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2019年5月30日 短篇小説を読む

ジョゼ・ルイス・ペイショット『白い村の老人たち』より3篇

年寄りたち

Os velhos

著者: ジョゼ・ルイス・ペイショット 木下眞穂

 夕方になると3人揃う。ぼくの代母と、若いほうの代父と、歳とったほうの代父(訳注:カトリック教の名付け親)。夏も冬も、3人で歳とったほうの代父の家で6時に夕食を食べた。火のそばに据えられ、撥水布を座面に留めた低い木製のベンチに腰掛けて。アルミ製の古いフォークで食べた。ときどき、肉を切るのにカミソリを左手で握っていたりもした。夏であれば、4軒離れた代母の家から3人連れ立って歩く時間はまだ明るい。前を行くのは若いほうの代父で、いちばん身軽だ。その次は杖代わりにしている頑丈な枝を手にした歳とったほうの代父、それから体の重い代母が松葉杖の音を立て、道路に並行線を描きながら歩いていく。冬であればすでに暗く、そうなると若いほうの代父は最後尾にまわって車輪付きのバーベキュー台をごろごろ押していく。熾火のてっぺんには、いちばんよく燃えている炭が載せてある。7時から9時半までは3人揃ってテレビを観た。歳とったほうの代父は耳が遠かったので画面を眺めるだけだった。ニュースの時間になると、こんなことを言ったりした――この男のおしゃべりをただ流すだけなら、海岸を撮ったのや誰かの結婚式を流したっていいもんだ。代母はドラマを観ながら大声であれこれ言い、長々としたキスシーンになると女優に罵詈雑言を浴びせた。若いほうの代父はといえば、そういう長々としたキスシーンを口を開けて観ていた。
 ぼくには代父がふたりいた。歳とったほうの代父は代母の父親だ。若いほうの代父は、代母と結婚したのだ。ぼくが6歳のとき、教理問答に通うほかの子たちと違わないように母がぼくに洗礼を受けさせることにした。式に出席したのは代母と若いほうの代父だった。ある日曜のミサの後、みんなは家に帰ったが、ぼくと、神父さんと、いちばん良い上着を着た代父と、つくりものの真珠のネックレスをつけた代母は残った。ぼくの母もいた。父はいなかった。仕事があったのだ。父は、狩りに行ったと神父さんには言っておけと母に言った。母がそう伝えたかどうかは覚えていない。洗礼を受けても、何も起こらなかった。みんなで家に帰った。歳とったほうの代父は洗礼式にはいなかったが、式の前からすでにぼくの代父だったので、あの退屈な式をやったからといって代父じゃなくなるなんてことはなかった。
 若いほうの代父は70といくつかだった。代母もそれくらいだ。歳とったほうの代父が90歳より若いころのことは、ぼくは覚えていない。みんな、歳をとっていた。たまに、夕飯どきに父は母に向かって、年寄りたちの様子は見てきたのか、ときいた。父に悪気などなかった。実際に、三人とも年寄りだったのだから。代母は40年以上前に娘をもうけたが、幼くして死んでしまった。代母は、火にあたりながら小さな娘の死をよく悲しんでいた。炭をいつまでもかき回しながらその話を繰り返す代母は泣いているみたいだった。それから、昔はなんにもなかったし、みんな腹を空かせていたからねえ、と言った。ぼくの母を育てたのは代母だった。ぼくたちは、彼らにとって唯一の家族だった。代母にとってぼくの母は娘のようなものだった。ぼくと、ぼくの姉たちは、孫みたいなものだった。上の姉は歳とったほうの代父の家の台所の床で生まれたのだ。代母は母のお産に付き添って、生まれたばかりの姉をその腕で抱いたのだ。
 若いほうの代父はこまごまとした大工仕事をして稼いでいた。扉の蝶番が壊れたり、引き出しが開かなくなったり、椅子の脚が一本折れたりすると、みんなは代父を呼び、なんでも直してもらった。代父は棺桶も作って売っていた。ぼくはときどきその仕事を眺めていた。小さな作業場は二つに区切られていて、両側に棺桶がいっぱいに積んであった。代父は道具を、天使たちの絵がついたとても小さな白い箱に入れていた。村の誰かが死ぬと、代父は呼ばれて遺体に服を着せてやり、その他の処置も全部施した。代父は酒好きだった。起き出してくると村中のカフェを巡り歩いた。10エスクードで赤ワインを何杯も飲んだ。午前中にはもう酔っぱらい、その後一日じゅう酔っていた。代母に叱られても気にしなかった。酔い方の明るい人だった。よく笑い、おかしな小咄をみんなに話して聞かせた。代父のポケットにはいつも落花生が入っていた。ぼくにくれるためだ。代父がぼくの母の家にやってくるときには、いつも裏門から入ってきて口笛を吹いた。それを耳にするや、ぼくは庭に走り出たものだ。すると代父はぼくの頰にふたつ、キスをする。代父のひげが顔にチクチク当たって痛かったことを覚えている。それから、ポケットから片手いっぱいの落花生を取り出して、こう言うのだ。お豆だよ、食べな。
 歳とったほうの代父は若いほうの代父が飲むことを嫌っていたのでいつもこんなことを言っていた――俺がお偉いさんだったら、ブドウの木をぜんぶなぎ倒して雌ヤギどももぜんぶ殺してやるのに。ブドウの木を憎むのはワインのせいだ。雌ヤギはというと、なんでもかんでも食っちまう悪い動物だから、だそうだ。歳とったほうの代父は、96歳になってもなお、畑に出ていた。家の裏で雌ロバを1頭、飼っていた。夕方になると、その雌ロバにしゃんと背を伸ばしてまたがり、帰ってきた。家に着くとロバから降り、姉が生まれた台所をロバと一緒に通りぬけた。それから、トキワガシの薪が積んである脇の土床の通路を通る。そしてかいば桶にまぐさをいっぱい入れてやった。畑に出るのをやめてしまうと、歳とったほうの代父は冬は火のそばで過ごし、夏は戸口に出した椅子に座って過ごすようになった。ぼくもその隣の腰掛けに座り、代父が話すのをよく聴いたものだ。代父は畑をひどく懐かしがっていた。16になって免許を取ったぼくに、父の車で畑まで乗せていってもらうのが楽しみだ、としょっちゅう言っていた。結局そういうことは一度もなかった。
 年寄りたちの誰かの誕生日には、ぼくたちみんなで家を訪ね、炭酸入りのジュースを飲んだり、パン・デ・ロー(スポンジケーキ)や蜂蜜ケーキを食べたりした。クリスマスには年寄りたちがぼくたちの家までやってきた。ぼくがコーラを飲むのを見た歳とったほうの代父は、ワインと勘違いして叱った。復活祭翌日の月曜日には、みんなで畑にシートを広げてピクニックをし、父が木の枝に縄のブランコをぶら下げてくれた。年寄りたちが病みつくこともあり、入院してしまうこともあった。あるとき、代母が入院し長いこと病院にいた。そして、亡くなった。2人の代父たちと一緒に代母を迎えに行ったことを覚えている。葬式では、80を過ぎた娘の死に、歳とったほうの代父が低くかよわい声で泣いていた。そのあと、2人はいっそう、2人きりになった。母は毎日食べ物を届けに行った。2人とも火のそばに縮こまって座り、低いテーブルで一緒に夕飯を食べた。歳とったほうの代父が50歳の女性に恋をしたときには、100歳をとうに超えていた。その頭のなかで彼女と結婚する算段をしていた。ある日、救急病院に担ぎこまれ、亡くなった。104歳だった。若いほうの代父がひとり残された。毎日、母はケーキと50エスクードの硬貨を置きに行った。それだけあれば、一日に二度酔っぱらうのにじゅうぶんだったのだ。布団でもらしてしまうので、代父の部屋は小便臭かった。母は窓を開け、シーツを替えた。ある日、若いほうの代父も入院した。そのあと、町の病院に移された。そして亡くなった。葬式の日、ぼくはほかの大陸にいた。上の姉から手紙が届いた。今日はおじさんのお葬式でした。昨日、亡くなる前におじさんはあなたはどこかと訊ねました。あなたの居場所を教えたら、心配そうな顔をしていました。今日、わたしたちのもとを去ったあの善き人のことを絶対に忘れないでください。姉の手紙にはそう書いてあった。
 姉さん、これを読んでくれた? ぼくは忘れていないよ。

“Os velhos” from Cal © José Luís Peixoto
Japanese serial rights arranged by José Luís Peixoto c/o Literarische Agentur Mertin, Inh. Nicole Witt through Meike Marx Literary Agency.
Photo © Nuno Moreira https://nmdesign.org/

ガルヴェイアスの犬

ガルヴェイアスの犬

ジョゼ・ルイス・ペイショット

2018/07/31発売

ある日、ポルトガルの小さな村に、巨大な物体が落ちてきた……。色恋沙汰と痴話喧嘩、親兄弟の確執、思いがけない死と、新たな命の誕生――。村人と犬たちの無数の物語が織り成す、賑やかで風変わりな黙示録。ポルトガル現代文学の旗手による傑作長篇。オセアノス賞受賞作、日本翻訳大賞受賞作。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

ジョゼ・ルイス・ペイショット

1974年、ポルトガル内陸部アレンテージョ地方、ガルヴェイアス生まれ。2000年に発表した初長篇『無のまなざし』でサラマーゴ賞を受賞、新世代の旗手として絶賛を受ける。スペインやイタリアの文学賞を受賞するなど、ヨーロッパを中心に世界的に高い評価を受け、『ガルヴェイアスの犬』でポルトガル語圏のブッカー賞とも称されるオセアノス賞(ブラジル)を受賞した(邦訳は木下眞穂訳・日本翻訳大賞受賞)。詩人としても評価が高く、紀行作家としても活躍。作品はこれまで20以上の言語に翻訳されている。現代ポルトガル文学を代表する作家の一人。
Photo © Patricia Pinto

対談・インタビュー一覧

木下眞穂
木下眞穂

きのした・まほ ポルトガル語翻訳家。上智大学ポルトガル語学科卒業。訳書にジビア・ガスパレット『永遠の絆』、パウロ・コエーリョ『ブリーダ』『ザ・スパイ』など。2019年、ジョゼ・ルイス・ペイショット『ガルヴェイアスの犬』で第5回日本翻訳大賞受賞。


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