8月5日(日)
そしてまた半月ぐらい空いていて、これではまるで夏休みのあほな子どもの日記の宿題みたいである。
夏休みのあほなおっさんの日記の宿題である。
7月21日(土)は大阪駅のルクアの上の蔦屋書店で、柴崎友香さんとトークイベント。『はじめての沖縄』の刊行記念ということだったんだけど、せっかく梅田だしせっかく柴崎さんだし、強引に「はじめての大阪」というタイトルにして、最初から最後まで大阪の話をしました。沖縄に行くとああここで生まれたかったな、って思うし、大阪に住んでても、ああここで生まれたかったな、と思う。どこに生まれても外に出てると思うけど。
しかし柴崎さんの、「フローラルタウン千鳥橋」を「フロタン」って略してた話は大笑いしたけど、検索したらフローラルタウンって大阪にいくつかあるんですね。
次の週は博士論文の構想発表会やら口頭試問やら教授会やら中央公論新社さんと打ち合わせやら。前期の授業も無事終了。前任校時代の卒業生(しげおとうっちー)と天満飲み。ゼミ生が卒業しても俺が大学を移ってもみんな変わりなく遊んでくれるので幸せです。
そのまま『マンゴーと手榴弾』の原稿書き。まったく進まず。よく考えたらぜんぜん休みというものを取ってなくて、疲れ切って1日なにもしない、というだけの日はたまにあるけど、今日はもう休みです、という日がない。もう何ヶ月も何年もないような気がする。気がするだけで気のせいだけど。
京都新聞の記者さんが研究室に来たり(爆笑した、めっちゃおもしろい方だった、この方ともトークイベントしたい(笑))、『ポーランド農民』翻訳プロジェクトの研究会したり(さすがに全訳じゃないですよ)。大阪茨木キャンパスで会議出たり。
そして8月3日(金)はギリギリまで原稿書いて新幹線乗って東京行ってホテルでも原稿書いて、新宿の紀伊國屋ホールで川上未映子さんとトークイベント。『はじめての沖縄』関連ではこれが最後です。
あっという間の2時間でした。何しゃべったか覚えてないけど……『ゲド戦記』のあのアクセントは絶対におかしい……。あと「(インスタ)映え映え」がまったく通じてなかったので地味にショックでした。そして川上さんの当日のインスタみると俺の腹やばい。ダイエットせな……。
そしてあいかわらずホテルで眠れない。いったいどうしたら、いつになったら出張先でゆっくり眠れるようになるのか。導入剤とか飲んだほうがいいのかな。次の朝10時に打ち合わせだったんだけどうっかり二度寝して大遅刻してしまう。すみませんでした……。大阪でカスミとユキミとケビンから淀川花火大会とタコスパーティに誘われてたけど行けず。東北出張に出かけたおさい先生とちょうど入れ替わりで大阪に帰ってきて、そのままくたばっておりました。
ひっさしぶりに歌舞伎町に泊まって、飲み会のあと猛烈に蒸し暑かったけどしばらくぶらぶらと散歩した。よくウロウロしてたのはいつのことだろう。30年前かな。大阪から夜行バスで新宿に行って、東京の友だちと歌舞伎町で泥酔して、そのまま夜行バスで大阪に帰る、ということを何度も繰り返していた。そこで出会った何人かの女の子と付き合ったりしてたけど、まあ続かんわな東京と大阪では。若かったし。名前も顔も一切覚えてないけど、なんとなく髪型とか体のシルエットとか、だるそうな関東弁のゆっくりしたテンポとか、影とか、なんかそういうことはかすかに憶えている。
なんであんなに東京に通ってたんだろう。大阪でも楽しく暮らしてたんだけど。
そういえば学部の4回生のときに、卒論を書くために国会図書館に10日ぐらい缶詰したことがあって、そのとき当時の彼女とウィークリーマンションを借りたんだけど、その地名が「中野坂上」っていうところだった。この地名だけよく憶えている。もう、どこらへんの、どういう場所だったかも何も憶えてないけど、この「中野坂上」っていう地名だけは、よく憶えている。なんか大きい道路があったな。
われながらいま書いててちょっと笑ろた。そりゃどこに行っても大きい道路はあるやろ。
あれから二度と行ってない。
中野坂上に住んでるひとは、どんなところか教えてください。この30年のあいだ、この街に何があったのか、どんな人が暮らしていて、今はどこに行ってしまったのか、教えてください。
8月6日(月)
わしらかわいそうなスメアゴル vs ウチら陽気なかしまし娘。
51歳になった。あとはもう仕事して死ぬだけである。仕事して死ぬだけの人生って、すごい幸せだけど。
おさい先生出張中なのでひとりで起きて、おはぎの世話をして、事務的なメールをいくつか出して(やっとこれができるようになってきた)、さあ久しぶりにきょうはオフだし、そこらへんのコワーキングスペースでも行って精出すか、と思ってまず梅田に出て、腹が減ったのでホワイティで天丼食って(上)、地下鉄に乗ろうと思ったけどなんか気が進まない。どうせ頑張って書いても俺の本なんか売れないし、俺の論文なんか誰も引用してくれないし(これが地味に堪える)、もう何もかも嫌な心持ちになって、しばらく改札のまわりの地下街をぐるぐるしてた。ひとりで。そんな誕生日。
なんとかいまコワーキングスペースまで来てるんだけど、横の席の若いやつがめっっちゃ鼻をかんでて、本当に殺したい。
そんな誕生日である。
で、「そんな誕生日です」とか書いてるんだけど、ほんとうは俺の人生で誕生日なんか何の意味もない。むしろ忘れてた。誕生日におめでとうって言うの、なんでですか? 何もしてないじゃないですか? 生きてるだけじゃないですか?
って思ってたけど、生きてるだけでおめでとうって言ってもらえる日が、全員に平等に1年に1日だけあるっていうことやねんな。最近やっとわかってきた、誕生日の意味が。
なんかこの話どっかで書いたっけ。
俺には要らない。ひとりで何もかも嫌になって地下街ぐるぐる歩いてるだけの日だ。
地下街おめでとう!
ひとりで何もかも嫌になって地下街ぐるぐる歩いてるだけの日、おめでとう!
「岸先生お疲れのようですから、どうかご無理せず、ゆっくりお休みください。締め切りのことはどうかお気になさらず。あと2日ほどなら延ばせます。明後日までにお原稿をお待ちしています」っていうメールおめでとう!
みんなおめでとう!
ところで缶コーヒーとかが大嫌いなんですが、ただただ単にカフェインを摂るためだけに買って飲んでますけども、ペットボトルのクラフトボスっていうやつがすっごいカフェインやな。まえに授業中に飲んでたら後半えらい脱線してぶっ飛んだ話しちゃって、そういえばこれ飲みながらやってたわ。いま成分を検索してカフェインの量にびっくりした。
覚醒剤か、って思ったけど、覚醒するから文字通り覚醒剤だよな。
おめでとう!
えらいことカフェイン入ってるペットボトルのコーヒー、おめでとう!
8月7日(火)
わしら陽気なスメアゴル娘~
「スメア」のところは三連符で。
話は変わるが、自分と同じようなやつが飲み会におったら嫌やな。ていうか、自分が飲み会におったらめっちゃ嫌やな。すっごいキャラかぶるやん。
ここまで考えて、キャラがかぶるのは当たり前ではないかと思った。
同じ人間、同一人物やからな。
そらキャラもかぶるわ。
かぶるっていうか、同じだわ。
でもどうして嫌なんだろう。
それは、キャラがかぶるからだ。
キャラかぶるのは当たり前やんか。
同じ人物なんだからな。
人間が同じなんだから、キャラもかぶるやろ。
かぶるっていうか、同じやろ。
同じ人間が飲み会におったら、嫌やな。
なんで?
キャラがかぶるから。
キャラかぶったら嫌やな?
なんでキャラかぶるん?
暑くて頭がおかしくなりそうである。これいつまで続くんだろう。9月末ぐらいまでは暑いんだろうな…。
みんな、2018年の夏はひどかった、辛かった、っていうことを、覚えておこう。そして、何年か経って、あの2018年の夏はひどかった、辛かった、24時間エアコン付けっぱで、電気代大変だったよーとか言い合いましょう。それまでお元気で……。
朝イチで出勤して院生さんたちの論文にダメ出しする会。昼には終わり、速攻で帰る。ちょこちょこ原稿書いたりぶらっと梅田まで行って新しくできた三番街のフードコート(ここ最高)で飯くったり。
たまたまこれ見つけて、開始3分の昔の大阪の空撮で号泣(笑)。『実録外伝 大阪電撃作戦』
8月8日(水)
今年2冊めの単著『マンゴーと手榴弾──生活史の理論』の原稿を完成させた。最後の行を書き終わったちょうどそのとき、沖縄の翁長雄志知事が亡くなったとの知らせが入った。意識混濁の速報が出てから、何人かの友人が浦添総合病院にかけつけ、外から見守っていたら、亡くなったあと、夜10時すぎになっても、病院の真上をオスプレイが飛び回っていたそうだ。
上空から、あざ笑うかのように。
8月10日(金)
昨日は平野達也トリオのライブ。京都西院のさうりる、初出演でした。誰も来ないかなあと思ってたら15人ぐらい来て小さなお店が満席になりました…ほんとありがとう……。マスターのウッドベースをお借りしたのだがこれが素晴らしい楽器だった。みなさまほんとにありがとうございました。
原稿も書いてライブも終わって、今日はオフ。なんにもしてない。昼間は近所のマッサージいって揉まれながら熟睡。マッサージの途中でどうしても寝てしまう。気持ちいいんだけどなんかちょっともったいないような気もする。
いうてる間に次の本『社会学はどこから来てどこへ行くのか』の初校ゲラが届く。馬車馬か。
北田暁大・筒井淳也・稲葉振一郎との対談・鼎談集なのだが、あらためて読み返してみると俺がアホみたいに駄々をこねるのを日本を代表するカシコ3名が我慢して聞いている本である。
めちゃくちゃ面白いよこの本。
8月12日(日)
昨日は関西大学ジャズ研究会の創立30周年記念同窓会で、場所も関大前のケープコッドと、すばらしい日であった。13時から酒を飲み続け、なつかしいメンバーやわりとしょっちゅう会ってるからそんなになつかしくないメンバーとなつかしい話で盛り上がったのだが、しかしどの同窓会も同じだと思うけど毎年まいとし絶対に同じ話して同じタイミングでツッコんで同じぐらい笑ってる。ジャムセッションも少しだけした。最後の「異邦人」は名作であった。
しかし関大前はなんであんなにラーメン屋ばかりになったのだろうか。ちょっと意味がわからんぐらいラーメン屋ばかりになってるな。
まあ、そうやって個々の店はくるくると回転していっているのだが(王将や大学堂や酒屋のように、30年前と何も変わらない店もあるが)、関大前という街は全体として何も変わらない。私がここに来たのはもう30年も昔で、遠い遠いはるか彼方の過去なのだが、その遠い遠いはるか彼方の過去に暮らしていた街が、いまも変わりなくここにある。電車で30分ぐらいで行ける。不思議な話だ。
あの自分はどこに行ったんだろうと思うが、ここにいるし、あの街はどこにあるんだろうと思うが、ここにある。
しかしあのとき軽音を抜けて4人で独立してつくったジャズ研究会が、30年経ってもいまだにあるのが、ほんとうに不思議です。けっこうミュージシャンや作家や研究者を輩出していて、なかなか面白いところだと思う。
2次会の途中で抜けて、天六でおさい先生、澤田稔さん、金子良事さんとタイ料理食いながら飲む。そのあとちょっと商店街を歩いて南森町のカフェでまた飲む。金子さん、はじめてゆっくりお話ししたけど、なんだか本当に一言喋るたびに、ああこのひとは頭が切れるなあと感心した。いろんなところで「ご意見番」みたいな役割を果たされているのもよくわかる。
13時から23時まで場所を変えて酒を飲んでいた。家に帰ってシャワーを浴びて死んだように眠る。
さいきんアイスノンが必須になってきた。
8月14日(火)
ほんとすみません昨日も飲み歩いてえらいこと飲んでました。
いろんなことがある。稲葉振一郎 aka 厨先生が「おい岸、ベイズ合宿やろうぜ」と言うので、3日間缶詰でやろうぜというのを泣いて止めて1日だけで勘弁してもらうが、大阪で会議室を借りて、4時間ほどがっつり基礎からベイズ統計の勉強した。講師は甥っ子(統計専門)である。たいへん勉強になりましたが、たぶん俺なにも分かってないと思う。
とりあえず甥っ子が選定した教科書が巨大な鈍器みたいなやつだったのでクレームを申し立てた。
えーと、学生のときにウッドベース(関係ないですがウッドベースって和製英語ですね。英語圏だとコントラバスかダブルベースって言いますけど、なんで「ダブル」なんだろう)をずっとやっておりまして、卒業してしばらくしてちゃんと研究の道に進もうと思ってやめちゃって、そのまま20年ほどやめておりまして、あるきっかけがあって4、5年ほど前に再開したんですよ。20年ぶりに。で、たいへんありがたいことに、最近は月1回か2回、関西のいろんなお店で演奏させてもらっておりまして。
ただ、ものすっごい音程が悪いんですよ。めちゃめちゃピッチ悪いです。ずっと悩んでた。
悩むだけで特になにも特別なことはしてこなかった。純粋に悩んでた。ピュア悩み。
あほかと。なんかしろと。というわけでいろいろ探して、心斎橋の国際楽器社のコントラバス教室に通うことにしました。ウィーン音楽大学でシュトライヒャーに師事されていたという先生。
こないだ、初回のレッスンでした。
…………めっちゃ面白かった…! 目からうろこが100億枚ぐらい落ちた。なんで最初からせえへんかったのか…。ピッチが悪いとかそういうことじゃなくて、もう基礎がまったくできてなかった。
基本的な左手のフォームと、右手の弓の持ちかたぐらいで1時間終わり。次は2週間後。
いろいろためになるお話を伺ったけど、「10分練習したら休め」っていうのにめっちゃ感動した。練習してるうちに楽しくなってくるんだよな。ノッてきてしまう。ノッたらあかんねん、楽しくなったらあかんねん、練習は。
めちゃ納得した。
これからのレッスンがものすごく、ものすごく楽しみです。
8月18日(土)
十三の路上というかテラスで食ったタコスはうまかった。フローズンマルガリータで酔っぱらった。
飲んでばっかりか。
きのうから大変涼しい。開けっ放しで寝たら明け方肌寒かったぐらい。秋やんと思ったけど、これでも夜中23度ぐらい、日中は31度ぐらいなので、普通に夏である。
しかし今年はほんとキツかったですな。春、夏、秋、冬にもうひとつ「5つめの季節」を付け足したほうがええんちゃうかと思ったぐらい。
死とか。
春、夏、死、秋、冬。
7月8月と精神的にも時間的にも余裕がなかったのでメールの返事もおろそかにしてたんだけど、やっとさかのぼって数百通のメールにもういちど目を通している。あほみたいだが、まあ実際にあほだから仕方ないのと、あとはもう、ほんとに忙しかったのでしょうがない。そのわりにはにがにが日記読んでも酒飲んだりしてるのだが、ほんとうに忙しかったんですよ。
というわけで本日はあまりにも気持ちの良い朝だったので近所の公園を散歩してホテルで朝食を食べるという贅沢をした。昼過ぎにふと思い立って田辺のLVDB BOOKS さんにおじゃました。店のかたと少しだけお話をする。『断片』が一冊あったので、サインさせてもらう。おさい先生にどんくま描いてもらいましたので、よかったらお店で手にとってください。
夜中にやっと仕事の区切りがついたので、吉野家で牛皿食いながらビール。深夜でも開いてて、飯も食えて、冷えたジョッキでモルツの生が飲めて、しかも禁煙である。私にとっては吉野家は理想のバーである。
なんだかんだいってまた飲んでいる。
8月24日(金)
またちょっと空いた。空いてもええんやで。空いてもいいんですよ! 日記を書けない自分を好きになってあげて! ありのままの自分を肯定して!
何してたっけな、というか、何もしてない。お盆になってやっと大学業務もひと段落ついて(っていうほど何もしてないけど)、半年ぶりぐらいに数日間の純粋なお休み設定。まあ原稿書いてましたけど。あと事務仕事な。もうほとんどアスリートやな。アスレチック事務。マシン事務。事務トレーナーつけてくれ。フィットネス事務。痩せへんわ。
いうほどたいした事務もしてないけど。でもいくつか、ずっとほったらかしになってた懸念のことが片付いて、少しほっとする。
閃輝暗点とか偏頭痛とか。あとプチ鬱が続いて自分で自分がめんどくさかった。あとは、ピアニストのぱくよんせさんにスタジオでレッスンしてもらったりとか。いろいろと大変ためになるアドバイスをいただきました……。音程そんなに悪くないと言われてひと安心。まだまだ基礎練習やります。あとフランスのINALCO(東洋言語文化研究所)の院生さんとお話ししたりとか。あとちょっと社会学関係で大きな仕事が始まりかけたり。まだどうなるかわからんけどね。
あと他にいろいろ溜まってる仕事もあるんだけど、昨日から大きな台風が来てて、事務仕事をやる気にならず、ほったらかしになっている小説3作めを久しぶりに再開。夕方ぐらいにうだうだと1万字ぐらい書き足して、いま4万字ぐらいになった。
まだ暑いけど、だいぶましになったね。
* * *
今回のにがにが日記の最後に、新潮社に対して抗議します。
『新潮45』に掲載された、ある政治家の暴言が批判されています。それは、「LGBTの人たちは子どもを産めない『生産性』のない人たちで、だから社会保障で面倒見るべきではない」という趣旨のものでした。
雑誌の命は多様性であり、政治的に異なる意見が同じ空間に並ぶことがその面白さであるのですが、この記事は、右とか左とかそういう問題ではありませんでした。この雑誌には、他にも同じようなレベルの記事があります。
新潮社には、まだ完全に無名の頃に編集のtbtさんから声をかけていただいたという恩があり、またtbtさんには日常的に執筆以外の面でもいろいろと相談したりお世話になっているので、こういうことはとても書きづらいのですが。
私は、日頃からお世話になり、深く尊敬する出版社である新潮社の名前が、こういうことで傷ついていくのを見たくありません。雑誌はどこも苦戦していて、『45』も例外ではないでしょうが、わずかな部数増のために、こんな記事を載せる必要はありません。
私のような「その他大勢」の書き手がこんなことを書いても、会社にとっては痛くもかゆくもないでしょうが、それでも一言、この場をお借りして抗議したいと思います。




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岸政彦
1967年生まれ。社会学者。著書に『同化と他者化─戦後沖縄の本土就職者たち』『街の人生』『断片的なものの社会学』(紀伊國屋じんぶん大賞2016受賞)『愛と欲望の雑談』(雨宮まみとの共著)『質的社会調査の方法─他者の合理性の理解社会学』(石岡丈昇、丸山里美との共著)『ビニール傘』(第156回芥川賞候補作)『図書室』など。最新刊は『リリアン』(2/25発売)。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
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- 岸政彦
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1967年生まれ。社会学者。著書に『同化と他者化─戦後沖縄の本土就職者たち』『街の人生』『断片的なものの社会学』(紀伊國屋じんぶん大賞2016受賞)『愛と欲望の雑談』(雨宮まみとの共著)『質的社会調査の方法─他者の合理性の理解社会学』(石岡丈昇、丸山里美との共著)『ビニール傘』(第156回芥川賞候補作)『図書室』など。最新刊は『リリアン』(2/25発売)。
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