日が落ちるとひんやりとした空気に包まれる、ドホークの街並み。
 

 イラク北部の都市、ドホーク。真下に広がる夜景は美しく、けれども静かな安らぎが満ちていた。この数十キロ先で戦闘が起きている、その悲しみさえ包み込んでいるようだった。

 似た風景を、どこかで見たことがある……記憶を手繰り寄せていくうちに、懐かしいシリアの情景が浮かんだ。そうだ、ダマスカスの山から見た街も、そんな優しい時間を刻んでいた。

 ふるさと。その言葉の意味をこれほど考えた5年間はこれまでなかっただろう。イラクで、シリアで、街が街でなくなり、慣れ親しんだ場所を追われた人々に出会ってきた。彼らが元の営みを取り戻す日は、まだぼんやりとさえ見えてこない。それでも生きる人々を支えるのは、生まれ育ち、自身を育んだ場所、心に刻み込まれた故郷の姿だった。

 あるとき、イラク人の友人が、こんな言葉をくれたことがある。

 「月のない夜には、明かりを頼ればいい。明かりがなければ、蝋燭を灯せばいい。蝋燭がなければ、暗闇に目が慣れるまで待とう。やがて、太陽が昇り、光に包まれるだろう」

 今、この言葉が祈りとなり、日本や世界の至るところで夜を越えようとする人々を、優しく包んでいきますように。

ISから逃れ、イラク国内で避難生活を送る子どもたち。
 
 

 

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シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。