3月11日、夕刻の岩手県陸前高田市。暗闇に包まれていく市街地を、小さな灯たちが彩る。「高田に輝(ひかり)の花を咲かせよう」は、今年で三度目の開催を迎えていた。「輝」という文字は、25歳で消防団の活動中に亡くなった菊池勇輝さんの名前からとったものだった。この場も彼の同級生たちが呼びかけたものだった。
 ミラーボールの光の粒を追いかけて、きゃっきゃとはしゃぐ子どもたちの影が駆け抜けていく。時折り海風に揺らぐロウソクの灯を眺めながら、ただじっと佇んでいく人もいる。思い思いの時間を過ごすことが、受け入れられている空間だった。ただそこに確かに共有されていたのが、“悼む”という時間だった。
 日々目まぐるしく、街の風景は変わっていく。けれどもそれと同じ早さで、人の心が前に進むとは限らない。「5年目の“節目”という言葉が響く度に、“もう立ち上がりなさい”といわれているよう」。そんな言葉をこの街で耳にしたことがあった。どんな復興も、どんな街づくりも、“悼み”がなければ脆いものになってしまうはずだ。
 輝き。それは人が集う場そのものであり、これからを照らし出す希望だった。命はこうして、つながっていく。