迫害から日本へと逃れ、難民認定を待つ女性を取材した時のこと。個人が特定されないよう、家族の職業を極力ぼかしたつもりだったものの、連携して取材している支援団体から、「この民族の方は職業選択の幅が非常に限られているため、この書き方であっても特定される恐れがある」という指摘がなされた。どんなに勉強しているつもりでも、取材した内容を「公」にするまでに、自分だけでは見落としてしまうリスクがあるのだということを、こうして度々痛感してきた。それは迫害から逃れてきた人にとっては、命を左右することにもつながりかねないことだ。
こうして、脆弱な立場にある人々の声を発信することは、時に繊細な選択をしなければならないことでもある。当事者、支援者、取材者がその発信を通じて目指す目的は、必ずしも一致しない場合もある。一人の人間としてどうしてもわき上がる、「エゴ」や「功名心」とも、取材者は向き合わなければならない。
改めて注意深くありたいのは、“取材を受ける当事者の方が、「リスク」の全てを把握することが困難な場合もある”、ということだ。「取材者」「被取材者」という二者の関係の中で留まっていた言葉や映像を「公」にするということは、当事者が想像をしていなかった影響(潜在的なトラウマが呼び起こされてしまったり、入管が「メディアに出た」ことを理由に“制裁”として自由を奪ってきたり)を及ぼすことも考えられる。そして、本来その発信とは直接かかわりのない人たちをも、社会的影響に巻き込む可能性がある。「当事者が同意しているから全てよし」、ではない。また、当事者による取材への「同意」についても、日頃“支援される側”である方々が、取材への協力に対して「NO」と言いづらい関係性にあることを抜きには語れないだろう。丁寧にコミュニケーションを重ねた“つもり”であっても、出版の直前になり当事者が不安を訴え、写真を使うことを控えた経験が私にもある。
もちろん、収容施設の中に閉じ込められ、あるいは外に出られても生活の術がなく、自らの声を社会に伝える手段を奪われてしまっている方々が、今何を訴えかけたいのかと耳を傾けることは、最も大切にすべきことだろう。一方で、「当事者の思いを大切にすること」と、「当事者に発信の正当性まで背負わせること」をはき違えてはならないとも思う。
伝え手は、どんなに慎重であっても、ある種の“権力性”を帯びてしまう。
広河隆一氏の性暴力、パワハラは、「“不正義を告発する報道”を邪魔するのか」という「大義名分」の元で被害者が声をあげられなかったという、構造の問題があった(もちろんその“報道”の中身や方法についても、様々な問題提起があった)。被害者による告発後、一部ではあるものの、「これでは“アンチ”の思うままだ」という声があった。取材者はこうした“権力性”に自覚的でありながら、「大義」のために大切な声を無視することがないよう、常に細やかな注意を払っていく必要があるだろう。
これまでの自省も込め、今後の「発信」を考える一つのヒントになるよう、今取材者として思うことを、ここに書き記しておく。
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安田菜津紀
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 安田菜津紀
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1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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