シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
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にがにが日記―人生はにがいのだ。

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3月20日(水)

 阪急梅田駅の茶屋町出口んところに「走ると危険です。ご協力ください」って書いてあって、ぜひご協力したいんだけど、何をどうすればいいかわからない。
 そういうことはちゃんと言葉で伝えてほしい。私たちがお互いに理解しあうためには、言葉を尽くした理性的な対話が必要なのである。
 いや、わかってるで。走るなっていうことやろ。
 じゃあ、そういうふうに初めから言ってくれよ。
 言われないとわからへんやろ。なんでちゃんと言葉で伝えてくれないのか。
 それで、うっかり走ったらキレられるんだろ。
 どうすりゃいいんだ俺は。
 歩けばいいんだけど。
 ばかだなあ、言わなくてもわかってるよそれぐらい。
 しかし、言われてもわからへんこともある。
 中華三昧の塩をよく食べるんだけど、袋の裏側に、スープは器にあらかじめ入れておいて、麺とお湯をそこに入れろって書いてある。でも、具をたくさん入れたりすると、お碗のなかが麺と具とお湯でいっぱいいっぱいになってしまい、うまく混ざらない。そしたら、おさい先生はそもそもレシピなんか見てなくて、普通に鍋のなかにスープの素を入れてぐいぐいかき混ぜていた。
 そっちのほうがうまかった。
 おさい先生によれば、いくつかのホットケーキミックスは、焼いてるとき蓋するなって書いてあるらしい。
 蓋したほうが絶対にうまく焼けるで、といつも主張している。
 あと、これは私が若いころ気づいたことなんだけど、カップスープあるやろ。あの粉のやつ。あれ、「15秒かき混ぜろ」って書いてあるけど、30秒から1分ぐらいずっとかき混ぜたほうが美味しいで。糊化(α化)するで。
 ぜんぜん違うで。
 インスタントのカップスープを美味しく作るコツは、(1)お湯の分量を正確に守ること(2)30秒以上ゆっくりかき混ぜること、以上です。
 ご協力ください。

3月22日(金)

 会議がなくなった。今日は家で好きな文章書いて過ごすねん。
 ところでよく猫の○歳は人間でいえばもう○○歳、みたいな言い方があるけど、あれを逆にしたいといつも思ってる。
 岸先生って何歳?
 猫でいえば9歳だよ。
 めちゃうざい。
 昔はスナックなどでよく、「お仕事何されてるんですか?」という質問に「何に見える?」といううざい返しをわざとしていた。
 めちゃうざいやん俺。
 関係ないけど、飼い猫は自分のこと猫って思ってない、っていう言い方あるよね。自分のこと人間だと思ってるとか。
 何とも思ってないと思う。猫とも人間とも思ってない。というか、猫とか人間とかそういう概念がない。当たり前ですが。
 関係ないですが、おはぎがずっとげほんげほんと咳をしていたので、リビングと寝室に巨大な空気清浄機を置いた。
 咳がだいぶなくなった。
 おまえ、猫アレルギーやったんちゃうか。
 そうなのか、おまえ。

3月23日(土)

 仕事を減らした。そろそろ限界にきていたのだ。限界にきていても、来るオファーは基本的にぜんぶ受けていたのだが、それがほんとうに限界の限界にきて、3日間ほどかけて20人以上にメールして、お詫びして、すでに決まっていたほとんどの連載、取材、執筆、出演の企画を休止、キャンセル、辞退、中止させていただいた。6月に決まっていたパリとロンドンの出張を延期したのはほんとうにもったいないことした…。
 もちろん全ての仕事を止めてしまったわけではない。いくつかの仕事は残った。
 担当の方がたには本当にご迷惑をおかけしました、申し訳ありませんでした。ギリギリまで頑張るつもりで、すべて自分でお引き受けしていたのですが、これ以上は無理、というところに来てしまいました。
 今日は、とても大事な用事で、京田辺に行った。めっちゃ寒かった。そろそろ桜のつぼみも膨らんでいるのに、この季節はたまに急に寒くなることがある。
 ダウンとマフラーと手袋でもよかったぐらいだけど、なんか厚着に戻るとそのまま世界も冬に戻ってしまいそうで、やせ我慢して薄着で行ってきた。体冷え切った。
 駅前のショッピングセンターが寂れ切っていた。学生さんもたくさん住んでるはずなんだけど。
 ショッピングセンターの入り口に「禁煙」と書いてあって、その下に「禁酒」って書いてあった。
 禁酒は珍しいね。ベンチで長時間酒を飲むおっさんとかがおるんやろか。
 なんか寂しい感じの街だった。

3月25日(月)

 取材を受けていた。調子に乗って3時間も喋ってしもた…。ほんとすみませんでした。
 先日、Apple Store心斎橋で買い物をしたときに(そのときもいろいろあって面白かったのだがいま書く気力がない)もらったクーポン券で、USB-CとUSBの変換プラグを買った。あとUSB-CとVGAの変換ケーブル。
 せっかくのクーポン券なのに、実用的すぎて面白くもなんともない。楽しくない。
 USB-Cであと20年ぐらい固定してほしい。お前らもうコロコロ仕様変えるなよ。
 あと、気がつけばDVDがなくなってブルーレイになってる。なくなった、ってこともないけど、やっぱりひさしぶりにDVDを見ると、画像が荒くて気になる。結局同じ映画をブルーレイで買い直しである。
 ブルーレイはもう100年変えるな。これで固定してください。
 ところで、こないだまで20日間、沖縄にいた。生活史の聞き取り調査をしていた。「重い」調査だった。
 よく誤解されるけど、調査が「楽しい」と思ったことは一度もない。人見知りだし引っ込み思案だしコミュ障なので、できればしたくない。とくに沖縄戦の調査は、テーマからして、重い。辛くて、しんどい。
 でも、ひとり生活史を聞くと、毎回まいかい、とても良いお話を頂いた、と思うし、聞いてよかったなあ、と思うし、明日も頑張ろうと思う。
 挨拶回りから始めて、院生さんにも手伝ってもらいながら、20日間で12名の方がたから、沖縄戦と戦後の生活史を聞き取ることができた。
 調査実習で学部生が聞いた分も含めて、これまでで50名の方から聞き取りをしたことになる。
 本にまとまるのは10年後かなあ。そのまえに報告書にして語り手の方やその家族や地元の公民館や老人クラブに配布しようと思う(すでにしている)。

3月26日(火)

 それで、その沖縄調査があまりにもしんどいので、いつも行く久茂地のマッサージ屋さんに行ったのである。店長のおっちゃんがとても上手で、いつも途中で寝てしまう。
 そういうマッサージ屋さんはだいたい、ちょっと薄暗くて、なんか「オルゴールで奏でるサザンとユーミンとジブリの名曲」みたいなBGMが流れている。癒しの空間である。
 ところが、ベッドに横たわってまず始めに背中をぐいぐいと押され、「あふぅ」ってなってるところに、BGMで誰だかわかんないけどめっちゃ「翼をひろげて時間(とき)を止めて」系のJ-popが流れてきた。
 これは辛い。うるさい。イライラしてリラックスできない。
 ずっと我慢してたけど、なんかイライラしすぎて笑ってしまった。
 「どうかしましたか」と聞かれて、つい「いや、BGM変えてくれへんかな…。ほんと申し訳ないですが、なんか学生と夜中のカラオケボックス来てるみたいで、聞いてるだけで疲れてきます」って笑いながら言ったら、店長さんも笑いながら、あ、すいませんでした、って言って、CDを変えてくれた。
 インストのJ-popが流れてきた。あの、カラオケボックスで曲が入力されてないときのインターバルのときに流れる感じ。何かの曲のカバーなんだけど、ベースもドラムも打ち込みで、主旋律がシンセとかで奏でられているやつ。
 ますますカラオケボックスみたいになってきた。
 また笑ってしまって、それでもう、本当に申し訳ないけど、ちょっと笑っちゃってマッサージされててもぜんぜん疲れが取れないから、ほんとにすみませんけど、これ何とかならんかなあ、ってお願いしたら、店長さんもすごいいい人で、また笑いながら、3枚めのCDにしてくれた。
 沖縄民謡が流れてきた。
 それも「島唄」とかそれ系のやつである。しかも主旋律はシンセ。あとバックに波の音。
 声出して爆笑したら、店長も爆笑してて、店長自ら「これ沖縄料理の居酒屋にいるみたいですね」って言った。
 で、また変えてくれた。
 洋楽ロック名曲集みたいなやつ。主旋律はシンセだ。
 さすがにもう何も言わなかったけど、しばらくずっと笑ってた。
 帰りにはもう、平謝りである。ほんとにめんどくさいこといって、ほんとにほんとにすみませんでした。
 マッサージされにいってこんなに笑ったのは初めてだった。しかし俺もまだまだ辛抱が足らんなと思った。BGMぐらいでこんなこと言うたらあかんやろ。
 ちょっとアレだ、次回だいぶ行きづらくなった。
 今日は教授会、院生さんと面談、そのあと同僚の先生と学内でいろいろ積もるお話をした。ひっっさしぶりに大学に行ったら、レターボックスが溢れ出していた。新潮と文藝と文學界とすばると群像を毎号送ってもらってるんだけど、ほとんど読まないんだけど(時間がなくて)、送ってもらうのが申し訳ないので止めてもらおうかなと思ってるんだけど、たまに「おっっっ」っていうやつがある。川上未映子さんの新作の長編小説とか。本になってからゆっくり読もうと思ったけど、待ちきれないので掲載誌を買おうと思ってたんだけど、ちゃんと送られてきていた。とてもうれしい。読むぞ。
 川上さんの小説も好きだけどエッセーも好きで、どれだったか忘れたけど、マッサージ受けてて、足裏に妙にツボなところがあって、どこに効いているんだろうと思って「それどこですか」って聞いたら「筋肉です」って言われた、っていう話を読んで笑った。
 マッサージの話ばかりしてるな俺。

3月27日(水)

 沖縄に出張してるときによくいく美容院が那覇にあって、こないだもそこで切ってもらってたんだけど(そういえば2月にも行ってた)、うだうだと喋りながら切ってもらってて、だいたい切り終わったあとにケープを外しながら、「じゃあいったん流しますねー」と言われた。
 ああ、そうだ。
 それは、人生において、大事なことだなあ。
 いったん流すのは。
 おれもいったん流そう。いろいろ、スッと流せないことも多いけど、それでもやっぱり、そういうのもわかった上で、いったん流そう。
 いったん流そうよ。
 よく行ってるのはここです。Hair VERDE ここの岡松さんめっちゃ上手です。予約時には「にがにが日記を見ました」と言ってください。
 特典はありません。

3月28日(木)

 おさい先生が出張にでかけたので非常に静かである。一階の洗濯機の音がかすかに聞こえてくる。まるで波の音のようだ。遠くでカラスの群れが鳴いている。近所の家で修繕をしている金槌の音がする。
 と、ここまで書いたら、玄関の呼び鈴が鳴ったので飛び上がるほど驚いた。心臓止まりそうになった。
 千趣会からなんか届いた。おさいはベルメゾンでめっちゃ買い物してるようだ。
 と、ここまで書いたら、郵便屋さんが来た。ファンケルからなんか届いた。
 めちゃ買ってるやん。
 さて洗濯。
 そういえば子どものころ、いろいろひとり遊びをしていた。そのうちのひとつに、「どこまで遠くの音を聞けるか」っていうのがあって、ひたすら耳をすまして、聴覚に集中して、無意識に耳に入るひとつひとつの音を聞き分けて、そのなかでいちばん遠くから届いている音は何だろう、という遊びをしていた。
 暗い子だった。
 これを書いたあと、夕方になって、また郵便屋さんが来た。
 またファンケル来た。
 夜、さあ事務仕事するぞと意気込んで気合い入れて書斎のデスクの前に座って、そのままぼんやりとしてたら2時間経過した。
 何しとんねん。何しとんねん。
 何しとんねん。
 英語で言えば、Nani siton nen.

3月29日(金)

 仕事で出かけた帰りはだいたい梅田を経由するんだけど、最近ちょくちょく阪急百貨店の地下で何かお土産を買って帰るようにしている。
 こないだはたねやでどら焼きを買ったんだけど(先日友人の結婚式に行ったときに、東京の日比谷コテージに寄って店長の花田菜々子さんにどら焼きを差し入れしたら、どうしても自分でも食べたくなった)、人気の店なので、たくさん並んでる。
 私の前にいたおばあちゃんが、やっぱりどら焼きを4つ5つ買ってて、店員さんから「お包みしますか?」って聞かれたときに、「いや、うちと妹の分やから、そのままでええよ」って言った。
 めっちゃかわいい。
 いまから妹さんとこに寄ってから帰るのかな。
 「包装せんでええよ」と言えばすむところを、「妹の分やから」という余計な一言がつけ加わることによって、この大阪という街が成り立っているのである。大阪に限らんけど。

絵・齋藤直子

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

岸政彦

1967年生まれ。社会学者。著書に『同化と他者化─戦後沖縄の本土就職者たち』『街の人生』『断片的なものの社会学』(紀伊國屋じんぶん大賞2016受賞)『愛と欲望の雑談』(雨宮まみとの共著)『質的社会調査の方法─他者の合理性の理解社会学』(石岡丈昇、丸山里美との共著)『ビニール傘』(第156回芥川賞候補作)『図書室』など。最新刊は『リリアン』(2/25発売)。

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