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お客さん物語

2022年8月2日 お客さん物語

18.ホームパーティにおける手土産問題

著者: 稲田俊輔

 以前、友人がこんなことを打ち明けてくれました。

 「ある若いシェフのホームパーティに呼んでもらって、その料理がとにかくおいしくて感動したんだよ。ところが、そのシェフがその後すぐ自分のお店を開いたから行ってみたんだけど、これがあの時ほどの感動は全く無くって滅茶苦茶ガッカリしてさ」

 僕は、そんなの当たり前だよ、と返しました。皆さんはなぜそれが「当たり前」なのかお分かりになりますか?

 お店で料理を出すというのはとてつもないハンディがあるんです。

 かけられる原価はとてもシビアです。そして常に安定した入荷量と価格をキープできる食材しか使えません。

 オペレーション上の制約はもっとシビアです。いついかなる時も一定の時間内で提供する必要がありますし、だからといって食材ロスは最小限に留めねばなりません。

 その料理に「価格以上の価値」があることを誰にでもわかりやすくアピールする必要もあります。

 そして何より、その料理は「最大多数の人々の好みに合う」ことが求められます。

 高価格かつ小規模で、お客さん側ではなくお店やシェフに主導権があるようなお店なら、これらの制約はある程度取り除けます。

 メニューは○万円のお任せコースオンリー、当然ながら予約は必須で、カウンターのみで開始時間は決められていて一斉スタート、みたいなパターンですね。もちろんそういう店は、飲食店が負う様々なハンディからはある程度解放されます。それはそれでまた別のプレッシャーもあるわけですが、いずれにせよそういうスタイルの店は数多ある飲食店の中ではほんの一握りに過ぎません。

 件のシェフが新しく開いた店は少なくともそういう店ではありませんでした。決して高価ではなく、誰もが気軽にふらっと入れる店。その店のメニューとホームパーティの時のメニューは似たようなものだったようですが、本質的には全く別のものだったはずです。ホームパーティなら、素材自体はごく普通のものであったとしても、完全予約制の高級店以上に作り手に主導権があります。気心の知れた友人や彼らの招待客がゲストなら、作り手は伸び伸びと腕を振るえる。

 だから、料理が決して苦手ではない人が家庭で作る料理のおいしさは、お店の味を簡単に凌駕してもちっとも不思議ではありません。料理が得意な人が気合を入れた「もてなし料理」ならなおさらでしょう。プロのシェフのホームパーティに招かれる経験はなかなか無いかもしれませんが、アマチュアだけど料理上手な人のホームパーティにゲストとして招かれる機会のある人は少なくないと思います。あれは本当に良いものです。純粋においしい料理を楽しむという点では最上の機会のひとつだと思います。

 ちょっと前置きが長くなってしまいました。今回の本題は、そんなホームパーティに招かれた時は何を手土産に持っていくべきか、という問題です。珍しく実用的な回でもあります。

 最初に海外でのあるエピソードをお話ししましょう。アメリカだったかヨーロッパだったかは忘れましたが、とにかく欧米での話です。

 あるホームパーティに招かれた日本人女性が、手土産にチーズケーキを買っていったら顰蹙を買いました。話はそれだけです。

 どういうことかわかりますか? そう、そのパーティの主催者は当然、デザートも手作りで用意していたからです。話はそれだけです。

 それだけの話なんですが、ここには決定的な文化の違いが表れています。日本における「デザート」は、一通り食事が終わった後にそこに付け加えられるものです。「お口直しのデザート」なんていう言い回しがそれを象徴していますね。ケーキだって食後すなわち「食事が終わった後」に食べるものです。

 アジア圏は概ね日本と同じ感覚だと思いますが、欧米は違います。「お口直しのデザートをどうぞ」なんて言ったら、極端な話、

 「何を言ってるんだ、むしろこれからが本番だろう」

 なんてことにもなりかねません。そう、デザートはあくまで食事そのものを構成する重要な要素。前菜、メイン、デザートまでがワンセットの食事なのです。

 なのでホームパーティを催す側は当然、欠くべからざることとしてデザートまできっちり用意します。そこにケーキを手土産で持っていくのは、「お寿司パーティやりましょう」と言われているのに巻き寿司を買ってくるくらいには頓珍漢ということになります。

 おっと、今回は実用回ですのでウンチクはこれくらいにしときましょう。とにかく手土産としてデザートはダメです。特に、その日のうちにみんなで食べることが前提となる生菓子系のケーキは最悪です。ここは欧米ではない、日本だ、という意見もありましょう。しかし、事前にホスト側と「デザートは用意するのか? しないとしたら買っていってもいいか? 料理の流れ的にはどういうものを買っていくのがいいか?」といった周到なすり合わせが可能な関係性でない限りは避けた方が無難です。

 では何がいいのか。

 ワインは確かに選択肢のひとつです。日本人がチーズケーキを買っていって恥をかいた件のパーティでも、他のゲストの手土産はワインが主でした。しかしここにも危険性は潜んでいます。欧米であればワインは生活に染み付いています。誰しもお気に入りのワインがあり、そういう場で持っていくワインのランク、価格帯にもなんとなくコンセンサスがあります。しかし日本ではそこが少し違います。

 ホームパーティを開催するような方であれば、ワインに一家言あることも多いでしょう。そういう場に呼ばれる方も同様です。最悪のケースとしては、各自が持ち寄ったワインをカードにしてマウンティング合戦が始まることすらあります。巻き込まれてはたまりません。参加者の中にワインを語りそうな人が一人もいないことが確認できない限り、やはり避けた方が無難です。

 ではワインではなく、自分が普段からもっと慣れ親しんでいるお酒ならどうでしょう。これはアリだと思います。ただし飲み慣れているからと言ってストロングゼロはダメです。多分その日からあだ名は「ストゼロ」になります。かと言って、自分以外誰も知らないようなマニアックな酒は誰も飲んでくれません。「ふーん」で流されるのも、一人しみじみそれを飲み続けるのも辛いです。

 飲食物にこだわらないという手もなくはありません。が、とても難しいです。かつて「俺の自主制作CD」を持ってきたやつがいました。持ってくるだけなら「ヘースゴイネー」と流せば終わりなのですが、世の中には優しい人が多いので、誰か一人が「へー、かけてみてよ」と言ってくれたりします。地獄です。BGMは小一時間それになります。下手すりゃエンドレスリピートです。むしろ誰も「止めよう」と言い出せなくなる可能性の方が高い。しかも時折感想を述べねばなりません。地獄です。

 飲食物以外の可能性を模索すると、それは結局現金に行き着くのでは、となりかねません。もちろんダメです。あだ名(「ゲンナマ」)が付くだけでは多分済みません。

 実用回だと言ってるのにくだらないことばかり書いていたら紙数が尽きてきました。なので、僕が次にパーティに呼ばれる機会があれば持って行こうと思っているものをお教えします。それは甘納豆です。そう特別好きな人もいないでしょうが、消え物だし、ケーキと違って日持ちします。センスを値踏みされることもないしマウンティングに巻き込まれる可能性もゼロです。

 最高に運が良ければ、食事もデザートも終えて数人が残ってお茶でくつろぐ惰性タイムで、誰かがなんとなく袋を開けて、なんとなく皆がつまみ始めるかもしれません。それに対する感想も特にないでしょう。しかしそれを最初から期待してはいけません。実際は皆が帰った後にホストが後片付けをしていたら、部屋の片隅にそれがポツネンと置かれたままなのを発見します。戸棚の奥にしまい込むか、いっそ残飯と一緒に捨ててしまうか少し悩みます。そして

 「あの人はなんでまた甘納豆なんか持ってきたんだろう」

 と訝しみ、パーティの間は存在感の薄かったその人のことが少しだけ印象に残ります。だからと言って後日あだ名がつくほどでもありません。

 最後に、ホームパーティを開催する側の方々にお願いです。

 事前に「手土産禁止」を言い渡してください。それでも抜け駆けする人は絶対に一定数いるので、そういうタイプの人には特に強く念を押してください。

 じゃないと甘納豆持っていくぞ。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
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「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

稲田俊輔

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に尽力する。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛けている。近年は、食についての文章も多く発表しており、最新刊『おいしいものでできている』(リトルモア)が話題に。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(いずれも柴田書店)がある。Twitter: @inadashunsuke


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