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インドの神話世界

2018年12月12日 インドの神話世界

3 神話学からみる『バーフバリ』

著者: 沖田瑞穂

 今、大流行しているインド映画『バーフバリ』(二部構成、「伝説誕生」「王の凱旋」。2017年公開。S・S・ラージャマウリ監督)。日本では熱狂的なファンが多くうまれ、みなさん何十回と劇場に足を運び、「王を称え」、一斉に「バーフバリ・コール」を発しています。雑誌などでも『バーフバリ』特集が組まれたこともあり(『ユリイカ』2018年6月号など)、もはや社会現象とも言えましょう。
 ここでは、この『バーフバリ』を神話学から見たらどのようなことが分かるのか?ということを考えていきたいと思います。
(以下、映画『バーフバリ』についてのネタバレが含まれています。ご注意ください。)

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『バーフバリ』のあらすじ

 『バーフバリ』は、「マヒシュマティ王国」の王位継承権を巡る、二人の王子の争いが中心となるテーマです。共感を持って描かれる主人公はマヒシュマティ王国の王子アマレンドラ・バーフバリと、その息子マヘンドラ・バーフバリです。
 敵役の王子(のちに王)はバラーラデーヴァ。バラーラデーヴァの実母であるシヴァガミが、生まれたばかりのアマレンドラを引き取って、自らの子と同様に愛情を注いで育てました。
 アマレンドラの妻が「クンタラ王国」の王女デーヴァセーナです。シヴァガミとデーヴァセーナ、姑と嫁の軋轢がやがて破滅的な結末を王国にもたらします。バラーラデーヴァの策略に落ちたシヴァガミの命令で、アマレンドラが命を落とすのです。
 しかしそのとき、アマレンドラとデーヴァセーナの息子が誕生します。全てが息子の悪企みだったことを理解したシヴァガミは、この息子をマヘンドラ・バーフバリと名付け、次の王であることを宣言し、この子を守り抜いて命を落とします。
 マヘンドラは滝の下の村で成長して何も知らないままマヒシュマティ王国へ行き、クンタラ王国の残党である女戦士アヴァンティカと恋に落ちます。アヴァンティカの懇願で、そうとは知らずに捕らわれの母デーヴァセーナを救出。アマレンドラがかつて叔父のように慕い、信をおいた最強の剣士・カッタッパから全てを知らされ、彼の助けを得て、バラーラデーヴァと戦い王権を取り戻します。

 さて、この作品には、インド神話のモチーフがいろいろと出てきます。

『バーフバリ』に出てくる神さま

 舞台となる王国マヒシュマティは、シヴァ神をあがめる国です。一方、クンタラ王国はクリシュナ神をあがめています。
 主役のアマレンドラとマヘンドラの親子は、名前にどちらも「インドラ Indra」を含んでいます。それぞれ分解すると、アマラ・インドラamara-indra「不死なるインドラ」と、マハー・インドラmahā-indra「偉大なるインドラ」という意味になります。

 シヴァとクリシュナとインドラと、インドの神々が続々と出てきました。それぞれの特徴をみてみましょう。

・破壊と生殖の神・シヴァ

 シヴァ神は、ヒンドゥー教の三人の最高神のうちのひとりです。まずヒンドゥー教は多神教で、多くの神々が崇拝されています。「三人の最高神」とは、その多神教世界を構成している神々の中でも、世界を創造するブラフマー神、その世界を維持管理するヴィシュヌ神、そして時が来るとその世界を破壊するシヴァ神の三神のことで、最も上位の神とされているのです。
 究極的には、この三神こそが宇宙の同一の最高原理のあらわれとされており、「トリムールティ」(三神一体)という説が出てくるようになります。つまり、「一つの最高原理」がまずブラフマーとして現れて世界を創造し、次にヴィシュヌとして現れてその世界を維持し、最後にシヴァとして現れてその世界を破壊する、というものです。
 シヴァ神はこのようにインドの壮大な宇宙の流れの中に在って世界を破壊する恐ろしい破壊神ですが、一方で、生殖の神でもあり、その象徴はリンガと呼ばれる男性の生殖器です。生と死という、相反するように思われる両側面を担う神ですが、実は神話において、生と死は切り離しがたい、表裏一体の関係にあります。
 映画『バーフバリ』は、シヴァ神をあがめるマヒシュマティ王国の軍事大国としての側面を強調しています。この王国のシヴァ的な性格を表しているように思われます。

・ヴィシュヌの化身の英雄・クリシュナ

 クリシュナ神は、ヒンドゥー教の三人の最高神のひとり、ヴィシュヌの化身とされます。化身というのは、神が、仮に人間や動物などの姿を取って地上に現れたものを指します。インターネットで用いられる「アバター」という用語は、「化身」を意味するサンスクリット語「アヴァターラ」に由来します。クリシュナはまた、インド二大叙事詩のひとつ『マハーバーラタ』(後述します)の英雄でもあり、牧女たちの衣服を盗んだりするいたずら者の神でもあり、いくつもの側面を持つ複雑な神です。『バーフバリ』では、このクリシュナ神を崇拝するクンタラ国を、自然豊かな牧歌的な雰囲気で表現しており、クリシュナのイメージが伝わってきます。

・戦と雷の神・インドラ

 インドラ神は、シヴァ神やクリシュナ=ヴィシュヌ神よりも、一段階低い地位にありますが、ヒンドゥー教より古い、バラモン教の神話の中では、「神々の王」として崇拝を集めていました。ヒンドゥー教に入って、シヴァやヴィシュヌが台頭し、相対的に地位を落としたのです。自然現象としては雷の神、そして戦の神です。仏教によって日本に入り、帝釈天と呼ばれています。
 『バーフバリ』では、アマレンドラが死んだ日にマヘンドラが息子として誕生します。この親子がどちらも名前に「インドラ」を含んでいることを併せて考えると、マヘンドラはアマレンドラの「生まれ変わり」と見ることができそうです。それがために、この親子は同じ俳優によって演じられているのでしょう。
 このように『バーフバリ』は神話的な要素を多く取り入れているのですが、それ以上に興味深いのが、叙事詩『マハーバーラタ』を土台にしているということです。基本的な構造に加え、ストーリー展開や、人物像に、その影響が認められます。
 そこで次に、この壮大な叙事詩について触れておきましょう。

『マハーバーラタ』とは

 『マハーバーラタ』は、全十八巻、約十万詩節よりなる、世界でも最大級の大叙事詩です。作者は作中人物でもある伝説的な聖仙ヴィヤーサであると伝えられていますが、実際には一人の人物によって書かれたものではなく、相当な長期間、およそ紀元前四世紀頃から紀元後四世紀頃の間に、次第に形作られたものと推測されています。
 『マハーバーラタ』の主題は、神話における古代の王族・バラタ族の王位継承問題に端を発した大戦争です。物語の主役はパーンダヴァ(「パーンドゥの息子たち」という意味)と総称されるパーンドゥ王の五人の王子と、彼らの従兄弟にあたる、カウラヴァ(「クル族の息子たち」という意味)と総称される百人の王子です。
 この従兄弟同士の確執は一族の長老、バラモン、多くの英雄たちに波及し、周辺の国々をも巻き込んで、やがてはクルの野で十八日間にわたって行われる大戦争に至ります。
 戦争はほんの数名の生き残りを除き、両陣営とも深い痛手を負って終わりを迎えます。
 それでは、この『マハーバーラタ』と、『バーフバリ』がどのような共通点を持っているのか、見ていきましょう。まず全体像が分かるように、人物の対応を表にまとめました(表1)。

〈表1 人物の対応〉

 

「国母」シヴァガミ、王位継承者を育てる(『バーフバリ』)
「王母」サティヤヴァティー、嫁に王位継承者を生ませる(『マハーバーラタ』)
―王権の初期に現れた「母」たち

 アマレンドラの養母であり、バラーラデーヴァの実母であるシヴァガミは、無能な夫を王位から遠ざけて、マヒシュマティ王国の王権を掌握しました。そしてアマレンドラとバラーラデーヴァを等しく育て、将来どちらか、より優れた方に王権を与えることを誓っています。
 このような「国母」シヴァガミのイメージには、『マハーバーラタ』に登場するクル族の「王母」、サティヤヴァティーの姿が反映されているように思います。サティヤヴァティーは、クル王家の初期に現れる王妃です。王との間に二人の息子をもうけましたが、二人とも若死にしました。
 シヴァガミとサティヤヴァティーは「国母」「王母」と、似た呼称を持ち、王家の初期において王権の行方を握る立場にあるという共通点があります。シヴァガミはヴィクラマデーヴァ王とその王妃の急死を受けて国政を把握し、アマレンドラと自らの息子バラーラデーヴァを育てました。サティヤヴァティーは、二人の息子の若死にによる王位継承者不在の事態を打開するため、自分のもう一人の息子であるヴィヤーサ仙に、未亡人となった王妃たちとの間に息子をもうけさせ、王子を誕生させるため主導権を発揮しました。
 つまりどちらも、次世代とさらにその次につながる王統の「母」であるのです。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

沖田瑞穂

おきた・みずほ 1977年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。中央大学、日本女子大学、等非常勤講師。専門はインド神話、比較神話。主著『マハーバーラタの神話学』(弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『インド神話物語 マハーバーラタ』(監訳、原書房)、共編著『世界女神大事典』(原書房)。

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