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小さい午餐

 夫が救急車で運ばれたと電話があった。交通事故だという。電話は本人からで、病院へ来てくれとのこと、事情はわからないが、本人が電話をかけてきた以上命に別状ないのだろう。それでも血の気が引き足が震えた。
 病院の、外に接しているのと待合室に接しているのと2枚の自動ドアに挟まれた空間にカーディガン姿の女性が立っていた。首から身分証カードを下げている。あの、私、身内が先ほど、救急車で、こちらに。「申し訳ありませんが、感染症対策で患者さん以外も検温にご協力お願いしております」ええ、もちろんと頷いた私の額に小さいドライヤーのような形の非接触式体温計がかざされる。すぐに小さくピッと鳴り「あら?」興奮のせいか、病院に入れない高体温が計測されてしまったらしい。女性は「体調お悪いですか?」いいえ、あの、いいえ。多分。「ではこちらでもう1度…」差し出された脇で挟むタイプの体温計を受け取り服の中に入れる。これがなかなか鳴らない。「すいませんね、それ、長くって」いやー…。汗が出る。「ご心配ですよね」いや、まあ、本人がかけてきたんで、電話、まあ、大丈夫だとは、思うんですけど…体感としてはたっぷり5分くらい、実際はおそらく1分くらい経って体温計は鳴った。その分正確なのだろう私のいまの体温は今度は異様に低く、平熱マイナス8分くらい、いやこれはこれで大丈夫かと思いながらようよう中に入った。受付で夫の名前を告げると待合室でお待ちくださいと言われ椅子に座った。よく日焼けし、黒い短髪をワックスで固めたスーツ姿のビジネスマン風男性と、とても暗い顔をした男女、の間の席に座った。ビジネスマン風の人はよく光る革靴を履いている。男女の、女性はゆったりした部屋着のような麻のワンピース、男性はタンクトップに柄ステテコ、2人とも素足にサンダル、急いで家を出てきた風に見えた。それでこの暗い表情、もしかしたらこの人たちも身内の事故とかで駆けつけたのかもしれない、もしかして子供とか…思った途端胸がぎゅっとなったが、よく見ると女性の右手のかなりの範囲に白い包帯が巻いてあった。それにしても私の夫はなにがどうして事故に遭ったのか。時間的に自転車に乗っていたはずだ。自転車で事故、田舎とはいえ田んぼのあぜ道みたいな地区ではなく、基本的には車通りが多い道を走る。電話の声こそ普通に聞こえたが…奥から体格がいい若い男性が出てきた。シャツとズボン姿で、後ろについてきている60歳くらいに見える女性がズボンと同じ色のジャケットを持っている。それを見てビジネスマン男性が勢い良く立ち上がった。男性用化粧品のすっとして甘ったるい匂いがした。「あ、部長!」若者が言った。ハッとした顔で女性が頭を下げた。「大丈夫なのか!」ビジネスマンの男性は大股で若者に近づいた。「こちら、お母様?」「あ、そうです、母です」「本当にこの度はご迷惑をおかけしまして…いつもお世話になっております」女性がふかぶか頭を下げた。「いえいえこちらこそいつもお世話になっております。それで、怪我はなかったのか」ビジネスマンの男性はとても標準語だった。「結果的には、ハイ」若者は太い首をすくめた。「ほんとすいません」「いや、無事ならいいんだよ。それにしても…熱中症でもないんだろう。ふらついたのか?」「どっちかというと運転ミス的な…ハンドル操作が。焦ってたわけでも、ないんですけど」若手社員が業務中に事故を起こしたらしい。「大丈夫だとは思っていたが、慌てたよ…しかし、顔を見たら安心しました」後半は母親に向けてのようだった。母親はまたはっと頭を下げた。「とにかく、人様を傷つけなくてなによりだった」「それは、もう、ハイ」そうだ、夫だって事故、自転車でも歩行者相手なら深刻な加害者になりうる…気配を感じた。夫がこちらに近づいて来ようとしていた。立ち上がった。額に白いガーゼをテープで留めている。手も足も普通に動かしている。その顔の苦笑いを見て、とりあえず本人は大丈夫なのだと思った。「ごめんごめん…処置が済んでいまCT撮ったとこ」CT? 脳? 大丈夫なん?「うん、大丈夫、と思う…」痛い? 頭、切れたん? 縫った?「いや、切れたんじゃなくてなんだろう、こすれてめくれた、みたいな…」こすれて。めくれた? 聞けば道路の段差に引っかかり自転車が横倒しになり、夫は投げ出され少し吹っ飛び、吹っ飛んだ先にあった金属製看板に頭をぶつけ頭皮がめくれたという。吹っ飛んだのが歩道側だったため車と接触しないで済んだ。通行人なども絡まない夫単独の事故で、通りすがりの人々が救急車を呼んでくれたという。車が路肩に停車し運転手が窓から大丈夫ですかっと叫び、ウォーキング中と思しきウエストポーチの人がうわぁっと言いながら駆け寄り、近くの飲食店から店員さんが複数飛び出してきて、それぞれ心配してくれたのだという。どこからかAEDを持ってきてくれた人さえいたらしい。「AED、使わなかったけど」本人としては自分より自転車の方が心配なくらいで痛みすら感じていなかったのだが、周囲の慌てぶりで血が大量に出ていることに気づいた。飲食店の人がたくさん紙タオルとゴミ袋を持ってきてくれ、救急車に乗せられない自転車を預かってくれた。「お礼に行かないと。車の人とウエストポーチの人は連絡先聞く余裕ないうちに救急車が来てあとパトカーも」パトカー?「事故で救急車呼んだら自動で警察にも連絡、行くらしい」あーまあ、でもあれじゃね、命に別状なくてよかった…「ただね」夫がやや暗い顔になった。ガーゼは10センチ四方くらい、その下がどのくらいの傷なのかわからない。「警察がね。看板に破損とか汚れとかがあるって持ち主が判断して、直すよう求められた場合、つまりだからお金だよね、請求される可能性あるって」え、でも、看板、頭ぶつけただけじゃろ? 自転車ごと突っこんだならあれだが、金属製看板対夫の頭だったらまあ、普通に考えて凹みすらしないんではないか。「いやそれがね。剥がれた頭皮がくっついてるかもしれなくて」は?「処置してもらったときにね、皮がこう、べりって剥がれてますねって。多分看板のつなぎ目とかに引っかかって剥がれたんだろうって。その皮膚とね、あと血ね。多分、看板に残ってるんじゃないかって…」そんなの剥がして拭いときゃええよ。帰りに寄って拭いてこよう。「いや、もう警察がそこ見てるから、変にいじったらあれじゃないの。証拠隠滅とかになるんじゃないの?…わかんないけど」警察はそこまでするのか、まあでもそうか、悪質なこともあるだろうし、自分ちの塀とかが知らない間に自転車で傷つけられたり血で汚されたりしたらいやだわな、というか、夫の頭皮が残った状態の看板がいまこの世にあるということを考えるとぞくぞくした。「でもまあ、そんな法外な金額を請求されることはない、と思うけど」あ、保険は?「そういうのカバーするやつ入ってたかどうか…」夫が診察室に呼ばれた。私も行った。診断は頭皮剥離、CTの結果異常なしだが、時間差で影響が出る場合もなくはないので様子がおかしかったらすぐ知らせること。傷は毎日清潔にしガーゼを取り替えよとのことで、逆に言えばそれだけの、ごく表面の傷だった。が、通行人がおろおろするほどの出血、剥がれた頭皮、夫は帰宅してから痛がり、そりゃ痛いだろう、直後は興奮で痛みを感じなかったのだ。ガーゼの取り替えを手伝ったが、剥がれてめくれた皮の縁をはさみで切り取ったため妙にまっすぐな辺で囲まれた傷を額に負った夫は素朴な絵柄のフランケンシュタインのようだった。子供は怖がってガーゼ交換中は夫に近づこうとしなかった。でも見たいから写真を撮ってというのでスマホで撮って画面を見せるとひゃーと言った。赤い! 黒い! 赤いのは血で、黒いのは固まった血だよというとまたひゃーと言った。
 それから1週間ほどでガーゼも不要な、表面の乾いた傷になった。時間差で出るかもしれない脳への影響もいまのところなく、懸念は看板だけとなった。保険を確認すると果たしてそういう損害をカバーする項目はなかった。夫は壊れた前かごを取り替えに行った自転車屋で保険に加入したが、いま入ったってその件には間に合わない。お世話になった飲食店に菓子折りを持ってお礼に行った際に看板を仔細に見たが、どこをどうぶつけたかなんて全然わからない。汚れだって、多分これ、という部分を指さされてもサビとか他の汚れにも見える。頭皮のびらびらなんてどこにもない。風とかで下に落ちて飛ばされたのかもしれないし、警察かあるいは助けてくれた誰かが掃除してくれた後なのかもしれない。ただ、その看板にはそことは違う箇所に金属で細長く引っかいたような筋がついていて、おそらく夫とは関係ない傷なのだが、これを夫がつけたとみなされた場合修理費を請求される可能性はなくはないなという感じだった。これ多分前からあったよとは言うがそんなの証明できない。「どうする? 全取っ替えになりますからウン十万とか言われたら」…弁護士?「その方が高くつくんじゃない」我々は不安な数日を過ごした。
 ある日、夫が帰宅するやいなや「今日、電話があった! なにも請求することはないって!」よかったね、よかったね! 私たちは親子3人で喜びあってから、お祝いしようということになった。請求されていたら数万円とかもっととかかかったかもしれない、少しくらい贅沢をしよう、どうせどこへも行けない夏だ。次の休日の昼にたまに、それこそ誰かの誕生日とかに行く、ちょっといい中華料理屋で食べることに決め予約した。あそこなら席もゆったりしているし、開店直後の席がとれたので比較的安全だろう。
 開店直前に着くと店の前で数組の人が待っていた。若い男女もいたし年配者や幼児を交えた家族連れもいた。暑い日で、それも暑い日でと平易にいうのでは収まらないくらい暑い日で、猛暑、酷暑、狂暑、老若の全員がマスクをして、庇の影に入るよりもそれぞれ距離をとることを優先して立っている。女性が子供とおじいさんに日傘を差しかけている。準備中の札が外されどうぞと招かれる。自分たちより先にこの場にいたなという人が全員入ってから店に入る。すでに順番待ちと言われている人がいる。予約で満席のようだ。案内された4人掛けの席に座る。テーブル席は四角いのと大きな円卓とが計5卓、奥に個室がいくつかある。ランチは酢豚ランチ八宝菜ランチ半チャーハンがつく麺ランチなどがある。ランチはどれもメインに前菜とスープとご飯とデザートがついて安いのが1000円、高いのが1300円、より品数が多いコースもあってそれは2000円からうんと高いのもあって、うんと高いのは要予約だ。単品の麺類やチャーハン、各種炒め物や点心などもある。今日はせっかくだしコースにしようかとも思ったが、滞店時間が長くなると子供も飽きるしリスクも高くなるのでまあランチにしとこう、夫は麻婆豆腐に決める。夫はいつも迷わず麻婆豆腐にする。私はいつも悩む。子供はチャーハン、散々悩んで私も夫と同じ麻婆豆腐にする。毎回夫のを1口もらうので味は知っているのだが、逆に言うといつも1口しか食べない。今日は堪能してみよう、夫の傷の回復と看板を賠償しなくていいことを寿いで夫婦で同じのを頼むのもいいだろう。それから今日は特別、おごっちゃおうと日替わり野菜炒めも頼むことにする。中華料理店の野菜炒めは本当においしい。若い女性の店員さんが水を運んできたので今日の野菜炒めはなんですかと尋ねた。「黄ニラともやしです」
 黄ニラ、高いし、近所のスーパーにはまず売っていないがいっときよく食べていた。もう亡くなっている私の父親が闘病中、摂取していい栄養素にかなり制限があり、通常体にいいとされている野菜もたくさん食べることができなかった。栄養があるということはその分消化に体力が必要なのだということかもしれない。といってその時期は通院治療だったためある程度のカロリーを食事から摂らねばならず、食事を作る母親は苦労していた。病院でもらったハンドブックで、黄ニラは父があまり摂らないほうがいいとされる栄養素がかなり少ない、ということがわかった母は黄ニラをしょっちゅう、わざわざ探して買いに行って料理していた。黄ニラは普通のニラに比べて甘みがあって匂いが穏やかで色もきれいな黄色で、父も喜んで食べていた…じゃあその黄ニラの炒め物を1つと、あと麻婆豆腐ランチ2つ、チャーハン1つお願いします。「かしこまりました」襟元が中華っぽいデザインの黒いユニフォームにマスクの女性は、目だけでニコッと笑うと奥へ行き、すぐランチのザーサイが入った小皿を2つ運んできた。子供が食べたがったので1切れ食べさせるとおいしいから全部くれというので塩辛いからだめだと答える。子供は不満そうにする。子供の隣に座った夫が「チャーハンが来たらパパの分あげよう、一緒に食べるんだよ」子供は外食のとき絶対に夫の隣に座りたがる。
 家族連れが円卓を囲みなにを食べるか相談している。おじいちゃんはいつものね、と女性の声がして、おじいちゃんがマスクのままでウン、ウン、と頷いている。父が元気でなんでも食べられたころ、そして父の父である祖父もまだ元気だったころ(祖母はいまも元気だ)、つまり私が子供だったころ、田舎で外食先はそんなになくて、どこかで食べようとなるといつも同じ焼肉中華の店で、焼肉と餃子など食べ、最後にみなラーメンとか焼き飯とかを頼む中祖父はいつも冷麺で、その冷麺に時間がかかるから早めに注文しておかないといつまでも冷麺だけ出てこなくて待つことになるから、おじいちゃんはいつものね、冷麺、冷麺と皆が言って急いで注文していた。その店には焼きそばもあって、ある日父が注文して、ここの焼きそばは珍しいんだぞ、茶色いのにソース味じゃないんだぞと言って、でも見た目は茶色いソース色をしているのでえーうそーと言いながら1口もらって食べると本当にソースではない、食べたことがないなんとも言えない味がしたのでほんまじゃ! と驚いたとき私はいくつだったか。あれはオイスターソース味とかだったのだろう、あの店ももうなくなってしまった。大人になってから、近々閉店すると聞き慌てて行くと焼きそばは普通のソース味のになっていた。あの円卓のおじいさんのいつものはなんだろう。おじいさん以外の人々は口々に、あとはからあげを単品で頼めばいいんじゃないか、デザート、デザート! 多分モモちゃん残すからあたしそれだけでいい、デザートはまた後でね、焼き餃子、水餃子? いやいやいや今日はママ飲みなよ僕運転するから帰りせっかくなんだし、などと喋っている。いつものを決めたおじいさんは黙ってにこにこしている。
 ランチの前菜がきた。イカの冷製だった。夫と私の前に2切れずつイカが載った皿が置かれる。細かく包丁が入った白い身に緑のソースがかかっている。子供にイカいるかと聞いたらいらないというのでそれぞれ食べる。とても柔らかくてイカの味がしてソースはネギを中心としたでももっと爽やかなやつ、これすごくおいしいから食べてごらんよと子供に差し出し、子供はえーと言いながら私の2切れ目を食べてもっと欲しいと言ったので夫も自分の残りを食べさせた。スープが来た。混んでいるせいか配膳が早い。スープは透明で、賽の目の冬瓜が入っている。とても熱い。塩気は薄く、鶏だかその他の肉だか魚介なんだかいっそ昆布なんだか私には判別できないとにかく複雑で舌の表面が粒立つようなだしの味、子供にも少し飲ませる。ご飯と野菜炒めが来る。黄ニラともやしだから白っぽいかと思っていたら割と茶色い。アンが薄く絡まっている。子供に取ってやり、自分も食べる。醱酵風味の調味料が使われていてうんと遠くにエビらしき香ばしいような風味がする、もやしは歯ごたえよく、黄ニラはだから私にとっては懐かしいあの甘さと香り、母も炒めたりおひたしにしたりしていた、うんと買っても料理したらこんなにちょびっとになるけえねえと言いながら遠いちょっと高級なスーパーで買う黄ニラ、私の子供も目の色を変えて食べている。麻婆豆腐が来る。チャーハンも来る。チャーハンを取り皿に入れようとすると子供がいやだこの皿のままで食べると言う。じゃあ多かったら残しなね。麻婆豆腐はほとんど黒のような焦げ茶色、スプーンで掬うと縁に溜まる油が赤い。1口もらって食べたときはあまり辛くないなと思っていたが思う存分口に入れると結構辛かった。黒い豆のようなものが入っていて、多分豆豉とかいうやつ、山椒の香り、ここの他の料理と比べて塩気が強く、白いご飯と一緒に食べ鼻の下に汗をかいた。夫も顔じゅう汗をかいている。傷も光っている。汗ももう沁みないくらい治ったのだ。本当によかった。麻婆豆腐を食べ終える前にデザートの杏仁豆腐が来た。子供はチャーハンを八割方平らげ、夫の分の杏仁豆腐を食べた。夫と私は残りのチャーハンを分けて食べ、私の杏仁豆腐も2人で分けた。
 会計をして外に出るとさらに暑く、いろいろなものの影が真っ黒になっている。車に乗りこんで家族で暑いっと叫んだ。窓を開けつつ空調を入れて発進する、通りすがりのゴーヤーカーテンにいっぱい黄色い花が咲いていて、室外機の風にだろう小刻みに震えている。

庭

小山田浩子

2018/03/31発売

それぞれに無限の輝きを放つ、15の小さな場所。芥川賞受賞後初著書となる作品集。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

小山田浩子

1983年広島県生まれ。2010年「工場」で新潮新人賞を受賞してデビュー。2013年、同作を収録した単行本『工場』が三島由紀夫賞候補となる。同書で織田作之助賞受賞。2014年「」で第150回芥川龍之介賞受賞。他の著書に『』『小島』『パイプの中のかえる』など。

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