2018年1月16日
『<映画の見方>がわかる本 ブレードランナーの未来世紀』文庫化記念対談
~『ブレードランナー2049』と『ツイン・ピークス The Return』をめぐって~
いま再びよみがえるカルト作!《後篇》
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やりたい放題の『ツイン・ピークス The Return』
町山:2017年夏に放映された、デヴィッド・リンチの『ツイン・ピークス』の25年ぶりの続編、『ツイン・ピークス The Return』はどうでしたか?
滝本:とても面白かったですよ。ただ、日本での放映バージョンはいただけなかったなあ。過激な場面に映像処理が施されてしまっていたんだよね。オリジナルで放映してくれたら最高だったんだけど。
町山:え、日本放映版には修整が入ってたんですか?
滝本:そうなんだよ。死体も全部ぼかされてしまって、がっかり。
町山:また死体の話ですか(笑)。
滝本:前作でもローラ・パーマーの死体が「世界で一番美しい死体」なんて言われたけど、今作もすばらしい死体が出てくるんだよ。だからそういう死体が映像処理されちゃうと、やっぱりちょっと違うよね、と思っちゃう。
町山:ほかの場面でも結構処理が入ってるんですか?
滝本:ナオミ・ワッツの激しい腰の動きも隠されてた。
町山:え!? ナオミ・ワッツのあの騎乗位のベッドシーンが見えなくなってるの!?
滝本:そう、画面の三分の一がぼかされてて。
町山:ナオミ・ワッツがあんなにがんばってたのに!? エロというより、大爆笑の場面だったのに(笑)。
滝本:やりすぎかなーと思うほどだったけどね。彼女はすごいよね。
町山:ナオミさんはなんでもやりますからね、売れなかった時期が長かったから(笑)。残念だな、あの場面はオリジナルで観てほしかったなあ。
滝本:それはまあ日本版に限ってのことでね。『The Return』は、前作のシリーズと違って製作側のコントロールが入ってないから、デヴィッド・リンチが好き勝手に作っていて本当に面白いよね。
町山:そうなんですよね。デヴィッド・リンチ演じるゴードン捜査官がモテモテで困る、という物語上何の意味もないシーンが多くて、それを本人が書いて本人が演じてるっていうのはどういうつもりなのか(笑)。
滝本:リンチがプライベートで付き合ってた歴代の彼女もたくさん出演させてるよね。
町山:そうそう。ゴードンと行動を共にする美人捜査官プレストンを演じているクリスタ・ベルは、リンチのいまの彼女らしいですよ。
滝本:相変わらずだね。
町山:身の回りのお世話をしてあげてる感があって、もはや恋愛というより介護のようにも見えますね(笑)。
滝本:男が最後に求めるのはやっぱり介護なのか(笑)。
町山:内容もやりたい放題ですし、コマーシャルタイムとか時間的な制約もなくて、エピソードによって長さがまちまちなのもすごい。
滝本:普通のテレビシリーズじゃ許されないことだよね。
町山:だからなのか『ツイン・ピークス The Retern』は時間の流れがやたらゆっくりで、ときどきバランスがおかしいんじゃないかってときがありませんか。
滝本:たとえば?
町山:第7話で、バーの床を掃除しているのを固定カメラでずっと映している。何か起こるのかな、とか思ってみていても、結局何も起こらないんですよね。
滝本:『The Return』で最も衝撃的なエピソードが第8話でしょ。7話でいままでのエピソードを清めて、傑作の第8話に入る、ってことなんだよ。
町山:だから延々と掃除してるってこと? すごい妄想ですね(笑)。セリフのスピードの遅さにも驚きましたね。もはや笠智衆を越えちゃってる。「……こんなものが……見つかったんです」「……え、……そうなんですか」みたいな。
滝本:うん。でもあれこそ人間のリアルな会話じゃない。
町山:え?
滝本:映画やテレビって、セリフが早すぎるでしょ。『The Return』こそリアルだと思うよ。
町山:それは滝本さんの身体的リアルでしょう(笑)? 普通の人間はあんなにゆっくり話しませんって!
滝本:そうかなあ。
町山:確かに滝本さんが言う通り、第8話はすごかったですよね。世界最初の核実験の、核爆発の中心部にカメラが入っていく、というシーンですよね。今まで観たことのないような映像でした。
滝本:あの一時間を観るために、それまでの物語があったんだ、と思ったね。
町山:最終話のひとつ前の回も、『ツイン・ピークス』やデヴィッド・リンチ映画をずっと観てた人にとっては、本当に感動的ですよね。
滝本:どこのこと?
町山:裕木奈江さん演じるナイドのシーンです。裕木さんといえば、今日は滝本さんにおみやげがあるんですよ。これは、カイル・マクラクランが『The Return』の劇中で実際に飲んでいる、オリジナルブレンドのコーヒー豆なんです。なんと、裕木奈江さんにお会いした時にいただいたんですよ。
滝本:おれも昔、何かの縁で裕木さんと飲み会で一緒になったことがある。そのとき驚いたの。裕木奈江さんって、見る角度によって顔つきが全然違うのね。ヤヌスのような人だと思った。
町山:いつお会いしたんですか?
滝本:15、6年前かな。彼女と坂井真紀さんだけが僕が言葉を交わしたことがある女優ですよ。
町山:そのころは、まさか裕木奈江さんが『インランド・エンパイア』に続き『ツイン・ピークス The Return』にも出て、リンチ・ガールの一人になるとは思わなかったでしょう?
滝本:想像もしなかったよね。
町山:その裕木奈江さんからもらったクーパー捜査官オリジナルブレンドのコーヒーを、今日滝本さんに飲んでもらおうと思って。このパッケージが凝っているんです。このブレンドの名称は『ツイン・ピークス』の重要な場所の名と同じ「ブラック・ロッジ」。そしてTVシリーズ『ツイン・ピークス』の最終回で、クーパーが頭を打ち付けて割った洗面台の鏡がデザインされているんですよ。
滝本:(コーヒーを飲み)これはおいしいね。デヴィッド・リンチのブレンドコーヒーっていうのもアメリカで売ってるんだけど、それよりもおいしいかもしれない。
町山:カイル・マクラクランは撮影中に何杯も何杯もコーヒーを飲むので、自分の好きな味じゃないとつらい、ってことで、オリジナルブレンドのコーヒーを作ったそうですよ。
滝本:なんでリンチのブレンドを飲まないのかな。やっぱり「おれはもうあんたの分身じゃないんだよ」というマクラクランのリンチに対する意志表示なのかしら。
町山:そうかもしれません。
滝本:裕木さんも『The Return』では目がないっていう設定だったけど、中間部の目は見せちゃってたね。
町山:中間部の目? 乳首ってことですか!? 目じゃないですからね、それ!
滝本:美しい乳首だったよねえ。
町山:やっぱり『映画の乳首、絵画の腓』の著者ですね(笑)。
妄想の暴走がとまらない
町山:滝本さん、最近は首都大学東京で講義を持ってるらしいじゃないですか。
滝本:そう、しゃべりに慣れていないからよたよたして大変。おれも来年でもう69歳だしね。69っていったらシックスナインじゃない?
町山: なんですかいきなり(笑)。
滝本:シックスナインっていうのは、ある意味で完璧な愛の絆の形なのよ。男と女、男と男、女と女、すべての組み合わせに適応する幸福の体位。だから「おれも来年はシックスナインだし、がんばろう」って思ってたわけ。
町山:よく意味がわかりませんけど(笑)。
滝本: そうしたら先日、神奈川県の座間で「6畳間に9人の遺体」っていうニュースがあったでしょう。シックスで、ナイン。「おれの考えで世界が動いちゃった、やばい」って。
町山:それはさすがに不謹慎ですよ!
滝本:事件のニュースなんか見ても、そういう風につなげて妄想しちゃうんだよ。それと最近、ハーベイ・ワインスタインのセクハラ騒動もあったよね。
町山:プロデューサーのワインスタインが大勢の女優に対してセクハラやレイプをしていた、っていうとんでもない事件ですよね。
滝本:グウィネス・パルトローも被害を受けたんだよね。そのワインスタイン騒動の余波で、ケビン・スペイシーまで俳優から「少年時代にセクハラされた」って告発されて。
町山:14歳の頃にベッドに押し倒されたそうです。
滝本:グウィネスと、ケビン・スペイシーっていったら、二人とも『セブン』が出世作だよね。あの映画のラストというのは……。
町山:……。
滝本:そう、あの箱ですよ。座間の事件でクーラーボックスに遺体の頭部が入っていた、って聞いた時「ああ、そこまでおれが呼んでしまった」って。
町山:呼んでないです、妄想です!
滝本:でもまあ、評論っていうのは基本的に妄想からはじまるわけだからね。『2049』や『The Return』の解釈だって、それぞれの妄想かもしれないし。誰かが思い込んで評論という形で残したら、それが歴史になっていくんです。
町山:なるほど。ってもっともらしいことを言って開き直らないでくださいよ!
(おわり)
(2017年11月2日 神楽坂la kaguにて)
関連図書
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ブレードランナーの未来世紀
町山智浩/著
2017/11/01発売
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映画の乳首、絵画の腓
滝本誠/著
2017/11/14発売
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町山智浩
1962(昭和37)年、東京生れ。早稲田大学法学部卒。宝島社にて『おたくの本』『裸の自衛隊』『いまどきの神サマ』『映画宝島』などを企画編集。洋泉社にて「映画秘宝」を創刊。1997年にアメリカへ移住、2017年10月現在オークランド在住。著書に『〈映画の見方〉がわかる本』『底抜け合衆国』『USAカニバケツ』『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』『トラウマ映画館』『トラウマ恋愛映画入門』『さらば白人国家アメリカ』『今のアメリカがわかる映画100本』など多数。
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滝本誠
1949年、京都府生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業後、平凡出版(現・マガジンハウス)入社。退社後ライター業。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 町山智浩
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1962(昭和37)年、東京生れ。早稲田大学法学部卒。宝島社にて『おたくの本』『裸の自衛隊』『いまどきの神サマ』『映画宝島』などを企画編集。洋泉社にて「映画秘宝」を創刊。1997年にアメリカへ移住、2017年10月現在オークランド在住。著書に『〈映画の見方〉がわかる本』『底抜け合衆国』『USAカニバケツ』『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』『トラウマ映画館』『トラウマ恋愛映画入門』『さらば白人国家アメリカ』『今のアメリカがわかる映画100本』など多数。
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