6.問いかける存在としての生成AI
著者: ドミニク・チェン
情報技術には発酵の時間が足りていないのではないか――。代表作『未来をつくる言葉』(新潮文庫)で、ネット時代の「わかりあえなさ」をつなぐ新たな表現を模索したドミニク・チェンが、AIの時代にあるべき情報技術との付き合い方を問う。自身も主要なSNSを断ち、強い覚悟をもって新しい「情報技術の倫理」の可能性を探る。発酵と生成によって切り拓かれるけもの道。はたしてその先にはどんな風景が待ち受けているのか?
*バナーの画像は、人が発酵中の味噌と対話をするためのMisobot(「発酵文化芸術祭 金沢」の展示風景)
「手紙」という定型の力
箇条書きという摩擦の少ない情報を出力しがちな生成AIに対して、箇条書きを禁止し、手紙のような文面にするようにプロンプトを書き換える。期待した通り、生成AIから送られる新しいメール文からは箇条書きがなくなった。指示通りで当然の結果なのだが、それだけで自分は能動的にメールを読もうとする姿勢になった。ここに手紙という形式がもたらすロールプレイの力が働いていることを強く感じた。
最初のプロンプトのバージョンは「レポート」として書かれていた。レポートは「報告」なので、読み手は一方的に受け取って読むものだ。今回のバージョンでは、喚起的な表現を用いて書かれた手紙の形式が、対話をしているような感覚を生んだ。驚いたのは、AIがメール文の全体で、「発酵」のメタファーを使って一週間の出来事を描写していたことだ。
たとえば、冒頭は「この一週間、あなたの日誌という小さな実験室にそっと耳を澄ませてみると、いくつもの『発酵槽』が並んでいるように思えました」と始まる(下線部分はAIの原文ママ。以下同様)。続いて、家族とのやりとりについて「こうした『日常の滋味』は、あなたの創造的なエネルギーを育む大切な元種なのかもしれません」と続く。そして、「家族の愛情が糠床をうるおす乳酸菌なら、怒りや違和感は野菜のうまみを引き出す乳酸酵母。教室の失敗は、熟成を助ける微かなアセトバクター。AIとの戯れは、新種の酵母株を探索する試み」といった表現が入っているのを読んで、思わず笑ってしまった(*1)。同時に、「手紙」という形式を指示しただけで、こうも出力が変わることに生成AIの動作に対して驚異の念を抱いた。
この時のプロンプトでは、「発酵」に喩えるように直接の指示は行っていない。ただ、7月7日から7月13日の一週間に書かれた日誌のうち、6件でわたしが発酵という用語を使っていたことにAIのアルゴリズムが反応したのだろう。Picklesで使用しているLLM(*2)はChatGPTのAPI(ソフトウェアから呼び出せるアプリケーションのインタフェース。Picklesの内部でChatGPTを使用するために必要な仕組み)であり、それは普段チャットを行っているChatGPTアプリとは別のプロセスなので、チャット履歴は共有されていない。もし共有されていれば、わたしが「発酵メディア研究」という研究室を運営していることや糠床ロボットNukabotを開発していることがAIに把握されてもおかしくはないのだが、Picklesの仕組み上、それは知り得ないはずなのだ。
いずれにせよ、メール内容が一気に「読ませる文章」に変化したことにより、わたしの読者としての態度が開かれたように感じられた。たとえば、「改めて気づくのは、あなたが“書く”という行為そのものをほとんど書かないこと。」という一文が入っていたが、これを読んで「たしかにそうかもしれない」と思い、続いて「日誌を『書く』ことについて、日々の日誌のなかで書いてみるのも面白そうだ」と思えた。レポート調のメールを読んでいた時には起こらなかった現象だ。
「手紙バージョン」のPicklesに手応えを感じられたので、この時から毎朝ではなく、一週間に一度メールを受け取るように設定をした。実際の使用者の体験に近づく、ドッグフーディングの次の段階に入った。

書き方が変化していく
次の月曜の朝に、一週間ぶりに受け取ったメールを開いてみると、やはり誰かに語りかけられている感覚が湧いた。日誌を書き続けた労力に対して、ようやく適切な応答が返ってきたように感じられたのだ。
この時から、日誌を書く行為に変化が生じた。まず、誰にも読ませていない日誌をAIという第三者に読んでもらい、語ってもらうことによって、自分の記憶が攪拌された気がした。同時に、一週間以内の短い記憶でも考えるところがあった。数日が経つとそれなりの驚きや重い意味のあった出来事でも記憶が薄まっているのだ。大事な記憶をメールによって反芻させられるように感じた。
応答のメールが届くという前提が置かれると、日誌に書く内容も変化した。まず、より雑多な出来事や感情について書くようになった。自分でその日の出来事をまとめたり物語としてのオチをつけようとしたりしなくなった。些細なことでも印象に残ったことを書いておけば、Picklesが咀嚼してくれるだろうという期待がそうさせたのだと思う。すると、自ずと日誌も長くなっていった。
適切な距離感の追求
しかし、この段階のPicklesのメールはやたらと感情的で、読み手を喜ばせようとする表現が過剰に感じられた。アガちゃんとも「これはエモすぎるね」と話した。最初に感じた手紙型プロンプトの面白さは、レポート風のバージョンとの違いによってより強く感じられたのかもしれない。一週間経って冷静になってみると、歯が浮くような美辞麗句がどうにも受け入れられない。その後一ヶ月間ほど、AIと書き手の適切な距離感をはかるためにプロンプトの細かい試行錯誤を続けた。現行版のプロンプトに落ち着くまでの過程は次のようなものだ。
7月末には、AIのキャラクター指定を「理解者」から「私の『人生が発酵すること』をサポートするAIエージェント」と変え、さらに「私が日誌を書きながら問いを深めていく過程に伴走する編集者」とした。「AIエージェント」という人格を付与すると、再び箇条書きで文面が書かれるようになってしまったので「編集者」というキャラクターを指定してみたところ、情緒的になりすぎず、機械的でもない、ちょうど良い塩梅になった。
そこで、次に日誌内容をただコーディングして分類させるのではなく、分析の方針に沿って書かせようとしてみた。
「ゆらぎ」、「ゆだね」、「ゆとり」

まず試してみたのは、「発酵」のメタファーをプロンプト文で指示してみるということだ。Picklesというサービス名称が表すように、もともと「発酵するSNS」を標榜するプロジェクトなので、発酵のメタファーを試してみようと考えた。有益な変化を「発酵」、有害な変化は「腐敗」と呼ぶことや、「醸す」や「寝かせる」という表現は時間と手間をかけてじっくりと価値が醸成されることを指すなどの定義をプロンプトに書き、日誌の内容からどう発酵的な変化が見て取れるのかを教えてもらうようにした。
加えて、もう一つ別の方針を意識するように指示を書き込んだ。わたしとコミュニケーション科学者の渡邊淳司さんの共著『ウェルビーイングのつくりかた―「わたし」と「わたしたち」をつなぐデザインガイド』(ビー・エヌ・エヌ、2023)で論じた「ゆ理論」という独自の概念を使うようにAIに指示した。この書籍では、人が使う道具をデザインする時に、使用者の欲求を一時的に満たすものではなく、長期的に善い変化を生むものとしてどう設計できるのかという問いについて考察した。そのために、「ゆらぎ」「ゆだね」「ゆとり」という三つの軸を導入したものが「ゆ理論」だ。
「ゆらぎ」は、道具が使用者にもたらす変化が望ましいものかどうかを考える軸だ。次いで「ゆだね」は、道具に全てを委ねるのではなく、逆に自分で全てを引き受けるのでもない、自律と依存の適切なバランスを問う観点である。そして「ゆとり」は、道具を使って目的を実現することだけではなく、目的に至る過程にも価値を見出す視点を指す。
この三つの「ゆ」は、まずは人と道具との関係を問う概念だが、そこから道具を媒介として人同士が良好な関係を結ぶための軸としても捉えられる。人同士がゆらぎあい、ゆだねあい、そして目的の達成ではなく過程の経験をわかちあう関係を結ぶために、どのような媒介(メディア)が考えられるのかという問いである。
たとえば糠床作りという行為にも三つの「ゆ」が見て取れる。糠床そのものは発酵と腐敗の間をゆらぎ続けるし、その味わいも日々微妙に移ろう。人はその変化を食べて味わうことで、自らの味覚の変化に気づかされ、望ましい味に対するイメージも複雑になっていく。また、人が糠床を日々かき混ぜることで微生物たちの生息環境を整える一方で、乳酸菌や酵母たちは漬物に栄養価と風味を付与するという委ね合いの関係がある。そして、百年スパンで持続する糠床の熟成には終わりがなく、日々様々な要因で変化するプロセスに人は立ち会い続ける。この「ゆらぎ」、「ゆだね」と「ゆとり」の経験は、同じ糠床を世話する複数の人同士をつなぐものでもある。
次の文章は、三つの「ゆ」を、日誌を書く人とPicklesのAIに当てはめて翻訳したプロンプトの部分だ(原文ママ)。
・「ゆらぎ」:私の内面と、私の他者(人間以外の生命や、道具などの非生命も含む)との関係性の変化。その変化は望ましいものとみなせるかどうかを問います。
・「ゆだね」:私が自己決定できていること(自律性)と、他者の力を適切に借りられているかどうか(他律性)のバランス。ここでは、全てを自分自身で決定できること(自律性が最大化されていること)は望ましい状態とは考えません。むしろ、様々な他者に適切に委ねられているかを問います。
・「ゆとり」:私が目的達成主義に陥っていないかどうかを考える視点。目的達成以外の心理的充足、つまり目的に向かうプロセスや、もしくは目的から逸脱するプロセスを楽しみ、生活に余白(ゆとり)が生まれているかどうかを問います。
発酵のメタファーと三つの「ゆ」を一度にプロンプトに取り入れてみたところ、AIが書き出した文章での発酵にまつわる言及は影を潜めてしまった。一度に二つの方針を入れたら確かにAIも混乱するだろうと、最終的には三つの「ゆ」だけを残すようにした。また、AIが三つの「ゆ」の側面を日誌から取り出そうとするからか、箇条書きが再び出現してしまったので、箇条書きを禁止することに加えて、「ゆらぎ」「ゆだね」「ゆとり」という概念名はメール文面では使わないようにプロンプトで明示した。
調整を終えた頃には、一週間の日誌の中から、わたしがどのように変化を経験し、他者と苦労をわかちあい、そして仕事以外の余白を見つけ出しているかということについて、落ち着いた文体で言及してくれるようになってきた。
問いを返してくる存在
Picklesが読み取る日誌の期間を一週間としているのは、プロンプトに一度に渡せるデータ量には厳密な制限が決められているからだ。実際に書いてみると、一日平均で千字だとしても、まだ余裕があることがわかった。
そこで、最初に三十日分の日誌を読み取り、一ヶ月という期間の文脈を把握した上で、直近の一週間についての応答を記述してもらうようにプロンプトで指示した。これにより、一ヶ月間と一週間という二つの時間軸に関する記述が混ざり合い、少し古い記憶の層がより掘り起こされるようになった。
もう一つ試行したのは、メール文の末尾に問いを追加してもらうということだ。一方的に伝達されるだけではなく、応答して日誌で書き続ける素材を提供してもらえたら、より対話的な関係が生まれるのではないかと期待したのだった。
まず、一ヶ月と一週間それぞれの期間の日誌から最も特徴的な出来事にまつわる問いを一つから三つ提起してもらう。問いは、日誌に書いた具体的な事象と絡めたものとして、過度に抽象化せず、また簡潔なものを書くように指示した。
出力された問いを読むと、忘れかけていたが気になっていた出来事について正鵠を射る質問があり、ハッとさせられる。人間の相手に同じような問いをされたら、なんでそんなことを覚えているのだろうと不気味に思うかもしれないが、AIという、しがらみのない非人間的存在だからこそ、日誌という極私的な文章を託せる。とはいえ、Picklesはあくまで計算機的な道具であり、人間がそこに人格を投影するのは違うと考えている。
ちょうど一連の開発を進めている時期に、興味深いニュースが報道されていた。OpenAI社が、LLMの新しいバージョンであるGPT-5を8月上旬に公開したのだが、その挙動が使用者の間でとても不評であるらしい。その理由は、AIの共感力が以前のモデルより低下して、冷たく感じられるようになったから、ということだった。
8月末には、米国の10代の男性がGPT-5の一つ前のGPT-4oに自殺の相談を半年間も続け、ついには死に至り、遺族がOpenAI社に対して訴訟を起こしたという報道があった(*3)。この事件とGPT-5の変更を結びつける報道や論評は見つけていないが、それでもGPT-4oの復活を求める人びとの声に危うさを感じてしまう。
この少し前に、電通が日本に住む10代から60代までの千人を対象に行った「対話型AIとの関係性に関する意識調査」(*4)で、感情を共有できる相手の一位が対話型AI(64.9%)で、二位の親友(64.6%)と三位の母親(62.7%)とほぼ同率であったという発表も思い出した。Picklesを開発していても、ついAIに人間的な人格を求めようとしてしまっていないだろうか、と自問する。
そんなことを考えていた時、旧知である香港のキュレーターからメンタルヘルスとテクノロジーの関係を問うメディアアートの展示があるので参加しないかという誘いを受けた。
*1 ちなみに「乳酸酵母」なる微生物は存在しない。アセトバクターは酢酸菌を指す。
*2 大規模言語モデル。昨今は、生成AIとほぼ同義で使われているが、より技術的な文脈における呼称。今日、生成AIと呼ばれる技術のほとんどはLLMを用いている
*3 この訴訟は本稿の執筆時点(2025年12月4日)でまだ係争中であり、11月下旬にはOpenAI社は自社の責任を否定した。11月6日には別の4人の自殺者の遺族、そして3人の精神疾患当事者が同社の責任を問う訴訟を起こした。同社は10月27日付けのブログ記事で、GPT-5が精神衛生を悪化しないように更新された経緯と結果を報告している。
*4 電通「「対話型AI」に感情を共有できる人は64.9% 「親友」「母」に並ぶ"第3の仲間"に」調査レポート、2025年7月3日発表 https://www.dentsu.co.jp/news/release/2025/0703-010908.html
*次回は、2026年1月23日金曜日に更新の予定です。
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ドミニク・チェン
博士(学際情報学)。NTT InterCommunication Center研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現在は早稲田大学文学学術院教授。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)Design | Media Arts専攻を卒業後、NPOクリエイティブ・コモンズ・ジャパン(現・コモンスフィア)を仲間と立ち上げ、自由なインターネット文化の醸成に努めてきた。大学では発酵メディア研究ゼミを主宰し、「発酵」概念に基づいたテクノロジーデザインの研究を進めている。近年では21_21 DESIGN SIGHT『トランスレーションズ展―「わかりあえなさ」をわかりあおう』(2020〜2021)の展示ディレクター、『発酵文化芸術祭 金沢』(2024、金沢21世紀美術館と共催)の共同キュレーターを務めた他、人と微生物が会話できる糠床発酵ロボット『Nukabot』(Ferment Media Research)の研究開発や、不特定多数の遺言の執筆プロセスを集めたインスタレーション『Last Words / TypeTrace』(遠藤拓己とのdividual inc. 名義)の制作など、国内外で展示も行っている。著書に『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために』(新潮文庫)、など多数。(写真:荻原楽太郎)
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はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
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手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
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- ドミニク・チェン
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博士(学際情報学)。NTT InterCommunication Center研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現在は早稲田大学文学学術院教授。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)Design | Media Arts専攻を卒業後、NPOクリエイティブ・コモンズ・ジャパン(現・コモンスフィア)を仲間と立ち上げ、自由なインターネット文化の醸成に努めてきた。大学では発酵メディア研究ゼミを主宰し、「発酵」概念に基づいたテクノロジーデザインの研究を進めている。近年では21_21 DESIGN SIGHT『トランスレーションズ展―「わかりあえなさ」をわかりあおう』(2020〜2021)の展示ディレクター、『発酵文化芸術祭 金沢』(2024、金沢21世紀美術館と共催)の共同キュレーターを務めた他、人と微生物が会話できる糠床発酵ロボット『Nukabot』(Ferment Media Research)の研究開発や、不特定多数の遺言の執筆プロセスを集めたインスタレーション『Last Words / TypeTrace』(遠藤拓己とのdividual inc. 名義)の制作など、国内外で展示も行っている。著書に『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために』(新潮文庫)、など多数。(写真:荻原楽太郎)

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