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安田菜津紀の写真日記

静岡県富士宮市のスリランカ寺院に掲げられたウィシュマさんの遺影

 36日、スリランカ出身のウィシュマ・サンダマリさんが、名古屋出入国在留管理局で亡くなってから、5ヵ月以上が経った。810日、入管庁は「最終報告書」を公表したものの、施設内の医療体制の「制約」など、表面的な改善点を挙げるのみに留まり、遺族の求める「真相解明」とは程遠いものだった。

 ウィシュマさんは20176月に来日したものの、その後、学校に通えなくなり在留資格を失ってしまった。昨年8月に名古屋入管の施設に収容されたが、「帰れない事情」を抱えていたとされる。ウィシュマさんが収容されるきっかけとなったのは、同居していたパートナーによるDVから逃れようと警察に駆け込んだことだった。ところがその後も男性から、「帰国したら罰を与える」など、身の危険を感じさせるような脅しの手紙が届いていたのだ。

 最終報告書の問題点を挙げればきりがないが、DVについての認識はあまりにも杜撰と言わざるを得ない。男性からウィシュマさんに宛てて送られた二通目の手紙が、「怒りがおさまったような内容だった、だから切迫した危険はないと判断した」などと記している。けれどもDVには多くの場合、暴力を振るう「爆発期」と、その後一転して優しくする「ハネムーン期」があることが知られており、自治体のウェブサイトなどでもこうした「サイクル」について周知されている。そうした認識がうかがえないばかりか、男性側の「追い出してはいない」等の主張を一方的に書き連ねている箇所が複数見受けられる。ウィシュマさんは既に、反論する術がない。今回の調査には、入管自らが選んだ“第三者”が加わっているが、DVや性暴力についての専門家はいなかった。

 そもそも、人の命を奪うほどの暴力的な構造が前提となっている場所で、暴力についての適切な認識を深めることは不可能なのではないだろうか。

 さらに問題となったのは、ウィシュマさんが亡くなるまでいたとされる居室の監視カメラのビデオだ。入管側は表面的に「反省している」と言いながら、ウィシュマさんが映る2週間分のビデオを、約2時間分に切り縮め、遺族のみに見せる方針を示してきた。姉が苦しみ亡くなる映像を見ること自体、あまりに精神的負荷が大きいことだろう。ところが代理人弁護士の同席は認められないというのだ。その状況でビデオを見せること自体もまた、暴力だろう。入管側は「人道上の配慮でビデオを見せる」と、「特別に認めてあげた」かのような態度を崩していないが、これは「人道上の配慮」とは真逆の行為ではないだろうか。真に反省などしていないことが、このことだけでもよく分かる。

 812日、ビデオを見た妹のワヨミさんは、あまりの惨状に涙が止まらず、嘔吐してしまう場面もあったという。「人権なんてここに全くありません。姉を助けることはできたはずなのに、犬のように扱っていました」と震える声で語った。

 これで「幕引き」など到底、認められるはずがない。これを“最終”報告書にしてはならないはずだ。

ウィシュマさんの遺品。生前に折っていた折り紙や紙のケース
君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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