4.ミソフォニア――周囲の音が気になる
著者: 池谷裕二
「右と左が瞬時にわからない」「人の顔を覚えるのが難しい」など、「周囲が当たり前にできていることを、なぜ自分だけができないのか」――そんな悩みを抱えている人は少なくないのではないでしょうか。近年、このような認知特性は「ニューロダイバーシティ(neurodiversity)」と捉えられ、その原因や特徴などについての研究が世界中で進んでいます。これまでも著作を通して、「普通とは何か」を問い続けてきた脳研究者の池谷裕二さんが、最新の動向を紹介しながら、驚くべき脳の多様性に迫ります。
音嫌悪症
夕食の席で、向かいに座る家族がスープをすすっています。ごく当たり前の光景です。ところが、あなたの脳はそうは受け取りません。その「ズズッ」という音が耳に入った瞬間、心臓が激しく鼓動し、全身の筋肉がこわばり、抑えがたい怒りが湧いてきます。「やめてくれ」と叫びたい衝動を必死にこらえながら、箸を握る手が震えている。相手のことが嫌いなわけではない。しかし、その些細な音のせいで同じ食卓にいることが耐えられない――。
これは「ミソフォニア」と呼ばれる認知特性を持つ人の日常です。ミソフォニアとは、特定の音に対して怒りや不安といった、ネガティブな感情が引き起こされる状態をいいます。「音嫌悪症」とも訳されますが、単に音が嫌いだとか、神経質とかいう話ではありません。咀嚼音、鼻をすする音、ペンをカチカチ鳴らす音など、多くの人にとっては、それほど意識にのぼらない日常音が、当事者の脳では「重大な脅威」として処理され、闘争反応や逃走反応のような身体的な警戒反応を、自動的に引き起こしてしまうのです。2001年に命名されたこの特性は、長らく医学でも周縁に置かれて、深く探究されることはありませんでしたが、近年のfMRI研究の進展により、脳の情報処理における明確な特徴が明らかになってきました。
脳の「火災報知器」が反応
ミソフォニアの人の「耳」には何の問題もありません。聴力検査をしても正常範囲内です。問題が生じているのは、耳から入った音の信号が脳内で「どう解釈され、どの回路に送り込まれるか」という、情報のルーティングにあります。
2017年、ニューキャッスル大学のクマール博士らが、この謎に迫る画期的な研究を発表しました。彼らはfMRIを使い、ミソフォニアのある20名とない22名の脳活動を比較しました。参加者には咀嚼音などの「トリガー音」、赤ちゃんの泣き声などの「一般的な不快音」、雨の音などの「中性的な音」の三種類を聞かせ、脳反応の違いを調べました。
その結果、ミソフォニアのある人がトリガー音を聞いたとき、「前島皮質」という脳領域で強い活動が生じました。一般的な不快音や中性的な音に対しては、このような反応は見られません。つまり、あらゆる音に対して過剰に反応しているのではなく、特定の種類の音に限って、前島皮質が過活動を起こしているのです。
前島皮質は、外界からの感覚情報と自分の身体内部の状態(たとえば、心拍や呼吸といった内部の感覚)、そして感情をつなぎ合わせる重要な領域です。なかでも、今この瞬間に自分にとって何が重要で何が危険かを瞬時に判定する、いわゆる「サリエンス回路」の中核的なハブを担っています。わかりやすく言えば、前島皮質は脳の「火災報知器」です。通常の脳では、火事の煙のような本当に危険なものを感知したときにだけアラームが鳴ります。ところがミソフォニアの脳では、隣の席の人がパンを噛んだ音という刺激に対しても、非常ベルを鳴らしてしまうのです。
さらにクマール博士らの研究では、トリガー音を聞いたとき、前島皮質と感情の処理や調整を担う複数の脳領域、たとえば扁桃体(恐怖や怒りの中枢)、海馬(記憶の中枢)、腹内側前頭前野(感情の制御)、後内側皮質との機能的結合が異様に強まっていることも示されました。しかも、この結合パターンの変化は、特定のトリガー音に対して生じ、一般的な不快音に対しては見られませんでした。つまり、トリガー音が耳に入ると、「これはただの咀嚼音だ」と理性的に考える余裕もなく、情動の回路が自動的に、そして即座に駆動されてしまうのです。実際、トリガー音を聞いた当事者では、心拍数の増加や発汗が生じるなど、闘争や逃走の反応が身体レベルで確かに起きています。
自分のコントロールが奪われる
では、なぜトリガー音の多くが「他人の出す音」なのでしょうか。ミソフォニアのトリガーとして最も頻繁に報告されるのは、咀嚼音、唇を鳴らす音、鼻をすする音、咳払いなど、人間の口や顔の動きに伴う音です。イヌがガリガリとエサを食べる音には平気なのに、ヒトが同じようにクチャクチャ食べる音には怒りが爆発する。この不思議な選択性に説明を与えようとしたのが、2021年にクマール博士らが発表した「ハイパー・ミラーリング仮説」です。
ヒトの脳には、他者の行動を観察したとき、自分が同じ動作をしているかのように活動する神経基盤があります。これは他者の意図や感情を理解するために重要な機能です。クマール博士らはfMRIのデータを解析し、ミソフォニアの人の脳では、聴覚野および視覚野と、口や顔の動きを制御する腹側運動前野との結合が、ミソフォニアのない人に比べて強いことを示しました。
興味深いことに、トリガー音を聞いたときの聴覚野の反応そのものには差がありませんでした。差が現れたのは運動前野やその周辺領域の活動においてでした。これは、ミソフォニアの問題が、「音の聞こえ方」ではなく、音を聞いたときに運動系が過剰に巻き込まれることにある可能性を示唆しています。例えるなら、自分のパソコンで作業をしているときに、見知らぬ人が突然マウスに手を重ねてきて勝手にクリックし始めるような感覚です。他者が発する音を通じて、自分の脳の運動領域がハックされてしまう。自分のコントロールが奪われる感覚、つまり、主体性への侵害が、単なる不快感を超えた、強い怒りや苦痛の源泉であるというわけです。
有病率と「ミソキネシア(動作嫌悪)」
ミソフォニアの有病率はどのくらいなのでしょうか。「ごく一部の人の特殊な悩み」というイメージがあるかもしれませんが、近年の疫学データはそれを覆します。ドイツでは二つの大規模な一般人口調査が行われています。
2022年の2519人を対象に行った調査では、臨床的に意義のあるミソフォニア症状の有病率は約5~6パーセントでした。一方、2025年の2522人を対象に行った調査では、なんと全体の33パーセントが、少なくとも一つのミソフォニア関連の音への過敏性が確認されました。重症度別の内訳を見ると、傾向がある程度が21パーセント、軽度が10パーセント、中等度から重度が2パーセント、極めて重度が0.1パーセントでした。アメリカ、イギリス、中国、トルコなどでも5~20パーセント前後の有病率が報告されており、地域や計測基準によって数値に幅があるものの、いずれにしても、決して珍しい特性ではないことがわかります。
このデータが示す重要なことは、ミソフォニアは「ある・なし」の二択ではなく、スペクトラム(連続体)として存在しているということです。ある人は隣の人のペンの音が「少し気になるが仕事には集中できる」程度かもしれません。しかし別の人は、同じ音を聞いた瞬間に動悸が起き、その場から逃げ出さなければパニックに陥ります。重度のケースでは、職場や学校での生活が根本的に困難になることもあります。
さらに、ミソフォニアは音だけの問題にとどまりません。他者の貧乏ゆすり、指先を繰り返し動かす仕草、髪をいじる動作など、視覚的な反復刺激に対しても同様の強い情動反応が生じることがあり、これは「ミソキネシア(動作嫌悪)」と呼ばれています。大学生約2750人を対象に行った調査では、ミソフォニアとミソキネシアの両方を報告した割合が31.7パーセントに達しました。ただし、この数値は、「はい・いいえ」の質問による自己申告に基づくもので、臨床診断による有病率とは区別する必要があります。いずれにしても、耳を塞いでも視界から飛び込んでくる他者の反復動作に悩まされる人々は、音と視覚の二重の負荷を抱えて日常を送っていることになります。
きっかけは食卓や学校生活
ここで、当事者の主観的な世界に、さらに一歩踏み込んでみたいと思います。脳画像や有病率の数字だけでは伝わらない、彼らの日常がどのようなものかを想像するためです。
多くの当事者が、最初に深刻な苦痛を自覚するのは、皮肉なことに家族との食卓です。父親がご飯を咀嚼する音、母親がスープをすする音、兄弟が歯に箸をぶつける小さな音。本来なら温かい団欒であるはずのその場面が、当事者にとっては脳の「非常ベル」が鳴り続ける拷問室に変わります。心臓がバクバクと打ち、胸が締めつけられ、「この音を何としても止めたい」という衝動に襲われます。しかしそれを口に出せば「わがまま」「神経質」と叱られることは目に見えています。中には、音を立てる家族に対して、自分でも恐ろしいほどの激しい怒りを感じ、そのような感情を抱く自分に、深い罪悪感と自己嫌悪を覚える人もいます。
彼らは決して家族を憎んでいるわけではありません。むしろ、親密な関係であるがゆえに、些細な音によって引き起こされる自分の反応に落胆し、傷ついているのです。
結果として多くの当事者が家族との食事を避けるようになります。イヤホンで音楽を大音量にして自分の部屋で一人で食べる。何年も家族と食卓を囲めなかった――。そのような体験は、当事者コミュニティでは珍しいものではありません。食卓は本来、人間関係の基盤となる場ですが、ミソフォニアの脳にとってはむしろ人間関係が壊れる場になりかねないのです。
学校生活も過酷です。とりわけ試験中の静かな教室は、当事者にとって独特の恐怖空間になります。大多数の方にとって、静寂は集中に適した環境ですが、ミソフォニアの脳にとって、静寂は「いつどこからトリガー音が飛んでくるかわからない、極度の緊張状態を強いる場」です。前の生徒が鼻をすする。後ろの生徒がペンをカチカチ鳴らす。脳のサリエンス回路はその音に自動的にロックオンし、試験の問題文を読もうとしても内容がまったく入ってきません。「次の鼻をすする音はいつ来るか」という予測に脳の処理資源のほとんどが奪われ、学力とは関係なく成績が落ちていきます。
なぜその音を無視できないのか?
当事者が「自分と他の人は根本的に違う」と気づくきっかけには、あるパターンがあります。たとえば電車の中で、向かいの席の人がガムをくちゃくちゃ噛んでいる。心臓が早鐘を打ち、冷や汗をかき、叫び出しそうなほどの苦痛を感じている当事者が、隣の友人に小声で「あの音、気にならない?」と尋ねます。友人は不思議そうな顔でこう答えます。「え? あぁ、まあ行儀悪いとは思うけど、別にそこまでは。無視すればいいじゃん」。
「無視すればいい」。この何気ない一言が、決定的な断絶の瞬間です。当事者はここで初めて気づきます。友人には「無視する」という選択肢が存在しているのだ、と――。自分にとっては脳組織に直接ドリルを突き立てられるような、絶対に無視することのできない侵襲的刺激が、隣の人にとっては気にしなければ数秒で消えてしまう背景音でしかない――。
この気づきは、深い孤独をもたらします。そして親や教師から「心が狭い」「気にしすぎだ」「みんな我慢しているのに」「ラーメンをすすって食べるのは当たり前だ」と言われ続けることで、自己否定が徐々に蓄積し、その結果としてうつ症状や不安障害を発症するケースも報告されています。
こうした孤独と自己嫌悪のなかで、当事者がインターネットや書籍を通じて「ミソフォニア」という言葉に出会ったとき、しばしば深い安堵が訪れます。「自分は性格が悪いわけでも、精神的に壊れているわけでもなかった。脳の情報処理の仕方が大多数の人々と違っていただけだったのだ」。
自分の体験に名前がつき、それが神経科学的に研究されているメカニズムだと知ることは、長年の呪縛からの解放をもたらします。もちろん翌日から音への苦痛が消えるわけではありません。しかし「自分を責める必要はない」と心から理解できたとき、世界の見え方は確実に変わります。
環境とのミスマッチ
当事者が社会で直面する困難の多くは、彼ら個人の能力不足や性格の問題ではなく、環境とのミスマッチから生じています。ミソフォニアの反応は音の物理的な大きさによって引き起こされるのではなく、その個人にとっての「特定のパターンや意味」によって引き起こされるのです。現在の社会には、工事現場の騒音のような「大きな音」に対する規制は存在しますが、ミソフォニアの苦痛を引き起こす「特定のパターンの音」への配慮はほとんどありません。
昨今のオープンオフィスを考えてみてください。壁や仕切りのない開放的な空間は、コミュニケーション促進の名のもとに広く普及しました。しかしこれは、ミソフォニアの脳にとっては逃げ場のない苦痛の空間です。四方八方から飛び込んでくるキーボードの打鍵音、同僚の鼻をすする音、上司の定期的な咳払い。通常の脳であれば数日で慣れて、意識の背景に押しやれるこれらの音を、ミソフォニアのサリエンス回路は、毎回新鮮に「脅威」として検出し続けます。
その結果、当事者は脳の処理資源を「パニックを抑え、平静を装うこと」に費やさざるを得ず、本来の業務に使えるエネルギーがほとんど残りません。夕方には極度の消耗状態に陥ります。それは能力の問題ではなく、環境設計の問題です。問題の根源は、音を立てる側の悪意でも、音に耐えられない側の弱さでもなく、「誰もが同じように環境音に対処できるはずだ」という社会の無意識の前提にあります。
どのように対処すればよいか?
では、何ができるのでしょうか。ミソフォニアには現時点で特効薬はありません。しかし、対処の手段はいくつもあります。
まず、聴覚環境の物理的なコントロールです。ノイズキャンセリング・イヤホンや、音楽用の特殊イヤープラグ(人の声は通すが特定の環境音をカットするもの)は、多くの当事者が「命綱」と呼ぶツールです。また、直感に反するかもしれませんが、完全な静寂はかえってトリガー音を際立たせてしまいます。ホワイトノイズやブラウンノイズ、川のせせらぎや雨の音をイヤホンで意図的に流し続ける「マスキング」は、トリガー音の輪郭をぼやかせ、脳のアラームが発動しにくい聴覚環境をつくる効果があるとされています。たとえば、扇風機やエアコンの「ゴー」という背景音ひとつで世界が一変する、という当事者は少なくありません。
個人の工夫だけでは限界があります。学校や職場といった社会環境の側にも、柔軟な調整が求められます。日本では「障害者差別解消法」に基づき、感覚過敏を含む多様な特性に対する「合理的配慮」の提供が推進されています。
たとえば職場であれば、勤務中のノイズキャンセリング・イヤホンの使用を「マナー違反」として禁止するのではなく、視力の低い人が眼鏡をかけるのと同じような「補助具」として許可すること。可能であれば人通りの少ない静かな席への配置換えや、リモートワークの選択肢を提供すること。これらは当事者の生産性を大きく向上させうる、コストの低い配慮です。
学校であれば、音によるパニックが生じそうなときに一時的に退避できるクールダウンの場所を確保しておくことや、定期試験での別室受験の利用や、イヤホンの使用を認めることが考えられます。
当事者が周囲に伝えるときの方法も重要です。「あなたの食べる音が不快だからやめて」と言えば、相手の人格を否定することになり、関係は悪化します。代わりに、自分を主語にした「Iメッセージ」で伝える工夫が有効です。たとえば、「私にはミソフォニアという脳の特性があって、特定の音に対して体が自動的にパニック反応を起こしてしまうんです。あなたのせいでは全くないし、悪気がないのもわかっています。一緒に食事を楽しむために、BGMをかけさせてもらえませんか?」と。脳の特性として客観的に説明し、具体的な解決策を提案する。この伝え方の違いで、相手の受け止め方も、関係の行方も大きく変わります。
私たちは無意識のうちに、隣に座っている人が自分と同じように世界を聞き、感じていると思い込んでいます。けれど、その人は同じ音を聞きながら、まったく異なる強度の体験をしているかもしれません。ある人にとっては気にもならない食事の音が、別の人にとっては食卓を離れるほどの、それどころか人間関係を断ち切るほどの苦痛になる。その違いを「根性の問題」や「わがまま」にせず、脳の多様性として理解すること。そのうえで、互いに少しずつ環境を調整し合うこと。それは特別な善意ではなく、異なる脳を持つ人々が同じ空間で共に暮らし、共に働くための、ごく基本的な知恵なのだと私は思います。
【引用文献】
・Swedo, Susan E., David M. Baguley, Damiaan Denys, et al. 2022. “Consensus Definition of Misophonia: A Delphi Study.” Frontiers in Neuroscience 16 (March): 841816.
・Jager, Inge, Pelle de Koning, Tim Bost, Damiaan Denys, and Nienke Vulink. 2020. “Misophonia: Phenomenology, Comorbidity and Demographics in a Large Sample.” PloS One 15 (4): e0231390.
・Kumar, Sukhbinder, Olana Tansley-Hancock, William Sedley, et al. 2017. “The Brain Basis for Misophonia.” Current Biology 27 (4): 527–33.
・Edelstein, Miren, David Brang, Romke Rouw, and Vilayanur S. Ramachandran. 2013. “Misophonia: Physiological Investigations and Case Descriptions.” Frontiers in Human Neuroscience 7 (June): 296.
・Kumar, Sukhbinder, Pradeep Dheerendra, Mercede Erfanian, et al. 2021. “The Motor Basis for Misophonia.” The Journal of Neuroscience: The Official Journal of the Society for Neuroscience 41 (26): 5762–70.
・Jakubovski, Ewgeni, Astrid Müller, Hanna Kley, Martina de Zwaan, and Kirsten Müller-Vahl. 2022. “Prevalence and Clinical Correlates of Misophonia Symptoms in the General Population of Germany.” Frontiers in Psychiatry 13 (November): 1012424.
・Pfeiffer, E., M. Allroggen, and C. Sachser. 2025. “The Prevalence of Misophonia in a Representative Population-Based Survey in Germany.” Soc Psychiat Psychiat Epidem 60: 257–64.
・Schröder, Arjan, Guido van Wingen, Nienke C. Vulink, and Damiaan Denys. 2017. “The Brain Basis for Misophonia.” Frontiers in Behavioral Neuroscience 11 (June): 111.
・Jaswal, Sumeet M., Andreas K. F. De Bleser, and Todd C. Handy. 2021. “Misokinesia Is a Sensitivity to Seeing Others Fidget That Is Prevalent in the General Population.” Scientific Reports 11 (1): 17204.
*次回は、9月21日月曜日更新の予定です。
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池谷裕二
1970年、静岡県生まれ。薬学博士。東京大学薬学部教授。脳研究者。2024年、『夢を叶えるために脳はある』(講談社)で第23回小林秀雄賞を受賞。著書に『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』(講談社ブルーバックス)、『パパは脳研究者 子どもを育てる脳科学』(扶桑社新書)、『すごい科学論文』(新潮新書)など。
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とは
はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。
目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。
当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。
まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。
あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。
創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。
読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。
「考える人」編集長
松本太郎
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1970年、静岡県生まれ。薬学博士。東京大学薬学部教授。脳研究者。2024年、『夢を叶えるために脳はある』(講談社)で第23回小林秀雄賞を受賞。著書に『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』(講談社ブルーバックス)、『パパは脳研究者 子どもを育てる脳科学』(扶桑社新書)、『すごい科学論文』(新潮新書)など。

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