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『<映画の見方>がわかる本 ブレードランナーの未来世紀』文庫化記念対談

2018年1月16日

『<映画の見方>がわかる本 ブレードランナーの未来世紀』文庫化記念対談

~『ブレードランナー2049』と『ツイン・ピークス The Return』をめぐって~

いま再びよみがえるカルト作!《前篇》

著者: 町山智浩 , 滝本誠

『ブレードランナー2049』を徹底解説

現在も公開中の「ブレードランナー2049」のワンシーンより。

町山:滝本さんも『ブレードランナー』は相当お好きですが、続編として2017年に公開された『ブレードランナー2049』はいかがでしたか?

滝本:壮大な室内劇を見るようで面白かったですよ。ライアン・ゴズリング演じる主人公Kの、AIの恋人ジョイを演じたアナ・デ・アルマスがかわいかったしね。Kの携帯の呼び出し音がプロコフィエフの「ピーターと狼」なのがまず気になって。

町山:そうでしたね。「ピーターと狼」は、プロコフィエフが子どものために書いたクラシック音楽です。農場に暮らすピーターという男の子が主人公で、登場キャラがそれぞれの楽器で表現されています。ピーターは弦楽器、猫はクラリネット、狼はホルン、だったかな。

滝本:そう、さすが説明うまいなあ。僕は子どもが小さいころ、デヴィッド・ボウイがナレーションをしている「ピーターと狼」のレコードをよく聞かせていて、それで、ボウイのことを連想したの。監督のドゥニ・ヴィルヌーブはデヴィッド・ボウイを配役するつもりだったらしいけど?

町山:なんで「ピーターと狼」なのかな、と思っていたけど、ボウイと関係があるとは気づかなかった。ジャレット・レトが演じたネアンデル・ウォレス役にと考えていたそうですよ。

滝本:ボウイの愛読書の一冊は、ナボコフの『ロリータ』なのね。ジョイのキャラクターとか、顔も幼形であきらかに『ロリータ』を思わせるよね。

町山:ほかにも『ロリータ』と意外なつながりがあるんですよ。この映画の脚本家って、キューブリックが映画化した『ロリータ』でロリータ役をやったスー・リオンと結婚してたんです。彼女が17歳の頃に。

滝本:え、そうなの!?

町山:ハンプトン・ファンチャーという男です。1982年の『ブレードランナー』の監督がリドリー・スコットに決まる前、フィリップ・K・ディックの原作をハードボイルド調に変えたのがこの人です。

滝本:2049』と『ロリータ』はあまりに近似値が多すぎるね。だから直接セリフに引用したのはナボコフの別の作品、『青白い炎』ということかな。

町山:Kがコンピューターに精神状態のチェックを受けるシーンでこの小説の言葉が使われるんですよね。Tall White Fountain(高く白い噴水)っていう言葉をKが何度も言わされて。

滝本:そうか、そこか。

町山:青白い炎』という作品は、亡くなった詩人のある詩に対して、その友人が長い注釈をつけたという「注釈小説」というスタイルになっているんです。
詩人があるとき臨死体験をして、「高く白い噴水」の幻影を見るんです。その後、ある新聞で「私も夢で高く白い噴水を見た」という女性の記事を読み、その女性に会いに行くわけです。ところが実際に彼女が見たのは、「Fountain(噴水)」ではなく「Mountain(山)」だったということがわかる。新聞のミススペルだったんですよね。つまり、Tall White Fountainというキーワードは、「運命の人だと思って会いに行ったけど、実は勘違いだった」という話を示している。

滝本:説明うまいなあ(笑)。『ブレードランナーの未来世紀』もそうだけど、具体的にかつ噛み砕いてわかりやすいように説明する、これが町山イズムだね。

町山:ネタバレになるからくわしく言えませんが、映画を観た人なら物語の重なりに気づきますよね。

滝本:Kという名前はやはりカフカから来てるのかな?

町山:カフカでしょうね。自分のアイデンティティがわからなくて探している、というキャラクターですから。

滝本:なるほど、そこも物語に結びついてくるわけね。

町山:滝本さんのご専門の絵画のことでいうと、ハリソン・フォード演じるデッカードがいるホテルの壁に、ターナーの絵画が飾られてたでしょ。鉄道を描いた有名な「雨、蒸気、速度:グレート・ウェスタン鉄道」という絵。

滝本:そうだったっけ? 暗かったから。よく見てるなあ。

町山:2049』の撮影監督、ロジャー・ディーキンスの画作りは、ターナーを意識しているんじゃないかと思うんです。彼は『007スカイフォール』の撮影も担当しているんですが、この映画でもターナーの絵画が出てきますね。

滝本:ボンドとQがナショナル・ギャラリーで待ち合わせするシーンね。

町山:2049』の砂漠のシーン、真っ赤な画面が本当にすばらしかったんですが、『007スカイフォール』でもスコットランドのジェームズ・ボンドが育った家での大戦闘シーンで、真っ赤っ赤な画面を撮影してます。

滝本:なるほど。今回も脳髄に働きかけるような陶酔感のあるすばらしい撮影だったよね。砂漠の赤い画面もそうだし、デッカードと女レプリカント、ラヴとの格闘シーンの、きれいすぎる水は、ラヴの死に顔をクリアーに見せるためかな。やや、皮肉。

町山:滝本さんって、本当に死体好きですよね(笑)。 

滝本:ツイン・ピークス』もそうだけど、映画において死体の美しさは重要なのよ(笑)。

町山:ターナーの影響についてはどう思われました?

滝本:言われてはじめて気づいた。おれは結局、ジョイちゃんのことしか覚えてないのよ。最後、乳首が見えたなあとか(笑)。乳首と死体しか見てない。

町山:さすが『映画の乳首、絵画の腓』の著者ですね(笑)。『2049』ではタルコフスキーの『サクリファイス』も引用されてましたよね。

滝本:ええ?冒頭にKがレプリカント狩りのミッションで訪れる場所?

町山:Kはそこに戻って家に火をつけますが、『サクリファイス』のシーンのまんまでしたね。であると同時に、デヴィッド・リンチも、枯れ木と燃える家の絵画をたくさん描いています。これも僕は気になっていて、リンチに詳しい滝本さんに聞こうと思ったんです。絵画において、枯れ木のモチーフって何か意味があるんでしょうか。

滝本:うーん、枯れ木は枯れ木だよね。

(会場爆笑)

町山:もう!期待した僕が間違ってましたよ!

ユーモアに満ちたやりとりで会場を沸かせた町山氏(右)と滝本氏(左)。

 

若き日の町山智浩に衝撃を与えた!?

町山:僕は滝本さんの影響で、映画と絵画の関連性について興味を持つようになったんですよ。

滝本:ワオ、ほんとに? おれなんか、ミステリ界からもアート界からも、映画評論界からもまともに相手にされてないのに(笑)。

町山:今回文庫化した『ブレードランナーの未来世紀』のなかでも、映画を読み解くヒントとして絵画について触れています。たとえば、デヴィッド・リンチとフランシス・ベーコンだとか、ポール・ヴァーホーヴェンとヒエロニムス・ボッシュだとか。『ブレードランナー』でもヤン・ファン・エイクの絵画が使われていましたしね。リドリー・スコットは王立芸術学院出身だし、映画監督ってアートに通じている人が多いから、絵画について知らないと、映画をきちんと解釈できない。そういう映画の見方を、僕は滝本さんに教わったんです。

滝本:それは光栄だなあ。

町山:さっきも話に出たけど、タルコフスキーの映画と、ロマン派の画家、カスパー・ダヴィッド・フリードリヒの絵画との類似性について、90年ごろに滝本さんがイメージフォーラムに書いた原稿は衝撃的でしたよ。

滝本:両者はあからさまにそっくりなのよ。

町山:フリードリヒという画家は、屋根が落ちた教会の廃墟が大好きなモチーフでたくさん描いているんです。これがタルコフスキーの『ノスタルジア』のキー・アートになっているということを初めて指摘したのが滝本さんなんです。なにしろ東京藝大卒の美術史家ですから。いまのフリードリヒブームはどう思います?

滝本:盛り上がっているのはいいことだと思うけどね。

町山:代表的なのは、クリストファー・ノーランですね。例えば『ダンケルク』のアメリカ版のポスターは、フリードリヒの「雲海の上に立つ旅人」にそっくりです。

滝本:ダンケルク』まだ観てないんだよ。

町山:デンマークの映画『リリーのすべて』でも、二人の人間が雲海を見下ろすエンディングがフリードリヒでしたね。

滝本:リリーのすべて』も観てないなあ。最近は映画もあんまり観ずに家にひきこもって妄想ばっかりしている。もう、だめかも。

町山:先ほども言った、1990年に出た『映画の乳首、絵画の腓』っていう滝本さんの評論集が、11月に新装版として刊行されましたが、これは必読ですよ。

滝本:オビに「若き日の町山智浩、中原昌也、菊地成孔に衝撃を与えた伝説の評論集」とあるんだけど、これ編集者が勝手に作ったコピーだからね。町山さんに無断で、しかも菊地さんと並べちゃってごめんね(笑)。

町山:別にそんなこと気にしませんから! 

滝本:でも、僕の批評スタイルができたのは、ある意味で町山さんのおかげでもあるのよ。

町山:どういうことですか?

滝本:町山さんとはじめて会った時のこと覚えてる?

町山:僕が「宝島」の新人編集者だったころだから、80年代半ばですよね。

滝本:そう。初対面では正直「最低の編集者だな」って思った。

町山:え!? 

滝本:町山さんに、『殺しの分け前 ポイント・ブランク』っていう映画の原稿を依頼されて会った時、あなたは一時間半ずっと、僕を相手にその映画の魅力について語り尽くしたの。だから僕は、疲れ果てて、原稿に書くことがなくなっちゃった。

町山:それは確かに、最悪の編集者ですね(笑)。

滝本:それで僕の原稿は、町山さんも触れなかった、誰も気づかないような細かい隙間について書いた原稿になったわけ。それをきっかけに、誰からも相手にされないニッチ批評という、僕の批評のスタイルができた(笑)。つまり町山さんのおかげなんだよ。


 

関連図書

ブレードランナーの未来世紀
町山智浩/著
2017/11/01発売

映画の乳首、絵画の腓
滝本誠/著
2017/11/14発売

 

町山智浩

1962(昭和37)年、東京生れ。早稲田大学法学部卒。宝島社にて『おたくの本』『裸の自衛隊』『いまどきの神サマ』『映画宝島』などを企画編集。洋泉社にて「映画秘宝」を創刊。1997年にアメリカへ移住、2017年10月現在オークランド在住。著書に『〈映画の見方〉がわかる本』『底抜け合衆国』『USAカニバケツ』『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』『トラウマ映画館』『トラウマ恋愛映画入門』『さらば白人国家アメリカ』『今のアメリカがわかる映画100本』など多数。

滝本誠

1949年、京都府生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業後、平凡出版(現・マガジンハウス)入社。退社後ライター業。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

町山智浩
1962(昭和37)年、東京生れ。早稲田大学法学部卒。宝島社にて『おたくの本』『裸の自衛隊』『いまどきの神サマ』『映画宝島』などを企画編集。洋泉社にて「映画秘宝」を創刊。1997年にアメリカへ移住、2017年10月現在オークランド在住。著書に『〈映画の見方〉がわかる本』『底抜け合衆国』『USAカニバケツ』『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』『トラウマ映画館』『トラウマ恋愛映画入門』『さらば白人国家アメリカ』『今のアメリカがわかる映画100本』など多数。

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滝本誠

1949年、京都府生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業後、平凡出版(現・マガジンハウス)入社。退社後ライター業。

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