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小さい午餐

 夫とかなり大きな喧嘩をした。きっかけはささいなことだったが双方に言い分があり感情がありいままでの結婚生活中にお互いが抱いていた不満や悲しみの蓄積や記憶もあり歩み寄りのための問いかけがさらなる諍いを産み私は泣き夫はひどい頭痛になり出勤していった。借金や暴力のような、圧倒的にどちらかが悪いことをしたわけではない。おそらく、私がこの経緯を誰かに話せばその人は私に同情的な反応をするだろうし、夫が同様にすれば夫が気の毒がられるだろう。結婚当初に比べると喧嘩の頻度は激減しているが、逆に、そのきっかけや経緯は年が経つごとに洗練というか研ぎ澄まされてなんだか伝統芸能の型のような、これをこう受けてこう返すとこうきてこう、こう、ここまできてはいバーン! 毎回同じ、お互いの調子がいいときはだからそれを回避するよう動けるのだが、疲れているとか別の気がかりがあるとかいうときにうっかり型が発動し気づけば最後まで行ってしまう。もういい加減お互い諦めるところは諦めて、鷹揚に構えるところは構えて、慣れて、許して、見過ごしてそして自分自身を省みて、いくら頭にきても悲しくなってもこんな風にならないように……
 夫はいまどういう体調でどういう精神状態で仕事をしているだろう。失敗などしていないか、頭痛は治ったか、出勤し他人の目の中で社会人らしく振舞わねばならないのは大変だろうが、自宅、喧嘩をしたまさにその場所で仕事せねばならない私も割に辛い。いつも昼時に送られてくる仕事の状況や帰宅予定時間などを知らせるメッセージもこないし私も送らない。悲しいし悔しいし情けない、私は家を出た。いい天気だった。11月も半ばを過ぎ、先週は冬のコートでも寒くて震えていたのに今日は汗ばむくらいの気温だ。コスモスは終わりかけ、イチョウもモミジもサクラもどれも紅葉している。今年は柿の裏年らしくどの家の柿も実がまばらかほとんどついていない。去年はだから表年で、もう、どう見てもこれは食べきれないだろうというような量の柿の実が樹上でどんどん熟れて透けてとろけて鳥に突かれて路上に落ちて潰れているのを見て胸が痛んだが、といって葉も落ち果実のないすかすかの枝を見るとそれはそれで寂しい。むき出しの幹は苔で覆われている。苔の濃い色と木の背後にある暗い色の瓦屋根のせいで枝にカラスがとまってこちらを見ているのに気づかなかった。目が合うと襲われそうなので慌てて顔ごとそらし先を急いだ。
 保育園の園庭が見える。子供たちは誰もいない。お昼ご飯の時間なのだろう。もうお昼寝しているのかも、どうして春には急になにもかも休みになったのにいまはならないのだろう。決してまたあんな風に突然全国の小学校がお休みになってほしいそれに準じて保育園とかも休園要請とか出て親も現場も困るような状況になってほしいと思っているわけではない、が、感染者数は当時を超えたという報道で、結局だったらあのときの混乱はなんだったのだろう? 子供たちは新学期直後の保育や教育を失い、親たちだって万障繰り合わせの上で収入が減り喧嘩が増え学校現場だって医療現場だって奔走し尽力し、あらゆることに気を遣い……いまだって、子供たちは給食時間中以外ずっとマスクをつけていて、地元小学校の運動会は縮小したが修学旅行は普通にあったと聞いた。Go Toのおかげで料金は例年より安くなったそうだ。誰がなにをどう判断してそうなっているのか、多分誰にもわからないのだろう。空気、空気、これから本式に冬が来て空気が冷えて乾燥して風邪にインフルエンザに帰省に受験に……ぶんぶん足を動かして角を曲がると前に夫と2人で来たつけ麺屋があった。
 広島風の辛い冷たいつけ麺、そうだ、何気なく入ってみたらおいしくて、2人でそれぞれの麺を食べ終えてから、もっと食べたいねということになって替え玉を頼んで分けたんだった。辛いの食べるとすっきりするね、本当じゃね、ここのタレおいしいね、混んでいなさそうに見えたので中に入った。外食だってこれからまたできるだけ控えるべきだろう……混んでいないというかお客さんは男性が1人カウンターの端っこに座っているだけだった。カウンターの中から頭に黒いタオルを巻いた男性がいらっしゃいませ、と言った。夫と来たときは4人掛けテーブル席に座った。今日は先客と反対側の端っこのカウンター席にした。椅子が、私の身長からするとやや高い。向こうの壁際の小さいテレビがワイドショーをやっている。普段見ないから出演者を見てもどの局のかわからない、『感染爆発の可能性? Go To キャンペーンの影響は?』という文字が画面の上に固定されているのが見えた。私はカウンターに置いてあるラミネート加工のメニューを見た。つけ麺の並み盛り大盛り特盛りなどと卵やチャーシューダブルなどトッピング、サイドメニューとしてのライス類、それからタレの辛さが書いてある。0辛から10辛まで並んでいて、3辛のところに「ちょい辛」6辛のところに「辛いのが好きな方」、10辛には「辛さに自信のある方」と書き添えてある。さらに頼めば10辛より上の数値も設定できるらしい。前に夫と来たときは何辛にしたんだったっけ、いきなりでそんなに辛くはしなかったはずだから多分5か6くらいだろう。少し悩んで8辛に決めた。灰色のマスクをした店員さんはうなずいて「並み盛り、8辛」と復唱しカウンターの中でくるりと向きを変え容器から生麺の玉を1つとった。カウンターの中の低い位置に作られたコンロの大鍋で湯が煮えている。ほぐしながら白い麺が入れられる。
 広島のつけ麺は細くも太くもない角張った中華麺を茹で、水で冷たく硬く締めてから茹でキャベツ、千切りキュウリ、脂の少ないチャーシュー、青ネギの細切りなどを載せるか添えるかして、唐辛子やラー油の入った冷たい醤油ベースのタレにつけて食べる。私からしたらこれが「つけ麺」なのだが、全国的にはそうではないことはお好み焼きと同様把握している。全国的に「つけ麺」、と呼ばれる麺を食べたことがないので比較はできないが広島のつけ麺はとてもおいしい。さっぱりしているし野菜も食べられる。難点は白い服を着ているとタレが飛んで赤いシミになりがちなところ、あとは割とネギネギしているので食後のにおいが気になる場合があるっちゃあるか、あとは値段、麺、肉、キャベツとネギという布陣はほぼお好み焼きと同じなのだが、だいたいノーマルな1人前で比較するとつけ麺のほうがお好み焼きより2〜300円くらい高い、この店のも並み盛りで900円、大盛り特盛りとなると1000円を超える。日常のランチとしては高い方だろう。でも疲れとるとき食べると元気が出るよね、そうだよね、辛いのもあんまり辛いって感じんよね、そうそう、ストレス溜まってると辛いの辛く感じないよねあれなんでだろう、そんなようなことを夫と話した、どうして昨日はあんな風に話せなかったのだろう。きつい返し、無視したわけではないがという間合い、傷んで捨てた常備菜、仕事のメール返信しなきゃ、散らかった部屋……店員さんが辛そうな赤い液体を小鉢に小さい匙で移している。多分あれを何杯入れるかで何辛か決まるのだろう。先客の男性はちょっとミリタリーっぽい上着を着ている。麺を茹でる鍋の水面が丸く膨らんでいる。水流に麺が動いているのも見える。火加減が絶妙なのかそういう仕様なのか、家だとびっくり水をするか火を弱めないと吹きこぼれそうなくらい沸いて見えるのに寸前でその膨らみはしぼんでまた膨れる。店員さんは赤い液体の小鉢を調理台に置き、木の柄に平らな網がくっついた麺掬いを鍋の湯の膨らみの奥に突っこんだ。「引き続き三密を避けて」とテレビが言った。「これから年末にかけて会食の機会も増えますからね、お店側も徹底的に対策をですね」たくさんの店がすでにできる対策をしているだろう。席数を減らして、アルコールを置いて換気も増やしてテイクアウトを拡充して、「感染爆発、医療崩壊を防ぐためにはやはり、我々ひとりひとりが気を引き締めてですね」平たい網の上に私の麺が載っかり、軽く弾む店員さんの手の動きで小さく丸くまとまっていく。
 「お待たせしました!」と声がしてカウンターに麺の皿とタレの小鉢が置かれる。ひとつずつ受け取る。どちらの皿も冷えている。割り箸を割る。平皿に広げるように麺が盛られ、上に薄緑の茹でキャベツがひとつかみくらい、千切りキュウリ、脂の全くない、多分モモ肉のチャーシューの極薄切りが4枚、真ん中に細く切って水にさらした青ネギがこんもり載って、8辛のタレはすりごまとラー油に覆われている。キャベツの下から麺を掘り出してタレにつける。割り箸の先と麺が凶暴に赤黒くなる。口に入れようとして、いま唇が荒れているんだったと思い出す。私はいらいらすると唇の皮をむいてしまう癖があって、だからいまはもうむしってむしって小さい血膨れが端っこにできていて、これはタレがしみるかも、いやだな、大きく口を開け唇をまくりあげ、前かがみになって麺を口にたくしこむ。舌にすりごまの感触があり、すぐに直接的な醤油の味がして、だしというか、ラーメンのスープっぽい動物性の香りが少しだけする。ラー油のだろう、トロンとした油の舌触りもする。噛むと硬くしまった麺がこきこきして、遠い酢の刺激もある。酢がタレに入ってない店も多いが、ここのはうーんとかすかに、しかし厳然と、酢です、という風味が感じられてそれもまた爽やかだ……全然辛くない。全く辛味を感じない。前に5か6辛を食べたときより辛くない。え、本当にこれ8辛ですかと聞きそうになるくらい、ミリタリー上着の男性が会計をした。「ポイントカードお持ちですか?」「あ、はい」「どうもー!」男性が店を出て行き、店員さんは彼の食器を片づけた。ポイントカード、前来たときもらったけれど夫が持っているな……また来ようね、そうだね来たいね、茹でキャベツを折りたたんでタレに浸す。すりごまの量が多いので水没するともうキャベツも箸の先も目視できなくなる。黒いタレ、赤い透明なラー油、白茶にところどころ黒や赤が混じるすりごまが浮き沈みしてなんだか原始宇宙のイメージ図のようだ。ビッグバン、空想科学、キャベツもよく冷え歯ごたえがある。チャーシューは脂がなくて硬くなりがちな部位だろうが、薄切りなので柔らかい、ネギもキュウリもそれぞれの香りと歯触りがする。キュウリかもしれないな、と突然思う。キュウリは旬以外の時期はスーパーなどでも結構高いから、それでつけ麺はお好み焼きより高いのかもしれない。お好み焼きにはその代わりに卵が入るが、卵のほうが多分値段は通年安定しているのではないだろうか……脳内で夫にそう分析してみせる。夫がそうだね、と頷くかそうかなあ? と訝しがるか、当たり前だがわからない、夫婦だって、どんなに長く一緒にいたって他人だし、だからこそ尊いというかありがたいわけで、そんなことはわかっている、でも、いやだからこそ、それにしても全然辛くない。うっかり唇にタレが垂れてとっさに前歯でしごいて吸うとまるでそれが自分の血のような感じがした。
 私の後にお客さんは来なかったが、カウンターの中で店主はずっとなにかしら作業をしていた。刻む音、水の音、ビニール袋を触る音、麺をすべて食べ、チャーシューもキャベツもキュウリもなくなり、すりごまもあらかた麺やキャベツに付着したためにタレはむしろ序盤より澄んで見え、1口飲むとまだ冷たい液体がじんわり喉にしみた。初めて少しだけ辛味を感じたような気もして、もう1口飲むとやっぱりでも辛くなかった。口を拭いて会計を頼んだ。「ポイントカードはお持ちですか?」あー、いや、持ってるんですけど今日、持ってきてなくて……「でしたら後日お持ちいただいたらこちら、合算いたしますんで!」店員さんはそう言って1つだけハンコが押された新しいポイントカードを私に差し出した。ありがとうございます。ごちそうさまでした。おいしかったです。「ありがとうございました!」私は店を出た。帰り道にコンビニに寄って夫の好きなお菓子を買う。アーモンドのやつ、辛子色ハーフコートに濃緑色のハイネックセーター、白髪に茶色のベレー帽というお洒落なおじいさんが突然車道を自転車で横切り大きくクラクションを鳴らされていた。誰かの落し物らしい白いイヤフォンがガードレールに引っかけてあった。コードの途中が剥けて中から錆びたワイヤーというか電線が何本も見えている。イヤフォンってこんなに単純な内部なのか、なんだか昔理科の実験で使った豆電球につながる電線みたいだ。長い信号待ちで、迷いつつ夫に、いまあの店でつけ麺食べたよ、とメッセージを送った。すぐに「何辛?」と返ってきて自分でも異様なほどホッとして、それがやや悔しくて、8辛。「辛かった?」そうでもなかった。「そうか」またスマホは黒く黙りこんだ。ヒヨドリが激しく鳴いている。ピィーともビギィーとも聞こえる鳴き声は、多分縄張り争いをしているのだろう。どこからかサザンカの匂いがする。子供のころは液体糊の匂いみたいだと思って苦手だった。いまはいい匂いに感じる。甘くて、どっしりしていないのにどこか沈むような、しかしサザンカの花はどこにも見えなくて、見回しているうちに匂いも消えて、ヒヨドリの鋭い声だけが残った。

庭

小山田浩子

2018/03/31発売

それぞれに無限の輝きを放つ、15の小さな場所。芥川賞受賞後初著書となる作品集。

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「考える人」から生まれた本

  • 春間豪太郎草原の国キルギスで勇者になった男

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

小山田浩子

1983年広島県生まれ。2010年「工場」で新潮新人賞受賞。2013年、初の著書『工場』が第26回三島由紀夫賞候補となる。同書で第30回織田作之助賞受賞。「」で第150回芥川龍之介賞受賞。最新作は『』。

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