惑きわまりないおっさんは、周囲に海賊が通らないかをやたら気にしていて、特に「一本脚の船乗り」に目を光らせていろとジムに小遣いをやりつつ命令する。お父さんは、ビルというその怖いおっさんに宿賃を請求できない苛立ちとストレスで肺病が進行し亡くなってしまい、お母さんと二人で宿屋をやっていかなければならなくなったジムは、やがて左手の指が二本ない男やえげつなく恫喝してくる盲人の訪問を受け、もともと病を患っていた船長は病死する。お母さんとジムは、宿賃の請求の前に船長が死んでしまったので、それを取り返そうと船長の持ち物の箱を開けることになるのだが……、という話である。あらすじをさらっていてあまりに心地よかったので、導入の部分をついついたくさん書いてしまった。もうこの船長のろくでなし具合の生き生きした感じといったらない。もう一人の主人公と言えるシルヴァーが出てこない状態でも、本書は充分におもしろいのだ。
 理由はスティーヴンソンの登場人物の心情や場面を描く文章の精度がとても高いからだろう。船長の箱を開けるための鍵を探す際に、ジムは「激しい嫌悪をこらえて」船長のシャツの前を開ける。宝島の地図と、船長が参加した航海の略奪日誌が出てきたその箱からは、諸国の金貨や上等な服や四分儀やピストルや時計にまざって、西インド諸島の貝殻が五つ六つと出てくる。それに対する「こんな貝殻を、人に追われる罪深い放浪の暮らしのなかでなぜ持ち歩いていたのだろうかと、それ以来私はよく考えることがある」というジムの所感は、やはり生き生きとしている。また、宝島の地図を狙う盲人のピューとその配下たちを、宿賃の計算をしながら母親とやり過ごす場面は、息の詰まるようなスリルに満ちている。
 料理番として船に乗り込み、やがて牙を剥く一本脚のシルヴァーという、局面局面において何者にでもなる人物の興味深さも、簡潔で細やかに描かれている。個人的にシルヴァーがジムの心を掌握する発言でもっともたまらなかったのは、いつもシルヴァーの肩に乗って「八レアル銀貨!」と叫びまくる鸚鵡のフリント船長について「この鳥はな、二百歳ぐらいなんだぜ、ホーキンズ--鸚鵡ってのはいつまでも生きるから、こいつよりたんと悪事を見てるやつがいるとすりゃ、悪魔しかいねえはずだ」と紹介するところだ。数々の略奪を見てきた鸚鵡は、難破したスペインの財宝船の引き上げで「八レアル銀貨」という言葉を覚えたらしい。悪魔のように悪事を見てきた二百歳の鸚鵡を肩に乗せている一本脚のシルヴァーのイメージは強烈だ。
 シルヴァーについて、局面局面で何者にでもなる、と書いたけれども、大人になって本書を読んで何がおもしろかったかって、単純に郷士トリローニ・医師リヴジー先生・ジムたち対ジョン・シルヴァーと配下の海賊たちの宝を巡る対決を描いたものではなかったことだった。二つの陣営は、海と島での生活とヒスパニオーラ号という不確定要素に囲まれながら戦い、更に海賊間の信頼できない結束とジムの単独行動も相まって、敵が味方になり、味方が敵になるという行き来を繰り返す。宝島上陸後、海賊たちに乗っ取られたヒスパニオーラ号を座礁させる計画を立て、密かに船に乗り込むジムが海賊の同士討ちに居合わせ、生き残った一方と取り引きして裏切りの気配を感じながら船を走らせる場面には、その複雑さと興味深さが端的に表れている。そこには、生きることはこんな具合だ、とさえ思わせる力がある。自分が海賊と手を結んで船を操ったことなんて一度もないにもかかわらず。そして激しく揺れてすべての乗組員の意図にことごとく従わないヒスパニオーラ号は、誰の側にも付かない生き物の威厳をたたえている。
 シンプルな冒険小説のようでいて、非常に動的なシステムを描こうとする小説でもあるように思えた。誰のいうこともきかない船と海、裏切った上で更に裏切るかもしれない海賊たちと、唯一彼らの内輪に分け入ることができる子供のジム、海賊の側でありながらそのジムに目をかけるシルヴァー。医師の義務として、怪我をした者は敵も味方もなく処置するリヴジー先生の行動もなかなか予測がつかない。ここまですべてに動きがある舞台設定は、個人的には思いつかなかったので、実は読んだことがないたぐいの小説なのではと思った。
 ときどき差し挟まれる、リヴジー先生によるかつらの小ネタも(集中して話を聞きたいときはヅラを脱ぎ、何かを断言するときにはヅラを賭ける)、目まぐるしいあらすじの息抜きになってとても和む。おもしろかった。

宝島

宝島

ロバート・L. スティーヴンソン/ 鈴木恵 訳 

2016/7/28発売

とにかくうちに帰ります

とにかくうちに帰ります

津村記久子

2019/08/17発売

うちに帰りたい。切ないぐらいに、恋をするように。豪雨による帰宅困難者の心模様を描く表題作ほか、それぞれの瞬間がはらむ悲哀と矜持、小さなぶつかり合いと結びつきを丹念に綴って、働き・悩み・歩き続ける人の共感を呼びさます六篇。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

津村記久子
津村記久子

1978(昭和53)年大阪市生まれ。2005(平成17)年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞してデビュー。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、2009年「ポトスライムの舟」で芥川賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、2013年「給水塔と亀」で川端康成文学賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞を受賞。他の作品に『アレグリアとは仕事はできない』『カソウスキの行方』『八番筋カウンシル』『まともな家の子供はいない』『エヴリシング・フロウズ』『ディス・イズ・ザ・デイ』など。

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100%ORANGE

イラストレーター。及川賢治と竹内繭子の2人組。東京都在住。イラストレーション、絵本、漫画、アニメーションなどを制作している。イラストレーションに「新潮文庫 Yonda?」「よりみちパン!セ」、絵本に『ぶぅさんのブー』『思いつき大百科辞典』『ひとりごと絵本』、漫画に『SUNAO SUNAO』などがある。『よしおくんが ぎゅうにゅうを こぼしてしまった おはなし』で第13回日本絵本賞大賞を受賞。

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