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2017年10月22日(日)「うさぎ飲み! 特別公開対談」(於A Day In The Life・新宿2丁目)にて

 胤 たね よりも、 はら が大事だった――母親が誰かに注目した「女系図おんなけいず」でたどる日本史は、驚きの発見に満ちていた!
 大塚ひかり氏の新刊『女系図でみる驚きの日本史』は、著者が作成した女系図や図表50点以上を収録。滅亡したといわれる平家が、実は今上天皇にまで血筋を繋げている事実や、京都がなぜ都に選ばれたのか、あるいは源頼朝はなぜ義経を殺さねばならなかったのか、などなど、これまで見落とされていた日本史の「新事実」が浮き彫りになる。
 この本をテーマに、新宿2丁目の“文ゲイ”バー「A Day In The Life」にて行われた、中村うさぎ氏と大塚ひかり氏との特別公開対談を収録。

左から大塚ひかりさん、中村うさぎさん

中村 本日のゲストは、大塚ひかりさんです。大塚さんの新刊『女系図でみる驚きの日本史』、面白かったです。大塚さんは中学の頃から系図作りが趣味だったと書いてありましたが、そんな人、私のまわりには、他にいません(笑)。

大塚 私、昔から古典オタク、歴史オタクだったんです。で、様々な物語や歴史書を読んでいたんですが、それを読むための手がかりとして、作ったのがはじめでした。平安時代の貴族の残した書き物は、誰と誰がくっついた、別れた、子供が出来た、そういうワイドショー的なスキャンダル満載ですから。ところが、よくある男系図、誰が父親で、誰が息子で、といった系図を作ったら、人間関係がよく分からなかったんですね。今日はその現物を持ってきましたけど……。

中村 すごい。(折りたたまれた新聞紙大の系図を広げながら)どんだけ大きいんだ(笑)。これ、作ろうと思うなんて、立派な変態ですよ。

大塚 いえいえ、これはまだ全然すごくなくて、なぜなら男系図だから。これを見てもよく分からないんです。

中村 普通、系図って男性メインですよね。

大塚 そうなんです。でも、当時は一夫多妻で通い婚が基本ですから、産まれた子は母方で育つわけです、だからお母さんが違うと他人も同然といっていい。誰と結婚して誰を産んでといっても、母方の血筋を追わないと分からないんです。

中村 父親と同居じゃないんですもんね。

大塚 基本、別居です。それで「女系図」を作り始めたんです(分厚いファイルを何冊も取り出す。すべて系図!)。

中村 それで作るのがすごいですよ。

大塚 作るのが楽しいんです(笑)。そのうちに系図を作るために古典を読むようにもなりまして。

中村 本末転倒ですね。

大塚 最初は古典を読むための系図作りだったんですが。そんなこんなで作っていくと、新たな発見が幾つもあるわけです。たとえば古代に繁栄していた蘇我氏は、当時日本に入ってきた仏教の受容をめぐって、物部氏と対立し、宗教戦争を引き起こしました。けれども、蘇我蝦夷の母は物部氏出身なんですね。物部氏というのは日本古来の大豪族で、大変な資産家でした。この母方のバックアップがあってこそ、蝦夷や入鹿が出てきたわけです。日本書紀にも「いろは たからに因りて、威を世に取れり」とあるぐらい、母方である物部氏の財力は重要でした。物部氏は蘇我氏によって滅ぼされたというけれども、結婚によってその血は脈々と受け継がれている。蘇我氏の後は、藤原氏が台頭してきたけれども、やはり蘇我氏の女性を母方に迎え入れることで、その力を吸い取ってのし上がっていったんです。

中村 母方のバックアップがあったんですね。

大塚 のちに日本を支配する藤原四家のうち三家の基となる三人も、お母さんは蘇我氏です。女系図でいくと、まさに「栄華は続くよ、どこまでも~」ということがよく分かります。

中村 平家も壇ノ浦で滅びたと言われていますけど、女系図でみると滅びていないんですよね。

大塚 そうなんです、むしろ滅びたのは源氏の源頼朝直系の方なんです。

中村 あと私がこの本を読んで驚いたのは、紫式部が天皇家にまで繋がっているということでした。

大塚 ええ、今上天皇にまで繋がります。

中村 私は紫式部って、単なる女官、偉い人のお世話係かと思ってた。

大塚 紫式部の子孫は繁栄してるんです。夫が別の女性となした子供の血筋も繁栄していますし、紫式部の娘の賢子は、天皇の乳母になっています。天皇の乳母というのは、権力に近づく大出世の糸口ですから、簡単にはなれるものではありません。ところが賢子は、紫式部の七光りでなれたんですね。

中村 紫式部は単なる女官じゃなかった。

大塚 はい。もともと紫式部の家は、かなりの上流階級でした。曾祖父の兼輔は、中納言で紀貫之のパトロンをやっていたぐらいだったのが、紫式部の父の時代には受領階級に没落してしまった。それがまた紫式部によって名を上げたんです。紫式部の代で築いたものが確実にあり、それはやはり『源氏物語』の筆者という名声によるものです。
 天皇家の皇子には、乳母が3~4人つくんですが、赤染衛門が書いた『栄花物語』には、他の乳母らは父親の名前が記してあるのに、賢子だけは母の名、紫式部の名のみが記されています。それは父親の宣孝が亡くなっていたからだという説もありますが、当時すでに紫式部も亡くなっています。ここから逆に生存説もあるものの、やはり紫式部が有名人だったから、こちらを記したと考えるのが自然です。賢子は母親が有名人だったから、天皇家の乳母になれたわけで、皇子の即位と共に従三位に出世しています。これは女性としてはかなりの高位です。

中村 紫式部は娘を一人しか産んでいない。でも、その娘が天皇家の乳母になった上に、優雅に歌とかかわしているけど、やってることはやってたお陰で(笑)。

大塚 もちろん上流階級にはやり捨てされたりするんですけどね。賢子も上流階級の男の子供を産んだものの、結婚は出来なくて、結婚相手は結局、同じ受領階級の高階成章とでした。

中村 上流階級の男と結婚出来なかったのは、やっぱり身分が違うからですか?

大塚 身分です。とにかく身分が絶対でしたから。中でも「腹が卑しい」と低くみられる。「劣り腹」なんて恐ろしい言葉もあったぐらいです。

中村 たとえ藤原道長の子といえども、生母の地位によって、人生がまったく違ったんですね。母権が強かったんでしょうか。

大塚 かなり強かったんですね。そもそも光源氏もお母さんの地位が低くて「更衣」だったので「更衣腹」と呼ばれた。それがために、いくら優れた子であっても天皇になれなかったわけです。親王にすらなれなかったのは、父の帝があえてそうしなかったんですけど、「源氏」といういわば普通の身分に落とされた。

中村 血筋というと、現代の私たちはどうしても父方というイメージがあるんですが、古来の日本では母方だったわけですね。

大塚 うんと昔になればなるほどそうです。平安時代以前はもっと。

中村 それって合理的ですよね。だって、母の血筋は確かですから。女が誰とこっそり密通してるかなんて、分かったもんじゃない。陰でこっそり下足番とやっちゃってるかもしれないし(笑)。そこへいくと、腹なら絶対ですよね、だってそこから出てくるわけですから。でも段々と、母系が父系になっていく。その原因は武士の台頭でしょうか。

大塚 そうですね、やはり武士の世の中になって、男が強くなってきたというのはあると思います。女への、道徳的な締め付けも強まりました。他の男のところへ財産が行くのを防がねばならないですし。

中村 囲い込むようになってくるんでしょうか。

大塚 そうですね。

中村 女が他の男の胤を仕込まないよう囲い込みだした、その最たるものが大奥ではないかと思うんですが、江戸時代にはそもそも女系図が作れなかったそうですね。

大塚 はい。各時代の権力者の生母が正妻である正妻腹率を出してみたんです。多分、本邦初(笑)。そうしたら平安時代は77%、それが江戸時代は20%にまで下がっている。権力者を産む「腹」は、誰でもよくなってきているんです。

中村 将軍の正妻は、身分の高い公家出身などで、政略結婚ですよね。よっぽどブスで性格が悪いのばっかりだったとか?

大塚 いえいえ、金と権力の集まるところには、美貌も集まります。だから、上流階級って、綺麗な人の割合が高いんですよ。幕末の大名家や明治の華族の家族写真など見ると、美男美女がゴロゴロいます。決して正妻の魅力がなかったからとは言い切れません。それに、ここまで数字が違うというのは、誰かの、もしくは何らかの意志が働いているとしか私には思えなくって、これを発見した時には、思わず震えが止まらなかったですね。

書籍紹介

女系図でみる驚きの日本史

大塚ひかり/著

2017/9/15発売

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

大塚ひかり

1961年生まれ。早稲田大学第一文学部日本史学専攻卒。個人全訳『源氏物語』、『ブス論』『本当はひどかった昔の日本』『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』『本当はエロかった昔の日本』『日本の古典はエロが9割』等、著書多数。

対談・インタビュー一覧

中村うさぎ

1958年、福岡県生まれ。同志社大学卒業。OLやコピーライターなどを経て小説家デビュー。壮絶な買い物依存症の日々を赤裸々に描いた週刊誌の連載コラム「ショッピングの女王」がブレイクする。『女という病』『私という病』『愛という病』『セックス放浪記』『狂人失格』(以上単著)『うさぎとマツコの往復書簡』(マツコ・デラックス氏との共著)『死を笑う うさぎとまさると生と死と』(佐藤優氏との共著)、『エッチなお仕事 なぜいけないの?』など著書多数。

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