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たいせつな本 ―とっておきの10冊―

  いきなり毒づいて恐縮だけど、「凄い当事者」の俺様闘病記が大嫌いです。苦しさや病を抱えることとなった当事者が、いかにその回復に至ったのか、スポ根ばりの自助努力誇張と周囲への感謝のお涙頂戴でキラキラに飾り立てたそれらのコンテンツ。
 著名人や元々書き手だった者が発信するケースが多いようだけど、それは一部の当事者には勇気を与えるかもしれない一方で、多くの「そんなに頑張れない当事者」にとっては苦しさでしかありません。
 最悪なのは、その当事者を支える家族などが読者となった場合、「ほら、こんな人もいるよ。諦めないで。頑張って元通りになろう!」という、当事者にとって猛毒の言葉を引き出してしまうことでしょう。
 けれど他方、そうした当事者語りの書物の中には、他の当事者に有用なものが確実に存在します。例えば書き手がいわゆる「見えづらい障害」、周囲から見たら五体満足にもかかわらず、大きな苦しみを伴う障害を抱えている場合、彼らの書くものは、多くの当事者にとって救済になるものが多数ある。なぜでしょうか。
 僕自身は、5年前に脳梗塞を起こしてから、高次脳機能障害という外から見てもわからない障害を抱えることになりました。そこで思い知ったのは、外見は間違いなく健常者に見えるにもかかわらず、こんなにも不自由で、こんなにもリアルな苦しさを伴う状態が人にはあるのだということ。そして何より、その状況を人に上手に伝えられないことが、身体的な窒息状態に等しい、耐え難い苦しさ・もどかしさを伴うということでした。
 脳は情報処理の臓器ですから、脳に失調を抱えた当事者は診断名がどうあれ、脳の情報処理に不具合を抱え、日常生活上での困りごとには共通点が出てきます。病後、僕自身の闘病記執筆と読者様との交流を通じて知ったのは、僕と同じ高次脳機能障害の当事者のみならず、発達障害や認知症、うつ病をはじめとする精神疾患全般等々、脳機能に不全を抱えた当事者にとって大きく共通するのが、自分がどのように不自由でどのように苦しいのかを具体的に他者に話す「自己説明的コミュニケーション力」の致命的な低さだということです。
 そう、僕らは自らを語る言葉を持たない。もしくは失ってしまった。けれどここで役に立つのが、当事者サイドから書かれた書物の数々です。なぜなら言葉の自由を失った者でも、それら書籍に書かれる言葉を借りたり、そこから着想を得て自らの症状の言語化を引き出すことで、喪失した「自己説明力」を補うことができるから。
 思うところあって、苦痛や苦手の共通点を抱えた脳機能障害の当事者を僕はまとめて「脳コワさん」(脳が壊れた当事者仲間)と呼ぶようにしていますが、今回はそんな脳コワさん当事者や援助者が書いた、脳コワさん当事者の自己理解と言葉を引き出す10冊を、選書してみたく思います。

ボクはやっと認知症のことがわかった 長谷川和夫・猪熊律子/鈴木大介

ボクはやっと認知症のことがわかった』(KADOKAWA)

長谷川和夫・猪熊律子

2019/12/27発売

 認知症の第一人者として臨床現場をけん引してきた長谷川さんが実際にその認知症になってみたら「たくさん勘違いしていた。実際にはこんな感じだった」という一冊。かつての認知症研究の流れや今後の社会への課題提案などは介護職全般向けですが、当事者や家族にとって望ましい基本的な配慮や、何よりも認知症だからと言って「いきなり別人」なんてことではなく核となる人格が長期残り続け、穏やかに行き来しながら失われていくものというメッセージは、救済の言葉そのものです。

入江紗代『かんもくの声』/鈴木大介/場面緘黙

かんもくの声』(学苑社)

入江紗代

2020/2/10発売

 診断名は違っても多くの脳コワさんに横断的に起こる不自由が「話しづらい」「思った言葉がなかなか出てこない」の症状。特定の場面で言葉が出なくなってしまう「場面緘黙」当事者である入江さんの、「緘黙に気づくまでの長い人生」と、気づいてからの出会いや葛藤を描く一冊には、緘黙以外の生きづらさについても多くの脳コワさんにアルアルな不自由が言語化されていて、発達障害全般や中途型の障害当事者にも役立つはず。

解離性障害のちぐはぐな日々 Tokin 鈴木大介

実録 解離性障害のちぐはぐな日々』(合同出版)

Tokin

2018/11/30発売

 解離性障害という、脳コワさんの中でも症状の自己表現が最も難しいかもしれないものを、当事者のTokinさんがご自身で視覚情報化(漫画表現)したという一冊ですが、ところどころ泣きながら読みました。解離性障害における「自身を取り巻く世界にリアル感を感じない」とか「自分が自分以外の何かに感じる」といった症状は、やはり脳の情報統合が上手にできない脳コワさんの普遍的症状ですが、かつてはSFや妄想の文脈に貶められていた解離性障害のリアルと苦しさをここまで自己表現したものは、稀有といってよい。

樋口直美 私の脳で起こったこと 鈴木大介

私の脳で起こったこと』(ブックマン社)

樋口直美

2015/7/10発売

 うつ病と誤診された8年を経てレビー小体型認知症の診断を受け、その後「楽」に至っていった樋口さんの日々を日記形式で辿ります。自身の障害を知り、周囲に自己開示し、理解と適切な配慮を受けることができれば「不自由は障害化しない」というメッセージは、どんな脳コワさんも勇気づけます。また、当事者にとって日記形式で日々の自己知を深めていく自己探索の旅は自己治療行為でもあり、その指針を学べる教本としてもおすすめ。

小林エリコ わたしはなにも悪くない 鈴木大介

わたしはなにも悪くない』(晶文社)

小林エリコ

2019/5/8発売

 当事者の言葉にならない言葉や、自分の中で明確化できない過去のエピソードは、他者の物語を読むことでようやく言語化できることがあります。小林さんは面前DV、家庭内暴力、いじめ被害、ブラック企業、うつ病と自殺未遂、精神科病棟、生活困窮と、多くの生きづらさをサバイブしてきた文字通りの「多重当事者」ですが、ミニコミ誌発行や自助会参加を通じて自己の言語化を磨いてきたこともあって、語り口がめっぽう巧み。
 傷ついた自分に「傷ついていたんだ」「傷ついたって思ってよかったんだ」と気づかせ、思い出させてくれる、ちょっと苦くて温かいエッセイです。

白夜 病気、ときどき恋 鈴木大介

病気、ときどき恋』(デザインエッグ)

白夜

2018/4/20発売

 統合失調症当事者である白夜さんの、当事者の日常と魂の声を「五行歌」というスタイルで綴った作品集です。実は脳梗塞後の僕は「読んだ文章を読んだ瞬間から忘れていってしまう」という記憶の障害が主な原因で一度本を読む能力を失いましたが、その最中に白夜さんの五行歌に出会い、メッセージの「入力強度」にこころが震えました。「読む機能を失う」も脳コワさんに起きがちな症状。当事者表現として、また多くの当事者の読めるものとして、五行歌というスタイルの可能性を感じました。

枚岡治子『雑談の苦手が楽になる 会話のきっかけレシピ』鈴木大介

雑談の苦手がラクになる 会話のきっかけレシピ』(大月書店)

枚岡治子

2019/5/17発売

 子どものころから話すこと、特に雑談に適切に入ることに問題を抱えていたASD(自閉スペクトラム症)当事者の枚岡さんが、人の雑談が場面・タイミング・立場など様々な条件下で「どんな言葉から構成されているか」を徹底して洗い出し、雑談(特に入りの一言)をレシピ化してしまったという驚きの記録です。「不自由を障害化させるのは社会の側の問題だ」とする観点からは「過剰適応」と危惧されるかもしれませんが、当事者にとっての最優先事項は「一刻も早く自分が楽になること!」。僕が最も話せなかった時期にこの本が刊行していてくれれば…。

上岡陽江『生き延びるための犯罪(みち)』鈴木大介

生きのびるための犯罪(みち)』(イースト・プレス)

上岡陽江

2012/10/6発売

 依存症当事者であり当事者自助会のダルク女性ハウスを育ててきた上岡さんによる「わたしたちの取扱説明書」。暴力被害経験は脳に機能障害を起こすといった発表が盛んになりつつある昨今ですが、上岡さんは依存症当事者の女性に共通する過去の過酷な被害経験にどう向き合っていくかを大事にしてきた方です。わたしたちはどうしていつも間違ったことをしてしまうのか、自分をどう見ればいいのかわからない、自分をきちんと見たことすらないという当事者に、すべての肯定を与えてくれます。

綾屋紗月・熊谷晋一朗『発達障害当事者研究』鈴木大介

発達障害当事者研究』(医学書院)

綾屋紗月・熊谷晋一郎

2008/9/1発売

 脳コワさんに共通する不自由感と、当事者それぞれの感じ方の違い、語り合うことによって生まれるフィードバックについて、ASD当事者の綾屋さんと脳性まひ当事者の熊谷さんが徹底的に深掘りした一冊。ときに非当事者のカメラが一方的に規定した「外から見た当事者像」に惑わされがちな当事者の目を、ぐいっと自分側に向かせてくれます。

 大きなトラウマ経験のある当事者にとって、過去の自分とその環境の何が悪くて何が正しかったのかといった客観的視座を得ることは救いになる一方で、その記憶を掘り出すことには大きな危険を伴います。マイナス思考への拘泥、自罰感情や希死念慮の高まりといった、ときに命に関わるそのリスクを、「認知の偏りを自らコントロールするスキル」を得ることで回避し、その上でいかに原体験に向き合うべきか。臨床心理士の伊藤絵美さんが、当事者自身が試みることのできるメソッドを描いてくれました。

 さて、僕の選書はここまでですが、幾人かの著者さんは刊行後にさらに磨いた論考や別視点からの著作も出していらっしゃいます。今回は当事者が手に取り易く、自身の不自由を自分自身の言葉として出していくために実効性のある作品を中心に取り上げましたので、ぜひ後発作品にも手を伸ばしてくださればと思います。
 なお僕自身も、脳の情報処理機能に問題を抱えた当事者=「脳コワさん」全般に共通しがちな症状と、その苦しさを緩和するためにお願いしたい基本的な配慮をできるだけ平易に言語化した『「脳コワさん」支援ガイド』(医学書院)を上梓したばかりです。
 今回選書の10冊に加え、当事者やそれを支える援助職・援助者の誰もが楽になるために、こうした作品がこれからも多くの当事者自身の発信から生まれてくれることを、切に望みます。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

鈴木大介
鈴木大介

すずき・だいすけ 1973年、千葉県生まれ。文筆業。人物取材記者として代表作『最貧困女子』などがあったが、2015年に脳梗塞を発症し高次脳機能障害の当事者に。病後は当事者発信としての『脳が壊れた』『脳は回復する』『されど愛しきお妻様』『「脳コワさん」支援ガイド』などの他、初の小説表現である『里奈の物語』を刊行。 


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