シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

安田菜津紀の写真日記

梅雨の最中、つかの間の晴れ間に出会った日比谷公園のユリの花たち。同じような形に見えて、一輪一輪に個性がある

 赤坂エクセルホテル東急が、館内のエレベーター前にそれぞれ「日本人専用(Japanese Only)」「外国人専用(Foreigner Only)」と掲示していたことが報じられた。ホテル側は、新型コロナウイルス対策として、東京五輪・パラリンピック関係者と一般客の動線を分ける目的だったとしているものの、関係者の中には日本国籍者もおり、それ以外の利用者にも外国籍者はいる。「日本人」「外国人」という線引きは、本来の目的からもずれていると言わざるを得ない。

  この報道に触れたとき、真っ先に浮かんだのは、「社会はこの1年で、何を学んできたのか…」ということだった。「JAPANESE ONLY」という言葉には、覚えがあった。

 20143月、J1リーグ、浦和レッズの試合が行われた埼玉スタジアム2002で、浦和レッズのサポーター側に、「JAPANESE ONLY」と書かれた横断幕が掲げられたことが問題視され、チームに1試合、無観客試合という処分が下った。それは、国籍や出自に対する差別には、毅然とした態度で臨まなければならない、という投げかけだったはずだ。

 ところが昨春、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、街中の飲食店に、あれだけ問題視された「JAPANESE ONLY」という言葉が公然と掲げられているのを目にするようになった。日本には様々なルーツの人々が暮らしている。感染防止の観点から見ても、「JAPANESE ONLY」にまったく合理性はない。それにもかかわらず、「非常時なんだから当然だ」と擁護する声が飛び交っていた。この言葉が、ある種の正当性を持っているかのように、ネット上だけではなく、街中にも堂々と表れはじめていた。

 昨春街角に表れた「JAPANESE ONLY」も、赤坂エクセルホテル東急の掲示も、「外国人」という大きな主語で人をくくり、合理性なく「感染対策のためには、“日本人”と分け隔てなければならない」という誤ったメッセージを発したという意味では変わりがない。とりわけウイルスのような人が恐怖を抱くものと結びつけられれば、「排斥はやむをえない」というさらなる暴力的な言動をも引き起こしかねない危険性をはらんでいる。

 肝要なのは、批判の声を受けた後の対応だ。ホテルの弁明は、こうした言動をした側にありがちな、「差別の意図はなかった、誤解を与えたのならお詫びする」という趣旨のものだった。

 このホテルの掲示に限らず、差別とは、言葉を発した側の意図の問題ではなく、「誤解」という受け取り方の問題に矮小化されるべきことでもない。例えば身体的な暴力を加えた相手が、「暴力を振るおうという意図はなかった、暴力を振るわれたという誤解を与えたのならお詫びする」と釈明してきたとき、私たちはそれを受け入れることができるだろうか。言葉で相手を殴ったときには「意図」や「誤解」という言葉でその暴力性が覆われてしまうのはなぜなのだろうか。

 五輪を開催する前提で物事が推し進められようとしているが、東京は緊急事態宣言下だ。多くの人が不安を抱くときほど、ひとつの掲示や言葉が誰かを踏みつけていないか、慎重になる必要があるのではないだろうか。

突然の雨に見舞われた東京で、雫を受けるアップルミントの葉
君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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考える人とはとは

 はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

 2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。

 目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。

 当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。

 まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。

 あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。

 創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。

 読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。

「考える人」編集長
松本太郎

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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