シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

安田菜津紀の写真日記

高校生たちに、家族のことや、これまでの日々を語ってくださった上野敬幸さん。

 ここには一体、どんな人々が暮らし、どんな営みがあったのだろうか。時折高台からそれぞれの街を眺め、静かに思いを馳せることがある。震災直後の海沿いの街はどこも、累々と瓦礫に覆いつくされていた。茫然と立ち尽くしたその光景の面影は、今はない。かさ上げ工事が進み、多くの街はすでに土の下だからだ。まして「あの日」の前の日常をどう想像すればよいのだろうか。この光景が復興への歩みだと理解しながらも、戸惑うこともある。

 毎年夏休み、高校生たちと共に東北沿岸を巡るスタディツアーを開催している。そんな高校生たちのツアー初日にお話を聞かせてくださるのが、福島県南相馬市に暮らす上野敬幸さんだ。今年もそのお願いに伺うと、上野さんは遠くを見ながらこうつぶやいた。「そうかそうか、永吏可えりかと同い年の子が今年、来るのか…」。亡くなった長女の永吏可ちゃんは当時小学校2年生、同じ学年の子どもたちは今、高校1年生。7年という月日の重みを、改めて噛みしめる。

 月日が経つごとに、復興の歩調がばらけていくことを目の当たりにしてきた。自宅再建がなんとか叶った人、いまだ暮らす場所さえ安定しない人。賑わいを取り戻した場所、ぽつんと取り残されてしまったような場所。

 高校生たちとツアー最後に訪れる岩手県陸前高田市では、毎年旧暦の七夕である8月7日に、伝統行事「うごく七夕まつり」の日を迎える。元は先祖を弔うものとしてはじめられ、盆に帰りくる魂たちが道に迷わないよう、山車から太鼓の音を強く響かせ導くのだ。

 祭を率いる一人のお父さんが、山車を眺めながら語ってくださった。「なあ、見てやってくれよ。震災後初めて帰ってきた若いやつが、太鼓叩いてんだよ」。いつもは気丈なそのお父さんが、気づけば泣くのを見られまいとうつむいていた。肩が小さく、震えていた。

 そう、今を生きる人々は覚えている。あの日の前の愛おしい日常を。その光景はもう、写真で写すことはできない。けれども、今ここで生きる人々の姿にシャッターを切ることはできる。それがもしかしたら、あの日よりもずっと前からこの地に受け継がれてきた宝物を、未来へと残していくことになるのかもしれない。

 11月23日からは高校生たちとの写真展『高校生が見た被災地の今』がオリンパスギャラリー東京で始まり、初日23日(金・祝)には高校生たちが自ら語るギャラリートークも開催予定です。ぜひ多くの方々と、写真と言葉を通して、東北の息吹を分かち合えましたら幸いです。ぜひご来場下さい。
https://fotopus.com/event_campaign/showroomgallery/detail/c/1518
うごく七夕、夜の部。暗がりに浮かぶ川原祭組の山車から、太鼓と笛の音が響く。
君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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