三十年前の三月一日のことは、いまだによく覚えています。当時、私は「中央公論」編集部に所属していました。十日に発売される四月号の編集作業がほぼ終わり、ホッとしている時でした。「小林秀雄、死去」の知らせが入ってきたのです。それはすなわち、予定していた記事を差し替え、追悼特集を組むことを意味していました。本来ならあり得ないスケジュールでしたが、何が何でもやる、という構えがたちどころに生まれました。
 わずか一二ページの特集でしたが、今日出海、大岡昇平、水上勉、今西錦司、宇野千代の五氏から、手分けして談話や原稿を集めました。いわゆる喪失の悲しみとか悼みといったものとは違う感慨が、私にはありました。ついに会うことが叶わなかった「その人」についてもっと知りたいという気持ちでした。
 鎌倉東慶寺で行われた密葬から戻った水上勉さんに、すぐさま筆をとっていただきました。
「鋭い眼に見すえられ、こてんこてんに叱られた夜もある。二時間も静座したまま、ただ酒だけ呑みつつ、何ひとつ口はさむ間もゆるされず、先生のお顔を見守った夜もあった。このような師も親も私は先生のほかにもたなかった」
 後日、この「こてんこてん」というのは、一体どんな調子なのですか、と尋ねると、「それはな、偉いお坊様の話を小僧が身を小さくして聞いているようなものだ」と言って、その時の身が引き締まるような「先生」の口ぶりを仔細に語って下さいました。
 今回、「生誕一一一年・没後30年」を期して特集「小林秀雄 最後の日々」を組むにあたって、河上徹太郎氏との「最後の対談」の音源を初公開することにした理由は、他でもありません。かつての私と同じように小林秀雄を知らない人にも、「その人」の肉声に触れて、体温を直に感じていただきたいと願ったからです。
 この三十年の間に「小林秀雄講演」CD全八巻(新潮社)が発売され、その語り口に接することができるようになったのは画期的な出来事でした。今度の特別付録CDは、「歴史について」として知られる名対談の、活字化される以前の現場の音声です。文字に定着されなかったやりとりを含めて、六十年に及ぶ盟友との、真剣にしてなごやかな対話、そしてお互いにこれが「今生の別れ」になるかもしれないと意識した心遣いがひしひしと伝わってきます。とりわけ最後の小林秀雄の独白には、胸が詰まります。
 この音源を初めて聞く機会があったのは十年ほど前です。公開することの意義は自分なりに確信していましたが、思いを汲んでいただき、ご快諾くださいましたご遺族には感謝の言葉もありません。また文藝春秋のご協力にも御礼申し上げます。
「様々なる意匠」での伝説的な文壇デビュー、中原中也との宿命的な出会い等々、若き日の小林秀雄をめぐる言説は夥しい数にのぼります。けれども、厳しい自己批評家でもあったこの人が、どのようにして自らの幕を引いたのかはほとんど語られていません。その意味でも、「最後の対談」に収められた小林の熱い思い、また声の余白にその一端を感じていただければと願います。
 そして死の前年の暮れ、NHKで放送されたメニューインの来日演奏会の番組は、おそらく小林にとって生前最後の音楽鑑賞だったと思われます。この時に演奏された三つのヴァイオリン・ソナタとの因縁をたどりながら、小林秀雄と音楽、その人生と文学を鮮やかに浮かび上がらせた杉本圭司氏の長篇評論「契りのストラディヴァリウス」は、小林秀雄八十年の思考の最終楽章を奏でてくれます。

 今号からは二大サイエンス・ストーリーの連載が始まります。ひとつは地球科学者である大河内直彦さんの「新地球紀行」です。大気や海洋環境の変化、生物誕生から今日までの生物圏の変容、そして人類と地球との関係の変遷――この惑星の謎に、名著『チェンジング・ブルー』の著者が挑みます。
 もうひとつは細胞生物学者である永田和宏さんの「生命の内と外 ホメオスタシスの謎」です。細胞膜によって「閉じつつ開いている」生命の不思議について、最新の考察を加えます。
 ご愛読いただきました俵万智さんの「考える短歌」、山本貴光さんの「文体百般」、松山巌さんの「須賀敦子の方へ」は今回で最終回となります。改めてまた書籍の形でお楽しみ下さい。