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「反東大」の思想史

2019年5月24日 「反東大」の思想史

第10回 東大はなぜ「キリスト教の敵」なのか

著者: 尾原宏之

キリスト教の敵・東京大学?

 同志社の創立者・新島襄が東大という存在を強く意識していたことは、残された文書や演説記録にも明らかである。だがその言及のしかたは、一般日本人向けと、キリスト者向けでだいぶ違っていた。
 すでに触れたように、一般日本人に向けた文書や演説において、東大創設は「亜細亜文化の魁」とも評された。東大は、明治政府の教育努力の賜物である。〈官〉がこのような美事を成し遂げたからには、我々〈民〉も黙っていられない。すぐに私立大学の設立に邁進すべきだ。一般向けの新島の主張を要約すると、こういうことになる。
 東大は、明治政府が作ってくれた大学の〈モデル〉である。国民がこれにならって数多くの私立大学を創設してこそ、政府の意にかなう。そうだ、京都に私立大学を作ろう(つまり同志社大学)。新島はこの論法で大学設置運動への支援を呼びかけたわけである。
 ところが、外国教会または日本人キリスト者に向けたメッセージではまったく異なる。東大はキリスト教の敵として描かれた。学校経営者の立場から見た場合、新島存命中の同志社は東大のライバルにはなりえなかった。必ずしも学力の問題ではない。そもそも同志社は大学を持っていないので、比較や競争が発生する余地がないからである。

1886年の同志社のキャンパス

 だが、キリスト教の伝道者としての新島、という観点から見ると、話は変わってくる。伝道者新島は、東大を日本におけるキリスト教布教の障害物と捉えていた。東大および東大を頂点とする政府の学校に対抗できるキリスト教高等教育機関を作りたい。この願望が新島の大学設置運動の根幹にある。

信仰から離れる若者

 なぜ東大がキリスト教の敵なのか。1885(明治18)年、滞米中の新島は、アメリカ人に同志社の学校への援助を求めるアピール文を起草し、発表した。そのなかで、同校の当時の様子を次のように報告している。
 「この学校は、5年間の英語による教育と、さらに3年間の神学教育を行っている……完全にキリスト教の基礎のうえに建設され、いまや公然とイエスの学校として人々に認知されている。学校は、全国各地から多くの若者を惹きつけるセンターとなった。若者の多くは信仰を持たない状態で入学するが、学校を去る前に、少しの例外を除いてみな信者になっている」(‘AN APPEAL FOR ADVANCED CHRISTIAN EDUCATION IN JAPAN’、『新島襄全集』第7巻、英文は拙訳、『新島襄 教育宗教論集』(岩波文庫)所収の邦訳「日本におけるキリスト教主義高等教育のためのアピール」参照)
 未信者の状態で同志社に集まってくる若者の多くが、学校を出るころには信者になっているという。ごく初期の例だと、同志社英学校が開校して2年目の1876(明治9)年に入学した徳富蘇峰は、すぐさま新島から洗礼を受けている。熊本バンド出身の蘇峰の場合、入信は以前からの宿願だったが、同志社の教師や仲間の感化で受洗した者も多かっただろう。そのことはもちろん、新島の大きな喜びである。彼らはまさしく〈地の塩、世の光〉として、この島国に福音を広める重要な役割を果たすだろう。

熊本バンドの主要メンバー(明治12年の同志社英学校第1回卒業式にて)

 ところが、先行きは決して明るいものではなかった。なぜかというと、せっかく入信した若者が、キリスト教から離れてしまう現象が見られたからである。その大きな原因は、同志社に神学以外の高等教育課程が存在していないことにあると、新島はいう。
 「神学以外の高等教育課程が我々の学校にないので、彼ら(生徒)はさらに学ぶためにはどこか他所に行かなければならない。ミッション・スクール(同志社)にいる間はキリストへと導かれるが、他所へ行ってしまえばキリストを捨てる危険がある。彼らはまだ若い。彼らの信仰はまだ堅固ではない。彼らはさらなるケアを必要としている。彼らは、不信心の深みのなかに失ってしまうには、あまりに貴重な宝のような存在だ」(同上)。
 同志社で学ぶ生徒は、在学中はキリストに心を向ける。しかし、彼らがさらに高度な教育を求めた場合、同志社にはそれがないので別の学校に移籍することになる。キリストを信じる共同体と離れた若者は、容易に棄教の道を歩み出す。新島が憂慮するのはこのことである。

キリスト教〈棄教装置〉としての東大

 そして、より高度な教育を求める同志社出身者が目指す学校とは、つまるところ東大であった。
  「彼らが行くであろう学校とは、東京にある天皇の大学(the Imperial University at Tokyo)である。そこでは国家とのつながりのために、キリスト教は完全に排除されている。そこで彼らの信仰は冷めてしまうかもしれない。ひとたび発見した道(キリスト教)から逸れてしまうかもしれない」(同上)。
 日本最高レベルの教育を受けようと思えば、この翌年に帝国大学に改組される東大に入学するしかない。しかし、その東大は国家の大学であり、キリスト教を排除している。東大は、せっかく入信した若者たちのキリスト熱を冷却する装置というわけである。
 だからこそ新島は、高等教育課程を渇望した。同志社にいながら医学を学んで医師になることができれば、また、政治学や歴史学、文学、哲学を学ぶことができれば、若者たちを「キリスト教学校の聖なる壁」の内側に留めておくことができるからである。加えて、これらの諸学を学びたい未信者を同志社に誘引することもできる。
 新島は、東大という〈棄教装置〉に対抗する、キリスト青年を逃さないための装置、未信者の青年をいざなう装置を必要としていたのである。

東大が製造する〈武器〉

 前回見たように、新島は西洋世界の進歩の原動力はキリスト教だと考え、キリスト教道徳に根ざした学術と教育の必要性を訴えた。また、政府の教育努力の賜物としての東大を高く評価する一方で、その知識偏重を批判したこともすでに触れた。
 だが、いくら東大が知識偏重でも、それだけでは〈棄教装置〉たり得ない。大学当局が学生に背教や改宗を迫るわけではないからである。新島自身、東大の学生によるキリスト教主義に基づく活動を知っていた。1889(明治22)年、同志社で開かれた夏期学校での演説で「唯物論の盛なりし帝国大学にも既に基督教青年同盟会あるを見る」と語っている(「夏期学校に対する感情」)。
 この前年、帝国大学にYMCA(キリスト教青年会)が設立された。やがて東大のYMCAが運営する寮は、大正デモクラシーを代表する政治学者吉野作造や、戦後に総理大臣となる片山哲らを輩出している(公益財団法人東京大学学生キリスト教青年会ウェブサイト)。だとすれば、いかに東大が知識偏重教育を行っていたとしても、学生個人の志ひとつでキリスト者であり続けることは可能ということになる。

吉野作造(1878-1933年)

 実のところ、新島が東大を敵視した理由は、知識偏重などという消極的なレベルにとどまるものではなかった。新島にとって、東大はキリスト教を攻撃する〈武器〉を製造・精錬する工場だったのである。その〈武器〉は、日本のキリスト教を早くも退潮へと追い込む威力を秘めていた。
 新島は、滞米中の1884(明治17)年、アメリカン・ボードに提出した文書で次のように述べている。「我々の敵が持っている武器は近代的で科学的であるから、我々はキリスト教精神を吹き込んだ、最高度に改良された近代的手段で対抗すべきだと感じている」(‘MY HUMBLE SCHEMES OF THE SPEEDY EVANGELIZATION OF JAPAN’、『新島襄全集』第7巻、『新島襄 教育宗教論集』所収の邦訳「日本伝道促進についての私案」参照)。キリスト教に襲いかかりその伸長を阻む敵は、近代科学で武装している。そして、日本における近代科学の中心は、いうまでもなく東大である。

「無神論」製造工場としての東大

 だが、新島が近代科学そのものを敵視していたわけではないことは、医学教育への参入を熱望していたことを見ても明らかであろう。
 敵の真の〈武器〉は、「唯物論」「無神論」と骨がらみになった近代科学である。1883(明治16)年、新島はキリスト教徒の親睦会での演説で「基督主義の大学」を設立する必要性を説きつつ、次のように訴えた。
 「今や我基督教を襲ふものは現今自ら学者と称するものならすや、ミル、スペンソル(スペンサー)の糟粕をなむるものならすや○彼無神論を吐露して我を襲はゝ我輩宜く有神論を以て之に答べし、彼学術を以て来らは吾学術を以て之に答べし、故に吾人決して平常の用意修練に怠るべからす」(「基督教皇張論」、原文カナ)。
 いまキリスト教にとっての最大の敵は、「無神論」と「学術」を手に襲いかかってくる「学者」たちである。新島は、懐疑主義的な宗教論で知られるジョン・スチュアート・ミルと、社会進化論を唱えたハーバート・スペンサーを無神論陣営の理論家と見なし、両者の真似をしつつ「無神論」と「学術」を組み合わせる日本の「学者」を主要敵に据えた。彼らとの〈宗論〉に勝利するためには、「有神論」と「学術」を組み合わせる「基督主義の大学」が必要なのである。

ハーバート・スペンサー(1820-1903年)

 ちなみに、1891(明治24)年に官立学校擁護論を唱えて「外国教会お助学校」同志社をくさした外山正一(前回参照)は、スペンサーの有力な紹介者であり、のちに東京帝国大学総長となった。東京大学総理・帝国大学総長を務めた加藤弘之もまたスペンサー社会進化論の受容者であり、のちにキリスト教排撃の代表的人物として名を馳せた。
 新島は、「唯物論」の影響は好色や放蕩と不可分であると主張していた(‘MY HUMBLE SCHEMES OF THE SPEEDY EVANGELIZATION OF JAPAN’)。だとするならば、「唯物論の盛なりし」東大は、学業優秀な堕落者を量産する学校になると考えるのが自然である。また東大に進学した同志社出身者がキリスト教から離れると考えるのも、自然なことである。

学歴社会とキリスト教

 新島は、同志社卒業生が知的レベルで東大の学生に劣ることを認め、その一方でみずからの教え子たちの高い人格を称賛していた。「(同志社の)卒業生は、政府が設立した東京大学で学んだ者には劣るかもしれないが、高い道徳性と熱心なキリスト教的性格によって人々の大きな尊敬を集めている」(同上)。
 同志社の卒業生は、キリスト教を通して高い道徳性と情熱を得た。だが新島の抱えていた問題は、もはやそれだけではどうにもならないということだった。新島は、東大を中心とする政府の学校体系が日本を学歴社会化させ、とくに上流層の教育・教養水準を著しく向上させるだろうことを的確に見抜いていた。
 「もしこの国に我々のミッション・スクール(同志社)を超える高度な学校がないとすれば、現状のままでいいだろう。だが、政府の大学は近年大きく進歩し、数多くの卒業生を送り出すようになった。社会のリーダーが取り組む公的な仕事から、ろくに教育を受けていない者が退出させられる時が迫っている」(‘AN APPEAL FOR ADVANCED CHRISTIAN EDUCATION IN JAPAN’)。
 高度な教育を受けた者だけが日本社会のリーダーになれる時代が到来しつつある。そういう時代には、人格や情熱だけでキリスト教を広めることはできない。教育・教養水準が高く、社会的影響力のある人々を信仰に導くことができないからである。新島は、伝道者には第一級の教育が不可欠だと考えた。
 布教に必要なのは伝道者だけではない。新島は、クリスチャンの医師はもちろん、クリスチャンの政治家、クリスチャンの弁護士、クリスチャンの編集者、クリスチャンの商人が必要だと説く。優秀なキリスト教徒を日本社会のリーダーに育て、一流の伝道者と協働させるためである。
 だから、キリスト教大学なのである。キリスト教精神と高いレベルの近代的学術を融合することではじめて、日本にキリスト教を広めることができる。それだけが日本人「3700万人の貴重な魂」を「唯物論」がもたらす堕落から救い出す希望の光となる。新島の〈反東大〉論の核心は、ここにあった。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

尾原宏之

甲南大学法学部准教授。1973年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。日本放送協会(NHK)勤務を経て、東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。専門は日本政治思想史。著書に『大正大震災ー忘却された断層』、『軍事と公論―明治元老院の政治思想』、『娯楽番組を創った男―丸山鐵雄と〈サラリーマン表現者〉の誕生』など。 (Photo by Newsweek日本版)

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