子どもの時、「どうして緑色の信号を『青信号』と言うの?」と、誰しも大人に尋ねたことがあるでしょう。小学校高学年の娘も、ある日、私にそう尋ねてきました。「娘もようやく『青信号』年齢に達したか」と感慨にふけりました。
 かつて、ラジオの「全国こども電話相談室」では、この質問を受けた回答者の先生が「日本のお役所は青と緑の区別がつかないんだよ」と言ったという話があります。まさか、そんな事情で呼び名が決まったとも思えませんが。
 とりあえずの答えとしては、「日本語の『あお』は『みどり』も含むんだ」と言えばいいでしょう。緑色の山を指して「青々とした山」と言うじゃないか、と。ただ、どうして「『あお』が『みどり』を含むのか」と言われると、答えが難しいですね。
 もう20年以上も前のこと、ある新聞に、「みどり」を「あお」と言う理由について、珍なる見解が示されていました。

〈気象も影響しているようだ。日本は湿度が高い。その湿度が遠くのものを青く見せてしまう効果がある。水蒸気を多く含んだ大気中を通過する光は、より散乱され、青い色調を帯びたものになる。遠い山が青く見えるのはそのためなのだ〉

 つまり、「みどり」が気象の関係で「あお」に見えるときもあるので、「みどり」を「あお」とも言うのではないか、という考えのようです。これは根本的に誤っています。
 ちょっと見過ごすことができない珍説だったので、当時大学院生だった私は、この新聞の当該の欄に宛てて「本当はこうです」という趣旨の投書をしました。でも、やっぱりと言うべきか、私の指摘は紙面には反映されませんでした。
 緑色の信号を「青信号」と言う理由について、まず知っておくべきことは、日本語にはもともと「みどり」という色名はなかったということです。「みどり」は、草木の新芽、またはその色を指しました。新芽の色を離れて、広くグリーンを指すようになったのは後のことです。
 古代の人にしてみれば、「みどり」という色を「あお」に言い換えているという意識は、さらさらありませんでした。今日「青色」「緑色」と呼ぶ寒色系の色を、全部ひっくるめて「あお」と表現していたというだけの話です。
 青色や緑色だけではありません。古代の「あお」は、かなり広い範囲の色を指しました。奈良時代の「万葉集」の長歌にはこんな一節があります。

〈白雲の たなびく国の 青雲(あをくも)の 向伏(むかぶ)す国の (あま)(くも)の 下なる人は〉

 ここでは、「白雲」「青雲」が対になっています。「白雲」はホワイトの雲でいいとして、「青雲」は単なるブルーの雲ではありません。『岩波古語辞典』補訂版には〈うす青く白い雲。灰色の雲〉とあります。灰色までを指して「あお」と言ったのです。
 似たような例として、「(あお)(うま)」があります。再び『岩波古語辞典』の「青馬」を見ると、こう書いてあります。

〈純白でなく、また、黒毛・栗毛(くりげ)などでもない灰色のような色の馬をいったらしい。後世、その灰色を白と見て、表記だけを「白馬」と変えたのであろう〉

 そう、古典には「白馬(あおうまの)節会(せちえ)」というのが出てきます。天皇が灰色の馬を見そなわす儀式です。やはり灰色を「あお」と言っています。
 宝井(たからい)(きん)(りゅう)さんの講談「加藤孫六」を聴いていたら、馬の描写があって、〈毛の色が青みがかった黒。こういう馬を俗に「あお」と申しますが〉という説明がありました。黒に近いつやのある色のことも「あお」と言ったわけです。この用法は、遅くとも近世には生まれていました。
 言語学者の金田一春彦によると、黄色のことも「あお」と呼ぶ地域があります。

〈秋田県・岩手県の境あたりに行くと、「菜の花がまっさおに咲いてうづぐすいなっス」など、土地の人が言うのを耳にする〉(『ことばの歳時記』)

 さあ、だんだん「あお」の範囲が広がってきましたね。この分では、たいていの色は「あお」と呼んでいいのではないか、と思えてくるほどです。
 でも、さすがにそうではありません。古代日本語には、基本的な色名として「あか」「あお」「しろ」「くろ」の4つがあり、世の中の色がこの4つで表現し分けられていました。日本文学者の佐竹昭広によって知られるようになった事実です。
 「あか」は、「明るい」「明ける」と語源が同じで、赤色・朱色・橙(だいだい)色など、光を感じさせる色を指しました。一方、「あお」は、「あか」以外の色、つまり、光を感じさせない、ぼんやりした色を指しました。「あお」の語源は不明ですが、「(あい)(いろ)」の「あい」とも関係のあることばです。
 この「あお」の範囲に、「海の青色」「信号の青色」「青葉の色」「雲や馬の灰色」などがすべて含まれるのです。そうそう、「君、顔色が青いよ」と言うときの、白っぽい顔も「あお」の範囲内ですね。
 このほか、モノトーンの(彩度がない)色のうち、明度が高く、目につきやすい色を「しろ」、明度が低く、暗い色を「くろ」と呼んでいました。ちなみに、「黒」は「暗い」「暮れる」とも関係があります。
 聖徳太子の定めた「冠位十二階」では、位ごとに違う色の冠を定めていました。ですから、昔の日本人が、色を4つ以上識別できなかったわけではありません。でも、色の名前としては4つが基本でした。この感覚が、緑色の信号の呼び方を含めて、今日の私たちの日本語に生きているのです。