直撃インタビューは、『Steidl Book Award Japan』(以下「シュタイデル・アワード」)の話から始まった。シュタイデル氏本人が楽しそうに語り始めたのだ。今までに4000冊を世に生み出してきた、世界最高峰のアート出版社を率いるこの人、ゲルハルト・シュタイデル。
なんの賞かと思えば、この「世界一美しい本を作る男」自らが応募作を審査し、その選んだ作品がシュタイデル社で刊行されるという、なんとも贅沢な企画だ。
「グランプリの受賞者は、ドイツのゲッティンゲンにあるSteidl社に招待され、ゲルハルト氏との共同作業を通して本を制作し、Steidl社から正式に出版されることになります。なお、出版にかかるすべての制作費・印刷費はSteidl社が負担し、同社を訪問する際の渡航費はSteidl社によって全額補助され、 滞在期間中はSteidl社が提供するゲストルームに無料で宿泊が可能です。」と詳しくサイトにある。
「これは!」と叫んだアートブック好きは多かったようで、なんとノミネート数が700を超えたというから驚く。ちなみに、このアワードは、「東京アートブックフェア2016(THE TOKYO ART BOOK FAIR 2016)」(2016年9月16日~19日・東京・北青山の京都造形芸術大学・東北芸術工科大学 外苑キャンパスにて開催)の企画のひとつ。
東京アートブックフェアのディレクターで、東京・恵比寿でアートブックを扱うブックショップ「POST」の代表でもある中島佑介さんでさえ、その応募数に驚いたそうだ。
「応募期間が短かったこともあり、最初は応募数が100くらい行ったら嬉しいね、と話していたんです」。
ふたを開けたら、700!
応募者はどういう顔ぶれなのだろう。
「学生さんもいれば、普通に働いている方もいます。芸術表現に携わっている方が多く、プロの方も。著名な写真家さんの名前もありました。そして、学生さんから60を超える方まで年齢層が幅広いんです。こんなにフラットなアワードはなく、企画として画期的なものになりそうです」。
写真は、数週間前に中島さんはじめ主催者が、応募作の「ダミーブック」(完成時のイメージを伝えるアイディア帳)をすべて並べ終えたときの様子だ。
「東京アートブックフェアで紹介するために選んでいるだけで、賞の下選びではなく、審査の結果には関係ありません。グランプリを発表する11月の時点までに、ゲルハルトにはすべての作品を見てもらうつもりなんです。本人に知られずに終わってしまう作品が出ては、応募してくれた方に申し訳ない」とのことで、つまり応募作は、シュタイデル氏の目に、すべてが触れることになる。
そもそも、8回目を迎えるこのイベントは、国の内外のアートブックを一堂に紹介する、アジア最大規模のアートブックのイベントだ。6回目の入場者数は1万1千人、前回7回目の入場者数は1万5千人、と盛況で、ついにはこれまでの3日間の開催を、今年からは4日間にするという。
その中でも今回の注目のひとつがシュタイデル・アワード、というわけで、応募されたダミーブックの一部は4日間ずっと、「インターナショナル」セクションの中(昨年は、オランダのグラフィック・デザイナー、イルマ・ボームの特別展が展示されていた)で、手に取って見られる。「作品によっては考えたこともないアイディアがある」とのことだから、楽しみだ。
このフェア自体が、国内外アートブックの制作過程を味わう事の出来る場でもある。アートブックはもちろん、カタログやZINE、紙まわりの製品に至るまで、それを作る出版社やギャラリー、アーティストなど、海外勢も含めて約300組が出展し、トークイベントでは、作り手やその道のプロの話も直接聞ける。
「本は、販売しているときはすでに仕上がった状態です。でも、このフェアでは作るまでのプロセスを味わえます。普段は本の後ろにいる作り手本人が、その場にいるんです。ぜひ、本を通じてコミュニケーションを楽しんでほしい。本の魅力を理解し、感じることのできる場なんです」。
中島さんのこの言葉を聞いて、アワード以外の展示にも興味津々だ。
さて、話はスタートに戻る。この賞の打ち合わせもあり、来日していたシュタイデル氏本人に、近況を先日インタビューしてきたのだ。次回から4回ほど、シュタイデル氏の言葉をまとめていく予定だ。
『世界一美しい本を作る男~シュタイデルとの旅 DVDブック』でのインタビュー時に「これからはやる気のある出版人を応援したい」と語っていたのはどういう意味だったのか。この秋に、私たちはその思いを日本で実感できるのではないだろうか。
写真:青木登(シュタイデル氏)、菅野健児(DVDブック)
写真提供:東京アートブックフェア
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考える人編集部
2002年7月創刊。“シンプルな暮らし、自分の頭で考える力”をモットーに、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。
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はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
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手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
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