ハゲにとって帽子は髪です。ただのハゲ隠しではありません。個人的にはいい歳してレゴの人形みたいにみっちり頭髪が生えている人よりもハゲてるほうが断然かっこいいよなと思っていますが、なんというか人間の体ってよくできてるというか無駄がないんですよね。髪には髪の仕事がある。だからハゲはその仕事を補う道具がどうしても必要なのです。それが帽子。
 寒さを避ける、陽射しを遮る、顔面に流れ出る汗を堰きとめる、同様に多少の雨も防げる、なにより頭をぶつけたときのクッションになる。わたしのような規格外サイズは帽子を忘れると流血沙汰もしばしば。「髪は女の命」とか申しますが、「帽子はハゲの命綱」といったところでしょうか。弁当忘れても帽子忘れるべからず、です。
 ファッションアイテムから必需品寄りになっていったのは40代。ハゲというほどじゃないけど髪型を変えて楽しむほどボリュームがなくなってから。それまでもかなり持ってはいました。が、散髪しに行く感覚でより気軽に買うようになったのです。
 とくに決まった店はないけれど『CA4LA』とか好きでいまでもよく買います。が、市販の既製品ではどうしても見つからない機能があったりするんですよね。機能というと大袈裟ですが、たとえば夏の帽子は手洗い可能でないと困る。ドライクリーニングでもいいんですが、帰宅したその足でウガイより先にちゃっと洗って、きゅっと絞ってコートハンガーに下げておきたい。
 一晩のうちに乾いてほしいから厚い裏地はいらない。毎日みたいに水をくぐってもダメージの少ない丈夫さも備えていてほしい。極端な型崩れも御免。もちろん頭が蒸れない通気性の良いファブリックでなければ困る。頭皮に密着するデザインなんて以ての外。自分で書いていても、そんな都合のいい帽子なんかあるもんかって感じ。
 ところが京都にはそういうものを御つくりおきしてくれる店があるんですよ、奥さん。
 帽子のオーダーメイドをされている『Orife』藤岡元さんの存在を知ったのはいつだったでしょう。そのときはかなり真剣に上記の条件を満たす夏帽子を探していました。とりわけ浴衣のときにかぶれるものがないかと鵜の目鷹の目。もしかしたらウェブサイトかもしれません。古い日本の素材を使ってもの作りをされていると知ってピンときました。私の夏服の基本である京都発の和柄シャツ『玉葱工房』の友禅アロハにもきっとキマるはず。

材料を持ち込んで作ってもらうことも可能。だから浴衣を仕立てたあとの反物の残りで共生地の帽子とか楽しい。上等でも着られないキモノを箪笥の肥しにしないでおく冴えたやり方でもある。


 現在は無店舗でお商売をされているのですが、当時は週末なら工房に伺えたので帰国中の間隙を縫ってお邪魔しました。積み上げられた古着や昔の反物を見せていただいただけで、どれほど真剣に、愛情をもって和の生地に向き合っておられるかがわかります。見事なクオリティが揃っていました。
 迷いに迷った末にわたしがお願いしたのは黒地の近江上布と白地の蚊絣を切り返したハンチング。結果だけ申し上げれば、作ってもらってこんなによかったと思える御つくりおきも珍しいくらいにいいものを拵えてくださいました。すべての必需品条件を完全にクリアしているだけでなく何度も水をくぐることでなんともいえない風合いが生地に加わってきているのです。
 そんなわけでまた絶対に夏帽子を作ってもらおうと予定しているわたし。次は黄八丈がいいなー、それとも泥大島かなーと心は千々に乱れます。でもね、本当はね、最初に伺ったときに見せていただいた丹波布が忘れられないんですよねー。ずいぶん前に一度きりしか見ていないのに手触りごと鮮明に記憶しています。だけど丹波布は夏じゃないんだよなー。うーん。
 帽子を注文したとき、先々布地が痩せてきたり破れたりしたら直しますので、とおっしゃった藤岡さん。「そういうのも含めて国産生地の佳さだと考えているので」と。『一澤帆布』の鞄なんかでもそうですが、修理修繕は御つくりおきの〝美しさ〟を象徴する仕事ですね。とても嬉しかったのを覚えています。
 だってものには想い出が宿るから。愛着を持って触れてきた道具は寿命が来ても簡単には捨てられません。日本人の性質でしょうかね。
 神社や寺院をお参りするとしばしば筆塚だの櫛塚だのといった壊れた道具を鎮魂する碑が建てられています。でもいちばんいいのは『Orife』みたいに別物として蘇らせてやることでしょう。ただ繊維製品みたいなフレキシビリティのあるものはいいけれどそう簡単にはいかないものもたくさんあります。
 鞄なんかも難しいアイテムですね。洋服だとリフォームもしやすいですが、鞄は帽子以上に使い勝手の幅が狭い。つまり鞄以外になりにくいのです。
 髪結いだった母が70年代の頭にロレアル主催のサマースクールに参加したときのパリ土産だったヴィトンのショルダーバッグ。わたしが大学に入学したとき譲り受けて使い続けた我が家の最長寿鞄でしたが、丈夫が取り柄のLVも40歳を過ぎるとさすがにガタがきました。内側の素材が溶けはじめちゃった。
 まず持ち込んだのはルイ・ヴィトンのシャンゼリゼ本店。「うちのママンが半世紀前にこちらで求めたものなんだけど、修復レペラシオンとかしてくださるのかしら?」と尋ねましたが二ベもなく「無理」とのお答え。そしたらメメントとしてこの素材を使って鞄を作ってもいいかと訊くと、それにはウィ・ムシューが返ってきました。「それは、あなたのものなのだから、あなた自身が使うのならば問題はありません」
 わたしが連絡したのは鞄作家のイケダナツコさんでした。彼女はオリジナルバッグも手掛けるけれど、お客さんの「こんな鞄が欲しい」というリクエストを聞いて、一緒にそれを形にしてゆくという〝御つくりおきオンリー〟の作家を目ざしていたので今回みたいなケースにはぴったりだとすぐに顔が浮かびました。
 案の定、わたしのアイデアをのりのりで面白がってくれてプロジェクトがスタート。まずは鞄の解体から始まって利用可能な部分を取り出してもらったところで他の生地とパッチワークして勝手のいいサイズの肩掛けにしようと決まりました。意外と時間がかかったのは、この生地選びです。モノグラムと並べて負けないパターンなんてそうないんですよね。古いジーンズをほどいたデニムや鳥獣戯画をプリントした厚手のコットンなども候補にあがりましたがどれも弱い。
 しかしさすが京都は八百万のカミサマがひしめいているだけのことはあります。捨てる神あれば拾う神も必ずいる。わたしたちは地下足袋靴でお馴染みの『SOU・SOU』で様々なオリジナル柄を乗せたインテリア用ファブリックの端切れが安く売られているのを発見したのです。だったら、かつてこちらで仕立てた浴衣の柄行きにもマッチするに違いないという肚もありました。はい。目論見が当たったのは言うまでもありません。

海外はフェイクブランドの取り締まりが厳しい。が、これは平気。なぜならモノグラムは柄の方向が常に一定。なのでパターンが斜めになっている=「ホンモノを真似ていない」という判断らしい。


 ナツコさんの手間暇を惜しまぬ丁寧な仕事ぶりもあって、想い出がいっぱい詰まってパンパンで破けた鞄を直してもらったら、新たな想い出をこれから詰めていくためのスペースがたっぷりできてきた! みたいな。ただのリフォームの域を越えている。SOU・SOUのプロデューサー、若林剛之さんに見せたら「おお!」と大喜びしてくださってホッとしました。
 ちなみにこれを提げてヴィトン本店にも寄ってきましたよ。件のマネージャーはわたしのことを覚えていて「こんなふうになったよ」と紹介したら、こちらでも大ウケ。「合わせているテキスタイル最高」とベタ褒め。脇阪克二といって『マリメッコ』やNYの『ラーセン』でも活躍したデザイナーだよと教えると、こんど日本に行ったら必ずSOU・SOU行く! とメモってました。
 ナツコさんは最近口コミだけでなく本格的に鞄製作がしたいと『vc*mn.』なるレーベルを立ち上げました。お客さんひとりひとりとの対話を重んじる京都的なコミュニケーションからどんな鞄がこれから生まれてくるのかこれからが楽しみでなりません。我が再生ヴィトンの評判のよさを聞いている限りでは、なかなか素敵なことになってきそうな気がします。
 帽子、鞄ときて、わたしにはいまとっても欲しいアクセサリーアイテムがあります。それは靴。いや、想像しているのは靴とサンダルと雪駄と下駄の中間というか合体ロボみたいなものなんですが(なんやそれ)。
 基本的に浴衣に袖を通すときわたしが履くのはSOU・SOUの地下足袋靴ですが、これが暑い! んです。普通の下駄も数点ありますが、こちらは暑くはないけれど足の指の股、鼻緒の当たるところが長距離歩いてるうちにずる剥けになっちゃうの。絆創膏とかで重装備しても水膨れは必至。なんとかしたいんですよ。
 洋物のサンダルだとそんなことはないので、これならいけるかなーというデザインをいくつか購入したんですが、なんというか浴衣と微妙に喧嘩してしまう。いっそクロッグとかのがミスマッチのよさがある。けれど、それも限界がある。京都にはスニーカーに鼻緒を配した妙ちきりんだけど可愛いHANAO SHOESを売る『Whole Love Kyoto』なる店もあって、わたしはここを愛していますが、これも浴衣にはいまいち。
 ならば、やはりこれは御つくりおきでしょう! ということで発見したのが我が家の氏神さん『北野天満宮』のそばにある『GROWOLD』。ここでなら浴衣のベターハーフになってくれるようなサンダルを作ってもらえるのではないかと期待をしているのです。

なにせ27.5もあるので靴には苦労させられ続け。人生初の御つくりおきがOPELKAでした。海外だと普通サイズなのでオーダーの機会がなかったから、いま、ちょっとウキウキ。
 

 もちろん店内に置かれている靴がどれも洒脱で自分好みであるというのが第一理由だけれど、決め手になったのはここで錦市場にある老舗川魚店『大國屋』のご主人、山岡さんにお会いしたこと。外反母趾でお悩みの奥様のためにオーダーメイドにいらしていたところにばったり。信用している方がお付き合いをされているお店というのはやはりこちらも安心できます。なによりこれは【御縁】。京都人なら逆らっちゃダメ。

おひつ」や「羽釜」の回に登場していただいた大國屋の大将、山岡國男さん。いつも作務衣姿しか存じ上げなかったのでダンディでびっくり。ちょい悪系のモデルのようでした。


 ただ、そのときお店の方(おそらくオーナーの長谷川良子さん)が「ただいま半年ほど待っていただいてます」とおっしゃっていたのでちょっと時間はかかるかもしれません。が、これも【御縁】なのです。御つくりおきという愉悦は職人さんとの関係性、お互いのあいだに育んできた歴史が大切だけれど【御縁】という曖昧模糊なファクターにもまた大いに左右されるんですよね。支配されているといってもいいかもしれません。
 ところでウェブサイトで長谷川さんの経歴を見ていたら、まさに縁に導かれて靴職人になり、この場所に店を開かれたようで大変に興味深いものではありました。
 そういえば今回紹介した人たち、藤岡元さんもイケダナツコさんも家業を継ぐどころか、ぜんぜん異なるフィールドで働かれていたんですよね。それぞれが手掛けておられるものとの出会いも遅い。けれど意識はしっかりプロ。まさに機能性の高い職人さんたちです。

ご縁は続きます。わたしのポートレート、撮影は以前この連載でも紹介した花結い師TAKAYAくん。ナツコさんの友達で、実はプロのフォトグラファーでもあるのでした。


Orife HP  http://www.orife.net/
玉葱工房HP www.tamanegi.com/
SOU・SOU HP www.sousou.co.jp/
vc*mn. HP  https://ntk0804.wixsite.com/vcmn
Whole Love Kyoto HP https://wholelovekyoto.jp/
GROWOLD HP  https://www.growold.jp/