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小さい午餐

 2010年に新潮新人賞を同時受賞した太田靖久さんとオンラインでトークイベントをした。イベントは大阪の書店toi booksさん主催で、太田さんの単行本『ののの』の出版を記念して開催された。夜9時からで、収録ではなくリアルタイムでの配信だった。お客さんの反応が一切わからないのがやや不安ながらも、太田さんと話をするのはとても楽しかった。初対面は10年前、お互いデビューが決まった直後、受賞インタビュー収録のため私が上京した際に新潮編集部が引き合わせてくれて食事をした。その時点ではまだ誌面ができておらずお互いの作品を読んでいなかったのもあり、そんなにたくさん話をすることはなかった。なんというか、気後れもあったし、緊張もしていた。食事の席で、太田さんはとても熱心に新潮の編集長と文学論らしき話をしておられ、私は副編集長と好きなお弁当のおかずについてなどの話をした。まだ本当に自分が新人賞を受賞したのだということ、雑誌に小説が、なにがどうなるのかわからないながらも3年かけて書いた小説が全文掲載されるということ、それをこれから私の知らない誰かが読むのだということが信じられていなかったしなんなら有休をとって新幹線と地下鉄(広島には走っていない)に乗って東京都の新宿区の神楽坂という場所に来たのだ、ということさえどこか嘘のようで、なにせ原稿を応募する封筒の宛名に東京都新宿区と書いたとき、シンジュクってよくテレビなどの音声で聞くけれど実在しているのだろうか本当にこんな普通の切手なんかで届くのだろうかと思っていたのにいま自分がそこにいて生ビールなど飲んでいる……お互い10年経って画面越しにでも顔を合わせてみると、あのときはこうだった、という記憶が意外なほど鮮明に蘇り、お互いの記憶がややずれているところもあり、それぞれしか知らなかった挿話や密かな内心のようなものも当然ながらあり、なんというか、10年経って初めて、お互いにたどり着いたような不思議な感じがした。太田さんと私の作品は誰が読んでもおそらく全然似ていないのだが、お互いが小説を書くときに感じている、考えている、あるいはお互いの小説を読んで感じることを言葉にすると意外なほど共通する言葉が出てきて不思議だった。一方で、全く重ならない話もあった。イベントが終了しこのたびは本当にありがとうございました、こちらこそ、などと言い合ってお辞儀しながらズームから退出しパソコンを閉じ風呂に入り小腹が空いたので夜食を食べ缶のレモンハイを飲んだりしている間に時間が経ち、寝たのは普段より4時間ほど遅い時間だった。
 翌日は所用があり呉へ行った。呉は久しぶりだった。定かではないが確かおととしくらいに行ったはずと思ったが、なにしに行ったのかよくよく思い出してみると友人、新卒で勤めていた編プロで同期だった子の出産祝いに訪ねたときだったからええと、もう4年も経っている。あのときの赤ん坊もだからもう年中さんかそれくらいになっているということか、あれから彼女は県外に引っ越してしまって会っていないが元気だろうか……朝予定の時間に目覚めるとものすごく眠かった。寝たのが遅かったし、寝つきも悪かった。普段話さない人と話した興奮もあり、いくら自分としては楽しく話せたと言ってもお客さんが聞いているイベント、その反応が見えないということはいくらでも悪く想像することもできて、ああ言えばよかったああ聞けばよかった、早口すぎたんじゃないかしょうもないことを口走りはしなかったか、眠りも多分浅かった。夢もいくつか見た気がする、とにかく眠い。顔を洗っても覚め切らず、着替えながらうとうとし朝食を食べながらぼんやりし家を出てもしゃっきりせず移動中は何度か本式に居眠りもした。
 主たる用事の他に、呉へ行くには楽しみがあった。呉に行くと必ず食べるクリームパイ、有名な洋菓子店の多分ガイドブックにも載っているような名物、1階が店舗で2階がカフェになっている。やや塩気の効いた生地にカスタードクリームが分厚く載っかってさらに生クリームで飾ってある。カスタードクリームはしっかりした食感で、生クリームがふわりとして、強くも控えめでもない甘さ、生地と2種類のクリームを一緒に食べるとなんとも懐かしい味がする。用事が済んだら行って食べるのだ。それもだから4年ぶりということになる。初めて食べたのは編プロ時代で、同期の彼女が差し入れに持ってきてくれたのを気に入って後日わざわざ取材に行った、カフェでパイの写真を撮った。私は写真が下手糞で、とにかく三脚を使って手ぶれだけはしないようにしてあとは数を撮りまくり、帰社してから選ぶのに苦労した。光も、色も、構図も、記事にふさわしい的確な文章の書き方も取材先とのやりとりの機微も、先輩からあれこれ教わったが身につく前に辞めてしまった。続けていさえすれば身についたとも限らない。仕事にまつわる嫌な記憶、思い出すだに腹がたつ顛末も冷や汗をかくような失敗もいま思えば労基案件だったのではというやりとりもあったが、自分が好きだと思った店に連絡して約束して取材して紹介する、というような楽しさも確かにあった。すごくおいしいレストランの気難しそうなシェフに家庭向きレシピを習ったり、地元のイラストレーターの人を探して絵を描いてもらったり……あのイラストレーターの人は元気だろうか。レストランはシェフ高齢のため閉店してしまった。在職中に小説を書こうと思い立ち、書き始め、そのこととは関係なくストレスで退職し転職した。自由な時間を使って30歳までは書いてみようと思った。30歳までは書いてみて、それで箸にも棒にもかからなかったら諦めよう、「箸にも棒にもかからなかったら」が具体的にどういう状況なのか、最終選考に残っていなかったらなのか一次を通っていなかったらなのかなにも書き上げていなかったらなのか、そんなことすらはっきりしなくて、それは多分意図的に、具体的に決めないようにしていた気がする。とにかく、まだ時間はあるという暗示だけかけて、そのころ私はまだ23、4歳で、30歳はものすごく遠い先に感じられていて、それで書き上げた作品を応募して太田さんと同時受賞となった。不思議だ。
 用事の合間に昼どきとなった。まだ眠い。人と話したりしていると少しパチッとするのだが、口を閉じると途端に頭に霧がかかった感じになる。クリームパイの店はここからは別に近くないので帰りがけに寄るとして、本当なら動線からあまり離れない範囲でよさそうな店を探すところ、呉だと呉冷麺とか好物だし細うどんもいいし、確か独自のお好み焼きもあったはず、しかし、あまりの眠気にそういう情報を調べる気力もわかず、近くにあった店に入ってタコ天丼(小)というのを食べた。魚介類が中心らしい、いけすがあり壁に大漁旗が飾ってあるような店だった。海鮮丼とか煮付け定食とか本日の刺身天ぷら御膳とかがある。広い店内は座敷席とテーブル席、お客さんは3分の1の入りといったところで、かすかに水が濁っているかガラスが曇っているかしているいけすに鯛が泳いでいる。中年女性のグループが生ビールで乾杯している。賑やかに喋っているが内容は聞こえない。老夫婦と娘らしい3人連れがそれぞれ違う丼の具を分け合っている。大きな、穴子のらしい天ぷらやマグロのらしい赤色が見える。単品の海鮮天ぷらなども魅力的だったし、タコ天も小ではなくてフルサイズのもあってそれには小鉢などついているらしかったがでも今回はクリームパイのことを考えて小にした。またうとうとしているとマスク姿の若い店員さんがお盆を運んできた。通常のご飯茶碗よりふた回りくらい大きい陶器の丼に、木の葉型のタコ天が4枚とかぼちゃ、ナス、シシトウの天ぷらがお互い立て掛けるように立体的に載せてある。それに赤だしらしい色の味噌汁にたくあん、想像よりボリュームがある。タコの天ぷらを齧る。タコ天はしょうゆの下味がついていることも多いがここは茹でたタコにそのまま衣をつけて揚げたものだった。味つけはタコそのものの塩気と控えめにかけてある天丼のタレ、タコは刺身として出るゆでダコのような平たい切り方で足部分はない。噛み切ろうとするといかにもタコ、という感じで伸びてきしんで衣からすっぽ抜ける。衣の内側が小豆色になっている。それを眺めながらもまだ眠気が抜けきらない。衣はわりと分厚く硬めに揚がって食べでがある。ご飯も豊富だ。味噌汁はわかめとねぎ、たくあんは甘口、580円、お腹も膨れ、更に眠くなった。
 食べ終えて店を出た。海が見えた。防波堤からのぞくと意外なほど水が澄んで、海底の岩やそこに付着したフジツボなどがゆらゆらしつつくっきり見える。黒い大きな魚が(かし)ぎながら泳いでいる。銀色の小さい魚が大きな岩の上に群れている。堤防から釣り糸を垂れている人もいる。潮は引きつつあるのか満ちつつあるのか、砂浜が少しだけ見えていて、波がそこを通るたびに白い細かい貝殻がじゃらじゃら動いているのを見ているとまた眠気を誘われる。潮の匂いが間歇的に鼻に入ってくる。海に向かってカメラを構えている男女がいて、男性が「最高じゃなあ」と言っているのが聞こえた。「ええ構図じゃあ」眠気が飛び切らないまま用事の残りを済ませる。いい天気で、日陰は涼しく日向は暑い。あくびをしながらストールを巻いたり外したりする。
 ケーキ店に着いたのは夕方だった。店の道路に面したガラスに近隣の迷惑になるから路上駐車はしないでくださいという注意書きが貼ってあるにも関わらず、明らかにこの店目当てらしい路駐車がある。少し離れたところで車から降りて小走りに店に入っていく女性もいる。やっぱり人気なのだ。私も入る。2階のカフェは閉鎖中だという掲示がある。えっ? と思う。あそこもうないのか……理由はわからないが、感染症のせいなのか、改装とかなのか、ならば買って帰ろう。ドライアイス多めに入れてもらおう、と思って見るとケースの中にクリームパイがない。本日クリームパイ売り切れましたという小さい札がケースの中に立ててある。売り切れている……いや、名物だしそれは売り切れていたってなんの不思議もない。もっと早く来るか、確認の電話を入れておいたらよかったのかもしれない。そうかないのか……今日が特別よく売れたのか、いつもこうなのか、もしかしていままでいつも買えていたのは幸運だったのだろうか、私はなんのために呉に来たのだろう、いやそれはだから用事があったのだが、でも、それすらも、済ませたらクリームパイと思ったからこその、クリームパイこみの用事だったようなもので……ようやっといまになって目が覚めたという感じもした。
 私が住む近所にも好きなケーキ屋はある。徒歩圏内にもないことはないし、ちょっと足を伸ばせばもっとある。栗だったりチョコレートだったり顔をしかめるくらい酸っぱいレモン味だったり、形も色もとりどりのケーキ、しかし、クリームパイはどこにも売っていない。あんな感じのやつ、というのもない。あの塩気、まったりさっぱりしてぷるんとした口触りのクリーム、生クリーム、懐かしさ、緊張した取材、結局やっぱりどこかさえない私の写真(なんでこんな斜めな構図で撮ってきたの? わざとなの? もっといいのないの?)、そして、それを呉で食べている、呉で買ってきたという遠出感、そうか売り切れか……私と同じように落胆しているのだろう、店をのぞいてなにも買わずに出て行く人もいた。仕方がないので私は別のケーキを買って店を出た。次来るときは予約をしておこうと思った。それかもっと早い時間に確実に行く。
 帰宅してケーキを食べた。おいしかったが呉に行ったという実感自体がどこか消えていくような気もした。この1日自体がすべて幻だったような気がする。布団に入って、眠って、目覚めたらまた同じ1日が始まるような、全部長い夢だったような、タコ天、海、その日は久方ぶりに深く眠って、目覚ましを聞き逃して夫に起こされ起き上がるとちゃんと次の日が始まっていて、私は顔を洗って弁当を作った。

庭

小山田浩子

2018/03/31発売

それぞれに無限の輝きを放つ、15の小さな場所。芥川賞受賞後初著書となる作品集。

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「考える人」から生まれた本

  • 春間豪太郎草原の国キルギスで勇者になった男

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

小山田浩子

1983年広島県生まれ。2010年「工場」で新潮新人賞受賞。2013年、初の著書『工場』が第26回三島由紀夫賞候補となる。同書で第30回織田作之助賞受賞。「」で第150回芥川龍之介賞受賞。最新作は『』。

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