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中村 明治になって、近代化されるまでは、女流作家の暗黒時代が続きますが、読み書きできなかったわけではないのに、なぜなんでしょう?
大塚 女流作家のみならず、室町時代は文学の暗黒時代ともいえます。唯一めぼしい『御伽草子』も、当時、書かれた物語群の総称で、個人名の作者がいるわけではありません。
中村 兼好法師はいつでしたっけ?
大塚 南北朝時代です。室町よりも鎌倉よりの頃、鎌倉末期ですね。
中村 『徒然草』も自慢ばっかりですよね。
大塚 中村さんは、自慢が嫌いなんですね。
中村 他人の自慢は嫌いなの(笑)。小自慢ばっかりしやがってって。
大塚 自慢話って没落した人にはありがちなんですよ。それで必死に自分を保ってる。
中村 キャバクラで「昔は俺もやんちゃでさ~」なんて威張ってるオヤジとか、大っ嫌いなんです! 会社行っても、そいつは威張れないわけ。周りの人はそいつの身の程を知ってるから。家族もそう。そうなるとキャバクラでしか威張れないわけですよ。本当はヤンキーですらない、ただの使いっ走りだったくせに。
大塚 悲しいですね。
中村 「もののあはれ」を感じます?
大塚 日本の文学にはそういうのが多い気がしますね。『源氏物語』にも紫式部の不全感みたいな悔しさがにじみ出てるんです。中納言だった曾祖父の藤原兼輔は、娘の桑子を醍醐天皇に更衣として入内させ、皇子も産まれているんです。なのにその皇子は天皇にはなれなかった。母親が「更衣」なのは、光源氏の母である桐壺更衣と同じですから、先祖がモデルではと言われるのも分かります。
そして光源氏の唯一の娘を産むのは、受領階級の明石の君です。当時は娘が政治の道具として使われていましたから、息子よりも娘が産まれる方が大事だった。その大事を成したのが、中流階級である受領の娘の明石の君だということに、自分も受領階級に身を落としていた紫式部の意思を感じるんです。
中村 娘が産まれる方が重要だったんですね、息子よりも。
大塚 断然、娘です。受領階級でいうと、もう一人、空蝉という女性がいるでしょう。
中村 源氏を振った人ですよね。振られた源氏は、弟を蒲団に引き込んで「お前の姉さんは冷たい」と身代わりにする。
大塚 ええ、その空蝉は夫が亡くなった後、なぜか源氏の屋敷に引き取られて厚遇されてるんです。別に妻でもないのに。受領階級の女がいい目をみるというのも『源氏物語』の特徴です。
中村 身びいきですね。
大塚 そう、左大臣の娘である葵の上はすぐ死んじゃうし、六条御息所も物の怪になったりするのに。
中村 六条御息所なんてインテリですよね。でも男がインテリ女を気に入らなくて、そういうのを書くのは分かるけど、紫式部自身もインテリなのに。インテリ女性が自分を制御出来なくて、生き霊にまでなるのを書くというのは、非常にシニカルな視線だなと思います。知り合いに似た女、モデルでもいたんでしょうか。
大塚 『源氏物語』には、かなりモデルがいたとは言われています。でも、紫式部の自虐もあると思いますよ。「雨夜の品定め」では、「博士の娘」が、随分馬鹿にされたキャラクターとして語られます。妻にした「博士の娘」が、風邪をひいて「にんにく」を食べていて、その臭い口で夫を追っかけてくると。末摘花も、馬鹿という設定ですが、インテリ臭が匂うところがあります。和歌の指南書で一生懸命勉強している。源氏に、その本を贈ったものの、突っ返されるというくだりがあります。
中村 末摘花といえば、ブスの代名詞ですよね。
大塚 でも妻にしているんです。六条御息所ですら正式な妻にはしていないのに。ブスの上に、極貧ですよ!? 当時は婿取り婚が基本ですから、お婿さんの生活の面倒は全部みるわけです。だから貧乏な女は、なかなか結婚出来なかった。そう思うと、婿取り婚も、女性にとって辛いものがあったんだなあと思いますが。
中村 源氏がただのやりチンだった(笑)?
大塚 真の色好みはそういうものだと(笑)。在原業平も「百年に、ひととせ足らぬ」女、三人の大きな息子がいるおばさんとやったと書かれています。さすがに本当に99歳だったわけではないでしょうが。
中村 でも当時としては相当なばあさんだったんでしょうね。
大塚 『源氏物語』でよく知られているのは、源内侍という当時57~58歳の色好みのおばさんが、19歳の源氏とやってますね。日本文学全般にもいえるのかもしれませんが、特に『源氏物語』は、落ちぶれている人の文学なんだなと、こういうところからも思います。
中村 それにしても室町時代以降、女流作家がいないのはなぜなんでしょう。
大塚 発揮する場がなかったんでしょうね。赤染衛門、和泉式部、清少納言に紫式部、全部、数十年の間に固まって出ています。それは外戚政治だったから、の一言に尽きます。娘を天皇に嫁がせ、そこに美貌や才能のある受領階級の娘を集めて、一大サロンにした。女がいないと平安時代の政治は成り立たなかったんですね。だからこそ、大貴族は娘の誕生を心から望んだ。当時、上流階級の女性は、親兄弟以外には顔を見せませんでしたが、女房は顔をさらして人前に出る仕事でもありました。サロン自体は、男子禁制ではなかったですから、そこがいいところだったんでしょうね。
中村 だから女房たちもやりまくってるんですね(笑)。
大塚 男がしげしげと通ってくる、そういう楽しいところになれば、大成功なわけですから。天皇や東宮がせっせと通ってくれて、女主人とセックスして子が産まれるのが目的ですから。だからこそ、凄い美女や面白い女性、才能有る女性が必要とされました。
中村 ようはキャバクラ作ってたんだね。
大塚 そうかも。私はキャバクラに行ったことないから分からないんだけど(笑)。キャバクラって女の子とセックスしてもいいのかしら?
中村 女の子は基本「やらずぼったくり」ですね。
大塚 まあ、阿漕な。
中村 やると、男の客って、途端に来なくなるんですよ。逆にホストはすぐ枕営業使う。やると女の客は「しげしげ」と通うから(笑)。
大塚 平安時代も、天皇を一度来させるだけじゃダメだったんですね。継続して通わせなければならない。そこに神経を使うわけです。
当時は実家で産んで、また後宮に戻るわけですけど、里下がりして経産婦になった娘に、お父さんがご飯を作ったりしています。早く元に戻って、また子作り出来るよう、美貌が衰えないよう、あれこれ心を砕くんです。一度の妊娠で終わってはいけない。ずっと綺麗でいなければならないというのは、本当に大変だったでしょうね。
中村 キャバクラはメンバーが入れ替わるんです。飽きてくるから。新しい子を入れないとダメ。
大塚 それでいうと、新参者の女房、いわゆる「今参」がいましたから、たまに新しい女房を入れているところも、同じですね。
中村 そうしたら「新しい子入りましたよ」って黒服みたいな人が営業電話かけるのかな(笑)。
一方で、この本にも書かれていたように、女房が無理矢理レイプされる、虐待事件も珍しくはなかったんですよね。東宮が、あの女とやっちゃえと他の男をけしかけて、無理矢理やらせるという事件もあったとか。
大塚 そうなんです。紫式部は、宴席で、酔っ払った公達に恐れをなして、同僚と「隠れよう」と算段していたんだけど捕まってしまって、歌を詠んだら許してやると言われて、必死で歌を詠んだと書き残しています。やっぱり女房は中流階級ですから、身分が下、だから下に見ているわけです。
中村 人数(ひとかず)にも入らぬと。
大塚 そこをうまく割り切って、出世の糸口にしたのが紫式部の娘の賢子ですね。
中村 華やかな世界だけど、レイプされるような危険もあると承知で、のし上がる。やっぱりキャバクラだ。しつこい酔っ払い客に、絡まれるところも(笑)。
大塚 そうね、でも出世があるから。のし上がっていく楽しみはあった、それも同じなんでしょうか(笑)。
【2017年10月22日・於A Day In The Life(新宿2丁目)】
書籍紹介
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大塚ひかり/著
2017/9/15発売
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大塚ひかり
1961年生まれ。早稲田大学第一文学部日本史学専攻卒。個人全訳『源氏物語』、『ブス論』『本当はひどかった昔の日本』『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』『本当はエロかった昔の日本』『日本の古典はエロが9割』等、著書多数。
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中村うさぎ
1958年、福岡県生まれ。同志社大学卒業。OLやコピーライターなどを経て小説家デビュー。壮絶な買い物依存症の日々を赤裸々に描いた週刊誌の連載コラム「ショッピングの女王」がブレイクする。『女という病』『私という病』『愛という病』『セックス放浪記』『狂人失格』(以上単著)『うさぎとマツコの往復書簡』(マツコ・デラックス氏との共著)『死を笑う うさぎとまさると生と死と』(佐藤優氏との共著)、『エッチなお仕事 なぜいけないの?』など著書多数。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 大塚ひかり
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1961年生まれ。早稲田大学第一文学部日本史学専攻卒。個人全訳『源氏物語』、『ブス論』『本当はひどかった昔の日本』『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』『本当はエロかった昔の日本』『日本の古典はエロが9割』等、著書多数。
対談・インタビュー一覧
- 中村うさぎ
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1958年、福岡県生まれ。同志社大学卒業。OLやコピーライターなどを経て小説家デビュー。壮絶な買い物依存症の日々を赤裸々に描いた週刊誌の連載コラム「ショッピングの女王」がブレイクする。『女という病』『私という病』『愛という病』『セックス放浪記』『狂人失格』(以上単著)『うさぎとマツコの往復書簡』(マツコ・デラックス氏との共著)『死を笑う うさぎとまさると生と死と』(佐藤優氏との共著)、『エッチなお仕事 なぜいけないの?』など著書多数。
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