Webマガジン「考える人」

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小さい午餐

2019年5月21日 小さい午餐

喫茶店の豚しゃぶサンド

著者: 小山田浩子

 日帰りで大阪に行った。広島から新大阪間は約1時間半、東京へ行く場合はこれが約4時間かかる。4時間は長い。ほとんど1日という感じがする。それに比べると大阪はあっという間だ。平日午前10時過ぎの新幹線は出張風の人が多いが家族連れや旅行者も見え、博多発東京行きのぞみ指定席は広島の時点で半分の入りという感じだった。私は3人がけ席の窓際(A席)に座った。通路を挟んで、USJに行くのだろう家族連れが座っていた。2人がけ席を前後に使っていて、声高ではないが楽しそうに話している。広島ではすでに乗っていたから山口もしくは九州から乗っているのだろう。子供はミニオンのTシャツ(ミニオン柄ではなくて、着るとミニオンに見えるよう黄色の生地に水色のつなぎがプリントしてある)にミニオンの目玉つきキャップ姿だった。どうやってそこまで持ち上げたのかと思うような大きなキャリーバッグがそこここの網棚にはめこむように置いてある。広島駅を出る間際、ひとつ空いた通路側の席(C席)にスーツ姿に小さい黒い四角いキャリーバッグを引いた男性が来た。私より若そうだが同年代と思っていいだろう、キャリーバッグを網棚に載せ、白いビニール袋を前座席背面に引っ掛けて座ると彼は少しだけリクライニングを倒した。服装などからして今から東へ出張なのだろう。広島からなら関西も東だ。走り出してすぐ彼は白いビニール袋から駅弁を取り出した。見覚えのある掛け紙、むさしの若鶏むすびだった。
 「むさしの若鶏むすびだった」と言われてあああれね、と思わない人が全国的にどれくらいいるのか私には感覚的にわからないが理性で考えたらおそらく大半だろう。「むさしの若鶏むすび」と言われると私は勝手にその折詰の形状から容器を持った時の湿りたわみ、内容物を食べる順番、味、などが五感に勝手に再生される。布陣は海苔を巻いた三角むすび2つ(こんぶと梅)に鶏の唐揚げ、生キャベツ、ウインナーと枝豆、たくあん、オレンジ、塩の小袋。広島駅から乗る新幹線内で駅弁をというとき私もいつもこれを選ぶ。今回は違うものを買って食べようと思っていてもついこれにしてしまう。パンも食べたいなと思ったらパンと若鶏むすびを買ってしまう。それくらい、おいしいのはおいしいのだがちょっと不可解なところもある弁当で、再難問はキャベツだ。生キャベツが千切りではなくてざく切りというか角切り、小袋入りの塩がついてはいるのだが、車内だと塩を出して入れておくところがないし蓋に開けると捨てるときさらさら落ちるしと言って上からふりかけてもキャベツには全然塩は絡まずそして絡んだところであまりおいしくない。いつも困る。オレンジは皮つきくし切りなのでどう食べても手と口が汚れるしたくあんは人工的に甘いタイプだし枝豆はいつも全体が濡れている。しかしそれでも、他の候補も検討吟味した上でそれでもやっぱり毎回買って食べてしまう若鶏むすび、それでこそ、そういうところこそ名物と思う。私は今回、大阪で会う人と昼食を食べる予定にしているので若鶏むすびは買っていない。持っているのは水と人に渡すお土産だけだ。自分が好きな弁当を10時過ぎ(朝食は6時半ごろ食べた)に1つ空席を挟んではいるものの隣で食べている人、見るまいと思えども盗み見ているとC席氏はまず小袋入りの塩の袋を開けそれを唐揚げにまんべんなくふりかけた。おっ? と思った。あの塩は、私の解釈では生キャベツ用であり、唐揚げ用ではない。唐揚げには充分味がついている。濃い味が好きなのか、しかし氏は小袋入りの塩を全て唐揚げに用いたように見えた(小袋はだから弁当が入っていたビニールにゴミとして入れられた)。とすれば、濃い味が好きなのに全く無味のキャベツが残されてしまう。アブラナ科独特のにおいとかすかながら頑なな苦み、おそらく無味のきゅうりとか無味の大根とか無味のレタスと比べても食べにくい、どうするつもりなのか。あるいはあれは彼の知恵で、キャベツに塩をかけてもちゃんと味がのらないが油で揚げてある唐揚げに振りかけることで塩は定着し、そしてそれらを一緒に食べることで結果的に塩をキャベツに援用するということなのか……もういっそキャベツは残すのか。それもありだ。弁当のおかず全てが好みに合うなんてことはない。大概、1つか2つは別にいらないけど残すのもな、という品目がある、それを食べずに残すのも大人の見識だ。私はこんなに盗み見ていては失礼だと自分に言い聞かせ極力氏を見ないようにし、でもどうしても見てしまい、キャベツの挙動を確認しするとどうも氏はちゃんとキャベツも食べていて、それも単独で普通におにぎり、キャベツ、唐揚げのローテというかバランスを保って食べておられて、いったいどういうことなのか、なじみがあるからこそ動揺しながら手元の本を見たり車窓を見たりしているうちいつの間にか私は寝ていた。目覚めたときは新神戸停車直前のアナウンス中で氏はとっくに弁当を食べ終えリクライニングをさっきより傾けた状態でスマホを見ていた。新神戸新大阪間で寝たらまずい。私は水を飲んだ。氏が降りるのは新大阪より東だったらしく、私がすいません、と言って前を通ろうとすると足をぐっと引っこめ場所を空けてくれた。弁当の殻はもう捨てたらしく白いビニール袋もなくなっていた。
 昼食は喫茶店で、名物だという豚しゃぶサンドを食べた。トーストしたパンに豚しゃぶと生野菜がゴマだれとマヨネーズ的な味つけで挟んであって、今まで食べたことがありそうででも決してない味でとてもよかった。単純そうな家で真似できそうな、しかしやってみたら絶対こうはならないだろう味だった。またその店はバターを染みこませた豆で淹れたコーヒーが有名ということでこれも飲んだが、水面は全く澄み切って油のかけらもなく黒く、私の舌にはバターの味はわからなかったものの不思議に滑らかな感じがして、どちらもやはりそういうさりげないところが名物と思われた。おいしいですねと言うと、その店に案内してくれた相手は「普段自分はコーヒーをそんなに飲むわけじゃないんですがここのはおいしいと思います」と言い、私も同意し、2人でサンドイッチを食べコーヒーを飲み仕事の件やその他の件について話し話し足りなかったので冷たいコーヒーをお代わりして話した。その間、かすかに暗い店内には、ケーキセットを頼む女性4人連れ(にぎやか)、何か仕事関係の打ち合わせと思しき黒ずくめ姿(スーツではなく、シャツもネクタイもズボンも黒い)の男性2人連れ(小声)、年配の女性1人客などがひっきりなしに出入りし、その度に黒いエプロン姿の店員さんが棚にずらりと並んだカップを1つ取り出してコーヒーを注ぐ。「お客さんごとにカップを選んでくれているらしいですよ」私のは寸胴型の厚手生地に薄い橙色の花柄、相手のは同じ形で青い幾何学模様、ここが食器店で値段が高くなければ2つとも買って帰ろうかなと思うほどいい感じのカップだった。2杯目に頼んだアイスコーヒーにはバターは入っていないそうで、透明なキューブ氷と一緒に四角く凍らせたコーヒーが入っておりだから溶けた分もうっすら茶色で、溶けた分をどこまで飲めば礼儀正しいのだろうと思いつつストローで吸い吸いして結局すべて吸いきった。相手と挨拶して別れ、地下鉄の駅へ向かって歩いているとドラッグストアの袋を下げキャリーバッグを引いて歩く家族連れがいた。半透明の袋からウナの箱がたくさん透けて見えた。
 用事を済ませ新大阪駅に戻り乗る予定の便まで少し時間があったので駅構内の店で串揚げ(おまかせ6本)と生ビールを1杯頼んだ。夕食には早い(しどうせ帰宅したら何か晩ご飯を食べる)のだからおやつというかなんというか、店の座敷席にはもう完全に酔ったように喋るサラリーマンの5人連れがいた。「おれ最近ヤフオクやっとってナー」「おー、ヤフオク」ヤフオク、の発音が、ヤフ、でガタリと上がりオク、でガタリと下がる。街を歩いていると関西弁よりむしろ外国語がよく聞こえてきて、今日会った相手はあまり関西弁を出さなかった(互いに敬語だったせいかもしれない)ため、今日の在阪で初めて関西弁を聞いた気がした。「ナニ売るん」「買う方買う方」「ナニ、買う?」「棚」「タナ!?」「なんや、嫁に頼まれて棚、北欧の」「ホクオーのタナ!?」「木ィがな、黒っぽいやつやん」「ホクオーやのに?」「だからこそやん」「お待たせしましたー」店員さんが生ビールとサービスの生キャベツの角切りを運んできた。角切り生キャベツ! ソースはソース差しから小皿に出して使うよう言われたのでそうする。粘度が全くなく色が濃く黒いソースは、軽いロウ質というか、水をはじくような表面になっている生キャベツには全然つかない。全部落ちる。いくら断面(細い)を押しつけてもなじまない。仕方なく、キャベツをスプーン的に使ってソースをすくうようにしつつでも垂れないよう口に入れる。舌は一瞬ソースで覆われるもののキャベツを噛む頃にはもうその味は消えている。これで正しいのだろうかと思うが、そうしないとまるで味がしないし、そしてそうしても大して味はしない。その後卓上にあった塩もつけて食べてみたがやっぱりピンとこない。困ったなあと思いつつキャベツを食べる。ヤフオクについて語り合っていた席から、アイザワくんという、彼らの後輩か部下と思しき人物の悪口が聞こえた。とても楽しそうな悪口だった。アイザワくんは営業を担当していて空気が読めず仕事が遅く粗く気が回らずそれなのにしなくていいことをやり言わなくていいことを言いとがめられるととんでもない言い訳をし社内のみならず取引先からも呆れられているらしいがそれ以上に、今飲み会をしている複数名のサラリーマンたちから深く深く愛されているのがわかった。アイザワ、と聞くと私はどうしてもカープの捕手の會澤選手の顔が浮かぶ。彼はリーグ3連覇にも大いに貢献していて選手会長もやっている頼もしい選手なのだが私より5歳も歳下だ。正捕手でしかも選手会長が5歳下なんだもんなあ、私ももういい大人なんだよなあ、生キャベツくらいで惑うていては、などと思いながらでもやっぱりおいしかないなあ、生キャベツでビールを飲んでいると、細くて長身の店員さんが串カツが6本並んだ浅いざるバットを運んできた。黄金色のパン粉に覆われて中身が何かわからない。これって中身はなんですかと店員さんに訊ねると、彼女は申し訳ないがこれは厨房のおまかせだから自分も中身を知らないのだと早口で言い、そして「ご注文は以上ですか」と言って伝票を置いて厨房へ去った。細かいパン粉をソースの小皿に押しつけるとパン粉自体は茶色いままで、その下の目地というか、粉と卵部分がすっと黒くなった。かじると前歯に染みるほど熱い。「ほんまにアイザワくんはしゃーないな!」「ありえへん!」サラリーマンたちがどっと笑った。順番に食べてみたところ、串の内容物はサーモン、エビ、牛肉、ししとう、うずら卵、根菜と思しき何か、だった。最後の1本は薄いカレー風味で、ポクッとしつつシャキシャキしてやや粘りがあり甘みも感じその味と食感はどう考えてもレンコンなのだが、いびつな楕円形をしたそれには、目視しても、舌で探ってもかじり跡を確認しても、穴が1つもなかった。

庭

小山田浩子

2018/03/31発売

それぞれに無限の輝きを放つ、15の小さな場所。芥川賞受賞後初著書となる作品集。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

小山田浩子

1983年広島県生まれ。2010年「工場」で新潮新人賞受賞。2013年、初の著書『工場』が第26回三島由紀夫賞候補となる。同書で第30回織田作之助賞受賞。「」で第150回芥川龍之介賞受賞。最新作は『』。

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