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ジェーン・スー×村井理子「介護のホンネ」

2025年11月12日

ジェーン・スー×村井理子「介護のホンネ」

第1回 介護と家族の境界線

著者: ジェーン・スー , 村井理子

「介護未満」の80代父を「ビジネスライクに」サポートするジェーン・スーさん。6年にわたって「義父母の介護」に奔走している村井理子さん。家族構成は大きく違うけれど、それぞれの経験を『介護未満の父に起きたこと』『義父母の介護』(ともに新潮新書)としてまとめたふたりが、介護に求められる女らしさへの違和感から現代の介護システムの問題、自身の老後の不安までを本音で語ります。

【第1回】介護と家族の境界線(11月12日配信)

【第2回】介護が「女らしさ」の落とし前?(11月19日配信)

【第3回】介護の苦労を浄化するための方法(11月26日配信)

【第4回】私たちは「老後」をどう生きるか(12月3日配信)

構成=山野井春絵

撮影=曽根香住(新潮社)

(2025年8月29日、新潮社クラブにて)

村井理子さん(左)とジェーン・スーさん(右)。約2年ぶりの対面

それで、私たちの「老後」は?

ジェーン・スー(以下スー) ごぶさたをしております。私の新刊『介護未満の父に起きたこと』にすてきな書評を寄せていただきありがとうございます(「介護が人生の予習であるならば」「波」2025年9月号)。「本書は実の娘による父のケアの記録というよりも、著者の人生にとうとうやってきた、自分の未来との対峙の物語のように思える」とお書きになっているように、介護をしていると、じゃあ自分は将来どうする? ということを考えてしまいますよね。私はひとりっ子で結婚もしておらず、子どもも育てていないので、老後の自分を介護する家族はいません。それをリスクと呼んでもいいのですが、どんな家族構成であっても、老後にリスクを背負っているのはみんな同じですよね。村井さんはご自身の老後について、どう考えていらっしゃいますか?

村井理子(以下村井) 本当に難しいと思っているのは、「自助をどこまで保てるか」という一点ですね。 義母の認知症の症状を見ていると、それまでどんなに意識を高く持ち続けていても、病気になってしまえば自分ではどうにもならない、ということがわかってしまいます。認知症が始まってしまうと、どれだけ備えていてもゼロになるというのを見てきたので、最近はどうやったら認知症になるのを避けられるのか、そのことばかり考えています。

スー 認知症の原因は生活習慣だったり、社会的孤立だったり、まれに遺伝だったりするようですが、何が直接のきっかけになるかはわかりませんよね。

村井 例えば、ずっと健康で病気をしなかったとしても、80代にもなれば確実に衰えていくもので、避けようがありません。最近は、一緒に仕事をしている編集者に声を掛けて、「私がおかしくなったら教えて。変なものを書き出したら指摘して」とお願いしています。

スー 私は、認知症になる前から変なものを書き出す可能性が十分あります(笑)。でも、村井さんの本(『義父母の介護』)や連載(「村井さんちの生活」)を読んでいる限りだと、お義母さんはなんやかんやで幸せだろうなという感じがします。デイサービスへも「楽しいから行く」とか。もともとの性格が左右してくるのだと思うのですが、喜怒哀楽を精一杯表現していて、あまり我慢を強いられている感じがしません。

村井 うちの義母は、もう完全にフリーですね。いつも楽しげだし、一対一で会うときは特に幸せそうです。

スー そう聞くと、自分も「それでいいや」と思ってしまいます。私は叔母(母の妹)がずっと独身で、最終的に自分の判断でホームに入りました。誰か後見人みたいな存在は必要になりますが、立派な最期でしたよ。健康寿命をできるだけ長く保つことができたら、私はそれでいい。そこから先、認知症になっていろいろわからなくなってしまったら、それはそれでもういいかなと。ただ、お子さんがいると、またちょっと違うのでしょうね。

村井 そうですね。うちの双子は男ということもあって、最近は自分の老後と息子たちのことを切り分けて考えるようにしています。そう考えないと、かなりの重荷を背負わせることになるな、と。夫とも「夫婦ふたりで完結できるように、なんとかしていかなきゃいけないんじゃないか」と話しています。

スー ご夫婦でお話されているんですね。私の周りではいかにして「ひとりで生きていくか」と頭を悩ませている人も少なくありません。一方で、老後くらいはひとりがいいと言っている既婚者もいます。

村井 今のところは夫婦で話していますけど、こればかりは今後どうなっていくか私もわかりません(笑)。

スー 村井さんのお義父さんとお義母さんは、お互いが執着にも似た愛情で結ばれていて、それはそれですごいですよね。

村井 義父の場合は、やっぱり執着かな。話しているとだんだんわかってくるのですが、基本的に「俺が悲しい(・・・・・)」なんですよ。「俺が悲しい」からひとりにしてほしくない。義母が転んで怪我をしたり、体がぼろぼろになっていくのを見ても、「それは別にいいやん、俺が悲しくなかったら」みたいな感じ。義母のことを、所有物のように考えていて、今でも義母に靴下を履かさせたりする。「要介護3」の認知症なのにですよ。介護度が高い人(義母)が、低い人(義父)の世話をするという老老介護。それがちょっと私には理解ができなくて。今までも義父にとって義母という存在は、自分の生活のために必要な人なのかもしれない。認知症になってからも同じです。私はそれが嫌で、義父のことをすごく悪く書いちゃったりするのですけど。

「先回りしてしまう」自分に腹が立つ

スー そういえば村井さん、先日の日記に「もしうちに娘がいたら…」って書いていらっしゃいましたね(「だいわlog.」連載「ある翻訳家の取り憑かれた日常」8月9日の項)。娘がいたら、具体的にはどう変わったと思われますか?

村井 うちの家族、私以外は全員男なんです。介護の話をするときには、なんだろう、いつも肝心なことが伝わらないもどかしさがある。この話し合いに女性がもうひとりいてくれたら、なにか別の打開策が浮かぶのではないかなんて思ってしまうことがあって。友人の娘さんと一緒にご飯を食べているとき、こういう娘が家にいると母親にとってはすごくプラスだろうなと思うことがあるんです。

スー なるほど。うちの父はまだ「介護未満」ですが、私がいろいろと父のために動いているとき、女だからゆえに気づいてしまうこと、先回りしてしまうことがあるとしみじみ思います。それに対して、自分で自分を疎ましく思うんです。損得で考えているわけではないのですが、男の人だったらたぶん気づきもしないだろうとか、問題がもっと深刻化しないと真剣にならないのだろうなとか考えてしまう。父を通して、自分の“先回り癖”のようなものに気づかされるんですね。それは、明らかに後天的に身につけた特性だということがわかるから、恨めしいですよ。家の中の男性3人が気づかないなかで、平静を保ってひとりでミッションを遂行している村井さんを、私はすごいなと思うんです。

村井 正直、腹が立つことも多いですよ。でも、この10年ぐらいで、「説明するのが面倒だから、もう自分でやった方が早い」という悪い癖がついてしまいました。先回りしてしまう自分が、本当に嫌だなと思います。ただ、私もせっかちなので、「あなたたちがやらないなら、私がやるわ!」とばかりに、結局全部自分でやっちゃってる。介護に関する手続きにも無駄に詳しくなってるし…、とことんやっぱり調べるじゃないですか。でも男チームは全然。何もやろうとしない。この差は何かなって、いつも思っちゃうんですけど。

スー 私は逆に、できるだけそこを剥がすようにしていますね。気づいてもあえて「やらない(・・・・)」とか、これは調べておかないと事故るなみたいなことも「調べない(・・・・)」とか。もはや壮大な実験みたいな感じで、はたしてどうなるのかと。それだと誰かが死んだりするのかなと思いながら…。

村井 自分で自分を止めることも結構きつくないですか?  私は先が見えなくなるまでやらないと気が済まないタイプなんですよ。介護についても、何か疑問が残っていると、そこにイラッとしてしまうかもしれない。

スー それをグッと押さえつけるようにしていますね。もう1本ここに釘を打っておけば絶対落ちない橋だとわかっていても、誰も打たないのだとしたら、そのままにして本当に橋が落ちて流れるか見ていよう、というように。

村井 お父さんは「絶対にスーが釘を打ってくれるだろう」と思っているのかもしれない。

スー 父は人に頼ることへの躊躇がまるでないタイプなのですが、私に対してだけはそれが少しある。娘に頼るぐらいならば他の人に…という傾向があって、それこそ全然連絡をとっていなかった母の親戚に突然連絡したり。それが発覚して、最終的に私が謝り倒すことになるのですが。でも、その手前で、私がやらないと誰かに迷惑をかけるとか、何か言われることに対しても、できるだけ先回りして動かないようにしていますね。「全然気づかない人」になるための訓練をしているというか。

 この間も、土曜日のヘルパーさんがずっといなくて困っていたのですが、それでも私は血眼になって探すようなことはしなかったんです。見つけたとしても、その人に父が文句を言ったり、「別にいらないのに」という態度をとったりするのが容易に想像できたので。そんなの腹立つじゃないですか。あくまで「見つかるときは見つかるでしょう」というスタンス。それで、ようやくひとり見つかりました。それでも顔合わせのときには立ち会いましたよ。「顔合わせにも行かない」ができれば、上出来だなと思いながら、結局そこには顔を出してしまう。この先回り癖を、とにかくなくしたいなと思っています。

村井 それは私もです。これまでも、準備したり、根回ししたり、いろいろ先回りをしてきましたが、そんなこと誰も知らない。誰も何とも思っていない。何をしてもひっくり返されるし。うん、もう、この癖はやめよう、一回(笑)。

「先回りする癖をやめたい」というジェーン・スーさん

ジェーン・スーと村井理子の共通点

スー 村井さんの『義父母の介護』は、「最初は一生懸命」というところから始まって、「今ちょっとテンション落ちてます」で、終わっているじゃないですか。くしくも今私も、そういうふうになっています(笑)。

村井 もう疲れ切っちゃう、摩耗しちゃうんですよ。気持ちがついていかなくなる。最初は「お年寄りだからかわいそう」という気持ちで、助けになろうと思った。にもかかわらず、あらゆることをひっくり返されるし、文句やわがままを言われて心が折れる。それでも最初のころは、しょうがないなって我慢もしたのですが、それもこんなに長くなると…。だからもうプロにバトンタッチする時期なんだろうな、と思ったんですよね。

スー 私と村井さんは年齢こそ近いですけど、住んでいるところも家族構成も、ケアしている人との関係性も違う。それでも共通点がある。お互い根本的に、自分が育ってきた家族に対して、愛はあれど信頼とか信用とかが十分にはないじゃないですか。一緒にして申し訳ないんですが。

村井 はい(笑)。

スー だから難しい。一般的には、「家族は基本的に信頼できる相手だ」という前提で話が進むでしょう。その固定観念にアジャストしなければいけないのが、いちいちつらい。もちろん私も村井さんも、そうした空気の中で生きていかなくちゃいけないし、それを否定もしない。そうすると、どんどん傭兵みたいになっていきますね。

村井 そうそう。私は、どれが自分の家族なのかということがわからない。もちろん現在の家族はあるけれど、それが自分にとってどういう存在なのかというのが、正直あまりよくわからないというか。元の自分の家族である両親も兄も全員いなくなっちゃったから、余計にそう思うのかもしれません。だから自分でもときどきびっくりするほど、義父や義母に対して冷淡な気持ちになることがあるんですよ。

スー それはなりますよ! 私は実の親に対してですが、いつもそう思っています。村井さんは、健康的に他者との境界線が引けていると思いますよ。

「こんなに長く義父母の介護をするとは思わなかった」と村井理子さん

えっ、こんなに払わなきゃいけないの⁉

スー 介護を続けていると、どこかで「やってもらって、当たり前」になってくるじゃないですか。でも、「それは当たり前じゃないんだよ」ということを相手に分からせるためには、ある種の冷たさや強さが必要になってくる。そういうパワーバランスを現実的に考えていること自体に、我ながらうんざりしますね。お互いがお互いを思いやって、これ以上は踏み込まないようにしようとか、それができればどれだけいいか…。最初は甘えを聞いてあげるのが心地よかったのが、だんだんと「これ、舐められてるな」という気持ちになってきて…。

村井 わかります、すごくわかる。それがしんどいですよね。舐められることを回避するために、こちらも大げさにしないといけなくなる。義父も「やってもらって当然」という気持ちがすごく強い人で、敬われて当然、愛されて当然みたいな気持ちがあからさまに見えるから、そのたびに嫌になります。

スー うちの父はだいぶそれがなくなってきました。たぶん私が距離を置き始めたからだと思うんですよね。「ちょっと娘の機嫌を伺わないと、やってもらえないぞ」というのがたぶんわかり始めたのでしょう。「ごめんね」とも思いますが、難しいですよね。いくら家族とはいえ、完全に警戒を解除した状態では付き合えない。それを家族という輪の中でやらなきゃいけないというのが、結構きつい。

村井 家族という小さな集団がある。いろいろありながらも、何とかまとまっていた。そこに突然介護が入ってくると、どんどんシビアに、そして関係性がタイトになってきますね。介護は平気な顔をして生活に侵食してきますから。お金のこともそう。え、こんなに払わなきゃいけないの?って、単純にものすごくダメージがありますよね。

スー  私の場合、完全に自分の老後資金を父のケアに横流ししているだけ。おかしいよな、と思っています。私は子どもを産んでも育ててもいないのに、医学部に入れるくらいの額をすでに父親につぎこんでいます。それでも、「あなたは恵まれている。稼いでいるから、それだけのことを父親にしてあげられるのでしょう」みたいなことを第三者に言われることもあって。いや待って、こっちは1円も持ってない父親だぞ!と頭に来たことがあります。普段は何を言われてもあまり気にしないようにしているけど、自分自身でも引くぐらい怒っちゃった。私と代わるか?って。

村井 うちは義父が要介護2、義母が要介護3になったのですが(註 2025年8月時点)、ヘルパーさんを頼んでデイサービスに通わせたら、かなりの額が毎月かかります。そのお金がなぜか私の銀行口座から引き落とされるのが、地味に

スー それは…「地味に」じゃないですよ!

村井 もちろん、出所は同じだから夫の口座からでもいいのですが、そこは私がバカだったんです。夫に手続きをさせると余計な手間がかかるので、全部自分でやっちゃったんですよね。その結果、介護費用の全てが私の口座から引き落とされるようになってしまいました。その事実も含めて、引き落とし額を見るたびに「うぐー」って腹が立つ。

スー それ、絶対に旦那さんの口座に変えた方がいいですよ。そしたら、旦那さんも身をもって知るんじゃないですか。(第1回おわり)

 

*第2回はこちらから

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ジェーン・スー

1973年、東京生まれの日本人。作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティ。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ文庫)、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮文庫)、『おつかれ、今日の私。』(マガジンハウス)、『闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由』(文藝春秋)など。

村井理子

むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』『エデュケーション』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』など。著書に『(きみ)がいるから』『村井さんちの生活』『兄の終い』『全員悪人』『家族』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『いらねえけどありがとう』『義父母の介護』など。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
 「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
 どうして自分が「考える人」なんだろう―。
 手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
 それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

ジェーン・スー

1973年、東京生まれの日本人。作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティ。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ文庫)、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮文庫)、『おつかれ、今日の私。』(マガジンハウス)、『闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由』(文藝春秋)など。

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