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AI時代を生き延びる、たったひとつの冴えたやり方

生き残る職業、消滅する職業

 さて、誰がどう考えても、人類全体がAIの神をなだめる神官になるわけにはいかない。太古の時代から、神官の数はごくごく少数に限られている。それは未来社会でも同じだ。世の中に数学が苦手な人は多い。プログラミングについては、別の回で詳しく触れるつもりだが、プログラミングの壁も高い。

 神官になれない人、あるいは、なりたくない人は、いったいどうすればいいのか。

 次にあげるのは、生き残る職業と消滅する職業の一覧である。ざっとご覧いただきたい。読者諸氏の職業は、どちらの欄に分類されているだろうか。

The Future of Employment(オックスフォード大学, 2013)より

 もし、あなたの職業が「生き残る」方に分類されているならば、何も心配はいらない。このまま頑張って仕事を続けてゆけばよい。だが、あなたの職業が「消滅する」方に入っていて、退職まで10年以上残っているのなら、早めに傾向をつかみ、対策を講じるべきだ。

 この表からは、いくつかのことが読み取れる。

1 人工知能やロボットに関連する仕事は増える
2 先生や保育士など、人間コミュニケーションにかかわる仕事は生き残る
3 パターン化された事務作業は消滅する
4 マネージャーは生き残り、クラークは消滅する

 AI神官とまではいかなくとも、通常業務として、人工知能やロボットの「整備点検」をする職種が増えるのは明らかだろう。インターネット関連事業も拡大する一方だ。広い意味での理数系の天国がやってくる可能性がある。

 意外なのが、(プログラミングや数学の先生は別として、)理数系の比率が少ない、先生や保育士といった職業が生き残ると予測されていること。だが、よくよく考えてみればあたりまえで、親は、あくまでも信頼できる「人間」の先生に自分の子どもを教え育ててもらいたいものなのだ。人間同士の「直接的なコミュニケーション」にかかわる仕事は、第四次産業革命の進展によって、ますます重要性を増すと言われている。

 教育については、別の回で詳しく書くつもりだが、これまで通り、30名の生徒を前に板書をし続けるという、いわゆる「座学」しかできない先生は淘汰されるにちがいない。これからは、丸暗記的な仕事は人工知能がやってくれるようになるので、生徒が大人になって社会に出たときに必要とされる技能も大きく変化する。先生と生徒が一緒になって、課題を探求する、新しいタイプの教育が世界各地で始まっている。生徒とのコミュニケーションを通じて、生徒の才能を開花させることができる先生の需要はますます高まるが、座学しかできない古いタイプの先生は生き残ることができない。

 役所や会社におけるパターン化された事務作業は、加速度的に人工知能に置き換わってゆくだろう。15年後、市役所の窓口業務は、訪れる市民との人間コミュニケーションのみとなり、実際の書類作成、税金の計算、証明書の発行などは、すべて人工知能がやることになる。その方が圧倒的にコストが低く抑えられるからだ。市役所の窓口の背後で事務作業に携わっている人々の給料を捻出するために、何人の市民が必要かを計算してみれば、この結末は不可避であろう。

 私は近所の簿記専門学校の前を通る度に暗い気持ちになる(簿記専門学校の関係者のみなさま、ごめんなさい! でも、書かざるをえません)。毎日、この学校に通って、一所懸命、簿記を勉強している生徒たちは、自分たちの将来をどう予測しているのだろう。単純な会計事務は、ほぼ確実に人工知能に取って代わられる職種なのだ。

 会計といえば、先日、大手会計事務所に招かれて、人工知能の将来について講演をする機会があった。だが、そこで私が伝えたメッセージは、「あなた方は絶滅危惧種です。すぐに転職を考えてください!」ではなく、逆に「みなさんの将来は安泰です。企業へのクリエイティブなアドバイス、コンサルティングは、人工知能社会においても、みなさんが担うことになります」だった。誤解しないでいただきたい。講演に呼んでもらったから、お世辞を言ったわけではない。同じ会計でも、パターン化された計算をくりかえす作業と、毎日、新たな問題に遭遇する企業への(パターン化できない)アドバイスをする仕事とでは、雲泥の差がある。前者は人工知能が完璧にこなしてくれるが、それは、過去に蓄積されたデータを学習できるからだ。それに対して、常に想定外に備え、新たな工夫が必要とされるコンサルタント業務には、そもそも過去データが存在しない。難しい案件になればなるほど、パターンがなくなり、創造性が求められる。いまのところ、人工知能は、有能な人間のコンサルタントの領分を侵す心配はない(AIの神の時代がやってきたら話は別だが)。

 実はこれが、先にあげた「マネージャーは生き残り、クラークは消滅する」の具体例だ。マネージャーというのは、ここでは、「常に創造的な判断を求められ、全体をまとめることができる技能」を意味する。「マネージャーを呼べ!」と叫ぶ顧客のクレームにも鮮やかに対応しつつ、「すみません、急に熱が出たので今日はお休みさせてください」と電話してきたアルバイトの穴を埋める方法を考え、今月の売り上げ目標達成のためのセールをどうするか思案する…臨機応変に、想定外の事態に対処し続ける能力。理系文系を問わず、AI時代に生き残るために問われているのは、まさに人間力なのだ。

 ちなみにクラークというのは、「事務員、売り子」といった意味で、目の前のパターン化された仕事をこなす職種を意味する。あなたがお客さんに質問される度に「すみません、店長に聞いてきます」と答えているとしたら、あなたの将来には赤信号が灯っている。

 マネージャーが生き残り、クラークが消滅するという意味では、実は、プログラマーも明暗が分かれると思われる。簿記がダメならプログラミング教室に通えばいい、という安易な考えでは生き残ることはできない。なぜなら、パターン化されたプログラミング作業は、当然ながら、人工知能に代替されてしまうからだ! AI神官のところでちょっと触れたが、これからは、高度な数学知識に裏打ちされたプログラマーでないと生き残ることはできない。新たな人工知能の設計、システム全体を俯瞰する能力、まさに数学の未解決問題に挑み続けるような創造的能力。そう、プログラマーの世界においても、マネージャーにならない限り、生き残ることはできない時代がやってくる。

(続く)

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

竹内薫

たけうちかおる サイエンス作家。1960年、東京生まれ。東京大学教養学部、同理学部を卒業、カナダ・マギル大で物理を専攻、理学博士に。『99・9%は仮説』『文系のための理数センス養成講座』『わが子をAIの奴隷にしないために』など著書多数。

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