季刊誌「考える人」は二〇〇二年七月に、plain living & high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)を編集理念に掲げて創刊されました。情報とモノが溢れかえる日常のなかで、本質を見失わないものの考え方、〝個〟を取り戻す暮らしのありようを提案する独自の生活文化総合誌として、知の領域を新たに広げる試みを続けてまいりました。
創刊からちょうど十五年が経過し、今号が通巻六十号にあたります。同時に、これが最終号となります。誠に残念なご報告をしなければなりません。
昨年四月には「創刊十五年目の、新たなる一歩」としてリニューアルを行いました。定価をそれまでの千四百四十円から九百八十円に思い切って値下げし、全体の頁数をスリム化しました。雑誌はコミュニティ・ビジネスの一つであると位置づけ、「考える人」が創り出す空間により多くの人が参加するには入場料は安いに越したことはない、そのためのギリギリの努力をします、と宣言しました。これまでの愛読者にも、まだ見ぬこれからの読者にも、「考える人」の誌面を通じて、さらに「考える」きっかけとの出会い、知の対話を楽しんでいただきたいと願いました。そして、「Webでも考える人」を立ち上げ、ライブ・イベントをより積極的に開催していく方針を打ち出しました。従来よりも窓を大きく開け放っていきたいと考えたからです。
おかげさまで、その甲斐あって前年に比べて実売数も伸び、当初の予想を大きく上回る定期購読の新規申し込みを頂戴しました。ウェブ版も筆者、関係者の多大なご協力を得て、順調に週日毎日の更新を継続しております。各種イベントにも手応えを感じ、そのつど新しい読者と出会う喜びを感じてまいりました。
しかしながら、時代の趨勢として雑誌市場は加速度的に縮小を続けており、こうした厳しい環境の中、将来的に「季刊雑誌として維持することが困難」「創刊から十五年の実績をもって一定の役割を終えた」という社の判断のもと、「休刊」の決定が下されました。今後はウェブ版を存続し、そこで新たな可能性を摸索する方針です。
これまでご愛読下さいました読者の皆様には、まずもって厚く御礼申し上げます。「考える人」にとって幸せだったのは、温かく雑誌を見守る多くの根強いファンに恵まれていたことだと思います。「情報やモノがあふれる時代だからこそ、本質的なことをじっくり考えたいと思う読者がいるのではないか」――創刊当時、初代編集長の松家仁之さんが語っています。そういう読者に向けて、「地に足をつけて物事を考えるにはどうしたらいいか、日常生活を見直してみよう、という呼びかけ」をしたい、と(毎日新聞、二〇〇二年七月九日夕刊)。
まさに、ここに想定された読者に支えられながら、季刊という落ち着いたサイクルで、雑誌を維持・発展させることができました。plain living & high thinkingのコンセプトをこれまでいささかも揺るがすことなく継承できたのは、編集の現場を取り巻くゆるやかな共感の広がりを、私たちが実感できたからに他なりません。
多くの筆者の方々については申し上げるまでもありません。多岐にわたる幅広いジャンルの皆様に、力のこもった原稿をお寄せいただき、ここから多くの魅力ある書籍が誕生しました。良書ではあるが売れない、と嘆くのではなく、多くの人に親しまれる良書が生まれる喜びをともにすることができました。
写真、イラストなどビジュアル面でお力添えいただいた皆様にも感謝申し上げます。ビジュアル雑誌が後退していく時代において、皆さんと一緒にお仕事できたことは本当に貴重な経験でした。とりわけ表紙をイラストに変えたこの一年、毎号どなたに依頼するかを考える緊張感は、たまらない魅力でした。最後の表紙は、波多野光さんに春にふさわしいイラストを描いていただきました。
創刊以来、雑誌全体のデザインをお願いしてきた島田隆さんには、この間、簡単には言いつくせないお力添えをいただきました。一七二ページからの「総目次」を眺めながら、一号一号に心血を注いでいただいたことを痛感します。感謝の言葉もありません。
休刊のニュースが流れた後、「どうしてですか?」「もったいないじゃないですか」とお電話下さった書店主の皆様をはじめ、日頃、店頭で丁寧に弊誌をケアして下さった書店員の方々には、この号をもって退場していくことをお許し下さい。これまでどうもありがとうございました。
また創刊以来、単独スポンサーとしてご支援いただきました株式会社ファーストリテイリングには、一貫したご支援と理想的なスポンサーシップに対して、厚く御礼申し上げます。ユニクロの商品広告ではなく、製品づくりに関わる人たちの肉声を伝えるという広告展開は、やがてユニクロのCSR活動(社会貢献活動)を紹介するページとして定着しました。それに対して、二〇一五年、第五十八回日本雑誌広告賞金賞(タイアップ広告部門)が授与されたことは、私たちにとっても望外の喜びでした。
最後になりますが、編集長としてはこの雑誌に関わってくれたすべてのスタッフにも感謝を述べたいと思います。新潮社という百年余の歴史を持つ基盤の上で、多くの人たちの協力によって、ここまで号を重ねることができました。これほどの幸運はありません。
なお、弊誌を発表舞台としてきました小林秀雄賞は、次回から月刊誌「新潮」に移管されます。また、河合隼雄物語賞・学芸賞の発表も同様になります。
今号の内容については詳しい紹介ができませんでしたが、「考える人」らしいフィナーレであるようにと、ご登場の皆様には格別のご高配をたまわりました。限られた時間内で、いろいろ無理なお願いをしたにもかかわらず、快くお聞き届け下さいました。厚く御礼申し上げます。
「考える人」の幕は引かれますが、この雑誌が日本の読書界、いや日本文化全体に果たした役割は決して小さくないと自負しております。十五年、六十号の記憶とともに、引き続き、誰かが、どこかで、この雑誌が蒔いた種子を芽生えさせ、必ずや根づかせてくれるものと信じております。
存続するウェブサイト「Webでも考える人」は、「新潮」副編集長の松村正樹が引き継ぎます。これまでご愛読下さった皆様の引き続きのご指導、ご鞭撻を心よりお願い申し上げます。
なお、私事になりますが、この最終号が発売になる前に、私は新潮社を退社いたします。二〇一〇年七月からこの職にあって、かけがえのない時間を過ごすことができました。お世話になったすべての方々に感謝申し上げます。どうもありがとうございました。 (河野通和)
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考える人編集部
2002年7月創刊。“シンプルな暮らし、自分の頭で考える力”をモットーに、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 考える人編集部
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