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高野秀行『幻のアフリカ納豆を追え!』試し読み

プロローグに戻る)

1.幼なじみとイスラム過激派

(ひで)ちゃん、ダワダワの製造農家取材、9月の下旬に行ってきま~す。西アフリカ共通のうま味調味料ということがわかって、前から行こうと思ってたので。確かボコ・ハラムとかの活動エリアに近づくので、3人のAK47(カラシニコフ突撃銃)を持ったセキュリティー(武装護衛)と行きます。場所はカノというところ。一緒にどう? 笑」(カッコ内は高野が補足)
 お気楽なのか物騒なのかよくわからないこんなメッセージが届いたのは、二〇一六年八月末のことだった。差出人は「(けん)ちゃん」、送信元はナイジェリアのラゴスである。
「おおっ、これは!!」と目を(みは)ってしまった。
「プロローグ」で記したように、アフリカに「納豆らしき発酵食品」があるという話は前からあちこちで見聞きしていた。呼び名は国や民族によって様々らしいが、最も知られているのがナイジェリアの「ダワダワ」だろう。熱帯植物の研究者である吉田よし子氏の『マメな豆の話』でも名前が挙げられているほか、納豆業者関連のホームページなどでもときおり目にする。
 だが、しかし。ダワダワは「納豆」と呼んでいいものだろうか。「プロローグ」でも述べたが、これらは原料が大豆ではない。大豆はそもそもアジア原産で、アフリカで栽培されるようになったのは、二十世紀になってからなのだ。
 文献によれば、ダワダワは学名Parkia biglobosa、英語でAfrican locust bean、日本語では英名を直訳し「アフリカイナゴマメ」と呼ばれる豆を発酵させるという。聖書に登場する「イナゴマメ」とは全く別物。もちろん、日本には存在しない豆だ(以下、学名を省略して「パルキア」と呼ぶ)。
 発酵した豆が納豆と呼べるものかもさっぱりわからない。以下、これらの未確認納豆の総称として「アフリカ納豆(仮)」と呼びたい。
 ところで、アフリカと言ってもひじょうに広い。アフリカに馴染みのない人に私は次のように説明している。まず、アフリカ大陸は「ゾウの横顔」に似ている。右側に長くて太い鼻が垂れ下がり、左側に大きな耳がある。このゾウの頭の上の辺り(地中海沿岸部)が「北」、鼻の付け根の辺りが「東(東部)」、鼻の部分が「南部」、鼻と耳が交わる部分(赤道近く)が「中央」、そして耳の大部分が「西」。この最後の西アフリカ諸国でアフリカ納豆(仮)が食べられていると言われる。
 だが、アフリカにおける納豆は他のどこよりも秘密のベールに閉ざされている。まずアフリカ納豆(仮)の日本語での情報は乏しい。一つには西アフリカが日本人にとってあまりに遠く、日本語の情報が全般的にひじょうに少ないこと。
 同じアフリカでも東部や南部は旧イギリス領であり、従って共通語や公用語が英語である場合が多い。ところが西アフリカは半分以上がかつてフランスの植民地で、今でもフランス語を公用語としている。フランス語を覚えないと何もできないので、日本人で西アフリカをフィールドにする研究者、NGO団体、現地在住邦人などもごく少数にとどまる。英語圏の国でも、政治経済の研究や支援が主で、食べ物にはスポットが当たっていない。特に納豆みたいなものは「どうでもいいもの」と見なされている節がある。私がざっと見たかぎり、日本人の手でダワダワやスンバラについての食品化学や文化人類学、微生物学的アプローチはなされていないようだ。
 二番目の理由は西アフリカが広大で多様性に富んでいること。
 アフリカ大陸の四分の一ほどを占めるこの土地では、莫大な数の民族が十数カ国にもまたがって暮らしている。「アフリカ納豆(仮)」といっても、どの程度の範囲で食べられているのか、そもそも彼らがみな同じ豆を使い、みな納豆のような味と匂いと粘り気をもつ食品を作っているのかどうかも見当がつかない。パルキアとはちがう豆を使っている地域もありそうだ。
 そして、アフリカ人やアフリカを研究している欧米人は日本の「ナットー」など知らないので、「これは××(国や地域)におけるナットーみたいなものです」なんて書き方はしない。だから何が納豆なのか皆目見当がつかない。英語やフランス語で論文や食関連のサイトを検索しようにも、検索ワードをどのように入れたらいいのかわからない。
 もちろん、グーグルで「fermented beans(発酵した豆)」「Nigeria(ナイジェリア)」と入れて検索すればいろいろなものがヒットするが、見たことも聞いたこともない植物名、食品名、学名、民族名、地名の羅列である。「ItsekiriがOndoでCitrus vulgarisから作るwoloh」と書かれていてもただ呆然とするばかりだ。
 何よりの問題は、私が西アフリカへ一度も足を踏み入れたことがなく、土地勘が一切ないことだ。アジア納豆の取材のときは、地名、民族名、土地の様子、どんな野菜が市場に並んでいるかなど、たいてい頭に入っていた。現地の言葉もけっこう話せた。
 西アフリカに限ってはそういった予備知識や経験がゼロだ。学生時代から長らく西アフリカに憧れていながら、結局一度も機会がないまま、今に至っている。
 やはりこれは一度自分で現地へ行かねば始まらないと思う。ただ、そこにはまた別の大きな障害があった。
「アフリカ納豆(仮)」のエリアは、なぜかイスラム過激派が活性化している地域と重なっているのだ。現在アフリカの過激派に最も詳しい日本人は、私の早大探検部時代の後輩で、二〇一六年三月まで四年間ヨハネスブルク支局長だった毎日新聞記者の服部正法じゃないかと思うのだが、彼が『ジハード大陸 「テロ最前線」のアフリカを行く』という本で取り上げている過激派はソマリアのアル・シャバーブ以外はすべてアフリカ納豆(仮)地帯で活動している勢力だった。
 これは果たして偶然なのだろうか? 納豆が陰でイスラム過激派の糸を引いている――なんてことはないだろうが、その関係についてはおいおい考察していかねばならないだろう。
 それにしても面倒なことこのうえない。納豆取材は過激派と相性がよくないのだ。
 私は自分でも過激派(ソマリアのアル・シャバーブ)に襲われた経験があるから想像がつくし、服部も同じことを言うのだが、危険地帯であっても、現地にパッと行って数時間取材してすぐ引き上げれば、リスクはさほど高くない。
 過激派が襲撃や拉致を行うにしてもやっぱり段取りや準備、根回しが必要だ。
「なんか、××村にヘンなアジア人が来てるって俺のダチが言ってんですけど、ちょっと襲ってみないっすか?」「お、いい話だな。じゃ、兵隊十人くらい、あと車も三台くらいソッコウ用意しろ」「今使える車は一台しかないっす」「そっか、じゃ、部隊長に言って他から借りねえとな」……あくまで推測だが、こんな会話が携帯電話やSNSのチャットでやりとりされ、計画が立ち上がるのではないか。
 もしこちらが日帰り程度の素早さで動けば、彼らが襲撃の用意をしているうちに、仕事を終えて危険地帯から脱出できる。
 ところが納豆(あるいはそれに類似した発酵食品)というのは、半日かけて豆を煮て、それから仕込んで二泊三日くらいはかかる。三日か四日は同じ場所に待機しなければならない。しかもそれは町外れや村であることが多いだろう。納豆の類いは(くさ)いから町の中心部ではあまり作られない。
 外国人が(へん)()な場所に何日も滞在していたら、これはもう「どうぞ襲って下さい」と言っているようなものだ。
「ダワダワ」の産地として最も情報量が多く、真っ先に行ってみたい場所であるナイジェリア北部には、世界のイスラム過激派の中で最も凶悪な連中が出没している。ボコ・ハラム。〝ボコ〟は英語のbookに由来し、地元の共通語であるハウサ語で「アルファベット(ローマ字)」を意味する。〝ハラム〟はイスラムで「禁忌」のこと。つまり、アルファベット表記に関するすべてを否定しているのだ。
 日本ではしばしば「西洋教育は悪」と意訳されるこの組織は、クリスチャンの高校の女子生徒二百名を拉致して世界に悪名を轟かせた。他にも自爆テロや小さな村を襲っては学校教育を受けた者を皆殺しにするという、恐ろしい行為を繰り返している。現在はIS(イスラム国)に忠誠を誓っていると聞く。
 西アフリカの伝統文化の中心地と言われるマリやニジェールもアルカイダ系の過激派組織が勢力を伸ばしており、似たり寄ったりの状況のようだ。どこから手をつけていいのかもわからず、取材を先延ばしにしたくなるのも理解していただけるだろう。
 さて、ここで話はやっと冒頭に戻る。「ナイジェリアの健ちゃん」だ。
 彼は私の幼なじみである。父親同士が勤め先の同僚で、私たちは小学生のとき、一緒にスキーに行ったりして遊んだ。この健ちゃん、その後、東北大学で食品化学を専攻し(卒論のテーマは豆腐)、たまたま味の素株式会社に研究員として就職。ペルーやブラジルなどの勤務を経て、たまたま今ナイジェリアに駐在中であった。
 といっても、実は私たちは小学校以来、一度も会ったことがない。十年ほど前、健ちゃんが私のフェイスブックを見つけて、何度かやりとりをしたことがあるだけだ。だから私の脳内では健ちゃんは毛糸のスキー帽をかぶった可愛らしい小学男子のままだ。
 その小学男子曰く、現地向けの食品開発リサーチを行う過程でダワダワの存在に注目していたとき、たまたま私の納豆の本を読んだ。すると、エピローグでダワダワにも触れていたので、「俺と同じことに興味もってるじゃん!」と驚いた。なので、同国北部のカノという町へ武装警官の護衛付きでダワダワの調査へ行くことになったとき、半分冗談で「一緒に行かない?」と声をかけてきた。健ちゃんによれば、アジノモト現地法人のカノ支店の社員が住んでいる村で取材が出来るという。
 なんという「たまたま」の多さ。なんという「うってつけ」の状況。
 やはり私は納豆に操られているとしか思えない。
 私はソマリアやソマリランドでよく武装した護衛をつけるが、本当にカネがかかる。彼らの日当自体は大したことがなくても、彼らの宿泊代と食事代、車のチャーター代やガソリン代がハンパでないのだ。今回、そういった諸経費はもちろんアジノモトが出すので(健ちゃん一人だって金額は変わらない)、私は自分のホテル代や交通費だけ負担すればよい。
「行く!!」とすかさず返事をした。さすがに少し日程をずらしてもらい、十月上旬に旅立つことにした。
 大学時代の先輩で納豆取材のパートナーである(たけ)(むら)(ひろむ)さんにも声をかけた。竹村さんはテレビのドキュメンタリー番組を作るフリーのディレクターであるが、あくまで趣味として幾度となく私の納豆探索に同行し、映像を撮影してくれていた。色黒で筋肉質の裸の大将のような風貌で一見(こわ)(もて)に見えるが、納豆と酒をこよなく愛し、ときに鋭い問いを投げかける頼もしい相棒だ。
 先輩は「お、面白そうじゃん!」と二つ返事。航空券を買い、ビザも取得し、黄熱病の予防接種も三十年ぶりに打った。
 かくして、ろくな準備も下調べもなく、いきなり究極の未確認納豆「ダワダワ」に挑むことになったのだった。

(続きは本書でお楽しみください!)

高野秀行

1966年東京都生まれ。早稲田大学探検部在籍時に執筆した『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。辺境探検をテーマにしたノンフィクションを中心に『西南シルクロードは密林に消える』『ミャンマーの柳生一族』『アヘン王国潜入記『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』など著書多数。『謎の独立国家ソマリランド』で第35回講談社ノンフィクション賞、第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。最新刊は『幻のアフリカ納豆を追え! そして現れた〈サピエンス納豆〉』(新潮社)。

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何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹


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