イラク北部の街で取材中のこと。縁あってゲイである男性に話を伺うことになった。イスラム教徒が大半を占めるこの地で、宗教的にも文化的にもLGBTを語ることさえタブーだった。それでもSNSなどを通じて、変化の波はわずかではあるものの若い層に届き始めている。まだ20代だという彼も、数人の友人にようやく自分が男性を愛することを伝えることができたそうだ。
「ネットの普及で同じセクシャリティーの人と出会える機会は確かに増えた。ただ一方で悲しくなることがある。LGBTのパレードが盛大に行われたり、同性婚が認められたり、というニュースが目に入る度に、“どうして今自分が生きている社会は違うんだ?”と落ち込むんだ」。差別や偏見が、むしろSNSのコメントなどを通して可視化されてしまうこともあるのだという。
「ところで、日本はどうなんだい?」彼の問いに、真っ先に頭を過ったのは、『新潮45』の寄稿文だった。
8月号の寄稿の中で杉田水脈氏は、宗教や文化的な背景から迫害さえある国に比べ、日本社会は寛容だったと書いている。「実際そんなに差別されているものでしょうか」と、差別の実態にも疑問を呈した。
確かにLGBTであることを理由に、死刑に処せられるようなことはないかもしれない。けれども目に見える迫害だけが、人を傷つけるのではない。「生産性」という言葉のほか、LGBTを「不幸」と決めつける同寄稿の言動に何の検証もないままに、10月号ではそれを上塗りするような特集が組まれた。中にはLGBTと痴漢のような性暴力を同列に並べる乱暴な文章も見受けられた。私は今、イラクで話を聞かせてくれた彼に、「日本は生きやすいよ」と胸を張って言えない。
先日発表された「休刊」は、「幕引き」にはならない。何が問題だったのか、なぜ起きてしまったのか、繰り返さないためには何が必要なのか。具体的な検証なしには、「沈黙」と同じになってしまうはずだ。
これは別の国の話になってしまうが、宗教的、文化的に性的少数者であることをひた隠しにしなければならない地に生きるある男性が、日本でLGBTの方々が恋愛する漫画があることをネットで知り、「こんなことを表現していい世界があるのか!」と救われ、自ら命を絶つのを止めたという話も伺ったことがある。
できることなら日本社会を、誰かを追い詰めるのではなく、誰かのこれからを照らせるような社会にしていきたいと心から思う。
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安田菜津紀
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 安田菜津紀
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1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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