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やりなおし世界文学

2019年12月24日 やりなおし世界文学

(13)報われたらえらいのかよ――ヴェルガ 『カヴァレリーア・ルスティカーナ』

著者: 津村記久子 100%ORANGE

 タイトルは知らなくても、おそらく誰もが一度は耳にしたことがあるだろう「カヴァレリーア・ルスティカーナ」の間奏曲である。とてもいい曲なので、似たような曲もたくさんある。イメージとしては、映画の『金田一耕助の冒険』の終盤で、か弱く美しい婦人が、あんた殺し過ぎやろどんだけエネルギーあるねん、と呟きたくなるぐらいの連続殺人を金田一に告白する場面で「仕方なかったんだよね」という感じで流れるような曲だ。CMでもよく使われているし、「ゴッドファーザーpartIII」のラストでも聴けるらしい。わたしは小学四年の時に母親が買ってくれた「名曲アルバム」のカセットテープで知った。いい曲だなあと聴いていたのだが、解説を読むと、このいい曲はこんなにいい曲なのに男女関係のもつれが主題のオペラで登場人物が妻の不倫を知る場面で流れる曲なのだ、という衝撃的というかしょっぱい情報が記されている。こんなにいい曲やのに何やこの水を差す情報はー! と小学生のわたしは心のやり場に困ったのだが、収録されていた他のオペラの曲のあらすじもあんまり教育的なものでもなかったので、オペラというのはそういうものなのだな、と納得して、曲は曲として聴くようになった。中身はどうでもいいけど主題歌だけ好きな映画とかアニメはたくさんあるしな。
 「カヴァレリーア・ルスティカーナ」とは「田舎流騎士道」といった意味らしい。すごく短い小説だ。元兵士のトゥリッドゥは、兵役の間に付き合っていたローラという女性を馬車引きのアルフィオにとられてしまった。トゥリッドゥは小作人頭のコーラさんの畑の番人にしてもらい、コーラさんの娘のサンタを口説き始める。しかしローラはトゥリッドゥに未練があり、二人はまた関わるようになる。サンタはアルフィオに、トゥリッドゥとローラが通じていることを告げ、トゥリッドゥはアルフィオと決闘をすることになる。これをどうやってオペラにしたんや、と疑問に感じずにはいられないような単純なあらすじなのだが、アルフィオとの決闘にやってきたトゥリッドゥが「神さまは正しいから、自分の間違いぐらいわかっている。思い切っておれは殺されてしまいたいんだ」と話すところで、話は突然小説らしくなる。けれどもトゥリッドゥは、ここへ来るまでに年老いた母親の姿を見てしまった、と言う。母親は、鶏小舎の世話をすると言って、トゥリッドゥを見送ったようだ。「だからどんなに神さまが正しくても、年とった母親を泣かせないため、おまえさんを犬ころみたいに殺すだろう」。それからすぐに決着は訪れる。あまりの簡潔さに呆然とする。
 続く「赤毛のマルペーロ」は、誰からも嫌われた醜い少年の話だ。彼は「汚い赤毛(マルペーロ)」として母や姉からも疎んじられ、石切場でこき使われながら、世間からのひどい扱いにふさわしくなるかのように頑丈で抜け目なく、野蛮な人物へと育っていく。彼を唯一愛したのは鉱山で死んだ父親で、やはり父親を愛する彼は、坑道へと入る人生を選ぶ。周囲からひどい扱いを受けながら、自らもひ弱な友人のラノッキオにつらく当たり、しかし時には助けることもあったマルペーロは、誰もやろうとしなかった危険な坑道を探す仕事の中で姿を消す。三本目の「聖ヨセフの驢馬の物語」もまた、しぶとそうな仔驢馬が強さ故に32リラ半で引き取られ、疲れ切って食事もできないぐらい使役され、取り引きされる先々でひどく働かされた後、最後に5タリで引き取られて力尽きる話だ。驢馬は最後に薪を運んでいたのだが、5タリ(おそらくとても安い値段だ)は薪についた値段なので、彼は薪と同じ価値になるまで弱って死んでいったということになる。次の「ルーパ」は少し毛色が違っていて、若くはないがおそらく強烈に性的な魅力を持った女性が、言い寄った先の男と自分の娘の結婚を許したがために人間関係が崩壊する話、五本目の「羊飼イエーリ」はやはり社会の最下層の馬飼いの少年が、小作人頭の娘に恋をしたことで起こる悲劇の話だ。
 驢馬が死ぬ話はあまりに悲しすぎて、正直に言って本を読むのをやめようかと思った。こっちだって疲れてるのに何が悲しくて、こんなに悲惨な一生ばかり読まなければならないのか。けれども本書を最後まで読むと、どの小説も悲壮な結末ではなく、その過程にある登場人物の佇まいの原始的な強さにこそ力点があることに気付く。
 今で言う蚊が媒介する伝染病とは違うけれども、重い病気には違いないマラリアが流行る土地の人々のスケッチのような「マラリア」、転落した地主は労働者よりも悲壮だという「小地主たち」、そして農村での地主階級への反乱と殺戮、その顛末を描いた「自由」などは、主人公や視点人物が存在しない、叙事を描いた絵画を眺めるような印象がある。小説はどれも短いけれども、そのイメージは巨大だ。トゥリッドゥやマルペーロや驢馬やルーパは、そのイメージの中の登場人物のクローズアップであるように思えてくる。
 不幸かそうでなかったかということ以上に重要なのは、彼らが確かに生きたということだ。ほとんど誰もが子孫を残すことすらない消耗の人生を送りながら、それでも辛苦の中で耐える彼らの異様な強靱さは強烈な印象を残す。後も先もない刹那を生きる人間の像は、追われている山賊の噂を聞きすぎて勝手に懸想し、その妻になりに行く女の話である「グラミーニャの恋人」にもっとも顕著に表れている。会ったこともない醜い山賊グラミーニャのために肩を撃たれ、逮捕された後の弁護士費用で母親を破産させた娘ペッパは、息子を連れて都会に出て、グラミーニャが収容されている監獄の周辺をうろつくが、グラミーニャが海外に連れて行かれたと聞いてもうやることがなくなり、しまいに監獄で働くことになる。この話の主題はペッパが不幸か幸せかということではなく、噂だけで山賊に恋をしてしまう人間の不可思議さと、その不可思議さ故に撃たれても破産しても、目標さえ消えても立ち上がってしまうことだ。それこそ驢馬のように。
 最後の「ネッダ」は、本書の登場人物たちのさまざまな苦労で組み上げられた集大成のようでもある。ここでも、社会の最下層で労働に身を削るネッダの人生は報われることがない。けれどもそもそも「報われた」から、良いとか意味がある人生なのだろうか、という疑問が頭をもたげる。そんな外部からの概念とは関係なく、本書の登場人物たちは生きて死ぬ。誇り高いという言葉すら湿っぽく思えるほど、彼らの佇まいはクールで乾いている。「報われない」ということを淡々と生き抜こうとする。
 悲惨な話ばかりなのに、本書はなぜか生きる気力さえ呼び覚ます。「この人たちよりはまし」ではなく「何をしていたのだ」とはっとさせる。自分たちの数代前には、おそらくこんな人生が山のようにあった。その先に自分たちがいるのなら、報いをあてにしなくても生きる力は備わっているのではないかと、本書は気付かせるのだ。
 読了後、youtubeで「カヴァレリーア・ルスティカーナ」のオペラや映画の場面をいくつか見た。サントゥッツァ(サンタ)がアルフィオと話した後、舞台の上の十字架に白い布が掛けられサントゥッツァがそれに向かって跪くというとても美しい演出を採用した舞台もあり、子供の自分に教えてやりたくなった。ものすごく単純な取り返しのつかなさが、単純だからこそ胸を打つ場面だった。

カヴァレリーア・ルスティカーナ―他11篇

ヴェルガ/ 河島英昭  訳 

2002/7/9発売

とにかくうちに帰ります

とにかくうちに帰ります

津村記久子

2020/04/01発売

うちに帰りたい。切ないぐらいに、恋をするように。豪雨による帰宅困難者の心模様を描く表題作ほか、それぞれの瞬間がはらむ悲哀と矜持、小さなぶつかり合いと結びつきを丹念に綴って、働き・悩み・歩き続ける人の共感を呼びさます六篇。

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「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

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"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

津村記久子
津村記久子

1978(昭和53)年大阪市生まれ。2005(平成17)年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞してデビュー。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、2009年「ポトスライムの舟」で芥川賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、2013年「給水塔と亀」で川端康成文学賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞を受賞。他の作品に『アレグリアとは仕事はできない』『カソウスキの行方』『八番筋カウンシル』『まともな家の子供はいない』『エヴリシング・フロウズ』『ディス・イズ・ザ・デイ』など。

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100%ORANGE

イラストレーター。及川賢治と竹内繭子の2人組。東京都在住。イラストレーション、絵本、漫画、アニメーションなどを制作している。イラストレーションに「新潮文庫 Yonda?」「よりみちパン!セ」、絵本に『ぶぅさんのブー』『思いつき大百科辞典』『ひとりごと絵本』、漫画に『SUNAO SUNAO』などがある。『よしおくんが ぎゅうにゅうを こぼしてしまった おはなし』で第13回日本絵本賞大賞を受賞。

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  • 津野海太郎「最後の読書」読売文学賞受賞


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