今年の10月、女優のサヘル・ローズさんが主演した『恭しき娼婦』という舞台を、東京芸術劇場に観に行った。舞台の原作はフランスの文学者サルトルの小説だ。それは叫びたくなるほど苦しく、悲しいほどリアルな空間だった。
舞台設定は近未来の日本。サヘルさんはとある街にやってきたばかりの「娼婦」だった。そして男性たちの欲望と時代に翻弄されていく。
ここに描かれているあらゆる社会の歪みが、私たちの世界と地続きの未来に思えてならなかった。例えば「女性蔑視」、舞台の外でも私たちが日常的に目にしなければならないものだ。「民族差別」、それは今もヘイト・スピーチとしてネット空間に飛び交い、ついには路上にまであふれ出している。「集団リンチ」、もしもこの路上のヘイト・スピーチが過熱していけば、あの関東大震災のときのような虐殺さえ繰り返されてしまうのではないか。
ぞっとしたのは、ここで描かれる民族差別に、罪悪感を全く抱かない登場人物たちがいることだった。政治家やその家族が身内をかばうために、「やつらを生かすより社会のためだ」と、無実の人にその罪を被せていく。そのための言葉が平然と吐き出される。
そして出会う人、出会う人が、違う声色でサヘルさんにささやく。「こうすれば、本当の“日本人”になれるよ」、と。
「日本人」とは誰か?を改めて考える。日本国籍を持つ人? いや、日本国籍でも日本で殆ど過ごしたことがない、もしくは日本語を話さない人もいる。日本語話者? いや、外国籍でも流暢に話す人もいる。日本在住の人? いや、暮らしていてもルーツやアイデンティティは多様だ。では“日本文化”を愛する人……?
結局定義などできない空虚なもののために、人を無為に傷つけていく愚かさをまざまざと突きつけられたように思う。
サヘルさん自身、この舞台を演じることはどんなに苦しいことだっただろう。本来は多くの人々が問題提起しなければならないことを、彼女ひとりの肩に背負わせてしまったような気がした。だからこそ舞台を観せてもらった一人として、託された宿題をみなと分かち合わなければ。そんな思いでこの文章を綴った。観劇から2カ月近くが経ち、ようやく少し、言葉にできた。それほど壮大な問いかけの詰まった舞台だった。
サヘルさんの詩と、私の写真で作り上げた写真詩集『あなたと、わたし』(日本写真企画)が12月15日に刊行となります。
刊行に先立ち、本には掲載しきれなかった詩を特設サイトに毎日一編ずつ載せています。こちらもぜひぜひ、ご覧下さい。
http://aftermode.com/d4p/youandi/
- あなたと、わたし
サヘル ローズ/著
安田 菜津紀 /著, 写真
2018/12/15
-
安田菜津紀
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 安田菜津紀
-
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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