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やりなおし世界文学

2020年6月25日 やりなおし世界文学

(19)輝き続けるアホと暴かれる世界の急所――ラファティ『九百人のお祖母さん』

著者: 津村記久子 , 100%ORANGE

 疲れたんでラファティを読ませてもらっていいですか? と欄の編集担当さんにたずねると、いいですよ、とのことだったので、ラファティを読む幸せにひたらせていただくことにした。
 初めてラファティを読んだのは大学一年の頃で、タイトル買い表紙買いだった。SFを読もうとしているわりにそんなに馴染んでいないというか、SFの楽しみ方がよくわかっていなかったわたしからしたら、タイトルの変さといい、横山えいじさんのお祖母さんがテキスタイルと化した表紙のデザインといい、「これなら大丈夫そうだ」と感じられるものだった。実際大丈夫だった。今と比べると本の読み方がうまくなかったし、大切な部分を読み落としていることも多数だった十代の終わりの自分だったけれども、それでもラファティのアイデアの他にないおもしろさ、浮き世離れしているようでしていない庶民感覚のようなもの、そういう位置から書かれるSFの楽しさは伝わってきた。
 それから二十数年が経ち、たまに好きな短編を読み返しはするけれども、改めて通しで読む機会はない、という今になって読んでみると、ラファティの作品が風化するどころか、まったく色褪せておらず普遍性すら獲得しているということに改めて驚く。何がすごいって「アホ」と「世界の在り方」という二つの側面から、ラファティの小説は今もってますます正しいのだ。どちらかならあり得るかもしれないけれども、その二方向から正しいという作り手はなかなかいないのではないか。いたら自分の中では伝説的な作家であると言えるし、ラファティは自分にとって以前にもましてそういう人になったということを再確認した。
 表題作「九百人のお祖母さん」は本当にアホだ。プロアヴィタスという、人が死なず老いれば小さくなってゆくというアステロイドで、プロアヴィタス人の起源について調査するというメインアイデアもかなり変なのだが、視点人物であるセラン・スワイスグッドという特殊様相調査員の同僚や上官たちがみんな、(おそらく宇宙人になめられないために)コワモテのするマンブレイカー・クラッグとか、ヒーブ・ハックルとか、ブラスト・バーグといった名前を持っていて、男らしさを演出するために胸毛を移植していたりするというばかばかしい設定がもうやられる。そしてセランは、マッチョさを演出して宇宙人相手に有利な商売や支配をもくろむ同僚たちの中で、ひとりだけ本名でがんばっているらしい。
 温厚なプロアヴィタス人の翻訳者はノコマといって、彼女はある日、自分の家には九百人のお祖母さんがいるとセランに話す。ノコマは、二、三十人なら見せてあげると言うのだが、プロアヴィタス人の起源を突き止めるという探求心にとらわれたセランは、ノコマに黙って九百人のお祖母さんに会いに行こうとする。
 お祖母さんたちの描写がとてもいい。「婆さまは小柄で、腰かけ、ニコニコしていた。(中略)婆さまによばれてやってきた爺さまも、セランにニコニコ笑いかけた」。働きざかりのプロアヴィタス人よりもいくらか小柄だという彼らの周囲には、「不快ではなく、眠たげで、なにか悲しみに近いものを思いださせる雰囲気」がたちこめている。あなたがた以外にも年寄りがいるんですか? とセランがたずねると、婆さまは自分よりもいっそう年老いて小柄なじじばばたちを呼び入れる。みんなが小柄で、眠たげで、ニコニコしている。
 この調子でセランは、どんどん小さくなって、どんどん簡単に眠ってしまい、どんどん簡単に起きては話したがる数百人のお祖母さんたちがいる地下へと導かれていく。「何人かの生きたミイラは、まだ、セランがその部屋にいるうちにふたたび目をさまし、短い眠りで元気をとりもどしたのか、しきりに話をしたがった」という部分などは、もう永久に読んでいたかった。
 「スナッフルズ」にも異常に愛嬌のあるスナッフルズという生物が登場する。基本は熊みたいなのだが、巨大な犬、人食い鬼、おもちゃのようでもある。重力は地球の半分、全周が一六〇キロしかないベロータという、「軽力の法則」が支配する惑星で、六人の探検隊はこの人なつこくたった一匹しかいない生き物に遭遇し、つきまとわれることになる。探検隊とスナッフルズは、最終的に対決することになっていくのだが、「軽力の法則」と惑星の小ささが十全に生かされた探検隊の逃亡とスナッフルズの追跡の様子は無類におもしろい。スナッフルズは日暮れに追いかけてきて、肥沃な土地は走り抜けさせ、麻薬のあるところで休ませて食べるように仕向けてくるため、隊員たちは夢と現実の区別が付かなくなっていくという状況の中、この惑星を作ったのはスナッフルズなのでは? という考えにとりつかれることになる。惑星を一周するまで走れば武器のある拠点に戻れてなんとかなるかもしれない、という希望と、スナッフルズが世界を丸く作ったことを果たして覚えているのか? という懸念が交錯する様子は手に汗を握ると言っていい。
 「世界の在り方」という側面では、「その町の名は?」という小説が今の世界を先取りしている。コンピュータが気付いた、なぜあるハンガリー語の百科事典で、SikとSikamlosという単語の間に不必要な埋め草があるのか? なぜジャズの歴史の中である部分だけが抜け落ちているのか? などといったいくつかの疑問から、巨大な何かが失われたことが人々の記憶の消去や書物の改竄という形で隠蔽されたのではないかという疑惑にたどり着く。『一九八四年』の主題の一部を切り取って見事な短編に仕立てたようなこの小説は、毎秒ごとに吸い込ませられる情報の文脈を人間が頭の中で保つことが困難になってきている状況の中、それに付け込んで発言の撤回も一貫性や原則の放棄も平気でやらかす政治的な勢力が増殖している現代において、おそらく発表された当時以上にリアリティが増していると言っていいと思う。あまりに今の理不尽とリンクしているような内容に、読んでいて泣けてきた。
 他にも、正統派の異世界ヒロイックファンタジーのようでいながら「オタマジャクシが蛙になる」という構造の謎を人間に似た種族で再現する「山上の蛙」、世界の全員の人間について知っている普通の男の話「一切衆生」、無駄なものを消す倫理的なはずの機械の暴走を描く「ブタっ腹のかあちゃん」、超絶多産な宇宙人が自宅の裏庭に町を作り始める「千客万来」など、本書は本当にすばらしい、読み終わりたくない、あまりにも壮大でくだらないイメージが脳みそをキャッキャと喜ばせる小説がひしめいている。
 フレーズの充実もすさまじい。「だいたいやな、尻のポケットに、札束で二年分の食いぶち、いつも持っとらんようなやつは、運命に対して心構えが甘いちゅうねん」という「ブタっ腹のかあちゃん」の一節もすばらしいけれども、個人的に最高だったのは「ひょっとすると、もうタス(通信)もこのニュースを知っているのでは?」というある人物の問いへの、「もう知ってますとも」「わたしがタスです」という答えだった(「七日間の恐怖」)。タス通信て何よ、というつっこみの感覚は、一九六二年から不変なのだ。それはとりもなおさず、ラファティが普遍の在処を知っているというトリッキーな証左でもある。

(註:タス通信とは、かつて存在したロシアの国営通信社のこと。ソ連崩壊後はイタルタス通信が設立された)

九百人のお祖母さん

ラファティ / 浅倉久志 訳

1988/2/1発売

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松村 正樹

著者プロフィール

津村記久子
津村記久子

1978(昭和53)年大阪市生まれ。2005(平成17)年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞してデビュー。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、2009年「ポトスライムの舟」で芥川賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、2013年「給水塔と亀」で川端康成文学賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞を受賞。他の作品に『アレグリアとは仕事はできない』『カソウスキの行方』『八番筋カウンシル』『まともな家の子供はいない』『エヴリシング・フロウズ』『ディス・イズ・ザ・デイ』など。

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100%ORANGE

イラストレーター。及川賢治と竹内繭子の2人組。東京都在住。イラストレーション、絵本、漫画、アニメーションなどを制作している。イラストレーションに「新潮文庫 Yonda?」「よりみちパン!セ」、絵本に『ぶぅさんのブー』『思いつき大百科辞典』『ひとりごと絵本』、漫画に『SUNAO SUNAO』などがある。『よしおくんが ぎゅうにゅうを こぼしてしまった おはなし』で第13回日本絵本賞大賞を受賞。

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