インタビュー 佐野洋子

いつもふつうの人でいたい。

 子どもの時から本を読むこと以外に何の趣味もなかったの。電車に乗っていても、扉のところに貼ってある「手をはさまれないようにご注意ください」っていうのも読んじゃう。
 学生時代は本は人から借りるものだと思っていた。赤貧だったから。岩波文庫八十円の『マルテの手記』を友だちに貸してって言ったら、「買えば」って。その女赤貧じゃなかったの。仕立てのいいスカートはいちゃってさ(笑)。
 就職して初めての給料で買ったのが弥生書房の『リルケ全集』でした。恨みがそうさせた。恨みでもうれしかった。
 ちょっと年上の女のイトコに、「本は、吉田健一と小林秀雄しか読まない」っていう変わったのがいて、借りて読んだ。「これ大事だから返してね」って。『ヨオロッパの世紀末』とか。多分全然わかってなかったね。若い時、本はわかんないものだったかも知れない。時間つぶしだったと思う。一番安い娯楽だったんだよ。それに、西洋カブレ。今だったら、世紀末のヨーロッパと私、何関係あるんだよって。サルトルとボーボワールがはやりで、多分何もわかんなかった。だけど、ボーボワール嫌いだった。やたら体が丈夫なの。あれ頑強な肉体の女の哲学なのね。嫌だねエ。
 多分今考えられない程の影響力があったみたいで、私の友達、人生、サルトルとボーボワールやっちゃったのがいた。わかんないのに私、「こりゃ、女をだます、男に都合のいい思想だナァ、とり返しがつかなくなるぞ」って思ったよ。ウン、やっぱとり返しつかん人生になったよ。ハイ、誰の人生もとり返しつかんですけど。
 突然小林秀雄賞なんて言われて、本当に困った。なんだか私の頭の上のほうで、酔っ払った小林秀雄が、すごいべらんめえで私のこと罵倒してる様でこわい。死んでいてくれて、うれしい。
 生涯で一度だけ、私って小林秀雄みたいな女の子だったって後から思ったことがある。
 北京で、七五三のとき、東京にいた祖父が着物を送ってくれたの。戦争中だし人絹だったと思うんだけど、赤かったり、花がついたり、ゾロゾロして天にのぼっていた。そしたら、となりのヒサエちゃんが、本物のむらさき色のちりめんで現れたの。これが色白の美人でねエ、それを見た瞬間、「あ、これが本物」って、私、わかっちゃった。もうほんとに一瞬にしてわかった。「美しい『花』がある、『花』の美しさという様なものはない」小林秀雄えらいねエ。七五三で落ちこんだ子どもだった。
 あのまま育っていたら末恐ろしいけど、私は幼年時代にそういう感覚を紫のちりめんで使い果たしちゃったみたいで(笑)、その後はふつうの人として生きてます(笑)。本物は金と手間がかかって、天井というものがない。恐ろしいです。ふつうで充分です。
 何故北軽井沢のそこに住んでいるかと云われると困る。理由がない。気がついたら、何で?って自分でやばかったと思っている。
 私は五十歳を過ぎて、十年ぐらいの間、頭のおかしい時期があったの。地の底だか海の底だか四ツンばいではっていたみたいで、おきて食って、ウンコしてねるだけで、息するのも大変だった。突然、そうだ家を建てようって思ったのね。要するに狂った頭のままで家を建てちゃった、北軽井沢に。ちゃんと考える頭があったらやらなかったと思うし、正常だったら、もう少し分別が働いたと思う。だいたい私、ゴボウ買うみたいに家買う人って云われていたけど。正常でも分別ないんだよ。
 建てちゃったらうれしいの。でもね、夏はいいんだけど、冬はこわいの。別荘地だから寒くなると誰もいなくなる。あかりついているの私の家だけ。雪なんか降ると、音もないって音がきこえて来るんだよ。こわいよう。もう熊でも何でもいいから現れたら飛び出して行ってしがみつきたい位。ひたすらテレビを見て、泣いたり笑ったりして、ふと我にかえってじいっと耳すましたりしているとぞーっとする。ふと耳をすましている自分にぞーっとするの。だから、どれ位暗いか想像しないことにした。無いことにした。電気ついている家の中だけが宇宙だと。じゃ、東京に帰れよ、それが帰んない。自分でもわからんです。
 そのうちにどんどん北軽の暮らしに慣れてきて、お百姓さんとか不動産屋さんとかの友だちも増えてきて、じきに、ああここに住んでいてよかったって心から思った。
 北軽井沢にはね、タダでうれしいことがあるの。美しいことやうれしいことは全部タダなの。東京では美しいことやうれしいことにはお金がかかるの。だからきっと貧乏で都会にいることはとても辛いことだったなあと。辛さに慣れるのも人間だけど。
 何故ここに居るかって、朝窓を開けた瞬間がものすごくうれしい。毎日空の色とか葉っぱの大きさがちがう。その瞬間のために居るんだって心底思っちゃう。
 気がついたら楽しいのよ、毎日が。幸せなの。年とると気が楽ね。こんな幸せな老後が来るとは思いもしなかった。
 本もね、年とってから読み直すと面白い。私、中学生のときに夏目漱石なんて読んでた。バカみたい。でも漱石今の私よりずーっと若くて死んでるんだよね。それが面白いって何なわけ? 私不思議で仕方ない。
 北軽に住んで三年位かな、筑摩書房の前から知り合いの編集者が、懲りずに連絡してきてくれたのね。何か書いてくれってずっと言い続けてくれてたんだけど、私はずっと頭がおかしかったから何も出来なかったでしょ。そうしたら彼女が「私じきに定年になるのよ」って言ったの。えっ……って。私は義理と人情だけで仕事やってるから、じゃあ彼女の定年に間に合えばって書き始めたのが『神も仏もありませぬ』です。
 私は商売が絵本だから、絵について何か言えと言われたら背筋をのばしていささかの矜持ってものもあります。文章はね、とても背筋は伸びない。だから仕事場で文章なんか書けなくて、喫茶店でしか書けないの。仕事場なんかで偉そうに書いてちゃ悪いっていう——(笑)。
 それに書くって大変でしょ。知らず知らずに自分の根性の悪さが出ちゃうでしょ。でもね、人は本当に書きたいことってなかなか書かないわね。物書きって周りの人をすごく傷つけるじゃない。私だって知らず知らずに傷つけてると思うけど、でも書くっていうことは、そういうことこそ本当は書きたいんだと思うの。でもね、私は本当に書きたいことはたぶん書かないと思う。根性ないです。
 私はふつうのオバサンでいたいのね。格好つけられないし。ふつうが一番楽なのよ。だから今いちばんの願いは、このままふつうにしわくちゃになり続けて死にたいと。何がふつうかわかんないんだけど。

(受賞者プロフィール)
1938(昭和13)年、北京生まれ。絵本作家、エッセイスト。武蔵野美術大学デザイン科卒。ベルリン造型大学でリトグラフを学ぶ。代表作に『100万回生きたねこ』、『おじさんのかさ』(サンケイ児童出版文化賞推薦賞)、『わたしが妹だったとき』(新美南吉児童文学賞)、『わたしのぼうし』(講談社出版文化賞絵本賞)、『友だちは無駄である』、『私の猫たち許してほしい』、『アカシア・からたち・麦畑』、『ふつうがえらい』、『あれも嫌い これも好き』など。2010年没。

 

インタビュー 中沢新一

「飛び越える思考」のために

 だいぶ以前は、文章のタッチが小林秀雄さんに似ているところがあるなんて言われたこともあるんですけれども、僕の方はだんだん抽象度が高くなっていったこともあって、小林さんからはむしろ遠くなっているかなと感じていましたから、受賞についてはちょっと意外な印象でした。「受賞者の言葉」では、「小林秀雄の『本居宣長』は自分の前方に聳える巨峰である」と書きましたが、『宣長』はやはり大きい仕事ですから。大きい仕事って大変なんですよ。山登りとよく似ています。最近はどういう呼吸でやらなければいけないかというのが少しわかるようになってきたのですが、それでも大きな仕事の大変さがますますよくわかってきているので、『宣長』には頭がさがるんです。
 この本に登場する「対称性」という概念は、そこでは南方熊楠やチベット仏教などがヒントになったようなことも書きましたけれども、じつは僕が潜在的に抱えている大きな夢とかかわっている根の深い言葉です。
 ガロアという数学者がいます。ご存知の通り、方程式論から「群論」を発見した人ですけれど、高校生の終わりごろに初めて彼の理論を知って以来、この人の思想からは非常に強いインパクトを受け続けています。
 普通の研究者だと、ひとつの問題をめぐってたくさん計算をしたり、長い論文をいっぱい書いたりするものですけれど、ガロアという人はそれを一気に飛び越えちゃうようなことをしたんですね。それで、飛び越えた地点に立って、普通のやり方で計算をしたりして考えられた理論を見ると、人間の思考の構造というものがすべて見通せてしまう、そういう仕事をしたわけです。
 ガロアは、十九世紀の三〇年代に方程式論をきっかけにして、そういう考え方に到達しました。だいたい学問の世界では、人間が行なっている知的な行為すべてについて、細部にわたってじつにいろいろな研究や分析がなされていますけれども、自分たちがいったい何をやっているのかというのが本当の意味ではわかっていないことが多いんですね。それを一気にわかるための飛び越えというのをガロアがやったということを知って、すごいインパクトを受けたのです。
 それで、自分は数学者にはならないだろうけれども、人間が頭のなかで考え得るすべてのことについて、ガロアと同じようにそのすべてを一気に飛び越えた地点に立って見通して、その仕組みを明らかにするような壮大な理論を作ってみたい、と。非常に大それたというか、パラノイアックな夢を抱いたわけです(笑)。そういう思いがずっと僕を突き動かしてきたんですね。こういう夢を抱くようになったのは、ヘーゲルとマルクスの影響もあったかもしれません。ただ、彼らのように、この世界にあることを何でもかんでも自分の体系のなかにまとめてしまおうというやり方はしたくないな、もっと自由なやり方がいいな、とも思っていました。
 なぜチベットに行ったのかということも、結局はその夢を実現するためでした。人間の心というものをどう扱ったらいいのかと考えるとき、西欧のやり方ではどうしても突破できない壁があるんですね。そのことが二十代の終わりぐらいにはっきり見えてしまった。そうなると、全然違うところから心や思考というものを照らし出す場所へ出て行かなければいけないと思ったんです。まあ、勘でしたけどね。ラッキーなことに、それを実際に学ぶことができたわけです。
 三十代に入って、さあ、これからその夢のような壮大な理論を作るぞと意気込んで、序曲のそのまた序曲のつもりで『チベットのモーツァルト』を書いたんですけれども、不幸なことに、ジャーナリズムに乗ってしまった。エッセイを書いてくれとか小説を書かないかというような仕事が次々に来て、それからの十数年、夢の実現は中断されてしまったんです。もちろん途中で、南方熊楠に取り組みましたけれども、あれも自分が抱えている夢のスケールから見ると、まだ一部分なんですね。まだ飛べてなかった。もっと広いところで、飛び越えの思考を実現したいと思い続けていました。
 そうするうちにオウム事件が起こって、僕はマスコミからパージされました。苦しい時期でしたね。二年ぐらい経って、ようやく立ち直ってきたとき、そろそろあの大きな夢に近づく仕事をしておかないと、時間がなくなってしまうぞという危機感を抱いて、また歩み始めたんですね。
 そのときに書いた本が『フィロソフィア・ヤポニカ』で、田邊元という哲学者の研究という形をとっていますけれども、じつは、西欧哲学の壁を越えるために学んできた東洋思想についての自分の体験を現代哲学の領域に持ってきて、日本人が作った哲学的概念にどの程度の射程力があるかということを見通したかったんです。僕はその仕事を通して何か重要なものを見いだしました。
 そして、九・一一の事件が発生しました。ここで僕の精神にものすごい拍車がかかったんです。宗教と、宗教の変形体である経済やイデオロギーといったものが、世界的な規模で暗礁に乗り上げてしまっている。これを突き抜けていくためには、どういうやり方が必要か。一神教と多神教の対立とか文明の衝突とか、いろんなことが語られたけれども、そんなことより重要なのは、人間の精神が宗教やその変形である経済やイデオロギーなどを生みだす、その大もとの構造を見通せる地点に跳躍してみることなんだと思いました。
 僕は大きな夢を描くわりには、そのためのウォーミングアップの方が楽しくなっちゃうところもあるんですけれども、九・一一の事件は僕ののんきな足場をはずして、背水の陣に追い込む効果がありました。それから一気にこの「カイエ・ソバージュ」の作業に取りかかったというわけなんです。
 ただ、僕自身にとっては、まだまだ夢の取っかかりにすぎないという印象もあります。僕にとって目標にするべき「対称性」というのは、やはりガロアのレベル、あるいはもうひとり、現代の数学者でグロタンディークという、尊敬している人がいますが、彼らの思考レベルに一歩でも近づいていかなければいけないなといきごんでいます。
 こんなふうに、僕の思考方法のなかには数学がずいぶん大事な位置を占めているんですけれども、人類学や民俗学の領域で数学めいたことを書くと、ほんとうに評判が悪いんですよ(笑)。ただ、この次の作業ではもうそういう遠慮はとっぱらって、徹底したものを作り上げることによって、この「カイエ・ソバージュ」全体をさらに包摂してゆく、あるいは飛び越えてゆくような作業をしてみたいと思っているんですね。このシリーズ五巻のなかで、最も完成度が高いのが第五巻の『対称性人類学』と第二巻の『熊から王へ』の二冊だと思いますけれども、今後、展開してゆく可能性がいちばんあるのは、第四巻の『神の発明』です。おそらくこれが僕自身にとってのガロア理論になるでしょうね。なにしろ神の観念についてのガロア理論なんですから。このテーマを展開してゆくと、それこそ古今の神学者や思想家のすべてを向こうに回すような仕事になっていくでしょうから、それこそたいへんな作業になっていくでしょうね。でも小林秀雄さんだってヴァレリーをめざしていたわけだし、僕のことを許してくれると思いますよ(笑)。

(受賞者プロフィール)
1950年、山梨県生まれ。中央大学教授、思想家、宗教学者。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。著書に『チベットのモーツァルト』(サントリー学芸賞)、『森のバロック』(読売文学賞)、『哲学の東北』(斎藤緑雨賞)、『フィロソフィア・ヤポニカ』(伊藤整文学賞)、『緑の資本論』、『精霊の王』など多数。受賞作の『対称性人類学 カイエ・ソバージュV』(講談社選書メチエ)は、「超越的なもの」について人類が考え得た全領域を踏破することをめざし、主に大学で行われた講義をもとに編まれた「カイエ・ソバージュ」全5冊の第5巻にあたる。(受賞当時)

 

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選評

批評の用

加藤典洋

 佐野洋子さんの『神も仏もありませぬ』を私は賞の候補作ということを忘れて読んだ。いつの間にか忘れさせられたというのが正しい。読み終わった時には、何かを審査するという気持がなくなっていた。五歳の年の違いは、五歳の子供にとっては偉大だが、五十歳もすぎてしまうと、些少である。私たちが川下りをしている川にはどこかに大きな「たまり」があって、そこで私たちはくるりくるりと木の葉のようにめぐっているのであるらしい。この本は、そういう不思議な時間の慰藉を隠している。自分のどこかにいるらしい四歳の自分がやはりこの本に反応し、動くのを感じるのは、うれしいことだった。
 故武田百合子氏の『富士日記』は私の最も好きな本の一つだが、それが夫泰淳氏との対なる日々を中核に人々との交遊を描くのに対し、このエッセイが語るのは、老母、友人、村の人々とのいわば中心のないそのつどの交遊である。一人と一人の会話がそこを行き交う。そのそれぞれの登場人物の立ち去り際の、後ろ姿がくっきりしている。この本の用途を忘却させる力に、批評性はないのだろうか。繊細な批評性。曰く日々の用。小林秀雄という批評家の、その晩年の思いと、それは私の中で一致する。
 中沢新一さんの『対称性人類学』は壮大な構想に立つ数年がかりの講義録「カイエ・ソバージュ」の最終巻にあたる。そもそも、西欧の学者の「対称性人類学」という言葉から着想されたという「対称性」と、九・一一同時多発テロに際して著者の頭に浮かんだ「圧倒的な非対称」という言葉における「対称性」が同じなのかどうか、ということからはじまり、その先立つ巻を読んでいない私には、うまく頭に入らない個所もないではなかった。しかし、筆者の、「オウム」、「九・一一」等への関心・関与をバネにしての並々ならぬ衝迫が全編を貫いて読む側に伝わってくる。私は、いわば氏の幾何学の精神にというよりは繊細の精神に説得された。ここで著者は、自分の弱みをさらけ出すことも辞さずに勝負に出ている。そして世界史的な地平を相手に、そこだけを見て、誰からも提示されていない新しい学問の前提を提出しようと高邁な意気込みを示している。とにかく意表を衝いた着想、目配りのきいた異分野の概念への引照が、ひきもきらない、その刺激がちくちくと楽しい、にもかかわらず、この著作全編に静謐の感じが漂うのは、その川が、記述の地層に浸透し、そこを「深く流れている」からだ。そのことに私は生きた批評を感じる。選考の場では、ここに提示されている所論を学問的にカヴァーできるのか、その確度はどのようなものか、という問題についても語られた。しかし、この本には不思議な魅力があって、私の中の虫がこれに背を向けるなと言った。それで、私は一人の物書き、批評家のはしくれとして、この著作に加担することに決めた。

人間の「生きる」姿をしっかりと捉えた二作

河合隼雄

 今年も興味深い本が多く、選ぶのに苦労したが、選ばれた二冊は小林秀雄賞の名に恥じぬものである。それぞれまったく異なるタイプの本であるが、現代人の「宗教性」に深くかかわる、という点は共通である。二十一世紀には、「宗教性」ということが極めて大切になると思っているが、その点で、これらの本が選ばれたのは真に意義が深い。
 一般に「宗教」と呼ばれているものは、下手をすると「宗教体験」を回避するために役立っているのではないかと思う。長い儀式や説教の間に「宗教体験」をする人は少なくなってきている。あるいは、そんなときに「感動」したとしても、それはまやかしではないだろうか。
『神も仏もありませぬ』と開き直って、日常の体験をし、それを極めて良心的に観察している方が、神や仏を見ることになるのではないか。マジメにカンカンになって、「宗教」に入れこむほど、神や仏は遠ざかってゆくのだ。佐野洋子氏の本は読み進んでいるうちに、「なるほど、神も仏もありませぬなあ、ハハハ」と楽しくなる。しかし、何やらそれだけではすまぬと思っていると最後になって、佐野氏は自分は「神様にえこひーきされてる」と言い、「私はその恩恵をどうやって返したらよいのかわかんない。神様、ありがとうございます」と言うのだ。神も仏も無いと思ってフツーに生きていると、こうなるのだ。
 中沢新一氏の本は、佐野氏の本とはまったく異なっている。「いったい神や仏は存在するのか」「どのようにして出現してきたのか」などという問題を、人類の歴史に照らしてひたすら考えるのだ。私は今回の受賞作は、中沢氏の、「カイエ・ソバージュ」の五冊シリーズの最終巻として、このシリーズ全体の代表として選ばれた、と考えている。これは、佐野氏の本とまったく異なるようでありながら、「神」について天上から説くのではなく、人間の「生きる」姿をしっかりと捉え、そこから論じている点は共通だ。
 壮大な思索から生み出された「対称性の人類学」は、二十一世紀に生きる地球上のすべての人間にとって大切な考えであると私は思う。それにしても、今は非対称の構造の歪みが、あまりにも大きいのに、強い者、富める者を補強するために、「宗教」が役立ったりしているのだ。そんな宗教だったら「神も仏もいりませぬ」だ。
 時宜を得た二つの受賞作を得て、嬉しい。

対極にあるかに見えて、どこかで通底している

関川夏央

 佐野洋子さんは「引き揚げ者」である。記憶のはじめは、北京の胡同の家だ。
「庭から見あげた泥のへいに囲まれた真っ青な、それはそれは真っ青な四角い空である」
 十八歳で上京した。東京の子に「君、田舎どこ」ときかれて、「清水」と答えた。とっさに、「清水の次郎長って知っている? あれ私のお祖父さん」と大嘘をついた。翌日学校へ行くと、佐野さんは「ジロチョー」というあだ名になっていた。
 それから歳月が、汽車の窓の景色のように流れた。嵐も吹けば雨も降る。「ジロチョー」にも険しい女の道があった。そうして自分のまわりの人たちが、少しずつ「はがれ続ける」ようにいなくなる年頃になった。
 年をとるってどういうこと?「それは、それはね」、この本『神も仏もありませぬ』には、くっきりと明るく、またさわやかに苦く、記述されているのである。
 昔なじみの老女が長いボケの果てに亡くなる前、「ジロチョーさんはいい子です」といったそうだが、わかる。人間は特権的存在ではない。あわれな、しかしたのしい動物なのだという思いが、再読三読しても薄れない。むしろ、思いをますますつのらせつつ「日本語表現の力量」に感じ入った私は、この作品こそ小林秀雄賞の名にし負う、よその文学賞などにとられてたまるか、と多少意気込んだのである。
 中沢新一さんの『対称性人類学』が示唆に富んだ重要な本であることは一読して了解できた。しかし、これは私の能力の問題なのだが、すんなりとは理解できない部分も多かった。だいたい「対称性—非対称性」のイメージが、なかなかフォーカスしない。名探偵が関係者を一堂に集めて推理を開陳しているところへ行きあわせたようである。探偵の言葉の端々から想像はできるにしろ、「事件」の全体像が見えぬもどかしさがあった。
 そこで、この「カイエ・ソバージュ」シリーズ(『対称性人類学』はそのV)を、さかのぼって読んでみることにした。
 読みでがあった。ようやく発端がわかり、事件のなりゆきを知った。探偵の本能と覚悟のほどを見てとった。そうするにあたっては、先だって中沢さんが文芸誌に書かれた「僕の叔父さん——網野善彦の思い出」の、学問と文学の合金のような記述への驚きが動機のひとつとなった。
『対称性人類学』の、懇切にしてスリリングな展開は、中沢さんの知識と推論と想像力はむろんだが、同時に「話し言葉」のふりをした「書き言葉」の手柄ではないだろうか。その意味でもこの作品はあたらしい。
 佐野洋子さんの作品が、「対称性」という点で、中沢さんのそれとどこかで通底しているらしいと気づいたのは、両方を熟読し終えた少しのちのことである。

結びあう二作

堀江敏幸

 佐野洋子氏の『神も仏もありませぬ』にはいくつもの孤独が隠れていて、それらが「老い」という、言葉ではなく目に見える現象としてまとまってくる。老いの発見そのものに新しさはない。しかし発見の過程と得心の間合いがまことに新しい。老いを心ゆくまで楽しむのでも、先に控えている死を怖れるのでもなく、不機嫌な自分をつねに上機嫌で見つめる目の位置が、要所要所で自他を同時に突き放し、甘えを排した文章を生んでいる。
 本書はまた、北軽井沢に暮らす近隣の人々の言行録でもある。括弧つきで引かれる言葉がどれも印象深いのは、引用者の耳がいいからだ。「思想」なんて言葉はどこにも使われていないけれど、やはりここには「思想」の実践がある。雑文の一形態として安易に用いられている「エッセイ」のたぐいには収まらない散文だと思う。
 中沢新一氏の『対称性人類学』は、九・一一の衝撃をどう受け止め、乗り越えていくかという具体的な出発点を持つ試みである。「カイエ・ソバージュ」と題された五部作の最終巻である以上、単体として扱うのはむずかしいはずなのだが、既読者には結論として、はじめての読者には序論として機能するよう配慮された書法が取られており、これだけで独立したよみものになっている、と私は読んだ。
 神話の世界が持っていた、現実のルールにしたがわない豊かさと力を「対称性」と名づけて、その回復と可能性を探ること。さまざまな知を連結させていく作業じたいに「非対称性」への誘惑が潜んでいる本質的な矛盾を、著者はじゅうぶん自覚している。そして、この矛盾なくしては先へ進むことができない世の中に私たちが生きていることをも教えてくれる。
 ある意味で、「ソバージュ」な魅力にあふれた佐野洋子氏の文章こそ、中沢氏の言う「対称性」のみごとなあらわれかもしれない。両者の仕事は、どこかでつよく結びついている。

 

小林秀雄ならば

養老盂司

 佐野洋子さんの作品は発刊後まもなくに読み、候補作としてまったく問題ないと思っていた。ただ小林秀雄賞といえば、もう少し重たいもの、評論に近いものという「偏見」が私にあったから、これ一つだけでいいのだろうかという思いも、最後まであった。だから中沢新一氏の『対称性人類学』と合わせて、二作品ということで、私自身は納得したのである。
 とはいえ、佐野さんの作品が軽いというわけではない。そんなことをいったら失礼であろう。私と年齢が近く、感覚が合うということもあろうが、とにかくまっとうな感性、まっとうな暮らしというものが、みごとに表現されている。ボケ問題や過疎の問題を、社会問題としてそれこそ「重たく」扱う人はいくらもいるだろうが、じつはこういうふうに思うしかないんですよ、というところを得心してしまう。表題もいい。たぶんこうしかいいようがないので、その必然性が人を納得させるのである。私はこういう態度、作品をリアリズムと呼びたいのだが、どうだろうか。
 中沢氏の仕事はまさに最盛期であろう。あたりまえだが、円熟とか完成というわけではない。詳細に文句をつける人はかならずいるはずである。しかし全体として見れば、これだけの仕事ができる人はほとんどいない。あえて苦情をいうなら、時に言葉による思考が奔って、勇み足になる可能性が高いことである。これは長所と裏腹だから、たぶんいってもムダであろう。
 記者会見で小林秀雄賞の性格、基準がわからないという趣旨の質問が出た。むろんそれが絶えず話題に上がりながら、実際の選考が進んでいる。選考する側としては、これまでの作品を含めて、全体として判断してくださいというしかない。個人的には小林秀雄なら書いたかもしれない、あるいは彼なら高く評価したかもしれない、そうした作品を選ぶことができれば、と考えている。
 それにしても、他人の作品を評価するというのは、疲れる作業である。そんなことがちゃんとできるくらいなら、最良の本を自分が書いているはずだから。

 


 

 

『神も仏もありませぬ』佐野洋子

 

 
『対称性人類学 カイエ・ソバージュV』中沢新一