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分け入っても分け入っても日本語

 高齢者に関することばに「シルバー」を冠することがあります。「シルバー世代」「シルバー産業」「シルバー人材センター」など。その理由について、テレビ番組からコメントを依頼されたのは、2018年3月のことでした。ああ、その件なら答えられる。私は気軽に引き受け、自宅でのVTR撮影に応じました。
「『高齢者の』という意味と『シルバー』を結びつけたのは、国鉄のシルバーシートだったんですよ。1973年の敬老の日に登場した優先席の名前なんです」
 5月に放送された番組で、私はこう語っています。つまり、73年に登場したシルバーシートが「シルバー=高齢者」という用法の由来だと述べました。このコメントは、虚偽や誤りではないと考えますが、少なくとも不十分でした。
 日頃から世間のトンデモ説を批判している私としては、撮影前に確認を行いました。まず、『岩波国語辞典』第7版(2009年)の「シルバー」の項目。
〈②老人(層)。▽一九七三年、当時の国鉄が老人や体の不自由な人などのため新設した優先席のカバーに銀灰色を使って「―シート」と呼んだ事に始まる。〔下略〕〉
 これは私の経験的な理解とも一致し、説得力が感じられます。国語辞典に書いてあることが何でも正しいとは言えませんが、一定の信頼性はあります。
 あるいは、『現代用語の基礎知識』の2001年版~09年版。ここには「シルバー産業」の項目や言及があって、〈シルバーとは、国鉄のシルバー・シートに由来するといわれている〉(09年版)などと記されています。伝聞の形なのが気になるけれど、これも一定の根拠があると推測されます。
 さらに補強材料を得るため、外来語辞典によって、「シルバーシート」と、高齢者の意味の「シルバー」と、どちらが先に現れたかを確かめます。もし「シルバーシート」が先なら、そこから「シルバー=高齢者」の用法が出た可能性が強まります。
『コンサイス外来語辞典』を引いてみます。初版(1972年)には「シルバー」「シルバー○○」という項目がありますが、どれも銀に関する意味の語ばかりです。第2版(76年)には早くも「シルバーシート」が入っていますが、他の「シルバー」「シルバー○○」は、やはり銀に関する意味。ちなみに、「シルバーシート」の由来は〈うすねずみ色の座席シートを銀色になぞらえたことから〉と説明されています。
 次の第3版(79年)には関連語の増補がなく、第4版(87年)になって、ようやく「シルバー」に〈③「高齢者の、老人向けの」などの意味で複合語をつくる〉と記されました。項目としても「シルバーボランティア」「シルバーマーケット」など高齢者関係の用語が現れています。その後、後継辞書に当たる『コンサイスカタカナ語辞典』初版(94年)では「シルバーエージ」「シルバーオンライン」「シルバーカー」「シルバーガイド」……など、高齢者関係の用語が一挙に23語に増えました(「シルバー」自体を含む)。
 私の携わる『三省堂国語辞典』など、他の国語辞典の過去の版を見ても、同様のことが確かめられました。
 つまり、70年代に「シルバーシート」が普及してからしばらく経ち、80年代には高齢者関係の「シルバー○○」が定着した。90年代は「シルバー○○」が花盛りで、多様な複合語が使われるようになった、というわけです。こうした経緯を踏まえれば、現在の「シルバー○○」の直接の出どころは「シルバーシート」と見て差し支えないでしょう。この考えは現在も変わっていません。
 私は自信を持って、テレビで「シルバー」についてコメントしました。
 ところが、放送後、ツイッターで複数の方から見過ごせない情報を教えてもらいました。なんと、国鉄では、シルバーシート以前に高齢者の意味で「シルバー」を使っていたというのです。
 ライターの杉村喜光さんのご教示によると、国鉄は68年に年配者夫婦を対象に「シルバー周遊券」を発行したそうです。私も『読売新聞』夕刊70年9月4日付の「シルバー周遊券セール」の記事を採集しました。稲垣吉彦『ことばの四季報』(中公文庫)でも、『読売新聞』(著書では『朝日新聞』と誤記)77年9月17日付の記事を元に、「シルバーシート」の由来を〈「まえに五十歳以上の夫婦の旧婚旅行用に〝シルバー周遊券〟というのを発行した連想から」(国鉄旅客局)ということだ〉と記しています。
 別の人の情報では、『読売新聞』70年8月2日付に、交通公社・日通の高齢者向け「ルック・ヨーロッパ・シルバー旅行」の記事が載っているとのことでした(私も確認)。「シルバー」は旅行商品として通用する程度には使われていたのでは、という意見です。
 先の杉村さんによれば、雑誌『国鉄線』73年3月号で高齢者を「シルバーエイジ」と記した例もあるとのこと。ウェブサイトでこの記事を紹介している人もいます。国立国会図書館のデジタル資料で確認すると、雑誌の記事を書いたのは新潟鉄道管理局の田辺恵三さん。新潟局では、旅行商品を売り込む対象を「ヤング」「レディ」「ファミリー」「ビジネスマン」「シルバーエイジ」の5つに分けたというのです。文脈上、「シルバーエイジ」は確かに高齢者を指しています。
「シルバーシート」という名前に、これらの「シルバー」が影響していた可能性はあります。もっとも、国鉄でシルバーシートの導入に尽力した須田寛さんは、命名の由来はシートの布地の色だったと記しています。
〈当時の新幹線普通車の座席に用いているシルバーグレーの布地に予備があることがわかったため、それを導入したので、「シルバーシート」とごく自然に命名したのがその経緯です〉(『私の鉄道人生〝半世紀〟』イースト・プレス)
 これもまたひとつの事実だったのでしょう。このほか、銀髪の高齢者のイメージ、銀婚式のイメージなども、「シルバーシート」の命名者の頭にあったかもしれません。
 以上のことをあらかじめ考えに入れていれば、テレビでの私のコメントは異なっていたはずです。たとえば、こんなふうに。
「現在のように『シルバー』で高齢者を表すことが一般化した直接のきっかけは、国鉄の優先席『シルバーシート』の普及だったと言っていいでしょう。ことばが広まった時期を考えると、そう判断するのが合理的です。ただし、『シルバーシート』の命名には複数の由来がありえます。座席の布の色のほか、『シルバー周遊券』など当時のサービスのネーミングも影響した可能性があります」
 実際にはこれほど詳しくコメントできないとしても、ニュアンスを盛り込むことはできたでしょう。もう一度やり直したい気持ちでいっぱいです。
 ところで、『岩波国語辞典』は、先に紹介した版に続く第8版で、「シルバー」の記述を次のように短く変更しました。
〈②老人(層)。〔略〕▽(2)は一九七〇年ごろから広がった日本での用法〉
「シルバーシート」由来説を取り下げて、年代情報のみを記しています。無難な書き方になりましたが、もったいない気もします。「シルバーシート」についての記述は残した上で、補足情報を加えてもよかったのではないでしょうか。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

飯間浩明
飯間浩明

国語辞典編纂者。1967(昭和42)年、香川県生れ。早稲田大学第一文学部卒。同大学院博士課程単位取得。『三省堂国語辞典』編集委員。新聞・雑誌・書籍・インターネット・街の中など、あらゆる所から現代語の用例を採集する日々を送る。著書に『辞書を編む』『辞書に載る言葉はどこから探してくるのか? ワードハンティングの現場から』『不採用語辞典』『辞書編纂者の、日本語を使いこなす技術』『三省堂国語辞典のひみつ―辞書を編む現場から―』など。

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